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(実録)会社倒産&自己破産のススメ

コトの顛末と関連する法律・理論をお伝えすることで、この道をお考えの方々の心の負担が軽くなるよう願っています。

最後のあがき、自宅の売却 ③4日間での出来事

2011-10-28 | 【もうダメだ、と思うまで】

税理士のM先生には、数年前に資金繰りが緊迫した以降2、3回
破綻を含めた今後の生き残り策を教えていただいていました。

今回の自宅売却の件も最初にご相談したのはM先生でした。

そして、3つのトラブルが続き、賃料の値上げが実行され
カードローンでの借り入れ限度額が大幅にダウンされたことにより
いよいよ立ち行かなくなる予想が現実味を帯びてきた今年のお盆休み開けの頃
もう一方では、20年来のお付き合いになる不動産屋のHさんに
具体的な自宅売買の仕方を相談し始めていました。

もちろん、彼にも窮状をすべて打ち明けた上でのことです。

過去に“賃貸”の経験はいくつもありましたが
“売買”は30年近く昔にこの自宅を購入して以来のことでしたので
何も分からないといっても過言ではなく、それでなくても不動産売買の手続きは複雑です。

誰とどんな内容を取り決め、今後日程的にはどうすればよいのか
そして、何よりも資金難でしたので税金を含めて掛かる経費はいかほどのものかなどなど。

そして、契約書の作成までしてあげるから後は
仲介料不要の個人売買の形式を採るように奨められ
Hさんにはアドバイス料だけを支払えばよいことにしていただきました。

そのなかで、建物と地上権の評価額はきちっと算出しておくから、と言われたのですが
その意味を後日、最後の重要なシーンで知ることになるのです。

結果、算出された「建物」の評価額はほぼ予想通りの金額でしたが
逆に予想外だったことは、二女夫婦が月々支払える返済額を考え
今回の売却話から外していた「地上権」の評価が意外にも高額なことでした。

さすが土地神話が壊れているとはいえ、建物はすでに200万円を切る価格なのに
土地の評価(時価)×地上権割合で算出される地上権の価格は
それの2倍をゆうに超える価格だったのです。

しかし、この安い木造住宅だけの売却話にも拘わらず
銀行からは融資が可能かそうでないかの回答さえすぐに出ないとは…。

もしかしたら、建物だけなので
それも私が新築してからすでに28年の歳月が流れていますので
融資に際して当然、設定するであろう抵当権としての価値の問題があったのかもしれません。

いずれにしろ、資金不足で日々苦しんでいて
すでに心は最悪の事態も受け入れる覚悟はできているのですから
いつ出るかもしれない回答を待つ方向に気持ちを振ることはできませんでした。

ここに至って、もし二女がダメなら、と少し前から考えていた親戚への売却に
方向転換することを決めました。

この方からは数百万円の“無金利”融資を受けています。

たまたま、地上権を含めた自宅の評価額はこの借金総額+100万円ですので
購入金額と借金総額を相殺の上で100万円をお支払いいただく内容を伝えたのです。

当然、いずれは破綻するであろう可能性と、この場合は借金が返らないこともご説明したところ
非難されものとばかり思っていたにもかかわらず
さらなる融資の申し出までしていただいたことは、感謝しても感謝し切れるものではなく
もう少し頑張ろうか、と一瞬心が揺れましたがお断りすることにしました。

数字上は、過去にお借りした分がそっくり銀行への返済に回っているのですから。

そしてその場で、口頭により自宅購入を受諾していただきました。

条件に、せっかくマイホームが手に入ると喜んだ二女夫婦の事を考え
将来、融資が問題なく可能になるまでの間は、払える範囲の安い賃貸で彼らに貸して欲しいこと
また、そうなって本人達が希望したら彼らに売却して欲しいことを付け加えることもできました。

この結果、運転資金で使えるのは“スズメの涙”の僅か100万でしたが
この親戚に迷惑を掛けずに済んだ安堵感とともに
二女夫婦がそれまでの借家の2倍以上の広さの家で、予定日間近の2番目を出産して
4人で楽しく暮らして欲しいと願う親心で心が満たされたことを覚えています。

この話をまとめた直後、何とかなるのであれば余計な心配をかけたくなかったせいもあったのですが
これまで一切の相談すら出来ずにいた年老いた両親に、自宅売却に至った経緯の説明と
この歳になってもまだ心配をかける親不孝のお詫びに出向き
最悪の事態を招く可能性があること、その場合は担保に差し入れている不動産を奪われること
今後の生活は年金でなんとかなること、義母と同居することなどを告げたのでした。

後日、父親からは内容証明付き書面でさまざまな苦言と要望が4回送付されてきましたが
苦言は受け止めるしかなく、要望は出来る範囲で実行して答えたつもりです。

これらはほぼ9月17日からS弁護士に会う21日までの4日間での出来事で
いかなる精算整理型債務処理を提言されても受け入れられるだけの準備はすべて整っていました。

 

 


税理士M先生が提案した生き残り策

2011-10-27 | 【もうダメだ、と思うまで】

破綻の決心に至った春から夏の一連の出来事の前は
有利子負債の返済分がそのまま赤字=運転資金不足となる経営からの脱出に
何年もの間もがき苦しんでいました。

事業拡大を図って借りた借金を、事業を縮小して返済しなければならない点に
根本的無理があったと言わざるをえません。

その無理が現実的になってきた頃に主に相談していたのは税理士のM先生で
基本的な方向は次のようなものだったと思います。

ただ、話として聞いただけで実際にその方法を採ることがなかったため
記憶が定かでない部分があります。

1.破綻して自宅を奪われると住む所を賃借しなければならない。
この場合、家賃が5~6万円必要になる。

2.返済をこの5~6万円にし自宅を守れれば同じことになる。

3.返済額の減額を〇〇銀行と交渉する。ただし、拒否し無理を承知で一括請求の上
担保不動産と自宅の確保を目的に、銀行側から破産を申し立てられる恐れがある。

4.この場合、預金も勝手に引き落とされることがあるので空にしておく。

5.今後の商売は全て現金でのやり取りとする(4.を防ぐため)。

*〇〇銀行は保証協会付融資部分の危険はないので
残り1000万円超の早期回収に走る可能性が否定できない。

また、行内では債務超過に陥った時点ですでに不良債権に分類されていて
当然、すでに引当て処理が済んでいるはずなので、できることなら
早期に不良債権比率を改善するため潰れてもらった方がよいと考える恐れあり。

理由は、この不良債権比率は全国の銀行を管轄する金融庁が
その銀行の優劣を判断する重要な数字であるため。

こんな感じの内容だったと思うのですが、3.以降の一番肝心な部分の記憶が曖昧で
もしかしたら、その後得た知識と混同してしまっているのかもしれません。

友人I さんは事業の継続ではなく、新たな職場からの給料を返済に回すという点が違っても
同じような方法を採って今は張り切って生活いるのですから
このやり方もアリだったのかもしれませんが、かと言って
若いI さんと違い、2000万円を月6万円ずつ返済するのでは
いくら金利を交渉するとはいっても多分、この先40~50年間
つまりはほとんど私が生きている間に完済できるはずがないことになるのですから
そのなれば娘達に相続放棄という手続きを強要することになってしまいます。

私の今後の蓄財はロクに期待はできませんが、私の両親、義母はまだ健在なのですから
不謹慎と言われようが、その相続は近い将来確実に訪れ
それがいずれ彼女達にも引き継がれるのですからその分まで放棄させてはならないと思うのです。

そう考えると、例え自己破産をせざるを得ない事態に無理やり陥ったとは言え
やはりこの道がベストだったと信じることにしています。

 

 


最後のあがき、自宅の売却 ②この期に及んでまだ…

2011-10-25 | 【もうダメだ、と思うまで】

二女夫婦に持ちかけた自宅売却話でしたが、彼らに対する銀行の融資が迅速に進まず
時間がかかりそうだと分かった時点、つまりはXデーの約1カ月半前に
私が気持ちの上で完全に会社の息の根を“止める”決心ができた、と前回書きました。

しかし、実際は息の根を“止めてもよい”が正確な表現でした。

なぜなら、その頃、数日前の投稿で触れた友人のI さんに私の事務所に来ていただき
彼が会社をたたんだ際の話を聞いてみると、そのやり方には数種類あって
実は、彼は会社は閉めて事業は停止していても倒産も破産もしていないと言うのです。

この方法は彼が懇意にしているS弁護士のアドバイスに従ったものだそうです。

倒産の覚悟ができていることを含めて、あれこれ窮状を説明した後
そのS先生に電話で4日後に相談の予約を入れてもらったのは9月17日のことでした。

ところで、これまでの自宅売却話を主にご相談していたのは
創業以来のお付き合いの税理士のM先生でした。

また、債務超過以降、数回に渡って資金繰りの悩みを打ち明け
廃業などに関する知識の概略を教えていただいていたのもこの先生です。

以下、9月上旬のM先生とのメールのやり取りです。

先日お聞きした“法人破綻”に進んだ場合についてお尋ねします。

1.先に問い合わせた自宅を2、3ヵ月以内に娘夫婦に売却することは可能ですか。
〇〇万円前後を予定していて、これを運転資金に回せるからです。
⇒価格が適正と思われるので、運転資金に使うための売却であれば問題ありません。

2.可能とした時、こうすることによって発生するデメリットは何でしょうか。
⇒自宅が無くなると、社長様の借入能力が減りますがもう借りれないと思うのでデメリットはありません。
あえて言うと、自宅購入時の書類が見つからないと60万円の譲渡所得税がかかることです。
でも、売らずに銀行に差し押さえられるより、税務署に滞納が発生した方がましかもしれないです。
もっとも、書類が見つかれば税金がかからない可能性もあります。

3.最終的に残る債務を娘たちは相続放棄できるのでしょうか。
⇒娘さんが相続を放棄すれば大丈夫ですが、プラスの財産も放棄することになります。

4.消費税の分割納入の最終回約9万円が今月末ですがこれはどうしたらよいですか?
⇒他の運転資金(銀行除く)の支払いを優先してください。

5.法人から個人営業に変更する場合
名称の変更に際し注意することはネットIDの他に何がありますか。
⇒クレジットで車を売る時に個人でもできるようにしておくこと。
その他古物商等の許可関係も確認してください。

6.法人を続ける場合、今後主に使用する口座は〇〇銀行以外ならよいのでしょうか?
⇒〇〇銀行を使うよりはましです。ただ、他銀行を金庫代りに使っていても
事が起こった後ではいつ引き出せなくなるか分からないので
預金を残さないことがベストです。

このように、二女夫婦への自宅売却に伴う銀行融資が遅れて
それまでに経営破綻してしまう懸念から、なんとかそれまで
会社をそのまま続行する場合や個人営業に切り替えて続ける場合のことを尋ねています。

また、年齢的に見て死ぬまでにとても返済し切れない
連帯保証人としての個人債務の娘達への相続も心配していました。

この時はまだ支払いの滞りはひとつもありませんでしたし
「もうダメだ」と完全にサジを投げてはいなかったのです。

 

 

 


最後のあがき、自宅の売却 ①本当の意味で最終決断の時?

2011-10-20 | 【もうダメだ、と思うまで】

気持ちが「もうダメだ」となる直前、実は最後のあがきをしていました。

それは自宅建物と借地権(地上権)を二女夫婦に売る話です。

建物はとうに償却年数が過ぎているとは言え
私がサラリーマン時代にローンを組んで新築し、すでに完済していましたので
抵当権は外れていますし借地権のひとつである地上権は売買が可能です。

これまで自宅を売ることを考えずにいたのは、もちろん住む処がなくなってしまうからですが
その他、2人の娘に何となくそうすることを匂わすと
「育った思い出が一杯詰まっているから手放しちゃダメ!」と言われてしまったり
約40年間の生活による家財道具がぎっしりで、それらの片付けは考えただけでも
ゾッとする作業が予想されたりして、こうしたどうにもならない状況になるまでは考えることさえ避けていたためです。

住む処についてはその頃、一人住まいとなっていた年老いた義母との同居話が持ち上がっていましたので
ちょうど良い機会なので、と言うよりもそうせざるを得ないのですが、踏み切ることでなんとかなりそうです。

また、二女夫婦は二人目を妊娠し、それまでのアパートはかなり手狭になるため
引っ越しを考えていた折でもあって渡りに船の話だったようで、“思い出を手放す”こともしないで済みます。

と、ここまでは良いことづくめで、もしかしたら「もうダメだ」の気持ちさえ翻るかもしれなかったのですが
肝心なお金の所でこの話は挫折することになりました。

つまり、娘婿への銀行融資が早期に進みそうになかったのです。

これで私の気持ちの上で完全に会社の息の根を止める決心ができたのは
結果的にはXデーの約1カ月半前のことでした。

一方で、ここまで進んだ自宅売却話をちょっと違った方向に持って行くことを思い付き
それを実行したことがこの後、少し面倒な話になっていく理由をその時はよく分かっていませんでした。

 

 


なぜ会社を大きくしようと思ったのか。

2011-10-17 | 【もうダメだ、と思うまで】

年にしろ月にしろ、一回の少額な黒字に対して
それを上回る二回の赤字を出すという根本的な赤字体質は
板金工場を始めて以来の慢性的な病だったと言えます。

これの原因が有利子負債の金利負担にあることは
決算書の営業利益を営業外収支が食いつぶしていたことでも分かります。

ただし、そうは言っても、そうならないだけの利益を上げればよいのですから
売上が予定通りに行かなかったと言う方が正しいのでしょう。

拡大策を採る前の業績は極めて順調だったのに
なぜ敢えて危険要素を含む拡大の方向に舵を切ったのか。

前人が言う「順調な時ほど慎重になれ!」を聞いてはいても
実は分かっていなかった、と言われればまったく否定ができません。

しかし、再度同じ道を歩むことができるとしても
また同じことを繰り返さない自信が持てないことも事実です。

どんどん売れてお金がザクザク入ってくる時は
他人に負けたくないという負けん気も後押しして
少しでも多く売らなければ逆に損をしている思いになります。

空から一万円札が降っている時に
我先にと他人を押しのけてかき集めるようなもので
後先考えずになにはともあれ、1枚でも多く手に入れようと思うわけで
この時、そうした行動を取らないで冷静でいられる人の方が私には不思議でなりません。

事業においても、世間や家族からよく見られたい、とか
良い家に住んで良い車に乗ったり美味いものを食べたい、とかが
私には日々の原動力、モチベーションそのものだったからです。

そうした個人的な性向の一方では、2人の子供達を後継者として会社に迎るため
その活躍の場を作りたかったこともありました。

生業としての規模では彼らの立ち位置がないと思ってしまったのですが
実際はそんなことはなく、これを言い訳にして自らの出世欲を満たすために
拡大の方向を歩んでしまったのかもしれません。

「無借金経営が会社の理想だ」と私の父親が言っていた言葉など
聞く耳を持たなかったのもこの頃のことです。

創業10年間で稼いだ儲けをすべて返済に回していれば
その当時にはほぼ完済していた可能性が充分あったのですが…。