想うこと、願うこと

人生のひと時、その時に想ったこと、こうありたいと願うことを書き残したい。

台湾旅行

2006-02-27 16:06:11 | 楽しき事・時
 去る2/16(木)~2/20(月)の4泊5日で格安の台湾旅行(ツアー)に行って来た。(JTB旅物語)
 参加メンバーは元勤めた会社の同僚で作る飲み会のメンバーで、全メンバー10名中8名が参加したため、毎日が飲み会みたいになってしまった。

 台湾の台北には以前勤務していた会社の関係で3回ほど行っているが、いずれも2泊3日位の短期で、仕事やゴルフなどの為に、観光も殆どしていなかった。
(例えば故宮博物館(台北)なども初めて行った。)

 兎に角、初日は東京(成田)から台北(乗り換え)高尾へと1日飛行機の旅で、現地時間で午後9時過ぎにホテルに到着した。
 空港に出迎えてくれた現地のガイドさんは50歳くらいの男性で、この人が台湾滞在中全ての案内・面倒を見てくれた。(このガイドさんは高砂族の末裔の由で、我々日本人以上に日本人親派で、参加した我々の方がその言に圧倒されたことも多かった。)

 先ず、今回の旅行の総括であるが
① 総括的に言うとJTB旅物語は前回のカナダに次いで2回目であるが、相変わらずスケジュールが過密で、時間的な余裕がなく、フリータイムが無いのが欠点である。(料金の安い分、免税店などへの案内の回数・時間を多く取る為であろうが)

② そして今回はお天気に恵まれず、曇りが1日、雨が3日と惨々で、特に日月譚の湖観光は雨で霞、殆ど湖面は見えずで行った甲斐が無かったほどである。
 そして、気温も最高で15℃とまりの肌寒い陽気で、体調もおかしくなりかけた。(これが一番残念なことであった。)

③ホテル(高尾:「高尾中信大飯店」1泊、台中:「通豪大飯店1泊、台北:六福客桟1泊であったが)は予想していたより良いホテルで、特に、高尾・台中は朝食も含め文句なしであった。
 ただ、台北は場所が比較的中心部にあったことは良かったが、子化し、建物も古く、ロの字型の建物で窓の外がロビーを見下ろす形で閉塞感があったことと、朝食のバイキングの内容がもう一つと言う感じであった。

④食事については初日の夕食と帰りの昼食は機内食と言うことで、付いていなかったが、それ以外は3食付であり、食事の内容も4日目(台北)での夕食は少し落ちたが、それ以外は満足できるものであった。

 初日の夕食がないため、お腹がすいて、しかも、ホテルの食堂はオーダーストップと言うことで街へ夕食を食べに行った。(1人500台湾ドル=2000円ほどで) 
 又、帰る日の昼食は空港でラーメン食べたがまあまあであった。
 
 更に、生水を飲まないなど十分い気をつけていた筈なのに、朝食時、牛乳を飲んでしまい、一時腹痛を感ずるなどヒヤットした。(「正露丸」=クレオソート丸
を貰って飲み何とかセーフであった。)
 
 ⑤観光の目玉は4日目の台北市内の故宮博物館と夜店、台北郊外の九分観光であったが、博物館を除き雨のため気分が乗らず、残念であった。
 故宮博物館は駆け足で見て回ったためか、又日曜日で混みすぎていた為かもう一つ印象が薄く終わってしまった。
 
 まあ、台湾も観光(見て回る)より、食事(を楽しむ)と言う所かも知れない。
 
 最後に、今回の所要経費は海外保険料(7,500円)を含めた旅行費用64.280円と茶セットなど土産代など(約30,000円)で合計10万円位であった。(いずれにしても安い!)
 仲間との親睦旅行には経済的な(リーゾナブルな)旅行であった。

母を亡くして

2006-02-12 14:21:30 | 雑記
 Ⅰ週間前の去る2月5日早朝、母が永眠した。
 享年101歳、明治・大正・昭和そして、平成と四時代を生き、それこそ眠るがごとく亡くなった。

 昨年11月の100歳の誕生日の少し前から寝たきりになり、そのまま亡くなったが、長い間面倒を見てくれた妹が今度は一寸危ないかもと言う連絡を2月2日に寄越し、その日に帰省した。
 翌日(3日)は一寸元気になったが、4日の夜、いつもよりイビキが大きいなと想った位だが、5日朝方眠るように息を引き取った。

 振り返ってみても母の人生は自分から何かをしたいということでどんどん出てゆく様なものではなく、極く控えめなものであり、葬儀社の人には打ち合わせの折、今様の葬儀の進め方ではなく、簡素なものにして戴くようにお願いした。

 丁度15年前の8月に父がなくなり、その折も田舎で葬儀を行ったが、記憶も定かでなく、しかも、この15年間にも、少しづつ葬儀のやり方が変わって来た様で、前の経験は殆ど役立たたない状況であった。
 
 それからは、その日(5日)の通夜、一日置いた7日のお葬式、8日のお寺へのお礼参りなどバタバタしているうちに、一週間が過ぎてしまった。
 
 齢も、亡くなり方も不満はないが、どこかに寂しさが残る。
 (離れて暮らしていた小生でさえこうだから、づっと面倒を見てきた妹夫婦は一層であろう。)

 ところで、お葬式など仏事の進め方は地方により相当違う様である。
 小生の田舎は通夜のあと葬儀の前に火葬を済ませておくのが普通である。
 それと火葬後の骨拾いも「はしわたし」といって2人づつで行い、一人が骨を拾い、それをもう一人の人に渡し、渡された人が骨箱に入れる。
 (当地では骨壷は使わず、直接に木の箱に入れるのである。)
 
 その他、通夜には「お線香代」、そして、葬儀には「お香典」と二回も包んで持って来てくれるが、お返しは葬儀の折、一度だけである。
 矢張り田舎は依然として葬儀のような催事は義理人情の究極に有るのではと想った次第である。
 
 と言うことで、母の冥福を祈りながら、少しメモを残すことにした。

株取引について

2006-02-01 15:44:29 | 雑記
 最近はバブルの再来か?・・と想わせるほど「金余り?・・」で、証券市場(株取引)が賑わっている。
 そこに、「ホリエモンのライブドア事件」が勃発して、一時株も暴落したが、今は既に元に戻り、平均株価は事件以前の水準を越える状況にある。
  
 株の取引をするについては先人の色々な諫言がある。即ち、
 「株取引はバクチと一緒であり、大損をするから決して手を出すな。」
 事実、前回のバブル時代に株取引で大損して、破産寸前迄行った有名人の話  は幾つも聞かされている。
 又、今回のライブドア事件で大損した人も結構いることは事実である。

 しかし、小生自身は株を頻繁に売買したのは会社を退職後、それも、殆ど2年程前からであるが、過去に大損をしたことはないし、取得した銘柄で明らかに損をした銘柄は10数銘柄で1~2銘柄である。
 一番はっきりしていることは「10年持ち続けたら必ずいつか、チャンスが訪れる」と言うことである。

 そして、今「カリスマ云々・・」と呼ばれ、株でこう儲けたと本を書いたり,マスコミに出ている人達の話は別として、まあホドホドに儲けたいという為に心掛けたいことを記してみたい。
 
 小生が思うには一番重要なことは次の様なことである。

 ①自分は株取引の素人であることを常に忘れないこと。
  株の世界も強者(お金を沢山持っている人、少々の損では影響を受けない人、そして、株取引を職業としている人など)が支配しており、素人が儲かるのはそのおこぼれを貰っているのに過ぎない。
  従って、借金をして行う(=信用取引)など間違っても行わないこと。

 ②「銘柄選びが最も重要」である。
  どの銘柄が上がるのか・・は素人に直ぐ分るわけがない。
  従って、自分が良く知っている業界(業種)、親戚・知人が勤務している会社など、兎に角自分がその会社を応援したい、賭けたいと思うところを選ぶ。
  小生は全て一部上場の会社、約10数社に絞っている。
 ③余裕資金でやる。そして、売買も余裕を持って行う。
  誰もが言うことであるが、短期間に必要となるお金は投資には向かない。
  「株の売買は短期でやるより、長期でやった方が儲かる。」 これは実は小生の実際の経験でも明らかであった。 即ち、
  昨年8月以降、株の売買手数料の安いインターネットを利用して売買を行うようになり、しかも、株価が急速に上がり出した。
  その結果、小生はそれ迄持ち続けて来た銘柄を売り、他の銘柄を買い・・と、頻繁に売買を繰り返した。そして、年末になり、従来の株をそのまま持ち続けた場合と新しく売買を繰り返した結果の損益を計算してみたところ、前者の方が良かったことが分った。
 結局、頻繁に売買を繰り返して、かえって、儲けは少なく、手数料などを証券会社に儲けさせただけということが判明したのである。

 と言うことで、結局余り目新しいことは書けなかった。

 株取引がこれだけ話題になり、一部の人ではあるが大儲けしたという話を聞かされるこの頃、今株取引を行うべきかどうかと言うことについては「行うべきである」と思う。
 そんな時、上記のことを忘れなければ必ずや悔恨を残す結果にはならないと自戒を込めて記した。