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夢の国を究めようとした真言宗 ~仏教宗派の個性(4):美術鑑賞用語のおはなし

2018年05月24日 | 美術鑑賞用語のおはなし



真言宗(しんごんしゅう)はとてもたくさんの分派があります。歴史的に有力な寺院が多く、明治以降に各本山が宗教法人として独立の道を選択した結果です。しかし一貫して宗派の開祖である空海を崇めており、天台宗のように宗派内での抗争が長く続いたことはありません。こうした結束力の強さの原点は、空海の遺した偉大な業績にほかなりません。

宗旨 宗派 本山 所在地 本尊 住職名
真言宗 東寺真言宗 東寺 京都市南区 薬師如来 長者(ちょうじゃ)
高野山真言宗 金剛峯寺 和歌山県高野町 阿閦如来(薬師如来) 座主(ざしゅ)
醍醐派 醍醐寺 京都市伏見区 薬師如来 座主(ざしゅ)
善通寺派 善通寺 香川県善通寺市 薬師如来 法主(ほっす)
随心院 京都市山科区 如意輪観音 門跡(もんぜき)
山階派 勧修寺 京都市山科区 千手観音 (ちょうり)
泉涌寺派 泉涌寺 京都市東山区 釈迦・阿弥陀・弥勒如来 長老(ちょうろう)
御室派 仁和寺 京都市右京区 阿弥陀如来 門跡(もんぜき)
大覚寺派 大覚寺 京都市右京区 五大明王 門跡(もんぜき)
信貴山真言宗 朝護孫子寺 奈良県平群町 毘沙門天 法主(ほっす)
中山寺派 中山寺 兵庫県宝塚市 十一面観音 長老(ちょうろう)
真言三宝宗 清澄寺 兵庫県宝塚市 大日如来 管長(かんちょう)
須磨寺派 須磨寺 神戸市須磨区 聖観音 管長(かんちょう)
智山派 智積院 京都市東山区 金剛界大日如来 化主(けしゅ)
豊山派 長谷寺 奈良県桜井市 十一面観音 化主(けしゅ)
室生寺派 室生寺 奈良県宇陀市 釈迦如来 管長(かんちょう)
新義真言宗 根来寺 和歌山県岩出市 大日如来 座主(ざしゅ)
真言律宗 西大寺 奈良市 釈迦如来 長老(ちょうろう)
宝山寺 奈良県生駒市 不動明王 貫主(かんず)



現代までカリスマが君臨する真言密教

空海は816(弘仁7)年に高野山に道場を開き、823(弘仁14)年に嵯峨天皇より官寺の東寺を下賜されます。中国から持ち帰った密教を基本にした真言宗を確立します。

真言宗全体の総本山は高野山の金剛峯寺であるイメージが強いですが、歴史的には京都の東寺です。現在は真言宗全体を統括する制度がないため、形式的な概念です。現在の「金剛峯寺」は座主の住居である本坊のエリアだけを指す名称として実質的に使われていますが、江戸時代までは高野山全体を指す名称でした。空海よって名付けられ、高野山全体を一つの寺としてとらえていたものです。

密教は、言葉や事象に表れない秘密の真理を明らかにしようとすることに名の由来があります。仏は人物ではなく真理そのものと定義します。宇宙の王者である大日如来を仏の中心に据えます。修行を通じて真理を理解することで自己や他者を救うことができると説きます。

空海は当時の日本に存在した奈良仏教や天台宗を、顕教(けんぎょう)として密教より下位に位置付けます。顕教は、言葉や事象に表れるものだけを真実ととらえているに過ぎないとみなしたのです。

空海の教えは当時とても革新的だったと考えられます。大日如来を頂点とする真言密教の世界観を、たくさんの仏像を並べてプレゼンテーションした東寺の立体曼荼羅は今見ても圧巻の空間です。平安時代初期には、何より恐れられた災い除けや病気平癒など現世利益を祈る宗派として絶大な支持を得ます。

一方で空海は他宗を排斥するようなことはしませんでした。最澄が自前にこだわった戒壇は、空海は既存の東大寺を使用します。南都仏教に対しては融合を目指すような動きが、以降も真言宗には見られます。

空海のカリスマ性は入滅後もますます高まっていきます。真言宗の教えが、空海一代でさらなる発展の余地がないほどのレベルに達していると認識されたためです。四国八十八か所巡礼や各地に残る膨大な数の空海自作の仏像といった事象は、神格化された弘法大師信仰の代表例です。



空海の孫弟子にあたる理源大師・聖宝(りげんたいし・しょうぼう)は醍醐寺を開きました。真言宗系修験道の当山派の開祖でもあります。醍醐天皇の寵愛を受けていたことで知られます。醍醐寺は、足利義満の満済、秀吉・家康の義演ら、政治権力者のブレーンとなる高僧を多く輩出します。

醍醐寺以外でも伝統的に、真言宗は政治権力者との融和を重んじます。秀吉による攻撃を回避した高野山の僧・木食応其(もくじきおうご)は、その後も豊臣政権のブレーンとして信頼を得ます。こうした点も天台宗と大きく異なります。

真言宗の京都における本山クラスの大寺院は、天皇の別荘・門跡・菩提寺に起源をもつ寺が多く、王朝文化を色濃く今に伝えています。また宗派全般的に歴史があることから、仏像や建造物など文化財が数多く残る点も特徴的です。 延暦寺は興福寺と同様に、現実的な俗世間との関わりを重視する伝統があります。一方、真言宗は俗世間とは一線を画す伝統があります。どちらも生き残るために選択した伝統です。

東寺の立体曼荼羅や高野山奥の院で2kmにわたって歴史的人物の墓標が並ぶ圧巻の参道など、夢の国にやってきたように思わせる真言宗のプレゼンテーションの上手さは秀逸です。空海のDNAが脈々と伝わっているように思えてなりません。

真言宗の寺の伽藍には、多宝塔(たほうとう、大塔と呼ぶ場合もある)が多く見られます。真言密教の最上位に位置する大日如来を祀ります。しかし真言宗寺院の本尊に大日如来は多くありません。現世利益というわかりやすいマーケティングを意識したのでしょうか、薬師如来のほか多岐にわたります。

真言宗の著名寺院(山内塔頭除く)は全国に数多くあります。

東寺真言宗(総本山:東寺)

  • <大本山>大津の石山寺
  • 京都の神泉苑

高野山真言宗(総本山:金剛峯寺)

  • <遺跡(ゆいせき)本山>京都の神護寺、河内長野の観心寺
  • 京都の安祥寺・千本ゑんま堂
  • 大阪の太融寺、堺の家原寺、箕面の勝尾寺、交野の獅子窟寺、羽曳野の野中寺
  • 西宮の門戸厄神、小野の浄土寺、加東市の朝光寺、城崎の温泉寺、香住の大乗寺
  • 奈良の大安寺、天理の長岳寺、大和郡山の矢田寺、橿原のおふさ観音、奈良県の百済寺・子嶋寺
  • 和歌山の慈尊院
  • 小浜の羽賀寺・多田寺・妙楽寺
  • 横浜の弘明寺、伊豆の願成就院、名古屋の興正寺、小松の那谷寺
  • 岡山の西大寺、宮島の大願寺、周防国分寺、鳴門の霊山寺

真言宗醍醐派(総本山:醍醐寺)

  • <大本山>御所の転法輪寺、尾道の西国寺
  • 京都の一言寺・法界寺・長建寺
  • 綾部の光明寺、舞鶴の松尾寺、大津の岩間寺
  • 奈良の十輪院、大和郡山の松尾寺、吉野の大峯山寺
  • 鳥取県の不動院岩屋堂

真言宗泉涌寺派(総本山:泉涌寺)

  • <大本山>尾道の浄土寺
  • 京都の誠心院・雨宝院
  • 鎌倉の覚園寺・明王院

真言宗御室派(総本山:仁和寺)

  • <大本山>河内長野の金剛寺、宮島の大聖院
  • 奈良の円成寺、橿原の久米寺、泉佐野の慈眼院、藤井寺の葛井寺・道明寺、西宮の神呪寺
  • 小浜の明通寺、高松の屋島寺

真言宗大覚寺派(大本山:大覚寺)

  • 京都の祇王寺
  • 神奈川の大山寺、福山の明王院、香川県の観音寺

その他

  • 奈良の霊山寺・松尾寺・正暦寺、和歌山の紀三井寺
  • 愛知県の鳳来寺、石鎚山の極楽寺


【Wikipediaへのリンク】 真言宗
【Wikipediaへのリンク】 東寺
【Wikipediaへのリンク】 高野山真言宗(金剛峯寺)

【Wikipediaへのリンク】 真言宗醍醐派
【Wikipediaへのリンク】 真言宗泉涌寺派
【Wikipediaへのリンク】 真言宗山階派
【Wikipediaへのリンク】 真言宗御室派
【Wikipediaへのリンク】 真言宗大覚寺派
【Wikipediaへのリンク】 真言宗善通寺派


高野山にも内部抗争はあった

真言宗は、宗派内や他宗との抗争、政治権力者との対立といった武力衝突は、天台宗と比べると明らかに少ない宗派です。それでも大きな危機は二度ありました。

平安時代末期に興教大師・覚鑁(こうぎょうだいし・かくばん)が、浄土教の教えを取り込んだ新しい密教を提唱します。高野山の腐敗を嘆いて改革を行いますが、守旧派を抑えきれなくなります。1140(保延6)年に覚鑁は山を下り、高野山のふもとから少し紀ノ川を下った地に根来寺(ねごろでら)を開きます。天台宗の寺門派・三井寺と同じようなパターンです。


根来寺・大塔

新義(しんぎ)真言宗として活動した根来寺は、戦国時代に鉄砲の産地として栄えます。多数の僧兵を抱える一大宗教都市になりますが、秀吉に屈服せず、攻撃されて壊滅します。

根来寺から逃れた僧侶たちの内、玄宥(げんゆう)が率いて京都に智積院を再興した一派が現在の智山派(ちさんは)、専誉(せんよ)が率いて長谷寺に入った一派が豊山派(ぶざんは)、のそれぞれ源流となっています。智積院は根来寺の塔頭の一つでした。

新義以外の派は古義(こぎ)真言宗と呼ばれます。真言宗を大きく2つに分ける概念ですが、両者間には天台宗のような強い確執はありません。

新義真言宗系の著名寺院(山内塔頭除く)は数多くありますが、関東に有力寺院が多いことが特徴的です。

真言宗智山派(総本山:智積院)

  • <関東三大本山>成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院
  • いわきの白水阿弥陀堂、東京の高幡不動・深川不動・薬研堀不動院
  • 名古屋の大須観音、愛知県の甚目寺、伊賀の新大仏寺
  • 京都の上品蓮台寺・千本釈迦堂・因幡堂・六波羅蜜寺・安楽寿院
  • 木津川市の蟹満寺・海住山寺、大山崎の宝積寺、寝屋川の成田山不動尊、富田林の瀧谷不動
  • 土佐国分寺、松山の太山寺

真言宗豊山派(総本山:長谷寺)

  • <大本山>東京の護国寺
  • 千葉の観福寺、東京の目白不動・西新井大師・武蔵国分寺
  • 長岡京の乙訓寺、明日香の飛鳥寺・岡寺、五條の栄山寺、竹生島の宝厳寺
  • 愛媛の石手寺


新義真言宗系その他

  • 奈良の室生寺、栃木の鑁阿寺


【Wikipediaへのリンク】 新義真言宗
【Wikipediaへのリンク】 真言宗智山派
【Wikipediaへのリンク】 真言宗豊山派


奈良で花開いた真言律宗

真言律宗は、鎌倉時代に叡尊(えいそん)が真言密教と律宗が伝える戒律を融合させた宗派です。鎌倉仏教の一つとしても数えられます。叡尊は、弟子の忍性(にんしょう)と共に、被差別民やハンセン病患者など社会的弱者の救済を行ったことでも知られます。

叡尊は荒廃していた西大寺を復興させ、奈良近辺の寺に瞬く間に支持を得ます。現在でも真言律宗の寺は、奈良近辺に集中する傾向があります。


浄瑠璃寺

真言律宗の著名寺院は以下です。

  • <総本山>西大寺、<大本山>生駒の宝山寺
  • 奈良の海龍王寺・不退寺・般若寺・元興寺極楽坊・白毫寺・不空院・福智院、大和郡山の額安寺、生駒の長弓寺
  • 宇治の橋寺、木津川市の岩船寺・浄瑠璃寺
  • 横浜の称名寺、鎌倉の極楽寺


【Wikipediaへのリンク】 真言律宗

 


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