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(実録)会社倒産&自己破産のススメ

コトの顛末と関連する法律・理論をお伝えすることで、この道をお考えの方々の心の負担が軽くなるよう願っています。

規模を縮小した後の約2年半のこと。

2011-10-15 | 【もうダメだ、と思うまで】

今になって振り返ってみると
ネットによる販売パターンを最低でも5年前に構築できて
もっと早期に板金工場と併用していたら、と思うことがないわけではありません。

さらに言えば、板金工場などに手を出さずに
下がり出した販売台数の対策としてこの方法にたどり着いていたら、と
後悔にも近い思いを持たないわけではありませんが
ここまで言いだすとキリがなくなってしまいます。

それはともかくとして、作り上げるに1年かかったネットを利用しての中古車販売では
ほぼ決まった台数が月々売れていましたので、資金繰りに余裕が全くないとは言え
店頭販売のように台数に大きな変動がないことが資金のヤリクリを楽にしてくれました。

もちろん、事業を縮小すると当然、売り上げ、利益ともに落ちますが
その代わり家賃も社員の給料の支払いもなくなり、その他経費においても支払いは減ります。

ただし、一番の問題は、拡張する際に借り増しした借金の月々の返済が
そのまま残っているのですから、縮小した売上による利益の中から
これを返済し続けなければならない点です。

これがなければ、充分に私と家内が食べていけるはずでしたが
やはりそうは問屋が卸しませんでした。

販売業の常である山と谷を繰り返しつつ
結局は1年過ぎた時点で3度目の「もうダメかも」。

この時も家内が同じ親族から200万円を用立ててくれたのですが
今までとちょって違っていたのは、私の年金受給がすでに決まっていたことで
4、5カ月後から月10万円を超す収入の受給申請をすでに済ませていたことでした。

毎月不足する金額とほぼ同じ額の、それも間違いのない入金が見込めるのですから
口では「もうダメかもしれない。年金で暮らして行こう」と言いつつ
内心では「今度借りられれば大丈夫かもしれない」だったことを今だから白状します。

家内「もここまで頑張ったのだから」と言ってくれ
年金受給に大きな期待を寄せていることは明らかでした。

そして、実際に年金の受給が始まり、会社から給料は取っていたとは言うものの
年金分はほとんど短期借入で会社につぎ込みましたので、今振り返ればこれ以降の1年ちょっとが
余裕などまったくないギリギリの資金繰りだったとは言え
拡大策を続けていた時期以来、久しぶりに味わう平穏な日々でした。

そんななか、商売であるが故に発生する突然の資金需要を
唯一可能にしていたカードローンの融資枠200万円に総量規制がかかる情報が飛び込み
これが唯一、その後の大きな気がかりになったのです。

理由は、年金を早期に受給開始するため、そしてなによりも
経費節減のために私の給料は厚生年金納付のために最低限まで下げていましたので
カード会社に提出しなければならない前年度の所得証明は
ちょっと頑張るパートのおばさん程度の、それはそれは寂しい金額になっていたからです

そもそも、今回親族から借り増しした200万円は、それまで持ちこたえるために借りていた
金利の付くカードローンの返済に全て充ててしまいましたが
もしかしたらこれは不正解だったかもしれません。

後になって知ることになるのですが、総量規制が始まっても
それまでの借り入れを一括返済する必要はなかったようです。

とすれば、200万円目いっぱい借りたままにしておけば融資枠がいくらに減額されても
すぐに資金繰りが大きな影響を受けることがなかったはずでしたがこれも後の祭りです。

年金受給額と合算されるとしても、その金額の30%ではとても200万円どころではない
大幅な減額が予想されましたが、法律施行日は明確でも現実的な実施は1年後のいつ頃になるのか
問い合わせてもはっきりしていませんでしたので、「それまでにはなんとかなるかも」とも思いもありました。

こうして、一気に「もうダメだ」に陥る2010年の前年は暮れて行ったのです。

 

 


過去に3度あった「もうダメかも」 ②お金は一時の鎮痛剤

2011-10-13 | 【もうダメだ、と思うまで】

板金工場を止めその社員も辞めさせて業務を縮小し
本来の中古車販売に専念しようと方針転換するかどうか真剣に悩み出した頃
いっそもう、会社そのものを廃業しようと考えたのが1回目の「もうダメかも」でした。

それまでそうした話はしたことがなかった家内に
初めて相談したように覚えています。

この頃がまさに真綿で首を絞められてかなり苦しさを感じ出した時期です。

この時は、ちょうど月の赤字分に相当する10万円ずつを
1年以上に渡って、嫁いだ娘の旦那からの援助で助けられたのです。

まったく考えてもいなかったことで
義理の息子との人間関係の上では嬉しかったことは間違いないのですが
根本的な赤字体質改善に何の具体策も見えていなかったのですから手放しでは喜べず
感謝の気持ちを伝え足りなかったことを詫びなければなりません。

一方でそれ以降、そうボヤけば誰ぞが助けてくれるかもしれないという甘い考えを
持つようになったと言われればそうかもしれません。

事実、「もうキツイから」と娘が言い出して援助を打ち切った2年後
その時も1年に1度の決算が終わって3カ月後辺りの
仮受消費税と法人税等の国税納付の時期だったと記憶していますが
2回目となる「もうダメかも」と再度ボヤくことになり、その時は300万円
またまた親族からの借り入れとは言え、家内のおかげで現金が入ってきたのです。

借金だろうがなんであれ、お金を掴んだ途端
資金繰りの苦しさからあっという間にとりあえず解放されるのですから
「お金は痛み止めの鎮痛剤」という感覚を持ったのもこの頃のことです。

ところが忘れてならないのは、痛みから解放されても所詮一時的なものに過ぎず
根本の病である赤字体質が直らない限りは必ずまた繰り返すということです。

“真綿”で言えば、締め続ける手が一瞬緩んだからと言って
その行為が続く限りはいずれまた、必ず苦しくなることは必定です。

事実、この2回目となるボヤキが前以上に深刻だと感じた理由は
決算書の赤字額=資金不足の額、つまりは理屈通り
ほぼ定期的に資金不足になる事実を改めて痛感したことに加えて、少しでも赤字を減らすため
仕入れ台数を抑えたり1台当たりの単価を下げたりなどして、期末在庫の金額が
店頭販売を続けるにはもうこれ以上減らすことはできないところまで行き着いていたことです。

こうなると運転資金の減少に加速度が付きました。

そしてそれに伴って、わびしさと極度の孤独感も襲ってきました。

生命保険に加入している経営者が、借金返済のため
残される家族を想って自殺する気持ちがよ~く分かったのもこの頃で
私と近い関係にある同年輩の経営者が首吊り自殺したことを他人事に思えませんでした。

幸か不幸か、私はそうできるだけの保険に未加入でしたが…。

そんな中、並行して悪戦苦闘していたネット販売の方法をようやく築けつつあり
H18年後半、工場と社員を手放して創業当時の店舗規模に縮小するに至りました。

こうして、店頭よりもかなり在庫を抑えることができるこの販売形態により
私と家内が食っていけるだけの経営を細々と続けて行くことになったのです。

もちろん、売り上げは減っても家賃・社員の給料などの支払いがなくなることによって
赤字が解消するかもしれないという期待を持ちながら…。

「もうダメだ」の直接の原因となった3つのトラブルに遭遇する2年前のことでした。

 

 

 


過去に3度あった「もうダメかも」 ①真綿で首を絞められる…

2011-10-11 | 【もうダメだ、と思うまで】

事業を営んでいて「もうダメだ」と踏ん切りを付けるタイミングが実は非常に難しく
また、その直前が非常に苦しい時期であることを経験した者は自ずと知ります。

しかし、他人の話だけでこれを理解することが至難の業であることも事実です。

自分のことでさえ“喉もと過ぎれば熱さ忘れる”のですから
他人のことなどなおさらで、所詮、痛みを理解することなど出来るはずもないからです。

こうした話を世間から何度も聞いていた私も例外ではなく
「もうダメだ」の前に少なくても3度は「もうダメかもしれない」がありました。

どこかの時点で踏ん切りを付けていたら
または、もっと早くに危機感を持って方針転換していたら
結果は違うものになっていたのかもしれませんが、これ自体分からないことです。

「3期続けて赤字決算だったら継続を断念しろ」とは聞いていましたが
「2期赤字(多額)で1期が黒字(少額)」を繰り返していたため
結果的にズルズルと続ける一因になったと言えるかもしれません。

例えば、取引先の倒産に巻き込まれた場合のように明確な原因があって
資金不足に陥った時はロープで一気に首を絞められるようなものですから
その場を逃げ切れば済むことですし、または、そのあがきを止めれば
確実にそのまま息を引き取ることができます。

ところが、毎月少しばかりの赤字経営を続けている場合
これは真綿でほんの僅かずつ首を絞められているようなもので
なんとなく息苦しくなってもまだ生きて行けることが問題です。

挙句の果て、息ができなくなって初めて死を意識することになるのです。

給料で生活する家計においては、毎月の収入が決まっているのですから
生活のための出費が収入を上回る状態が続く限り、預金はできませんし
それどころか、借金があって返済していればその分は確実に預金が減って行くか
借金が増えて行かざるを得ませんので見た目で判断が付き易いです。

一方、事業の場合にややこしいのは、月や年によって良い、悪いの山と谷がある
つまり、収入の増減がかなり激しいことです。

物を売る商売はサイクルの短い月の変動が大きく
真綿の例えで言えば、絞めたり緩めたりを頻繁に繰り返されるようなもので
長い時間かかって結局は首を絞められて身に危険が迫っていることに気付くのです。

事業拡大を目論んだ結果、当初の3年で一気に債務超過に陥った際に
全ての個人&会社の預金をつぎ込んで持ちこたえたのが
ロープから逃げ切ったこととすれば、その後は
事業の方向そのものが失敗だと気付くのに数年かかったのですから
ロープを真綿に持ち替えて、再度、絞め続けられていたのです。

 

 


側面にあった家賃の値上げ

2011-10-08 | 【もうダメだ、と思うまで】

全国の地価が下がり続けているこのご時勢
賃貸料の値上げなどはほとんどあり得ないのですが
私が借りていた店舗+土地にはありました。

ややこしい事の経緯をお話することは止めますが
要は2010年春に、この店舗+土地が地主さんの都合によって売却されていて
それを購入した不動産屋との間で、9月からの家賃が
10万円も上がる新たな契約を取り交わしていたのです。

なおかつ、前地主に預けてあった百数十万円もの敷金は全額
“ないもの”とされてしまっていました。

敷金は退去時、家賃の遅れや
当初の状態への原状回復費用と相殺したりするための備えとして
地主にとりあえず預けてある(それも無利子で)だけなのですから
基本的には全額、返金になって然るべき性格のお金です。

(世の中、こんなことが法的に許されるケースもあるのです…)

月10万円の新たな出費が、ギリギリの経営を続けている身にとっては
それはそれはキツイことであることは当然なのですが、その支払いの始まるのが9月だったことも
3度のトラブルによる損害、総量規制にかかったカードの融資枠激減と
3つが重なって同時に襲いかかってくという最悪のタイミングだったのですから
「頑張ろう」という気持ちを断ち切り「もうダメだ…」と思わせるに余りある負の効果をもたらしました。

 

 


そして、さらに総量規制がダメ押しになった。

2011-10-07 | 【もうダメだ、と思うまで】

新車ディーラー時代を含めた20数年間で
私が犯してしまったメーター改ざんがお客様に発覚したことは3度ありましたが
その都度、特に警察沙汰になることもなく“円満解決”できていたため
この犯罪に対する認識が、若干甘いと思われてもしょうがない時期もありました。

今回のトラブルは、ちょうど気持ちを入れ替えようとしていた頃のツケが
最悪のタイミングで回ってきてしまったと言えます。

車検が通らない違法改造車であるとともに
今度は「メーター改ざん車」になってしまった××をネットに乗せて小売りすると
何年か後にまた同様なケースになってしまう可能性もあり、そうするわけにもいかず
その上、すぐにお金に変えて“まともな”商品を仕入れたかったため
「もしかしたら、そこそこの価格で売れるかも」という淡い期待の下
後腐れのない業者オークションに託すことにしました。

ところがやはり、僅かな望みは無残にも砕かれ結果は散々で
ここでもまた40万円に上る赤字を計上することになりました。

これで、4ヶ月の間に3台合計で120万円という甚大な損害を被ってしまい
これがそのまま運転資金の減額になったのです。

一方、時を同じくして、貸金業法改正による総量規制が始まっていて
前年に提出してあった所得証明に基づいたカードローンの融資枠は
200万円からなんと40万円に減額させられていました。

事前に問い合わせて「病院で組んだ治療費150万円のローンに対しては
手書きですので総量規制の対象にならないと思います」と回答されていた分まで
実は対象になったようで、何かをペラペラめくり調べながら答えていた爺さんを恨むことしきりです。

もっとも、もしその通りだったとしても30万円程度の枠の拡大があっただけですが。

銀行への20万円を超える月の返済は過去に1度も遅れたことがなく
たとえギリギリとは言え、ようやく軌道に乗って安定的なネット販売で回してきた資金繰りが
これらが原因になって一気に立ち行かなくなったことはあまりに当たり前のことでした。

手持ちで120万円減った上、カードで160万円の資金手当が不能になったのですから。

この時点で気持ちは「もうダメだ…」

気が付くと、昼間は夏なのに朝晩は秋の気温にまで下がる季節になっていました。