京都でトップクラスの美しい紅葉がまもなくやってくる
二尊院(にそんいん)は、百人一首で名高い嵯峨野の小倉山の麓に佇まう静かな寺で、紅葉の名所として知られる嵯峨・嵐山エリアの中でも彩りの見応えはトップクラスだ。
二尊院は嵯峨野エリアでは境内が大きく、五感で自然を味わうウォーキングが充分に楽しめる。また山麓にあるため木々を見る目線の高さを変えて立体的に見ることができ、同じ木でも異なる高さから見た際の表情の変化が楽しめる。
また二尊院は、二条家や鷹司家といった摂関家(摂政関白を輩出できる最高クラスの公家)や、角倉了以といった豪商など、京都の名だたる名家の菩提寺になっている。鎌倉時代初期の歌人・藤原定家の別荘「時雨亭」も二尊院付近にあったとされ、現代もかるたで用いられる「小倉百人一首」は、定家が時雨亭で編纂したという。二尊院はこのように、京都の王朝文化を伝える空間として最高級のブランドを備えており、雅(みやび)で上質な空間が紅葉をより一層美しく見せてくれる。
百人一首に詠まれる「小倉山」は寺の裏山
本尊は釈迦如来・阿弥陀如来立像のペアで、並んで安置されている。釈迦如来は人が誕生した時に人生に向かって送り出す「発遣(ほっけん)」、阿弥陀如来は人が寿命を全うした時に極楽浄土に迎えてくれる「来迎(らいごう)」の役割を果たす。人生の最初と最後を司る両尊を並んで祀っていることから「二尊院」と呼ばれるようになった。
両尊は鎌倉時代の作品で、流れるような衣のひだが美しい。お顔も鎌倉リアリズムによる洗練された表情を今に伝えている。左右対称で同じ大きさで並んでいるペア本尊は、私はあまりお会いしたことがない。仲が良さそうに見え、ほっとする気分になれる。
二尊院は他にもエピソードが多い。和菓子には欠かせない「小倉あん」の発祥の地と言われ、境内には石碑が立っている。小倉あんは、こしあんに小豆の高級品種・大納言を混ぜたもので、味のポイントとなる大納言が付近の名産品だった。甘党に目がない方には愉しみな石碑になろう。
小倉あんの発祥の石碑
二尊院は平安時代初期の建立だが、応仁の乱で全焼している。現在の本堂や勅使門(唐門)は、当時の有力な公家だった三条西実隆(さんじょうにし・さねたか)が呼び掛けた寄進よって再建されたものだ。実隆は、足利義政や大内義隆、古典学者・一条兼良など当時の一流の文化人との親交が幅広く、彼の日記「実隆公記」は当時を知る日本史の一級資料として知られる。
本堂の再建がなったのは応仁の乱が終わって40年ほどたった後だが、戦国大名の群雄割拠は激しく、洛中の復興はまだまだ進んでいなかった時代だ。本堂再建時の後柏原天皇は、朝廷が最も困窮していた頃の天皇で、即位の礼を行えたのはなんと即位の21年後だった。そんな厳しい時代に再建がなったことは、いかにこの寺が当時の貴族階級に愛されていたかがわかる。本堂が醸し出す御所の宸殿のような佇まいが、そんな貴族たちの思いを今に伝える。
実隆が再建した勅使門の扁額には「小倉山」
日本や世界には、数多く「ここにしかない」名作がある。
「ここにしかない」名作に会いに行こう。
京都の社寺の売れっ子写真家、水野克比古・秀比古親子による紅葉案内の最新版
二尊院
原則休館日:なし