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アメリカ有数の浮世絵エインズワース・コレ展_大阪市立美術館 9/29まで

2019年08月19日 | 美術館・展覧会

大阪市立美術館で、アメリカ有数の浮世絵コレクションが大挙して日本にやってきた「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション」展が行われています。フェノロサやビゲローと異なり聞き慣れないコレクターの名前ですが、“さすがはアメリカ有数”と感じさせるほど展示内容が充実しています。

  • メアリー・エインズワースは1906(明治39)年に初来日して以降蒐集を始めたアメリカ人女性
  • 浮世絵全盛期のフルカラーの錦絵だけでなく、初期の墨摺絵や紅絵の充実が最大の特徴
  • 版画ながらも世界で一点だけの作品も多く、研究者の間では早くからコレクションは知られていた
  • 日本初の里帰り展、保存状態もよく、初摺の初々しい発色を楽しめるまたとない機会


アメリカの日本美術コレクションは浮世絵にかかわらず、とにかく保存状態がよいことに驚かされます。国外流出という負の側面と、安全な保管という正の側面は表裏一体だとあらためて感じさせてくれる展覧会です。


青空に映える大阪市立美術館とあべのハルカス

メアリー・エインズワース浮世絵コレクションを所蔵するオーバリン大学アレン・メモリアル美術館は、ニューヨークとシカゴのほぼ中間に位置するオハイオ州にある名門大学にある美術館です。卒業生には俳優・映画監督のオーソン・ウェルズや駐日大使のエドウィン・ライシャワーらがいます。

メアリー・エインズワースもオーバリン大学OGです。1950年に彼女が亡くなる際に、浮世絵コレクション1500点以上が多くの日本の古書とともに大学に遺贈されました。




展覧会は主に作品の制作順に構成されています。線の描写はより繊細に、色はフルカラーにと、浮世絵版画制作の技術的進歩がとてもよくわかります。それだけこのコレクションからは、浮世絵の流れをきちんと俯瞰することができます。なお展示品には肉筆浮世絵は含まれず、すべて版画です。

【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

浮世絵の祖と呼ばれ、江戸で天和年間(1681-1684)頃に活躍した菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の作品から展覧会は始まります。師宣は「見返り美人」に代表される肉筆浮世絵のイメージが強く、版画を見られる機会はなかなかありません。

風俗画として流行し始めていた肉筆浮世絵はいかんせん高価なため、安価で大量に制作できる版画は、墨一色で摺った最もシンプルな「墨摺絵(すみずりえ)」から製作が始まります。彫師や摺師の技術がまだ発達していなかったのでしょう、師宣「低唱の後」からは線や模様の描写はシンプルながらも、かえって古風な趣が伝わってきます。

師宣の展示作品には、後生になって彩色された作品も含まれます。墨一色の作品からも、花見など娯楽を愉しむ人々の様子が生き生きと伝わってきます。世界でも日本にしかなかったフルカラーの安価な芸術品の原点を今に伝える作品です。


人間の欲望が版画の色と線を際限なく美しくした

浮世絵は、人間の欲望に火を付け、ととどまるところを知らなくなったコトの典型です。墨摺絵の人気が高まると、当然「色が付いている方がよい」となっていきます。元禄年間(1688-1704)頃には筆で顔料を彩色した丹絵(たんえ)、享保年間(1716-1736)頃には筆で絵の具を彩色した紅絵(べにえ)とエスカレートしていきます。色は赤が多いですが、黄色や緑色もあります。

鳥居清倍(とりいきよます)「雪中傘を差す遊女と侍女」や奥村政信(おくむらまさのぶ)「鏡を見る美人」はこの時代の典型作です。繊細な線を彫って摺る技術に進歩が見られ、人物の艶っぽさがより強調されるようになっています。




紅絵は人気を博したものの、手彩色で手間がかかり安価な供給が難しくなっていきます。古今東西、必要は発明の母です。延享年間(1744-1748)頃に、異なる色を印刷する紅摺絵(べにずりえ)が登場します。

色の数だけ同じ紙に摺る際に、紙の位置がずれない目安となる見当(けんとう)が考案されたことで大きく進歩した技術です。見当は現代の印刷用語ではトンボと呼ばれ、「見当を付ける」の語源となったとも考えられています。

紅摺絵は、色を重ね刷りして複雑な色合いを出すのではなく、インキの原色を摺るだけでした。紙質も低い作品が多く、発色のよさでは紅絵に劣る傾向も見られます。質素倹約の八代将軍・吉宗の時代の空気を現しているのでしょう。


鈴木春信が浮世絵の黄金時代の幕を開ける

鈴木春信(すずきはるのぶ)の役者絵「もんがく上人 市川団十良 平の清もり 沢村宗十良」は紅摺絵の典型です。色彩の鮮やかさはありませんが、人気役者のオーラが伝わってくるようなしっかりした線の表現が注目されます。版画のため複数現存することが珍しくない浮世絵にあって、世界で他に存在が確認されていない“一品モノ”です。

明和年間(1764-1772)になると、流行していた絵暦(えごよみ)、現在のカレンダーの絵柄の制作のために多色刷りの錦絵(にしきえ)が登場します。紙や絵の具の進歩もあって錦織物のように美しいことから、この名が付いたと言われています。鈴木春信は絵暦の売れっ子絵師で、錦絵の祖と呼ばれるのはこうした所以です。

春信「六玉川「調布の玉川」」は、最初期の錦絵作品です。女性の清楚な表情を描かせれば右に出る者はいないと呼ばれる“マジック“が、この作品にもはっきりと見て取れます。

春信の次の世代である鳥居清長(とりいきよなが)「松風村雨(汐汲み)」は、同じく展示されている同名の春信作品を模して描いた作品です。春信作品と見比べてみてください。偉大な先輩から画風を学ぼうとしている“オマージュ“が感じられます。




錦絵初期の鈴木春信/鳥居清長に、全盛期の喜多川歌麿/東洲斎写楽/葛飾北斎/歌川広重を加えた六大浮世絵師による作品が見事に揃っています。美人絵/役者絵/名所絵と浮世絵の黄金時代を飾る作品の連発は圧巻です。


18c後半の世界初のフルカラー印刷が西洋人を驚かせた

浮世絵が明治時代に西洋人を魅了したのは、日本的な描写だけではありません。自分たちの社会にはなかったフルカラー印刷を庶民が楽しめていたことにも驚いたのです。しかも不要になった浮世絵は、昭和の頃まで古新聞のように“包装紙”として使われていたほどありふれていたのです。

エインズワースも、浮世絵とそれを生み出した日本社会に驚いた一人であることは間違いありません。一般的に浮世絵コレクションは、フルカラーで美しく、かつ製作年代が新しく大量に流通していた錦絵が中心となります。一方エインズワースのコレクションは、初期の作品の充実が最大の特徴です。

母国アメリカに先駆けたフルカラー印刷がどのようにして生み出されていったのか。こうした興味が初期の作品を積極的に蒐集した大きな要因になったのでは、と個人的には感じています。

歌麿の美人絵の中で「婦人相学十躰 面白キ相」が、個性的な作品として目に付きます。おそらく就寝前に襦袢姿で鏡を見ている様子と考えられます。黒髪とお歯黒を強調するためでしょう、柄のない襦袢の淡色と黒の二色刷りで表現されています。フルカラーの錦絵の中が並ぶ中でとても斬新な色遣いです。

広重の著名作「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」では、橋の対岸に二艘の舟が追加された珍しいバージョンも展示されています。エインズワースのコレクションの半数を広重が占めることもあり、日本の画商を驚かせるような審美眼を持っていた女性でしょう。




新世界から美術館へは天王寺動物園の回廊を通って辿りつける

鑑賞し終わると、蒐集のバランスの良さ、希少価値のある作品、保存状態の良さ、とコレクションのレベルの高さを強く印象づけられます。日本美術が、アメリカに渡ったことで大切に守られてきたことに感謝の念をも感じる展覧会です。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



大勢いすぎて混乱する浮世絵師の理解にぴったり

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<大阪市天王寺区>
大阪市立美術館
特別展
オーバリン大学 アレン・メモリアル美術館所蔵
メアリー・エインズワース浮世絵コレクション -初期浮世絵から北斎・広重まで
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:大阪市立美術館、毎日新聞社、MBS
会期:2019年8月10日(土)~9月29日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~16:30

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2019年5月まで千葉市美術館、2019年7月まで静岡市美術館、から巡回してきたものです。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていますが、企画展開催時のみ鑑賞できます。



◆おすすめ交通機関◆

JR・大阪メトロ「天王寺駅」、近鉄「大阪阿部野橋」駅、阪堺電車「天王寺駅前」駅下車
各駅から天王寺公園内を通って徒歩5~10分
JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR大阪駅(梅田駅)→大阪メトロ御堂筋線→天王寺駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。有料の天王寺公園地下駐車場が利用できます。
※駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


________________

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京都に“国宝展”が再来_京博「寄託の名宝」展 9/16まで

2019年08月16日 | 美術館・展覧会

京都国立博物館で「京博寄託の名宝」というあまり聞きなれない名前の展覧会がおこなわれています。寄託(きたく)とは、所有者が美術品を博物館に預かってもらう制度のことです。京博は特に寄託品が多い国立博物館であり、この展覧会はさながら”国宝展”と呼んでもよいほどの豪華ラインナップが登場しています。

  • 日本で最も有名な国宝「風神雷神図屏風」「伝源頼朝像」も寄託品、本展にも堂々のご登場
  • 京博が預かる寄託品から国宝36点/重文59点が出展、2年前2017年の国宝展を彷彿とさせる
  • これだけの質と量の展覧会だが特別展にあらず、常設展料金で鑑賞できる


京都で間もなく開催される博物館の国際組織ICOM(アイコム)の世界大会を記念した特別企画です。京博の”出血大サービス”展覧会です




京都国立博物館は1889(明治22)年に開館した国立博物館です。廃仏毀釈や明治維新の混乱で保存状態が危機に瀕していた文化財を収容するために、奈良国立博物館と同時期に開設されました。

1872(明治5)年に開設された東京国立博物館は、明治新政府の中央博物館として、国家予算で文化財を購入したり、全国から寄贈を受けることで、国立博物館が所有者となる「収蔵品」を増やしてきました。一方京都/奈良の国立博物館は、保管がままならない寺社から文化財を預かることで「寄託品」を増やしてきました。こうした開設時の性格の違いが現在の各国立博物館が保管する収蔵品/寄託品のバランスにも明確に現れています。

国立博物館を統括する(独行)国立文化財機構の2017年の年報で公表された各国立博物館の収蔵品/寄託品の内訳をご紹介します。

  • 東博 全120,569点保管:収蔵品97%/寄託品3%、国宝:収蔵品89点/寄託品55点
  • 京博 全14,212点保管:収蔵品56%/寄託品44%、国宝:収蔵品29点/寄託品86点
  • 奈良博 全3,855点保管:収蔵品49%/寄託品51%、国宝:収蔵品13点/寄託品53点
  • 九博 全1,812点保管:収蔵品49%/寄託品51%、国宝:収蔵品3点/寄託品2点


この数字の傾向を”まとめる”と以下になります。

  • 東博は、保管点数そのものが群を抜いて多く、収蔵品がほとんどを占める
  • 京博/奈良博は、寄託品の割合が非常に高い
  • 京博は、寄託品の国宝点数が目立って多い


今回の展覧会は「寄託品の国宝点数が目立って多い」京博の特徴を見事に活かしています。安価な常設展料金で鑑賞できるのは、京博自館の保管品だけで構成できる展覧会だからです。



京博・明治古都館

京博の寄託品の所有者は、やはり1200年の古都だけあって寺社が圧倒的に多く、その寺社の所在地は京都以外の関西全域や地方にも広がっています。

寺社は明治の廃仏毀釈の混乱で多くの文化財を手放していますが、それでも圧巻の名品が数多く今に伝えられています。寺社は公家や商人のように東京に拠点を移さなかったためですが、逆説的に考えると廃仏毀釈で存続さえ危ぶまれた仏教寺院は、新首都に拠点を移す余力などまったくなかったでしょう。

今となっては京都や奈良の寺社は世界的な観光コンテンツになっています。歴史上の出来事はまさに表裏一体であることを強く感じさせます。



京博のこの噴水が猛暑をなぐさめてくれる

この展覧会は会期が約1か月と短いですが、日本美術ではよくある”展示替え”がありません。1か月というのは光/温度/湿度の影響で長期展示に耐えられえない日本美術の最長展示期間の一つの目安です。世界中から博物館関係者が集まるICOM京都大会が9/1-7に行われるのに合わせた、絶妙の日程です。

展示は通常の常設展示と同じ、文化財のジャンル別に構成されています。3Fの陶磁器から始まります。

【京都国立博物館 公式サイトの画像】 野々村仁清「銹絵水仙文茶碗」
【京都国立博物館 公式サイトの画像】 「青磁貼花牡丹唐草文瓢形瓶」

見覚えのある名品が多数並んでいます。その中でも江戸時代はじめに陶工として初めて名前を残すようになった野々村仁清(ののむらにんせい)の作品は、やはり別格です。

本拠地の京都に伝えられた数少ない名品「銹絵水仙文茶碗」が、水仙が描かれた雅な趣をしっかりと今に伝えています。仁清を見出した当代随一の茶人・金森宗和の菩提寺・天寧寺に伝えられており、京の公家たちに絶大な人気を誇った「姫宗和」と呼ばれる茶道の風流が凝縮されたような重要文化財です。

「青磁貼花牡丹唐草文瓢形瓶」は、曼殊院に伝えられる南宋から元時代頃の瓢箪型の瓶です。青磁の上質な色合いが際立っており、茶会で花生として披露された際に客人を魅了していた様子が目に浮かんできます。

【京都国立博物館 公式サイトの画像】 「伝源頼朝像」
【京都国立博物館 公式サイトの画像】 「伝平重盛像」

2Fに下りた肖像画の展示室では、日本のみならず世界的な肖像画の名品として知られる2つの肖像画、神護寺に伝わる国宝が展示されています。日本人にとっては「源頼朝」として名高い肖像は近年の研究では「誰かわからない」とされていますが、正三角形の美しい幾何学的な構図、精緻な写実的な表現、気品の高さはやはり格別です。誰かわからなくとも、観る者を確実に魅了します。

「伝平重盛像」はパリで2度展示されたこともあり、世界的にはこちらの方が有名です。「伝源頼朝像」に比べ、権力者としての表情の描写が理想化されていません。誰かはわかりませんが、権力者としての苦悩までも感じさせる表現を目の当たりにすると、世界的に著名な逸品であることが納得できます。

【京都国立博物館 公式サイトの画像】 「釈迦如来像(赤釈迦)」

神護寺に伝わる「釈迦如来像(赤釈迦)」は、日本の仏画の中でも「孔雀明王像」東博蔵と並ぶ最高傑作の一つと呼べる逸品です。截金(きりがね)が散りばめられた彩色は、1000年の時を重ねた平安時代の作品としては驚きの美しさを保っています。暗闇の密教儀式の中で蝋燭の灯りだけに照らし出されたこの像は、まさに後光が差しているように感じられるでしょう。

【展覧会 公式サイトの画像】 狩野正信「竹石白鶴図屏風」
【京都国立博物館 公式サイトの画像】 狩野元信「四季花鳥図」

室町時代の障壁画の名品もきちんと登場しています。大徳寺真珠庵に伝わる狩野派の祖・正信の「竹石白鶴図屏風」は、室町将軍が長らく愛した中国の唐絵の表現にやまと絵的な趣を、センターに配した一羽の鶴に見事に演じさせている重要文化財です。唐絵とやまと絵を融合させた狩野派の原点を感じさせるとともに、屏風や襖絵のような大画面で室内空間を飾る時代の幕開けをも告げています。

大徳寺大仙院に伝わる正信の子・元信の「四季花鳥図」は、唐絵とやまと絵の融合をさらに前面に押し出し、狩野派隆盛の礎を築いた元信の代表作です。松の木肌/鳥の羽毛/花びら、主役となるモチーフ描写の生命感の表現は見事で、絵画表現が中世から脱却したことを思わせる歴史的名品の一つです。現在重要文化財ですが“国宝昇格が近いのでは”と個人的に感じています。

【京都国立博物館 公式サイトの画像】 俵屋宗達「風神雷神図屏風」

「伝源頼朝像」と並んで日本で最も有名な国宝の一つ、俵屋宗達「風神雷神図屏風」は建仁寺所蔵です。今回の展覧会でも主役を務めるにふさわしい、あっぱれのオーラを輝かせています。風神と雷神だけが屏風の左右の隅っこに描かれているシンプルな構図が、何よりも雲の上で振る舞う二神の雄大な動きを際立てせています。とくと向き合ってみてください、雷や風の音のリズム感まで聞こえてきます。

【京都国立博物館 公式サイトの画像】 顔輝「蝦蟇鉄拐図」
【京都国立博物館 公式サイトの画像】 「秋景・冬景山水図」

中国絵画も見覚えのある名品が目白押しです。百万遍知恩寺に伝わる重要文化財・顔輝「蝦蟇鉄拐図」は、“きもかわいい”とも表現できるほど仙人をリアルかつ怪奇的に描いた元時代の傑作です。科学の概念がなかった時代に、超人的な能力を持つとされた仙人のイメージを見事に表現していると感じられます。

「秋景・冬景山水図」は南禅寺金地院に伝わる国宝で、北宋の徽宗皇帝の筆という説もあります。室町時代の唐物の最高評価である東山御物の一つです。大自然に佇む文人が小さく描かれているにも関わらず、絵の全体の拡張を際立って高めています。まさに中国大陸の奥深さを表現した名品です。



電柱がなければ素晴らしい青空なのに

寄託品や寄贈品は近年増加傾向にあり、以下の要因が想定されています。

  • TV番組「なんでも鑑定団」の影響で、多くの旧家や寺社が蔵に眠っていた昔の品に目を向けるになった
  • 日本画の高精細複製技術の進歩で複製品が常設展示されるようになり、寺社から障壁画の原本が寄託されるようになった


寄託や寄贈が増えると

  • 歴史や文化の研究が促進
  • 優れた美術品の公開機会の拡大
  • 安全な保管

など、博物館や鑑賞者にとって多くのメリットが生まれます。寄託の場合は、所有者が保管リスクから解放されるメリットが大きく、しかも無料で預かってもらえます。

寄託/寄贈が増えるのは望ましいことですが、受け入れ側である博物館の保管・展示スペース、文化財の価値を見極め研究する学芸員、のダブル“不足”という問題があり、特に国立博物館では深刻です。世界の主要国に比べ文化財予算が少ないことが大きく影響しています。

世界中で日本“グルメ”の人気はすでに不動のものとなっていますが、日本文化のイメージを牽引する次のエースは“美術”でしょう。4つの国立博物館はその“顔”にあたります。

  • 企画展だけでなく常設展も鑑賞する
  • 外国の友人を案内する機会があったら常設展に連れて行く

4つの国立博物館とも高いレベルで常設展を楽しめます。“企画展以外はつまらない”という“思い込み”には、4つの国立博物館は該当しません。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



ハシモトが語る、京都になぜこんな名品があるのか?

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<京都市東山区>
京都国立博物館
ICOM京都大会開催記念 特別企画
京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─
【美術館による展覧会公式サイト】

会場:平成知新館
会期:2019年8月14日(水)~9月16日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~16:30(金土曜~20:30、9/7は~16:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

京都市バス「博物館三十三間堂前」下車、徒歩0分
京阪電車「七条」駅下車、3,4番出口から徒歩7分
JR「京都」駅から徒歩20分

JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:10分
京都駅烏丸口D1/D2バスのりば→市バス86/88/100/106/110/206/208系統→博物館三十三間堂前

【公式サイト】 アクセス案内

※休日の午前中を中心に、京都駅ではバスが満員になって乗り過ごす場合があります。
※休日の夕方を中心に、渋滞と満員乗り過ごしで、バスは平常時の倍以上時間がかかる場合があります。
※この施設には有料の駐車場があります(公道に停車した入庫待ちは不可)。
※駐車場不足により、クルマでの訪問は非現実的です。


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戦後の前衛芸術はすごい_山村コレクション展 兵庫県美 9/29まで

2019年08月09日 | 美術館・展覧会

兵庫県立美術館で「山村コレクション」展が始まっています。戦後の日本のモダンアートのコレクションとしては日本有数で、「前衛」や「具体」をキーワードに蒐集された”新しい芸術”をたっぷりと楽しむことができます。

  • 実業家・山村徳太郎が戦後に蒐集し、兵庫県立美術館に一括寄贈したコレクションを一挙紹介
  • 山村コレクション展は20年ぶりで過去最大規模、戦後モダンアートを俯瞰できる蒐集は素晴らしい
  • 山村の蒐集の経緯や作品に魅了された理由をきちんと紹介、物語のように展示は展開していく
  • 1950~80年代の”新しい芸術”からは、まさに昭和ニッポンのエネルギーが感じられる


昭和を知っている方も知らない方も、最新の現代アート作品は昭和アートの延長線上にあることを肌で感じることができます。素晴らしいコレクションです。




山村徳太郎(やまむらとくたろう)(1926-1986)は、兵庫県西宮市でガラス瓶製造の山村硝子(現:日本山村硝子)を経営していた実業家です。1955(昭和30)年に社長に就任した頃から国内外のモダンアート作品の蒐集を始めます。途中で戦後の日本人アーティストの作品に対象を絞った後、1986(昭和61)年の死の直前までコレクションは続けられていました。

当初蒐集していたミロ/エルンスト/デュビュッフェ/レジェ/ポロックら海外の大家の作品は、1966(昭和41)年に国立西洋美術館に寄贈されています。

【国立西洋美術館 公式サイトの画像】 ジョアン・ミロ「絵画」
【国立西洋美術館 公式サイトの画像】 フェルナン・レジェ「赤い鶏と青い空」
【国立西洋美術館 公式サイトの画像】 ジャクソン・ポロック「ナンバー8, 1951 黒い流れ」

これら作品は西洋美術館の常設展示の常連になっています。西洋美術館のモダンアートの主要作品として、記憶にとどめている方も少なくないでしょう。




展覧会場入り口では、山村の写真と共に「出会いこそ人生」という彼の収集哲学のキャッチコピーが目を引きます。評価の定まっていない最新のモダンアート作品は、オールドマスターのようにオークションに出てくるのを待つ、というわけにはいきません。膨大な作品の海の中の小魚との出会いを大切にした、山村の人生観をも物語る名言です。


展覧会PR動画



展示室内の光景

兵庫県立美術館の企画展示室は、立体でサイズの大きい作品の展示が充分に想定されており、今回のようなモダンアートの展覧会では天井の高さが特に爽快に感じられます。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 津高和一「母子像」1951年
【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 津高和一「雷神」1958年

展示はおおむね作品の蒐集順に構成されています。I章は「社長業の傍らで-さまざまな出会い 1950~1970年代」、津高和一(つだかわいち)の作品から展示が始まります。全9点が出展されており、「母子像」→「雷神」のように抽象表現に磨きがかかっていく時系列的な変化がよくわかります。”すごく抽象”を感じさせるジュンク堂のブックカバーのデザインは津高和一です。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 須田剋太「縄文記号」1965年

須田剋太(すだこくた)は司馬遼太郎「街道をゆく」の挿絵画家として知られ、力強いタッチの抽象画が特徴的です。ジェラルミン粉末まで用いて表現した油彩画「縄文記号」は、そんな須田の個性がとてもよく伝わってきます。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 斎藤義重「ペンチ」1967年

斎藤義重(さいとうよししげ)の「ペンチ」は青い怪獣のようにも見えます。今回の展覧会のテーマ「前衛」を代表する作品として、展覧会チラシ表紙に採用されています。板にラッカーを塗って描いており、究極に平面的な表現と色彩の明確さが際立っています。

斎藤は海外でも評価の高い前衛画家で、この作品が発表された1967には画家としての地位は確立されていました。山村はデビュー当初から斎藤の作品を購入していますが、「ペンチ」はかなり高額になっていたことでしょう。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 元永定正「ポンポンポン」1972年

元永定正(もとながさだまさ)は主に絵本作家として活躍しましたが、絵本であっても”前衛”的な表現に個性を見出せます。「ポンポンポン」にはどこか子供が興味を持ちそうな不思議さと温かさが備わった名品です。



美術館廊下は、山村コレクション年表

日本の戦後の前衛芸術の大きな節目となった大阪万博が終わった後、戦後の関西で前衛芸術をけん引してきた具体美術協会が1972(昭和47)年に解散します。オイルショックなど高度経済成長が曲がり角を迎える中、モダンアートにも次を模索する動きがみられるようになります。

山村のコレクションも新たな時代を模索し始めます。II章は「転機 1970年代末~1980年代初頭」です。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 高松次郎「影(#394)」1974-75年

作品のコンセプト(概念)やアイデアを伝えることを重視するコンセプチャル・アートの分野で、日本に大きな影響を与えた高松次郎(たかまつじろう)は、日本の戦後芸術の”転機”を例えるにふさわしいアーティストです。

「影(#394)」は描いている対象は具体的ですが、なぜその絵を描いたのを観る者に考えさせる強いオーラを発しています。「この絵は何を示しています?」と絵がささやいているのです。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 篠原有司男「女の祭」1966年

篠原有司男(しのはらうしお)は、ボクシングのグローブに絵の具を付け壁に殴りつけて描くパフォーマンスで一世風靡したアーティストです。「女の祭」は抽象から具象に振り子が戻された様な作品です。

モチーフが人物であることがわかり、浮世絵のように登場人物がポーズを決めるが如く描いていますが、顔が全く描かれていません。蛍光塗料で描かれた色彩はド派手で、悪趣味と評される篠原の個性が出ていますが、民族や世代の枠を超えて親しまれるような温かさも持っています。名品です。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 吉原治良「作品」1966年

吉原治良(よしわらはるよし)は吉原製油(現:J-オイルミルズ)の御曹司に生まれ、社長業と並行して抽象画家として名を馳せるようになった異色の人物です。具体美術協会創設のリーダー役ともなり、嶋本昭三/白髪一雄/村上三郎/元永定正ら、この展覧会にも多くが出展されているアーティストたちが吉原の下に集まりました。

今では「グタイ」は戦後の様々な現代アートの先駆者として位置づけられるようになり、海外でも「グタイ」の名はよく知られています。

円形をモチーフにした作品で知られ、出展されている赤地に青い丸をアクリルで描いた「作品」はその典型です。新しい表現を模索し続けてきた戦後の前衛に対し、究極にシンプルな円形のモチーフは「絵画表現とは何か」を常に見つめ直させるようなオーラがあります。前衛画家にとっては禅問答のテーマのように見えたのではないでしょうか。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 浮田要三「作品」1958年

「グタイ」が評価を得ていた欧州で山村は、具体美術協会に参加した画家たちの作品の評価の高さに驚きます。「転機」の時代において、一昔前の表現の素晴らしさにあらためて魅力を感じたのです。浮田要三(うきたようぞう)の「作品」もそんな一つで、いかにもアンフォルメルを思わせる激しい表現が目を引きます。



MUSEUM ROAD

円熟味を増した山村の蒐集活動は、失われた作品の再制作やアーティストへのインタビューを通じて、その時代の芸術活動を記録に残そうとする方向にも発展していきます。III章「更新は続く-中断の間際まで 1983~1985年」では、晩年の山村の芸術支援活動が紹介されています。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 中辻悦子「内外」1983年

中辻悦子(なかつじえつこ)はグラフィックデザイナーで、夫は元永定正です。夫の作品のように優しさがあふれた表現に心が温まります。

【兵庫県立美術館 公式サイトの画像】 吉村益信「豚・pig lib;」1971年

展覧会のアイドルが展覧会の大トリを務めます。吉村益信(よしむらますのぶ)の「豚・pig lib;」です。吉村は日本の過激な前衛芸術集団「ネオ・ダダ」を篠原有司男らと共に結成したアーティストで、のような強烈なモチーフ表現で知られています。

「豚・pig lib;」は、豚のはく製を輪切りにして表現していますが、グロテスクさを全く感じさせません。人間の食生活を支える豚の尊厳を表現したような敬意すら感じさせます。名品です。

「山村コレクション」展はモダンアートの展覧会です。歴史や文化の知識がなくとも十分に自分とアーティストの両方の感性を楽しむことができます。三宮のすぐ隣にあります。ぜひお出かけください。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



戦後の日本の現代アートの知識を整理しませんか?

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<神戸市中央区>
兵庫県立美術館
ICOM京都大会開催記念 特別展
集めた!日本の前衛-山村德太郎の眼 山村コレクション展
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:兵庫県立美術館、神戸新聞社
会場:3F 企画展示室、ギャラリー
会期:2019年8月3日(土)~9月29日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~19:30)

※この展覧会は、非営利かつ私的使用目的でのみ、撮影禁止作品以外の会場内の写真撮影が可能です。
 フラッシュ/三脚/自撮り棒と動画撮影は禁止です。

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

阪神電車「岩屋」駅下車、徒歩8分
JR神戸線「灘」駅下車、南口から徒歩12分

JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:45分
JR大阪駅(阪神梅田駅)→阪神電車→岩屋駅

【公式サイトのアクセス案内】

※この施設には有料の駐車場があります。
※駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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→ 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
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「三国志」展 1800年前の史実に大接近_上野 東博 9/16まで

2019年08月05日 | 美術館・展覧会

東京国立博物館で「三国志」展が行われています。「リアル三国志」というコピーが物語るように、最新の発掘・研究成果で雄大な歴史物語を表現します。三国志は、中国の歴史ドラマでは日本で最も有名と言えるでしょう。そんな人気のドラマの史実に”大接近”することができます。

  • 三国志の時代を物語る出土品がこれほどたくさん現存するとは驚き、実物に勝るリアルはない
  • 中国の文化財の最高格付け「一級文物」が、全162点の内42点を占める
  • 2009年に発掘された三国志のヒーロー・曹操の墓の出土品が海外初出展


中国政府の全面協力の下、中国全土の博物館から最新かつ一級の三国志の”生き証人”が出展されます。中国の歴史のスケールの大きさに圧倒されます。


当時の主力兵器、矢が雨あられのように飛び交う展示室

「三国志」は、西暦の紀元前後をはさむ頃に中国で君臨していた漢王朝滅亡後の西暦200年頃からの約100年間、魏(ぎ)/呉(ご)/蜀(しょく)が覇権を争った三国時代をまとめた歴史書です。明から清の時代にかけて小説「三国志演義」として中国全土で広く知られるになり、日本では第二次大戦中に新聞に連載された吉川英治の小説で一躍有名になりました。

紀元前206年に項羽と争い勝利した劉邦が建国した前漢王朝から、再興された後漢王朝まで合わせ約400年間続いた漢の滅亡から、物語は始まります。

魏の建国を主導した曹操(そうそう)/曹丕(そうひ)、呉の建国を主導した孫権(そんけん)、蜀の建国を主導した劉備(りゅうび)/関羽(かんう)/諸葛孔明(しょかつこうめい)。誰もが一度は名前を聞いたことがあるスターが繰り広げるドラマは、国家や企業の生き残り戦略を象徴するストーリーとしても、日本人にも深く心に刻まれています。

吉川英治の小説の後、三国志をさらに大衆に知らしめたのが、1971(昭和46)年から連載された横山光輝の漫画、1982(昭和57)年からNHKでTV放映された人形劇、1985(昭和60)年に初めて発売されたPCシミュレーション・ゲームです。世代を超えて日本でも親しまれていることがわかります。


出展品所蔵元の博物館は中国全土に及ぶ

展覧会の主催者に「中国文物交流中心」が名前を連ねています。公式サイトを見る限り、中国政府による文化財の保管・展示を統括する国家機関のようです。日本ではさながら、文化系の国立博物館を統括する(独行)国立文化財機構や国立美術館を統括する(独行)国立美術館を併せたような機関でしょう。

外国の美術館の所蔵品が大々的に展示される展覧会で、所蔵元となるその国の文化財に関する国家機関や所蔵美術館自体が主催者に名を連ねることは決して多くありません。主催者に名を連ねると、成功した時の果実は大きくなりますが、リスク責任も負わなければなりません。所蔵元が主催者に名を連ねる今回の展覧会は、中国政府肝いりの展覧会と言え、日本で言う国宝級の文化財も多数出展されます。


展覧会プロローグ、NHK人形劇の主役たち

展覧会は以下に構成されています。

  • プロローグ 伝説のなかの三国志
  • 第1章 曹操・劉備・孫権 英傑たちのルーツ
  • 第2章 漢王朝の光と影
  • 第3章 魏・蜀・呉 三国の鼎立
  • 第4章 三国歴訪
  • 第5章 曹操高陵と三国大墓
  • エピローグ 三国の終焉 - 天下は誰の手に


プロローグでは、三国志の主役を象徴する作品が並びます。NHK人形劇の主役を務めた人形の展示の前では、実際の放送を見た記憶があると思われる40歳代後半より上の世代の人たちが熱心に見入っています。

展覧会チラシの表紙に採用されている「関羽像」中国・新郷市博物館蔵は、明代の青銅像です。恰幅の良いボディ、そのボディを包む気品ある武具、苦渋の決断の瞬間のように集中力の高まりを究極に芸術的に表現した表情、いずれも日本では目にすることができない中国のスケールの大きさを感じさせる表現です。

日本の四天王の造形との共通点も感じられますが、中国的な表現には日本文化の偉大なる先輩として尊敬の念を禁じえません。



【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

第1章では章タイトルにもなった「英傑たちのルーツ」を感じさせる名品が並んでいます。

「玉豚(ぎょくとん)」中国・亳州市博物館蔵は一見、単なる翡翠(ひすい)の塊に見えますが、古代中国では貴人が死後にも豚肉が食べられるようにと遺体の手に握らせていました。当時の最先端文化を今に伝える逸品です。出土した墓は、曹操の父親の墓とする説が有力で、とてつもない権力と財力の大きさも伝わってきます。「一級文物」に指定されています。

「一級文物」とは、日本で言う国宝や重要文化財に相当する、中国の動産文化財に対する格付け制度の中で最高峰に位置付けられる評価です。

第2章では、三国志が始まる前、後漢王朝が滅亡する時代の名品が並んでいます。「酒樽(しゅそん)」中国・甘粛省博物館蔵は、後漢末期の将軍の墓から出土した青銅に鍍金した器で、刻まれた紋様の繊細さと気品の高さが際立ちます。一級文物です。日本ではまだ弥生時代、中国にはこの装飾を作り出す高度な技術がすでにあったのです。

「「倉天」磚(そうてんせん)」は、後漢王朝が滅亡するきっかけとなった黄巾(こうきん)の乱で、反乱軍となった新興宗教団のキャッチフレーズを刻んだ煉瓦のような石材です。北京の天安門広場にある中国国家博物館、日本で言う東博のような、中国を代表する博物館からの出展品です。

第3章は、三国志では最も見せ場となる魏/呉/蜀の三国の戦いにまつわる品の展示です。「弩(ど)」中国・湖北省博物館蔵は現代のボーガンのような武器で、引き金を引いて矢を発射する当時の主力兵器です。一級文物です。

展示室では矢が雨あられのように飛び交う様子を、天井に無数の矢をセットして表現しています。とてもインスタ映えする空間で、三国志のクライマックス「赤壁の戦い」を彷彿とさせます。

第4章は、戦いではなく三国で栄えた文化を今に伝える名品の展示です。「舞踏俑(ぶとうよう)」中国・重慶中国三峡博物館蔵は、女性が笑顔で踊る様子をとてもふくよかに表現しています。俑は墓の副葬品となる人形であり、蜀では豊かな文化を謳歌していたことがしのばれます。

「神亭壺(しんていこ)」中国・南京市博物総館蔵は青磁の名品、一級文物です。磁器は当時のハイテク素材で経済的に豊かだった江南地方で後漢時代から本格的な製造が始まっていました。優美なデザインと独特の色合いが上流階級にもてはやされ、呉の豊かさを今に伝えています。



会場で再現された曹操の墓

第5章は、2009年に発掘されて世界的な注目を浴びた英雄・曹操の墓に関する展示です。展示室では石室空間を立体的に再現しており、石室内の写真と共にリアルな趣を体験することができます。

曹操の墓から出土した「罐(かん)」は、白磁の器でボディの白色が何とも言えず上質です。白磁はそれまで隋の時代から製造が始まったと考えられてきたため、定説を300年以上さかのぼる”大発見”となります。類例や資料の新たな発見により、定説の修正が確かなものになることが待たれます。

三国志にあまり関心のない方でも、中国の悠久の歴史と文化をたっぷり体験でき、心が豊かになることを実感できます。日本文化の大先輩です。ぜひお出かけください。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



島田紳助がナレーションしていた1982年放映の人形劇
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<東京都台東区>
東京国立博物館
日中文化交流協定締結40周年記念 特別展
三国志
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:東京国立博物館、中国文物交流中心、 NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社
会場:平成館 特別展示室
会期:2019年7月9日(火)~9月16日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~16:30(金土曜~20:30)

※この展覧会は、非営利かつ私的使用目的でのみ、撮影禁止作品以外の会場内の写真撮影が可能です。
 フラッシュ/三脚/自撮り棒と動画撮影は禁止です。

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2019年10月から九州国立博物館、に巡回します。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩10分
JR山手・京浜東北線「鶯谷駅」下車、南口から徒歩10分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩15分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩15分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。



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続き:横浜美術館に原三溪旧蔵品が一堂に里帰り_まさに夢の美術館9/1まで

2019年08月02日 | 美術館・展覧会

横浜美術館で行われている「原三溪の美術 -伝説の大コレクション」のレポート、後半戦です。茶道具コレクションや、ほとんど知られていない三溪の日曜画家としての素顔に加え、三溪が支援した若き日の大家の作品をたっぷりと楽しめます。

  • 茶の湯は名士の交際の必須科目、三溪は人生後半でこよなく愛した
  • 三溪の書画のタッチは文人画風でほのぼのと優しい、人柄がしのばれる
  • 近代日本画の巨匠の名作も集結、彼らの多くが三溪の下から巣立った


横浜美術館にとって、郷土のヒーローでもある三溪を大々的に取り上げる、満を持した展覧会です。前半戦に引き続き、後半戦も濃厚です。



横浜美術館 エントランスホール

三溪の茶人としての活動はおおむね大正になってから、人生の後半生に本格化します。横浜経済界やコレクターとしての地位を確立し、自ら茶会を主宰する機会も多くなっていきます。茶道具や掛軸といった”モノ”の蒐集だけにとどまらず、茶の湯と言う”コト”を通じて、文化への造詣や審美眼の醸成を深めていったのでしょう。

【展覧会公式サイト 茶人三溪】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

「第3章 茶人三溪」でも、三溪が茶会の記録をきちんとのこしていたことから、三溪の茶人としての側面をリアルにうかがい知ることができます。関東大震災を機に蒐集とパトロン活動は控えるようになりましたが、茶の湯だけは欠かしませんでした。


三溪は茶会に仏教美術を用いて驚かせた

【福岡市美術館 公式サイトの画像】 「王子形水瓶」

三溪の茶人としての交流は、益田鈍翁や高橋箒庵ら三井の重鎮に加え、「電力王」と呼ばれながら稀代の茶人としても名を馳せた松永耳庵(まつながじあん)とも活発でした。「王子形水瓶」福岡市美術館蔵は耳庵がほれ込んだ作品で、三溪没後に耳庵に譲られました。

奈良時代に造られた銅合金製で、法隆寺伝来と伝えられています。深い緑色に見える表面は優美なラインに造形されており、三溪は花生として茶会で愛用していました。茶会ではそれまで仏教美術が用いられることはなかったため、斬新なアイデアとして評判を呼びました。通期展示です。

【五島美術館 公式サイトの画像】 「志野茶碗 銘 梅が香」

三溪は江戸時代最高峰の茶道具コレクターで研究家でもあった大名・松平不昧(ふまい)の旧蔵品も多数購入しています。「志野茶碗 銘 梅が香」五島美術館蔵もその一つで、三溪が特に好んで茶会で用いました。素朴な印象を受けますが、拡張も兼ね備えた名椀です。8/7までの展示です。

三溪の茶道具コレクションの内の少なからずは、荏原製作所の創業者で茶人としても名高い畠山即翁(はたけやまそくおう)が戦後になって引き継ぎ、現在畠山記念館の所蔵となっています。「青織部菊香合」はその一つで、青い釉薬の格調が高い松平不昧の旧蔵品です。通期展示です。



三溪園で所蔵美術品を展示する三溪記念館

「第4章 アーティスト三溪」では、三溪が自ら筆を執った書画作品が、所蔵する三溪園から多数出展されています。第4章の作品はすべて通期展示です。


三溪は画家になっても大成していた、だろう

【展覧会公式サイト アーティスト三溪】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

三溪は子供の頃に文人画家だった祖父から絵を学んでおり、素人画家とは思えない腕前の作品が多く見られます。与謝蕪村を思わせる”ほのぼの”系の画風の他、自らが好んだ琳派表現の影響が見られます。

好んで描いた「蓮」をモチーフとした作品が多く出展されています。琳派の”たらしこみ”表現を多用しており、何より蓮の花を主役にする大胆な構図が印象的です。作品から表現を学ぶのはさることながら、それを素人画家に見えないように実行してしまう素人画家はなかなかいないでしょう。

宗達/光琳/抱一と続く画派は明治時代までは「光琳派」「宗達光琳派」と呼ばれていましたが、今日用いられる「琳派」の呼び名を初めて用いたのが三溪という説もあります。「蓮」の絵からも三溪の琳派贔屓が伝わってきます。

「鈍翁の一日」は先輩茶人として敬愛していた益田鈍翁の小田原の別荘での一日の過ごし方を絵巻にしたためたものです。文人画風のタッチからは三溪の人柄までもがしのばれます。




三溪がパトロンとしての活動は、1899(明治32)年に同じ横浜出身の岡倉天心が下野して立ち上げた日本美術院の賛助会員になったことが、原点の一つであろうと考えられています。三溪がパトロンとして目を向けたのは、日本画の中でも伝統的な表現にとらわれないことを指向した”新派”と呼ばれたグループが中心です。横山大観や下村観山ら日本美術院に参加した画家たちが主に該当します。


三溪のフィランソロピー精神に火をつけた新派

三溪は江戸時代に大胆な構図と色彩表現で一世風靡した琳派をこよなく愛していました。新派たちの新しい表現にチャレンジする考え方が、三溪にとっては波長が合ったのでしょう。

三溪の”新派”作品の購入は1908(明治41)年から本格的に始まりますが、この頃は天心が率いた日本美術院の活動が五浦で最も困窮していた時期と重なります。自らの好みに合いそうな画家たちが背中を丸めざるをえない姿を見たことも、三溪のフィランソロピー精神に火をつけたのでしょう。

「第5章 パトロン三溪」の展示では、三溪が最も贔屓にした下村観山の名品が最初に目に飛び込んできます。

【国立美術館所蔵作品検索システム】 下村観山「大原御幸」東京国立近代美術館蔵
【e国宝の画像】 下村観山「弱法師」東京国立博物館蔵

「大原御幸」東京国立近代美術館蔵は、1908(明治41)年購入、三溪の新派贔屓の始まりを告げるような記念碑的作品です。三溪が展覧会でこの作品を目にしたときは未完成部分が多かったにもかかわらず、三溪は購入します。モチーフは平家物語に基づく”古典”ですが、人物表現が写実的で色彩も明確です。躍動感に富んだ新派の表現であることがありありと伝わってきます。8/7までの展示です。

「弱法師(よろぼし)」東京国立博物館蔵は、三溪園の梅の木をモチーフに描いたもので、観山の最高傑作と評され重要文化財に指定されています。三溪園を訪れたインドの詩人・タゴールがいたく気に入り所望しましたが、三溪は手放しませんでした。8/9以降の展示です。

【国立美術館所蔵作品検索システム】 菱田春草「賢首菩薩」東京国立近代美術館蔵

菱田春草「賢首菩薩」東京国立近代美術館蔵は、天心の勧めで1908(明治41)年に購入しますが、すぐに手放します。三溪は新派の画家でも春草はあまり好みませんでしたが、春草の早世後に再び購入を始めています。当初は琴線に触れなかったのでしょうか。

唐の高僧を、輪郭線を書かずに面的に表現した作品です。色彩の豊かさも強烈な印象を与えます。当初は表現が斬新すぎてあまり受容されませんでした。現在では朦朧体(もうろうたい)の道を開いた名品として重要文化財に指定されています。8/14までの展示です。


三溪園の三羽烏

【国立美術館所蔵作品検索システム】 小林古径「極楽井」東京国立近代美術館蔵

小林古径は、安田靫彦(ゆきひこ)/前田青邨(せいそん)と共に、矢代幸雄が「三溪園グループの代表」と呼んだ画家で、三溪から子供のように可愛がられていました。

「極楽井」東京国立近代美術館蔵は、古径らしい真っ白な肌の女性が水を汲む様子を桃山時代の装束で描いています。背景には大輪の花が一杯に描かれており、桃山時代の障壁画を思わせるような迫力と華やかさがある作品です。8/2以降の展示です。

【展覧会公式サイト パトロン三溪】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

安田靫彦は前田青邨と共に戦後に法隆寺金堂壁画を模写した歴史画の大家です。「夢殿」東京国立博物館蔵は、安田にとってははじめて製作した大画面作品であり、瞑想する聖徳太子の神秘的で洗練された表情が印象的です。8/9以降の展示です。

前田青邨「御輿振(みこしぶり)」東京国立博物館蔵は、延暦寺の僧兵が神輿で京の街に強訴した様子を横長に描いた大作です。三溪園にあった古美術からも表現を学んだと考えられており、緊迫感に満ちた街の様子がリアルに描かれています。青邨の出世作となりました。8/9以降の展示です。

【ColBase 国立博物館所蔵品検索システム】 速水御舟「京の舞妓」東京国立博物館蔵

速水御舟も三溪に特に可愛がられた画家で、結婚の際に三溪が媒酌人を務めています。「京の舞妓」東京国立博物館蔵は、1920(大正8)年の院展で衝撃を与えた御舟初期の代表作です。祇園の人気舞妓をモデルに、表情はもとより背後の壁面などグロテスクなまでの写実表現が観る者をひきつけます。

発表時には横山大観から酷評されましたが、日本画でここまでリアルに見える人物画はまずないでしょう。前衛的な細密描写と象徴表現で大成した御舟の若き日の実力を垣間見ることができる名品です。7/26-8/7の展示です。



東京国立博物館

「第5章 パトロン三溪」の出展作品の多くは、東京国立博物館と東京国立近代美術館の所蔵品で占められています。戦後に三溪コレクションの近代日本画の多くを引き継いだのは東博で、後に一部が東近美に移管されました。

三溪コレクションは、大規模コレクションの中でも比較的散逸を免れています。古美術は大和文華館、茶道具は畠山記念館、近代日本画は東博と、ある程度まとまって引き継がれたためです。美術品がまとまって美術館に収蔵されるのは本当に意義深いことです。そんなことを感じさせる見事な構成の展覧会でした。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



原三溪 横浜に美の楽園を創った男
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<横浜市西区>
横浜美術館
開館30周年記念
生誕150年・没後80年記念
原三溪の美術 伝説の大コレクション
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:横浜美術館、日本経済新聞社
会期:2019年7月13日(土)~9月1日(日)
原則休館日:木曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~19:30)

※会期中6回に分けて一部展示作品/場面が入れ替えされます。
 詳細は「展示替えリスト」PDFでご確認ください。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

東急東横線直通・みなとみらい線「みなとみらい」駅下車、3番出口から「マークイズ」を通って徒歩3分
JR京浜東北・根岸線「桜木町」駅下車、東口から「動く歩道」「ランドマークプラザ」を通って徒歩10分
横浜市営地下鉄ブルーライン「桜木町」駅下車、北1口から「動く歩道」「ランドマークプラザ」を通って徒歩15分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:50分
東京駅→JR上野東京ライン→横浜駅→JR根岸線→桜木町駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場があります。
※休日やイベント開催時は、渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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横浜美術館に原三溪旧蔵品が一堂に里帰り_まさに夢の美術館9/1まで

2019年08月01日 | 美術館・展覧会

横浜美術館で、日本美術史上最高峰のコレクターである原三溪(はらさんけい)のコレクションを全国から集めた大々的な展覧会「原三溪の美術 -伝説の大コレクション」が行われています。三溪の生前にかなわなかった美術館創設の夢が、没後80年の今年2019になって実現した、”夢”のような展覧会です。

  • 横浜を愛した三溪の旧蔵品が一堂に里帰り、史上最高の”同窓会”と言える灌漑深い展覧会
  • 三溪旧蔵品を所蔵する全国の美術館が、生誕150年&没後80年の記念展開催に大々的に協力
  • 三溪という人物の灌漑深いフィランソロピー精神を強く体感、現代人も三溪から多くを学ぶべし


2019年は横浜美術館にとって開館30周年でもあり、郷土のヒーローでもある三溪の生誕・没後の節目の年と重なります。横浜美術館としてまさに満を持した展覧会です。




首都圏在住の方は関東随一の名園で名高い横浜・本牧の三溪園から、原三溪の名前を知っている方も少なくないと思われます。明治から大正にかけて日本の基幹輸出産業だった生糸で巨万の富を築き、美術品の蒐集もさることながら、関東大震災の復興など、横浜の街にとってはかけがえのないヒーローが原三溪です。

現在に続く大企業をのこさなかったため実業家としての知名度は全国的には高くないですが、日本の美術史にとっては偉大な功績を残した数寄者(すきもの)です。超一流の審美眼を通じて超一級品が集まったことにより、散逸や破損を最小限にとどめ、多くの蒐集品が美術館に安住の地を得る礎をのこしました。

美術品は所蔵者を転々とすると、管理が安定しないことから破損したり行方不明になったりしがちです。

原三溪は美術品だけでなく、解体の危機にさらされていた古建築も蒐集し、広大な三溪園の中に風景と調和するよう移築しています。三溪園が名園と呼ばれる所以は、関東大震災や第二次大戦の戦災を耐え抜いて今にのこった古建築の素晴らしさにも支えられていることに、ほかなりません。

原三溪は自らの本宅として造営した三溪園の一部を1906(明治39)年に市民に無料公開しています。美術や文化におけるフィランソロピーを実践した近代の実業家としては異例の早さです。その三溪園の中に、自らの蒐集品を公開する美術館創設も夢見ていましたが、関東大震災の復興事業に忙殺され、実現できませんでした。

今回の展覧会は三溪の夢を実現するとともに、パトロンとしても若手美術家を育てた三溪のフィランソロピストとしての側面もたっぷり味わえます。150点を超える出展品の多くは、長期公開が困難な日本画です。展示期間は一般的な日本画の展覧会よりかなり細かい6期に分かれていることにご留意ください。


三溪園の雄大な風景

展覧会は、三溪の数寄者としての多彩な側面が理解しやすいよう構成されています。

  • プロローグ
  • 第1章 三溪前史 -岐阜の富太郎
  • 第2章 コレクター三溪
  • 第3章 茶人三溪
  • 第4章 アーティスト三溪
  • 第5章 パトロン三溪


企画展会場の2F入口では、三溪蒐集品の中核と呼べる超一級品を第二次大戦直後の混乱期に引き継いだ奈良・大和文華館とその初代館長・矢代幸雄(やしろゆきお)の功績がパネルで紹介されています。矢代は松方コレクションの形成にも関わった当時を代表する美術史家であり、若い頃から三溪の審美眼に薫陶を受けていました。

今回の展覧会でも国宝「寝覚物語絵巻」、南宋画の超一級品として伝毛益筆の重文「蜀葵遊猫図/萱草遊狗図」など数多の名品が横浜に里帰りします。


プロローグで三溪の足跡をまずは押さえる

「プロローグ」では展覧会の構成を俯瞰できるよう、章立てにもなった三溪のコレクター/茶人/アーティスト/パトロンとしての側面を物語る作品がコンパクトにかつ刺激的に揃えられています。

三溪が特にお気に入りだった琳派の作品が目を引きます。尾形乾山作の重文「武蔵野隅田川図乱箱」大和文華館蔵は、桐の箱に直接線だけで描いて表現しており、今見てもかっこいいと感じられる乾山らしいデザインが秀逸です。8/7までの展示です。

【展覧会公式サイト コレクター三溪】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

8/9以降は同じく大和文華館蔵で、三溪が薫陶していた本阿弥光悦作と伝えられる重文の「沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒(いかけじあおがいかながいまきえぐんろくもんふえづつ)」に展示替えされます。”光悦作”と特定されていませんが、光悦らしい動物をシルエットのように描く表現が見事です。

【横浜美術館 公式サイトの画像】 今村紫紅「伊達政宗」

三溪がパトロンとして支援した今村紫紅の「伊達政宗」横浜美術館蔵は、小田原の陣の秀吉の下にはせ参じた伊達政宗を、有名な白装束でもなく、眼帯もつけない素顔で描いています。背景に十字架を描くことで政宗の決意を示しており、歴史人物画の斬新な表現として注目されます。通期展示です。



主要な三溪旧蔵品を所蔵する大和文華館

「第1章 三溪前史 -岐阜の富太郎」では、三溪が横浜で原家に婿入りする前の岐阜の実家の写真や、三渓に文人画を教えた祖父の作品が展示されています。三溪の美術への目覚めは、文人画からスタートします。

「第2章 コレクター三溪」では、茶道具以外の古美術コレクションが集約されており、三溪のコレクションの幅の広さと審美眼の高さをしっかりと確認できる、今回の展覧会でも最も華やかな章です。

【e国宝の画像】 「孔雀明王像」東京国立博物館蔵

第2章の展示は仏画から始まります。日本仏画の最高傑作の一つ、国宝「孔雀明王像」東京国立博物館蔵は、時の重鎮・井上馨から美術品としては当時の最高記録の一万円で購入し、コレクターとしての名を一躍有名にした記念碑的な名品です。

高野山に伝来していたこの仏画は、細かく刻んだ金/銀箔を絵の模様にそって貼っていく「截金(きりかね)」という手法で装飾されているほか、平安時代末期の作とは思えないほど彩色もよく残っています。夜間の暗い密教の儀式でしか使用されなかったためと考えられますが、驚異的な保存状態のよさです。真っ暗闇の中、ろうそくの灯りだけでこの作品を見てみたいものです。

展示は8/78までです。8/9以降は重文「愛染明王像」細見美術館蔵と入れ替えされます。

【大和文華館 公式サイトの画像】 「寝覚物語絵巻」

国宝「寝覚物語絵巻」大和文華館蔵も、「孔雀明王像」と並んでこの展覧会の目玉作品の一つです。王朝文化の繊細な表現の美しさは国宝「源氏物語絵巻」に匹敵し、雲母や切箔による装飾性の高さにも息をのみます。幕末に館林藩主を務めた秋元家が後水尾天皇から拝領したと伝わる至宝を三溪が入手したものです。

愛好していた琳派の画家たちに影響を与えた名品であると三溪が推察していたほどのお気に入りの作品です。8/9以降の展示です。


 近世絵画の魅力も三溪は見逃さなかった

三溪のコレクションは江戸時代以前の作品では浮世絵を除いてほとんど網羅されており、各時代の一級品が揃っていることが展示からは伝わってきます。

【京都国立博物館 公式サイトの画像】 伝雪舟等楊「四季山水図巻」

重文・伝雪舟「四季山水図巻」京都国立博物館蔵は、大内家伝来から毛利博物館所蔵となった国宝「山水長巻」に対し、新発田藩主だった溝口家に伝来した「山水小巻」と呼ばれる10mを超えるスケールの大作です。

雪舟真筆と確認されていませんが、三溪はこの作品をこよなく愛し、臨終の際にも枕元に置かせたという逸話がのこされています。雄大な山水の風景を自らの三溪園に重ねたのかもしれません。通期展示ですが、展示場面は入れ替えされます。

【九州国立博物館 公式サイトの画像】 狩野永徳「松に叭叭鳥・柳に白鷺図」

狩野永徳「松に叭叭鳥・柳に白鷺図」九州国立博物館蔵は、京都・大徳寺聚光院の国宝の障壁画を思わせる永徳らしい力強いタッチが印象的です。三溪の頃には伝狩野元信とされてきましたが、三溪は永徳の筆であると主張していました。永らく行方不明で永徳の真筆として発見されたのは、つい最近21cになってからです。三溪の審美眼の高さをうかがわせる名品です。8/7までの展示です。

琳派以外の江戸絵画も、久隅守景/宮本武蔵/住吉具慶/渡辺崋山/浦上玉堂とビッグネームの名品が出展されています。

【北野美術館 公式サイトの画像】 円山応挙「中寿老左右鴛鴦鴨」

円山応挙「中寿老左右鴛鴦鴨」北野美術館蔵は、鴨の生き生きとした動きが応挙の写実表現のレベルの高さをありありと伝えてくれます。三幅の真ん中に描かれた老人の着物の淵を彩る青のラインが、作品全体の印象を見事に引き締めています。通期展示です。


中国絵画も三溪は大切にした

【大和文華館 公式サイトの画像】 伝毛益「萱草遊狗図・蜀葵遊猫図」

中国絵画の名品も三溪は見逃していません。南宋の画家・毛益筆と伝わる重文「萱草遊狗図・蜀葵遊猫図」大和文華館蔵の二点は12cの作品で、犬と猫の毛並みのモフモフ感を表現した作品では世界最古ではないかと思えるほどの驚きの美しさを保っています。猫の「蜀葵遊猫図」は8/7まで、犬の「萱草遊狗図」は8/9以降の展示です。



横浜美術館は、みなとみらいにあって緑にあふれる

「第2章 コレクター三溪」だけでもものすごいボリュームですが、出展リストに含まれなかった名品があります。大和文華館が引き継いだ三溪コレクションの中の最高峰作品の一つで、佐竹本三十六歌仙絵の中でも最も人気があった一つ「小大君(こおおきみ)」です。

あまりに高額なため益田鈍翁により切断されて売立てに掛けられた佐竹本三十六歌仙絵は、5人しかいない女流歌人が艶やかな表現から最も人気を集めていました。1919(大正8)年に益田邸で行われたくじ引きにより購入作品が決定しましたが、三溪は3番人気の「小大君」を見事入手します。

「小大君」がこの展覧会に出展されなかったのは、時を置かず10月から始まる京都国立博物館「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」への出展が優先されたためと推測されます。劣化しやすい国宝・重文の公開は法律で厳しく展示期間が制限されています。やむをえません、京都に足を運びましょう。

【展覧会公式サイト】 京都国立博物館「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」

「第3章 茶人三溪」以降は、次回レポートします。近代の画家を育てたパトロンとしての功績の紹介は、次回にご期待ください。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



行けない、買い忘れた、持ち帰るのが重いなら 展覧会公式図録
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<横浜市西区>
横浜美術館
開館30周年記念
生誕150年・没後80年記念
原三溪の美術 伝説の大コレクション
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:横浜美術館、日本経済新聞社
会期:2019年7月13日(土)~9月1日(日)
原則休館日:木曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~19:30)

※会期中6回に分けて一部展示作品/場面が入れ替えされます。
 詳細は「展示替えリスト」PDFでご確認ください。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

東急東横線直通・みなとみらい線「みなとみらい」駅下車、3番出口から「マークイズ」を通って徒歩3分
JR京浜東北・根岸線「桜木町」駅下車、東口から「動く歩道」「ランドマークプラザ」を通って徒歩10分
横浜市営地下鉄ブルーライン「桜木町」駅下車、北1口から「動く歩道」「ランドマークプラザ」を通って徒歩15分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:50分
東京駅→JR上野東京ライン→横浜駅→JR根岸線→桜木町駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場があります。
※休日やイベント開催時は、渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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真夏の爽やかな時間を根津美術館で_「優しいほとけ」展 8/25まで

2019年07月31日 | 美術館・展覧会

東京・南青山・根津美術館で「優しいほとけ・怖いほとけ」展が行われています。根津美術館は尾形光琳「燕子花(かきつばた)図」を筆頭に日本や中国の絵画コレクションが著名ですが、仏画&仏像も優品を多数所蔵しています。

  • 仏画&仏像35点が企画展会場に集結、1Fホール常設展示の仏像と共に根津の仏様ワールドを堪能
  • 2Fでは常設の「青銅器」+「鍋島の小品」「納涼の茶」、夏らしい爽やかな作品が魅力的
  • 鬱蒼とした森の中の庭園のそよ風はいつの季節も心地よい


根津美術館は、古美術全般にコレクションの幅がとても広いことをしっかりと体感できる展覧会です。緑豊かな美術館の中で、真夏に数多の美しい仏様にお会いすると心が軽くなり、暑さも和らぎます。



今回の「優しいほとけ・怖いほとけ」は企画展と分類されていますが、館蔵品だけで構成されています。根津美術館の企画展の多くは館蔵品だけで回すことができます。それだけ質の高い作品が充分に揃っています。

仏画&仏像にスポットをあてた今回の企画展、「根津美術館のコレクションのイメージからはやや距離があるため、館内は空いているか?」と思っていましたが、いつもと変わりなく賑わっていました。私の”思い込み”を深く反省し、2Fラウンジにいらっしゃる根津嘉一郎翁の銅像に心の中で「ゴメンナサイ」とお詫びしました。

展覧会のタイトル「優しいほとけ・怖いほとけ」は、如来/菩薩/明王&天という仏様の役割による分類をネーミングしたもので、仏像の知識が少ない方にもとてもわかりやすくなっています。展示も如来/菩薩/明王/天の分類別に構成されており、それぞれに美仏が勢揃いしています。




【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

「おごそか」は如来です。仏画2点だけの出展ですが、釈迦三尊のきりりとした表情が印象的です。

「やさしい」は菩薩です。「阿弥陀三尊来迎図」は鎌倉時代の仏画で、使者を極楽へ誘う阿弥陀如来と観音/勢至菩薩の姿がとても優美に描かれています。お会いしているととても心が落ち着きます。

平安時代後期の仏像「菩薩立像」は観音菩薩であると考えられています。ぽっちゃり顔の中尊の阿弥陀如来の左に立っていたことになり、豊かな頬を持つ包容力のある表情が阿弥陀様と実によくマッチしていたであろうと想像できます。今回の展覧会では筆頭クラスの美仏です。

「きびしい」は天。「毘沙門天図像」は、平安時代に墨の線とわずかな着色だけで描かれた仏画です。いわばほぼモノクロの漫画のような描写のため、にらみを利かせる表情が、着色されているよりかえってリアルに感じられます。室内にお札のように貼られていると仮定すると、目が合うたびに「ボーっと生きてんじゃねぇよ」と叱られているような気になります。でも重要美術品です。

【根津美術館 公式サイトの画像】 愛染明王像
【根津美術館 公式サイトの画像】 大威徳明王像

「おそろしい」は明王。いずれも重要文化財の2点の仏画が目立っています。「愛染明王像」は鎌倉時代13-14c頃の作品で、幾何学的な円形の構図が明王の表現をさらに洗練しているように感じられます。重文「愛染明王像」は2点出展されていますが、ご説明したのは制作時期がやや遅い作品No.10003の方です。

「大威徳明王像」は、手足と顔が6つずつある明王の動きをダイナミックに表現しているところが魅力的です。斜め上からとらえた構図が、明王の動きをより分かりやすくしています。


1Fホールの常設展示

1Fホールは南面する庭園側が全面ガラス張りで、緑がとても美しい空間に常設展示の仏像が美しく映えています。ここは庇の長さの取り方が絶妙で、夏の日差しのきつさは全く気になりません。さすが隈研吾の設計です。

【根津美術館 公式サイトの画像】 弥勒菩薩立像
【根津美術館 公式サイトの画像】 地蔵菩薩立像

「弥勒菩薩立像」はガンダーラ仏の優品で、ヘレニズム的な表情がいつ見ても美しいと感じさせます。「地蔵菩薩立像」は平安後期の柔和な顔立ちが特徴で、彩色が奇跡的にのこっているところに目を引きます。


1Fホールから庭を眺めると六本木ヒルズが借景になる

いつものように庭に出てアップダウンしながら庭園を一周しました。東京都心の庭園は、高低差を活かした設計が多いため、遠景や園内の建物を見下ろすことができるのが魅力です。ほとんどが平面の庭園で、山の斜面や遠景を借景にすることが多い京都とは対照的です。

【根津美術館 公式サイトの画像】 双羊尊

2Fにあがると、根津美術館のロゴマークとチケットのデザインにも採用されている至宝の青銅器「双羊尊」が相変わらずのオーラを放っていました。今から3,000年以上前の作品で、何と言っても二匹の羊が背中合わせにくっついた造形が神秘的です。酒を入れていた器で、どんな味がするのかと創造が膨らみます。

2Fのテーマ展示として「鍋島の小品」「納涼の茶」が「優しいほとけ・怖いほとけ」と同じ会期で開催されています。小品が中心ですが、よくもこれだけ集めたと感心します。しかしながら美しさはさすが根津家の審美眼を通過してきたものと感じられます。上品さや洗練された趣はいずれも間違いありません。爽やかなデザインが心をきちんとクールダウンしてくれます。


玄関へ向かう竹の小径

美術館の玄関に向かう竹の径は外国人観光客にも知られているようで、記念写真を撮る姿をたくさん見かけました。この空間は真夏が最も似合うように感じます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



根津美術館新展示棟の設計者・隈研吾が自らの創作姿勢を語る
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<東京都港区>
根津美術館
企画展
優しいほとけ・怖いほとけ
【美術館による展覧会公式サイト】

会場:展示室1、2
会期:2019年7月25日(木)~8月25日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

東京メトロ銀座線/半蔵門線/千代田線「表参道」駅下車、A5出口から徒歩8分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:30分
東京駅→メトロ丸の内線→赤坂見附駅→メトロ銀座線→表参道駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には無料の駐車場があります。
※道路の狭さ/渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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続き:サントリー美術館に遊楽図の絶品が勢揃い_「遊びの流儀」展 8/18まで

2019年07月30日 | 美術館・展覧会

前回の続き、六本木・サントリー美術館「遊びの流儀」展のレポートの後半戦、第4章以降をお伝えします。今回の展覧会の目玉作品が続々登場します。

  • 屋外から室内への遊楽図のモチーフの変化から、”遊び”に対するあくなき欲望が感じられる
  • 双六やかるたの図柄からは、人を楽しませようとする作者の情熱がひしひしと伝わってくる


江戸時代は文化や科学技術が大きく飛躍した時代でした。天下泰平が生活に余裕を持たせたのです。遊楽図は天下泰平が始まった時代の空気を見事に私たちに伝えてくれます。そんな空気を引き続きじっくりと味わってみてください。



青空に突き抜けるミッドタウン、爽快。

第4章は「邸内」、第5章は「野外」と分かれますが、この展覧会のメインテーマである「遊楽図」が続けて濃厚に登場します。”遊び”の絵に対する嗜好の変化もたっぷりと味わうことができます。

町の人々の生活や遊びの様子を描いた風俗画は、安土桃山時代に京都を描いた洛中洛外図で流行に火が付きます。長い戦乱の時代から解放され、ようやく暮らしを楽しめるようになった京都の人々の喚起が、寺社など数々の名所とともに町全体として描かれます。

時代が下ると風俗画も、町全体ではなく特定の野外スポットや邸宅内だけを描いたもの、さらには室内だけを描いたものと、徐々に描く範囲が狭くなっていきます。その分”遊び”の様子をクローズアップして描いた作品が多くなり「遊楽図」という呼び名の方がしっくりくるようになります。描かれる人物の数を少なくする一方で、背景を省略して人物を大きく描き、人物の動きや表情にスポットをあてるようになっていきます。

1630年代前後の寛永(かんえい)期には、屏風のような大画面がまだまだ中心でしたが、屏風の中に描いた複数の扇に異なる人物を描く構図も現れ始めます。画面の小型化も始まり、1660年代前後の寛文(かんぶん)期には、掛軸に一人の人物だけが描かれた風俗画が登場します。「寛文美人図」と呼ばれ、無名の絵師たちが安価に大量に制作していました。

やがて菱川師宣(ひしかわもろのぶ)が江戸で「美人画」としてのジャンルを確立し、風俗画・遊楽図は浮世絵の時代へと突き進むことになります。

この展覧会では、おおむね「寛文美人図」までの時代の風俗画・遊楽図をカバーしています。



ミッドタウンの内装にも木の香り、隈研吾の影響?

第4章は「邸内遊楽」では、7/15までの展示で私は見られませんでしたが、徳川美術館蔵「遊楽図屛風(相応寺屛風)」が、展覧会全体の目玉作品としてふさわしい存在と感じました。図録での確認だけでもオーラが伝わってきます。

八曲一双の巨大画面の中で、巨大な邸宅内とその周辺でものすごい人数がどんちゃん騒ぎしています。尾張徳川家の伝来品で、太平の世を謳歌する何らかの宴の様子であると考えられています。何と言ってもありとあらゆる娯楽とレジャーが描かれていることが圧巻です。”遊び”のデパートのような作品で、時代考証の面でも飛び切り貴重な描写がのこされていると感じられます。重要文化財にふさわしい名品です。

【サントリー美術館 コレクションデータベースの画像】 邸内遊楽図屛風

サントリー美術館蔵「邸内遊楽図屛風」は、妓楼でかるたや三味線による踊りなどで遊興にふける男性客と遊女を明るい画面に生き生きと描いています。妓楼でこの屏風を目にしたとしたら、ほとんどの男性客は、思わず店に入ってしまうと思えるほどの”誘惑の香り”を発しています。全期間展示です。

静嘉堂文庫美術館蔵「四条河原遊楽図屛風」は、京都随一のイベント会場だった鴨川の四条河原がモチーフです。現代では夏だけ河原に立ち並ぶ川床で遊ぶ人たちの様子を彷彿とさせます。遊女歌舞伎や人形浄瑠璃の芝居小屋の見物客や水遊びを楽しむ人々がよりリアルに描かれており、気品も兼ね備えた名品です。重要文化財、7/24以降の展示です。

【サントリー美術館 コレクションデータベースの画像】 祇園祭礼図屛風

現代も京都で続けられている著名な祭りの絵にも注目されます。7/22までの展示でしたが、サントリー美術館蔵「祇園祭礼図屛風」は、元は連続する巨大な襖絵の一部で、残りはドイツやアメリカの複数の美術館に分蔵されていると推定されています。昨年に続き今年2019年にも話題になった「横山華山」展での祇園祭礼図の”大先輩”にあたるような名品で、山鉾の装飾や人々の衣装がとても丁寧に描かれています。



奈良・大和文華館、展覧会に多数貸出

3Fに下りる吹き抜けの大きな空間では、第6章の「双六」、第7章の「かるた」を楽しむことができます。ポルトガルから伝わったかるたの図柄の変遷を見ていると、多種多様で本当に飽きません。「よくもまあ次から次へとデザインを考えたもんだ」という具合です。

「遊楽図」の進化の一つの到達点ともいえる、小人数がクローズアップされたり、大胆な構図で描かれた作品が第8章を構成し、展覧会のフィナーレを飾ります。

【大和文華館 公式サイトの画像】 婦女遊楽図屏風(松浦屏風)

この展覧会出品作で唯一の国宝は、ホームグラウンドから展示会場を変えても圧倒的な輝きを放っています。大和文華館蔵「松浦屏風」です。遊里の室内で時間を過ごす遊女と禿を描いた作品で、衣装の描写の緻密さやキセルの一服や手紙を読んでいる際に見せる一瞬の表情のキャッチが秀逸です。保存状態がきわめて良く、彩色は輝いています。

彦根屏風と並んで江戸時代初めの風俗画の最高傑作の名をほしいままにしています。7/24以降の展示です。

7/22までの展示で国立歴史民俗博物館蔵「輪舞遊楽図屛風」、7/24以降の展示で大和文華館蔵「輪舞図屛風」は、いずれも大きな広場で円形になって踊っている人々を描いています。幾何学模様のような構図が目を引き、遊楽図の新しい展開を感じさせます。

根津美術館蔵「誰が袖図屛風」は、六曲一双の大きな画面に、室内に掛けられた着物だけを描いています。宴の後に人気がなくなったような空気感をきわめて斬新な構図で表現しており、「遊楽図」が一皮むけて新たな時代に入ったことをうかがわせます。絵の構成はさらに自由になり、一人だけを描く「寛文美人」から「浮世絵」へと発展していくのです。



©Pixabay

今年2019年は秋の展覧会シーズンがこれからやってきますが、「遊びの流儀」展は間違いなく2019年を代表する展覧会の一つだと感じました。とにかく濃厚です。

この展覧会は4期に分けて展示替えがあり、ご紹介した以外にも、逸翁美術館蔵「三十三間堂通矢図屛風」、サントリー美術館蔵「南蛮屏風」伝狩野山楽筆、徳川美術館「本多平八郎姿絵屛風」などの名品は、私は見ることができませんでした。もしこれらの数多の名品が一堂に見られたとしても、2回に分けて訪問しないと疲れてしまうと感じるほどです。

期待を裏切りない見事な展覧会です。気合を入れてお出かけください。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



「奇想の系譜」の著者・辻惟雄が感じた江戸時代の風俗画の多様性とは?
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<東京都港区>
サントリー美術館
サントリー芸術財団50周年
遊びの流儀 遊楽図の系譜
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:サントリー美術館、朝日新聞社
会期:2019年6月26日(水)~8月18日(日)
原則休館日:火曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~19:30)

※会期中4回に分けて一部展示作品/場面が入れ替えされます。
 詳細は「展示替えリスト」PDFでご確認ください。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

都営地下鉄大江戸線「六本木」駅下車、8番出口から東京ミッドタウンB1Fに入り徒歩5分
東京メトロ日比谷線「六本木」駅下車、地下通路を通って8番出口から東京ミッドタウンB1Fに入り徒歩10分
東京メトロ千代田線「乃木坂」駅下車、3番出口から東京ミッドタウン1Fに入り徒歩10分

サントリー美術館は、東京ミッドタウン・ガレリア3Fにあります。

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:30分
東京駅→メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→メトロ日比谷線→六本木駅

【公式サイト】 アクセス案内
(注)10:00~11:00は1Fからしか東京ミッドタウンに入れません。
   【美術館公式サイト】 11:00までの入館方法

※この施設(東京ミッドタウン)は有料の駐車場があります。
※道路の狭さ/渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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サントリー美術館に遊楽図の絶品が勢揃い_「遊びの流儀」展 8/18まで

2019年07月29日 | 美術館・展覧会

六本木・サントリー美術館で行われている「遊びの流儀」展にようやく行くことができました。”遊び”は日本では平安時代から絵画のモチーフとして定着しており、その時代を楽しむ人々の息吹が生き生きと伝わってきます。私が大好きなモチーフです。そんな事前期待に応えてくれる見事な展示内容でした。

  • 安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、遊楽図が最も流行した時代の絶品が一堂に集結
  • 時代に応じて洛中洛外図から室内遊楽図へと嗜好が変化していく様子がとてもよくわかる
  • 「生活の中の美」をテーマに運営するサントリー美術館の企画の質の高さが見事に現れている


日本には「よくもまあこんなにたくさんの”遊び”の絵がのこっているもんだ」と感心する展覧会です。”遊び”を楽しむ人々の表情を見ていると、なんだか元気が出てきます。古今東西、”遊び”はみんな好きなんです。



サントリー美術館の運営母体で、サントリーグループのメセナ活動を音楽と共に統括する「サントリー芸術財団」が2019年に設立50周年を迎えます。この展覧会を含め2019年に開催されるサントリー美術館の展覧会タイトルには「50周年」の冠が付けられており、今年2019年11月から約半年間の改修工事に入る前に、美術館としての活動の集大成を披露するような意気込みが感じられます。

中でもこの展覧会は遊楽図や風俗画を中心に構成されており、「生活の中の美」をテーマに運営するサントリー美術館にとっては本家本丸のようなテーマ設定です。

私はいつも展覧会の冒頭で「出品リスト」に目を通し、どんな他の美術館や個人から作品が貸し出されているかを確認します。この展覧会では全国の名だたる美術館や個人から名だたる名品が貸し出されており、この展覧会にかけるサントリー美術館の意気込みと貸し出した所蔵者からの信用が見事にマッチしていると感じました。


美術館から見える檜町公園はいつも清々しい

展示は時代順ではなく、作品のテーマやモチーフごとに構成されており、それぞれの中での流行の変化が追いかけやすくなっています。

第1章「月次風俗図」は12カ月の風物や行事を描いたもので、平安時代から描かれた”遊び”の絵のモチーフとしては最古の部類に入ります。

【サントリー美術館 コレクションデータベースの画像】 月次風俗図屛風

サントリー美術館蔵「月次風俗図屛風」は、花見や月見など現代人が見ても季節感がすぐわかります。日本人が培ってきた季節に応じた”遊び”の伝統が、右上隅から反時計回りに右下隅まで連続して描かれており、季節にとらわれず”ハレ”の場を華やげた屏風であると考えられます。見ていてとても明るく元気の出る屏風です。7/24以降の展示です。

第2章「遊戯の源流」では平安貴族が楽しんだ”遊び”の様子がわかる作品が集結しています。江戸時代前期に、平安時代の貴族の”遊び”を描いたやまと絵が流行しました。当時の人々が抱いた王朝文化への憧れが見事に表現されています。

【サントリー美術館 コレクションデータベースの画像】 源氏物語画帖

住吉如慶(すみよしじょけい)が絵を担当したサントリー美術館蔵「源氏物語画帖」は、源氏物語の場面の中で平安貴族が様々な”遊び”を楽しむ様子を可憐に伝えています。色彩は薄く、描写は精緻です。小画面の画帖なので、抑え気味に描いたほうが上質に見えると考えたのでしょう。場面替えされますが全期間展示です。

【サントリー美術館 コレクションデータベースの画像】 「貝桶・合貝」

貝の美しさを左右に分かれて競い合った貝合(かいあわせ)は、江戸時代頃になると二枚の貝殻の組み合わせを当てる「貝覆(かいおおい)に変化します。二枚の貝は元のペア以外は絶対に合わないため、夫婦円満の象徴として婚礼調度にも用いられました。サントリー美術館蔵「貝桶(かいおけ)・合貝(あわせかい)」は、かなりのクラスの上流階級の婚礼調度であったと感じられます。全期間展示です。

サントリー美術館蔵「蹴鞠・鞠挟」は、蹴鞠の白い球を額縁のような枠にはめこんだもので、枠の上質感が白い球をさらに輝かせていることに驚きます。全期間展示です。徳川美術館蔵「打毬具」は、西洋のポロのような遊具です。7/24以降の展示です。日本の”遊び”は本当に多種多様であることをあらためて実感できます。


名古屋・徳川美術館、展覧会に多数貸出

中国の知識人のたしなみである、琴・囲碁・書道・絵画の四つ芸を描いた「琴棋書画(きんきしょが)」もきちんと構成に含まれており、第3章で鑑賞することができます。元来は日本ではなく中国絵画のモチーフですが、日本の上流階級が伝統的に信奉していました。展覧会の構成には欠かせないと言えるでしょう。

海北友松(かいほうゆうしょう)晩年の傑作、妙心寺像「琴棋書画図屛風」では、中国の文人が琴棋書画に励んでいると思いきや、中には居眠りしている人もいます。友松はそんな人間の煩悩を描こうとしたのでしょうか。師から弟子への厳しい禅問答のネタにも使えそうです。

流れるような黄金の雲の描写がとても優雅で、その下の衣装の彩色が美しい文人たちの動きがわかりやすく表現されています。重要文化財、7/24以降の展示です。

泉屋博古館蔵・宮川長春「遊女図巻」は、長春らしい上品なタッチで様々な娯楽にいそしむ遊女や客の姿を描いています。琴棋書画が、琴→三味線、囲碁→双六などと置き替わっているという解説には感銘を受けました。「遊び」の流行が、上流階級のプライドをくすぐりながら巧みに変化していることがとてもよくわかります。



©Pixabay

プロローグともいえる第3章までだけでも、日本の”遊び”の表現の多様性と奥深さを充分に感じることができます。第4章からはこの展覧会の目玉作品が次々登場します。続きは次回お伝えします。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



サントリー美術館所蔵のとっておきの日本美術の名品130点を収録
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<東京都港区>
サントリー美術館
サントリー芸術財団50周年
遊びの流儀 遊楽図の系譜
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:サントリー美術館、朝日新聞社
会期:2019年6月26日(水)~8月18日(日)
原則休館日:火曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~19:30)

※会期中4回に分けて一部展示作品/場面が入れ替えされます。
 詳細は「展示替えリスト」PDFでご確認ください。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

都営地下鉄大江戸線「六本木」駅下車、8番出口から東京ミッドタウンB1Fに入り徒歩5分
東京メトロ日比谷線「六本木」駅下車、地下通路を通って8番出口から東京ミッドタウンB1Fに入り徒歩10分
東京メトロ千代田線「乃木坂」駅下車、3番出口から東京ミッドタウン1Fに入り徒歩10分

サントリー美術館は、東京ミッドタウン・ガレリア3Fにあります。

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:30分
東京駅→メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→メトロ日比谷線→六本木駅

【公式サイト】 アクセス案内
(注)10:00~11:00は1Fからしか東京ミッドタウンに入れません。
   【美術館公式サイト】 11:00までの入館方法

※この施設(東京ミッドタウン)は有料の駐車場があります。
※道路の狭さ/渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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京都 龍谷ミュージアムの奥深さに驚き_龍谷の至宝展 9/11まで

2019年07月27日 | 美術館・展覧会

京都・龍谷ミュージアムで、運営母体である龍谷大学が所蔵する文化財や学術資料を一堂に公開する「龍谷の至宝」展が行われています。大学としての所蔵品だけに、仏教美術にとどまらず、解体新書などの貴重書からシルクロードの出土品まで、”知”に関する一級品が幅広く展示されています。

  • 龍谷大学は江戸時代初めの西本願寺の僧侶養成機関が起源、コレクションの蓄積は奥深い
  • 平安時代に万葉集を分類した国宝「類聚古集(るいじゅうこしゅう)」が目玉作品、現存唯一の写本
  • 雑誌「中央公論」の前身は明治時代の龍谷大学の学生の機関紙、文化のつながりはやはり奥深い


龍谷ミュージアム=西本願寺というイメージは強いですが、この展覧会では教育機関としてのコレクションの質と量に驚かされます。日本最大級の教団が江戸時代から持続してきた教育活動を今に伝える賜は、やはり別格です。




龍谷大学の起源は1639(寛永16)年、時の西本願寺13代門主・良如(りょうにょ)が僧侶の教育機関として設立した「学寮」です。良如は、本願寺の東西分裂直後、徳川幕府から豊臣との関係をにらまれた西本願寺の苦境の時代をリードした門主です。火災焼失後に現存する国宝・御影堂や対面所を再建し、江戸時代を生き続ける礎を築いた門主です。「学寮」に教団のサステナビリティへの思いを込めたのでしょう。

仏教僧侶の教育機関は一般的には「壇林(だんりん)」と呼ばれ、他にも現在の仏教系大学の前身となっている機関が多くあります。1580(天正8)年創設の日蓮宗による立正大学、1592(文禄元)年創設の曹洞宗による駒澤大学、1665(寛文5)年創設の東本願寺による大谷大学、などが特に長い歴史を誇っています。

西本願寺・学寮は、重要文化財となっている大宮学舎本館を1879(明治12)年に竣工し、1922(大正11)年にいわゆる旧制大学として龍谷大学となります。戦後に伏見区・深草にメインキャンパスを移し、現在では仏教系として最多の学生数を持つ大学になっています。

龍谷ミュージアムは2011年に仏教に関する総合的な博物館として開設されました。龍谷大学や西本願寺が所蔵する文化財のほか、宗派にとらわれない仏教文化の企画展開催に特徴があります。京都の仏教系ミュージアムでは、相国寺が運営する承天閣美術館と並ぶ双璧です。



ミュージアム入館ロビー

展示構成

  • 第1章 仏教東漸 インドから日本へ
  • 第2章 浄土真宗のおしえ
  • 第3章 本願寺学寮から龍谷大学へ
  • 第4章 写字台文庫の至宝
  • 第5章 大谷探検隊の精華
  • 第6章 人間・科学・宗教


展示は龍谷ミュージアムが誇る充実したインド仏教美術から始まります。いつものようにガンダーラの「菩薩立像」が観客を出迎えてくれます。インド的美しさと慈悲深さを兼ね備えた造形には、お会いするといつも時間を忘れて立ち止まってしまいます。

【龍谷大学図書館 貴重資料画像データベースの画像】 念仏式

ここでは重要文化財の「念仏式」にも注目です。平安時代末期の比叡山における浄土教の文献で唯一現存する写本です。生き生きとした文字で綴られており、浄土真宗にとっては原点とも言うべき教えを伝えるとても貴重な古典籍です。

【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

第2章では、西本願寺専属の仏師だった渡辺康雲(わたなべこううん)作の阿弥陀如来立像が存在感を放っています。康雲は江戸時代に岡崎を拠点に活躍し、何代かに渡って襲名されています。

康雲による西本願寺の本尊である阿弥陀如来が全国にのこされており、洗練された表現が特徴的です。鎌倉仏のような写実性も感じられます。江戸時代の仏像には展覧会であまりお会いできません。時間をかけて向き合ってみることをおすすめします。とても美しい阿弥陀様です。

第3章では、雑誌「中央公論」の前身で、1887(明治20)年に刊行された龍谷大学の学生の機関紙「反省会雑誌」が展示されています。最初は禁酒・禁煙を訴える禁欲的な内容でした。東京に拠点を移し、1899(明治32)年に『中央公論』と改題すると小説や評論が中心となり、時代をリードする言論誌に成長します。1999年に読売新聞の傘下に入りますが、雑誌や新書の出版社として現在も高い知名度を維持しています。




第4章の「写字台(しゃじだい)文庫」とは、歴代の門主が蒐集した書籍のコレクションのことです。仏教に限らずサイエンスや娯楽まで幅広い分野に及んでいます。西本願寺門主の大谷家は京都を代表する名家の一つであり、幅広い交際から見事なコレクションが形成されています。

1774(安永3)年に出版された「解体新書」の初版本が展示されており、保存状態が良く紙の美しさが見事に残っていることに驚きます。江戸で出版されたものですが、門主はいち早く入手しています。交際範囲や情報ネットワークの広さがうかがえます。

第5章では、20世紀初頭に22代門主・大谷光瑞(こうずい)が中央アジアに派遣した学術探検隊が持ち帰った文化財が展示されています。重要文化財「李柏尺牘稿」はシルクロード研究を前進させる業績を挙げており、トルファンのアスターナ遺跡から持ち帰った多くの文錦(ぶんきん)は、西域の香りを見事に今に伝えてくれています。

大谷光瑞はかなり斬新な考えを持った人物だったようです。仏教の原点を知るべく私費でシルクロード探検隊を派遣するとともに、六甲山麓に明治を代表する洋館・二楽荘(にらくそう)を建設し、教育文化活動に力を入れました。一方で巨額の散財をすることになり、門主を辞任するとともに二楽荘を手放し、探検蒐集品も散逸します。

【龍谷大学図書館 貴重資料画像データベースの画像】 類聚古集

第6章では「類聚古集」が国宝として堂々たる存在感を示しています。万葉集は年代や詠まれた場所別に編纂されているため、歌の種類や季節によって歌を見つけやすいよう平安時代後期に編集されたのが「類聚古集」です。写本として唯一現存し、万葉仮名の読み方までわかるため、国宝にふさわしい極めて貴重な古典籍です。平安時代の流れるような”ひらかな”も、文字が判別できなくてもほとんどの人が美しいと感じるでしょう。

幕末の発明王でからくり時計で知られる田中久重(たなかひさしげ)の須弥山儀(しゅみせんぎ)は、天動説の概念を立体的に表現したもので、”珍品”としてのオーラが漂っています。

【龍谷大学図書館 貴重資料画像データベースの画像】 混一疆理歴代国都之図

15cに朝鮮半島で制作された世界最古級の世界地図「混一疆理歴代国都之図」のレプリカには、中国を中心にインドまで描かれているのがわかります。日本は実際からほど遠い形状で描かれています。



この屋根は何? 国宝・飛雲閣です。

龍谷大学の所蔵品の層の厚さが本当によくわかる展覧会です。龍谷ミュージアムは、展示の工夫に常に積極的に取り組んでいるミュージアムでもあります。今回の展覧会でも「掛軸に触れる」ことができる体験コーナーを設けています。

そんなミュージアムの全貌がわかります。ぜひお出かけください。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



龍谷大学所蔵のお宝をたっぷり紹介、展覧会の図録としても便利
________________

<京都市下京区>
龍谷ミュージアム
企画展
龍谷の至宝 -時空を超えたメッセージ-
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:龍谷大学龍谷ミュージアム、京都新聞
会場:3階展示室
会期:2019年7月13日(土)~9月11日(水)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

※8/12までの前期展示、8/14以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。




◆おすすめ交通機関◆

JR/近鉄/地下鉄・京都駅から徒歩15分
地下鉄烏丸線・五条駅から徒歩15分

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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百舌鳥古市古墳群 世界遺産登録_お膝元 堺市博物館で出土品の展覧会

2019年07月26日 | 美術館・展覧会

2019年7月6日、大阪の「百舌鳥・古市(もずふるいち)古墳群」が正式に世界文化遺産に登録されました。構成資産の中でも世界最大級の陵墓として知られる大仙陵(だいせん)古墳、通称:仁徳(にんとく)天皇陵に隣接する堺市博物館で、タイミングよく特別展「百舌鳥古墳群 ー巨大墓の時代ー」が行われています。

  • 古墳時代のピークに造営された百舌鳥古墳群の出土品から、古代社会の様子が学べる
  • 博物館から仁徳天皇陵まで徒歩2分、巨大な山の正面に鳥居があり神社のような神聖な趣
  • 1,500年前、この地に強大な王権が存在したことが如実に伝わってくる


常設展の仁徳天皇陵に関する展示も興味深く、加えて南蛮貿易で栄え千利休らが活躍した戦国時代の自由都市の展示も充実しています。古代と中世、1,000年ほどの間隔を経て日本史の檜舞台になった堺の映画をたっぷりと味わうことができます。


仁徳天皇陵の南側・正面拝所

古墳が築造された3cから7cを日本史では「古墳時代」と呼びます。ヤマト王権が全国を支配下におさめていき、日本で最初の国家としての体裁を表し始めた象徴のような存在が、古墳だからです。

世界遺産登録されている百舌鳥・古市古墳群を構成する古墳は、古墳の大きさがピークを迎えた5c前半に主に築造されたと考えられています。古墳群の中でも特に規模の大きいものはすべて、宮内庁により天皇の陵墓と治定されています。

この時代の天皇は古事記や日本書記の記述に基づき”推定”されており、学術的に実在が確実と考えられているのは1cほど時代の下った6c初頭の26代・継体天皇以降です。

例えば仁徳天皇は在位87年、110歳まで生きたと記述されており、当時の平均寿命を踏まえるとかなり現実離れしている感を受けます。また陵墓の大きさ1位の仁徳天皇は16代天皇、3位の履中(りちゅう)天皇は17代ですが、古墳の様式としては履中陵の方が古く、宮内庁による天皇の在位順とは矛盾しています。

天皇の実在の確定には、まずは古墳の学術的な発掘調査が必要ですが、よく知られているように宮内庁が許可していません。世界遺産となった百舌鳥・古市の巨大古墳の主を正確に突き止めるには、古墳の発掘以外に術はないでしょう。


仁徳天皇陵の三重の堀の最も外側

学術的な不明点は少なくありませんが、世界遺産登録にあたっては「3)現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠」「4)人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例」の2つの基準を満たしていると認定されました。

仁徳陵の前方後円墳の長さは水面に現れている部分だけでも485mあり、世界的に著名な巨大墓であるクフ王のピラミッド230m、秦の始皇帝陵350mを上回ります。墓の範囲を定義するのが難しいことに加え、体積では下回っているため「世界最大の墓」と称するのは困難ですが、けた外れの権力がけた外れの土木工事を可能にしたことだけは間違いなく事実でしょう。

大林組による1985年の試算では、古代工法での仁徳陵の築造には一日あたりピーク時に2,000人が動員され、約16年かかったと推定しています。表面は石で覆われ、15,000もの埴輪が周囲を取り巻いていたと考えられています。

仁徳稜は、大坂城や四天王寺もある上町台地の延長線上にあり、大阪湾からは燦然と輝くように見えていたと想像できます。船で大陸からやって来る人々にヤマト王権の強大さを見せつけたのでしょう。」


仁徳稜の前方部で発見された石棺のレプリカ

展覧会では百舌鳥古墳群をはじめとする様々な出土品の展示が充実しています。仁徳陵からの出土品もあり、ボディラインが美しい幾何学的に均整のとれた円筒埴輪が目を引きます。墳丘に整然と並べられていた光景はさぞかし荘厳であったろうと目に浮かんできます。

仁徳稜は、明治の初めに風雨で前方部斜面が崩壊し、埋葬施設が露出した際に調査が行われています。前方部ですので主の墓ではないと考えられますが、その際のスケッチを元に製作した石棺の実物大レプリカを堺市博物館の常設展で見ることができます。長方形の石棺の周囲には突起物があり、UFOのような不思議な物体に見えます。当時の宗教観や大陸文化の影響が色濃く現れているものと考えられ、見応えのある展示です。

江戸時代には後円部の石室も露出していましたが、詳しい調査が行われることなく埋め戻されています。この際に盗掘されていることが確認されています。前方部の埋葬施設も同じく埋め戻されており、巨大な墳丘にはまだまだ多くの古代の証拠が眠っているかもしれないとロマンが掻き立てられます。


鉄砲の常設展示

常設展示では、古墳時代の1,000年後、堺が再び脚光を浴びることとなった戦国時代の自由都市に関する展示も充実しています。三好長慶や織田信長ら強大な戦国大名たちとうまく立ち回りながら繁栄を守った商人仲間・会合衆(えごうしゅう)の活躍や、日本最大の生産地だった鉄砲に関する展示からは、日本の最先端国際都市だった熱気がひしひしとつたわってきます。


堺市博物館の入口

百舌鳥・古市古墳群はこれから徐々に国内外の観光客が増えていくと思われ、大きさが最大の仁徳稜はその中心として賑わうことになるでしょう。世界遺産ブランドは絶大です。

仁徳稜の南側正面の拝所は神社のような神聖な趣があり、35mの墳丘の高さからその大きさを想像することができます。

しかし観光面では課題もあります。現状では大きさの全貌が一目でわかるわけではなく、出土品の展示もごくわずかに限られます。高さが150mほどあり内部にも入れるクフ王のピラミッドや、兵馬俑という圧巻の副葬品が見られる秦の始皇帝陵と比べると、観光コンテンツとしての劣勢は否めません。

博物館のある大仙公園から気球にのって上空から大きさを体感するツアーの計画も進んでいるようですが、墳丘の現状は鬱蒼とした森になっており、石や埴輪で覆われた築造当時の荘厳な姿を見られるわけではありません。

となるとやはり本格的な発掘調査による副葬品の”発見”に期待が高まります。実在が確認されていない古代の天皇の史実を明らかにすることができる可能性もあります。宮内庁には発想の転換が求められます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



百舌鳥・古市以外の全国の著名古墳も収録、とても便利
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<堺市堺区>
堺市博物館
特別展
百舌鳥古墳群 ー巨大墓の時代ー
【美術館による展覧会公式サイト】

会期:2019年7月6日(土)~9月23日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~16:30

※展示期間が限られている作品があります。
※この展覧会は、今後の他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

JR阪和線「百舌鳥」駅下車、西口から徒歩8分
JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:50分
大阪駅→JR大阪環状線内回り→天王寺駅→JR阪和線→百舌鳥駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場があります。


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東京でブレイクした横山華山展が京都に凱旋_京都文化博物館 8/17まで

2019年07月22日 | 美術館・展覧会

昨年2018年の秋、東京駅のステーションギャラリーで会期が進むにつれ入場端数がうなぎ上りに増えていった横山華山(よこやまかざん)展。仙台を経た長い巡回の旅がフィナーレの地・京都にやってきました。

  • 横山華山は江戸時代有数の超絶技巧を持つ絵師、多様な画風のすべてで腕前の良さに全くぶれはない
  • 京都画壇の絵師にうるさい京都人も、華山の多様な作品に触れると必ずや虜になる
  • 東京展では未出品の作品が、京都展では数多く鑑賞できる


京都でもおそらくほとんどの人が横山華山の名を始めて耳にするでしょう。京都でも強烈な印象を観る者に植え付けることは間違いなしです。



私も昨年2018年秋の東京駅のステーションギャラリーの展覧会を見るまでは、華山の名前を知りませんでした。主催者も展覧会の主人公となる絵師の知名度の低さをしっかりと認識していたようで、とても興味深い展覧会のキャッチコピーを付けています。

東京/宮城展は「見ればわかる」。知名度が低いものの魅力を印象付ける日本語の殺し文句です。このキャチコピーは、華山の地元となる京都展では「まだいた、忘れられた天才絵師」変更されています。東京展の印象を思い出すべく、京都展とチラシを見比べていて気付きました。

江戸時代の絵師は、浮世絵を除くと江戸よりも京都を拠点に活躍した絵師の方が、現代ではよく知られています。京都人にとってはあらゆる画風の江戸絵画を見慣れていることもあり、「まだいた」と華山の実力をストレートに表現しようとしたのでしょう。

異なる開催地で巡回展をそれぞれ見る機会はなかなかないですが、開催地によるPR手法の違いから展覧会の個性により深く触れることができます。「巡回展を見比べる」機会を増やしていきたいとあらためて感じました。



キャッチコピーは変わっていますが、展覧会の構成(章立て)は東京展からは変わっていません。展覧会の構成(章立て)自体を変える巡回展は、日本国内ではまずありません。国をまたがるように観客の文化の土台自体が変わる場合に限られるでしょう。

【公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

スタートは、華山が最初に学んだ曾我蕭白(そがしょうはく)の影響を受けた作品の展示から始まります。私もそうでしたが、華山の超絶技巧はこの最初の展示で強く印象付けられます。

「蘭亭曲水図」大英博物館蔵や「四季山水図(倣蕭白押絵貼屏風)」はいずれも、山水画にしてはきわめて表現が繊細で、写生画や文人画などの要素の影響も見て取れます。師の蕭白よりも”上手い”と感じるほどです。

人物画でも写実的な表現の上手さが目立ちます。「六代横山喜兵衛像」は、華山が養子に入った家の当主の肖像で、武家の棟梁のように威厳を持って描かれています、養父への特別な敬意を感じられます。

「孟嘉落帽・臥龍三顧図屏風」福井県立美術館蔵は、山水の中で人物だけが美しく着色され、画面の中では小さい人物だけにスポットライトをあてているように感じさせます。著名な古典のドラマの一瞬をわかりやすくとらえた表現が注目されます。前期のみの展示です。

「蛭子大黒図」は商人の姿で語り合う二人の福の神の表情がとてもにこやかです。いかにも京都の富裕な町衆に好まれそうな構図と表現です。前期のみの展示です。

この作品や京都の祭りの様子を描いた風俗画など、東京展には出品されなかった作品が京都展では多数お目見えしています。加えて、この展覧会の出品作品の所蔵者は個人蔵がとても多いのが特徴です。少なからずの所蔵者は、限られた展示可能期間から京都展を優先して貸し出したのでしょう。


京都文化博物館の休憩室、京町屋の坪庭のよう

山水風に表現した名所の風景画も驚きの連続です。「花洛一覧図」京都市歴史資料館(大塚コレクション)蔵は、洛中洛外図のように京都の町を西から俯瞰した作品です。大正昭和に多く見られる観光のための都市鳥観図のように、より高い視線から建物の特徴を精密に描いています。洛中洛外図のように雲は描かれず、特定のスポットだけを拡大して描くような構図ではありません。

何らかの西洋の風景画を見て刺激を受けたのかもしれません、それだけ構図は斬新です。南画のタッチで描いていることもきわめて斬新です。華山の”多様性”を深く感じることができる名品です。

「紅花屏風」山形美術館(長谷川コレクション)蔵は、華山の代表作です。とてもいきいきと染料の紅花の製造工程を描いています。京都の富裕な町衆の発注と考えられており、華山は描くために紅花の産地の羽前国(山形県)まで”出張”しています。発色が素晴らしく最高級の絵具を使っているのでしょう。

山形までの出張費や絵師を拘束する時間も踏まえると、破格の画料だったことが容易に想像できます。展覧会後半、8/3-17限定の目玉展示です。

「四条河原納涼図」京都府(京都文化博物館管理)蔵は、町民が河原でたたずむ様子をいきいきと描いています。タッチは南画風ですが表現は写実的で、写真を見ているようです。この作品も東京展に出品されなかった名品です。

もう一つの目玉作品「祇園祭礼図巻」も京都人を間違いなく釘付けにするでしょう。祇園祭では、幕末の禁門の変の焼失により、巡行を中断している山鉾が少なからずあります。以来150年経った近年、復活の機運が盛り上がっています。2014年に復活した大船鉾は、鉾の装飾の考証にあたって「祇園祭礼図巻」を大いに参考にしています。

時代考証に自らの作品が使われるとは、華山も天国でさぞご満悦でしょう。

国内の資産家や外国の美術館で200年以上眠り続けてきた横山華山。”奇想の絵師”として評価と知名度が定着する日が早く訪れることを願ってやみません。同じく”永らく忘れられていた”絵師である、若冲や蕭白に匹敵する感銘を伝えてくれます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



いにしえから祇園祭はみやこ人を魅了し続けていた
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<京都市中京区>
京都文化博物館
特別展
横山華山 まだいた、忘れられた天才絵師
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:京都府、京都文化博物館、日本経済新聞社、テレビ大阪、BSテレビ東京、京都新聞
会場:4F,3F展示室
会期:2019年7月2日(火)〜8月17日(土)
原則休館日:7/8,22,29
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金曜~19:00)

※7/21までの前期展示、7/23以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、2018年11月まで東京ステーションギャラリー、2019年6月まで宮城県美術館、から巡回してきたものです。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅下車、5番出口から徒歩3分
阪急京都線「烏丸」駅下車、16番出口から徒歩7分
京阪電車「三条」駅下車、6番出口から徒歩15分

JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
京都駅→地下鉄烏丸線→烏丸御池駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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長坂コレクション ヨーロッパ絵画展_美術館「えき」KYOTO 7/28まで

2019年07月08日 | 美術館・展覧会

京都駅ビルにある、美術館「えき」KYOTOで「長坂コレクション ヨーロッパ絵画展」が行われています。日本人コレクターでは珍しく、オールドマスターの作品が充実しています。

  • 長野市の個人コレクターが蒐集したバロックと19c近代絵画の作品を披露
  • 巨匠の作品は含まれないが、当時の普通の画家たちが描いた作品はどれも個性的


普通の市民たちが楽しんだ作品からは、壁に架けられてさぞかし華やかになった自宅の一室の趣が伝わってくるようです。



長坂コレクションは、長野市で自動車整備会社を経営する長坂剛が、ここ30年ほどで蒐集した非常に新しいコレクションです。流通している作品数も多く日本人に人気の印象派やポスト印象派には手を出さず、17cバロック絵画と、19cでも写実主義といったオールドマスターに属するジャンルに絞っていることが特徴的です。

巨匠の作品は流通していないこともあるでしょう、蒐集品は日本ではほとんど知名度のない画家の作品です。私も大半が記憶にない画家でした。そのことがかえって当時の普通の市民たちが楽しんだ作品を目の当たりにするようで、興味深いところです。



【公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

展示は時代順に構成されています。スペインやイタリアなどカトリック教国のバロック絵画はこの時代、宗教や神話の寓意を題材にした作品で占められていることがわかります。

展覧会のチラシ表紙にも採用されたオノリオ・マリナーリ「聖チェチリア」は、長坂コレクションでも一押しの作品なのでしょう。展示も独立した空間で別格の扱いでした。女性の意味深な表情が観る者に様々な連想を働かせます。マリアーノ・サルバドール・マエーリャ「聖家族と幼い洗礼者聖ヨハネ」は、バロック絵画らしい光と影の使い分けが効いています。

バロック絵画でもオランダやフランドルの宗教画は、風俗画の先進国としての表現が伝わってきます。ルーメン・ポルテンヘン「占い師」はその代表例です。

19c近代絵画は、フランス以外の画家の作品が目立っています。

クリムトが頭角を現す前のウィーンに君臨していたハンス・マカールト工房作品「恋人を待つ」はドキドキしている少女の一瞬の表情をとらえています。

ヴィクトリア朝時代のイギリスの画家、エドウィン・トマス・ロバーツ「街頭の子供たち」は貧しい子供たちを描いていますが、表情は生き生きしています。ミュージカルの踊子のように今にも動き出しそうです。

新古典主義の画風のフェリックス・ジョゼフ・バリアス「お気に入りの鳴き鳥」は宗教画の寓意を思わせるような表現が目につきます。少女の衣装の繊細な描写から、当時の生活の様子がリアルに伝わってきます。

エルンスト・ベルガー「庭で編物をする女性」は印象派のように屋外の明るい陽光を描いていますが、表現は写真のように写実的です。裕福な女性の至福の時間がしっかりと表現されています。



美術館「えき」KYOTOは小振りな美術館で、今回のような個性的な展覧会では京都でもよく知られた会場です。京都駅ビルにあるため、何と言っても行きやすいことが特徴です。展覧会にちょっと寄り道したい時など、特におすすめできます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



幅広いバロックの魅力をキュッと集約
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<京都市下京区>
美術館「えき」KYOTO
長坂コレクション
ヨーロッパ絵画展 ~バロックから近代へ~
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:美術館「えき」KYOTO、京都新聞
会期:2019年7月4日(木)~7月28日(日)
原則休館日:会期中なし
開館(拝観)受付時間:10:00~19:30

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後の他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。

長坂コレクション
【公式サイト】http://www.nagasaka-collection.co.jp/



◆おすすめ交通機関◆

JR/近鉄/地下鉄 京都駅下車、ジェイアール京都伊勢丹7Fへ
JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:5分

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場があります。
※休日やイベント開催時は、渋滞/駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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スコットランドから素晴らしい印象派作品が来日_バレル・コレクション展

2019年07月06日 | 美術館・展覧会

東京・渋谷・Bunkamuraザ・ミュージアムの「バレル・コレクション」展に、会期間際に訪れました。印象派を中心としたフランス近代絵画の巨匠の作品から、日本で鑑賞機会の少ないスコットランドの画家の作品まで、個性あふれる作品が見応えのある展覧会に仕上がっていました。

  • スコットランドの海運王バレルが蒐集、欧州の近代絵画コレクションのすそ野の広さに驚かされる
  • バレエの稽古を描いた「リハーサル」は傑作、ドガらしい大胆な構図に注目
  • スコットランドの美術館が改修工事中のため実現した展覧会、日本で見られるのはおそらく最後


欧米の首都以外の都市の美術館は、日本では多くが無名ですが、コレクションの層の厚さはいずれも目を見張ります。バレル・コレクションもその典型例で「こんなところがあったのか」と驚くことになります



バレル・コレクションはスコットランド最大の都市・グラスゴーにある美術館の名称で、海運王ウィリアム・バレル(William Burrell)が蒐集し、グラスゴー市に寄付した美術品を所蔵・展示しています。

バレルは1861年に生まれ、海運王として築いた巨万の富を元に1890年代から1920年代にかけて、コレクションを形成しました。寄付の際に「英国外に作品を持ち出さないこと」を条件にしていましたが、美術館が改修工事で展示できないため、特例で英国外を巡回する展覧会が実現したものです。

こうした特例は欧米の美術館ではまれにあります。改修工事費を捻出するためなので「寄付者も許してくれるだろう」と考えるのでしょうか。



展覧会には80点が出展されており、すべてがGlasgow Museumsに所属するバレル・コレクションもしくはケルビングローブ美術博物館の所蔵品です。

【Glasgow Museums Collection 公式サイトの画像】 ゴッホ「アレクサンダー・リードの肖像」

展覧会冒頭では、一目でゴッホの作とわかる存在感のある肖像画が展示されています。モデルのリードは、バレルにフランス絵画を積極的に紹介した画商で、ゴッホとも親交のあった人物です。とても写実的に描かれており、リードが意志の強い人物だったことをうかがわせるような描写が見事な名品です。これから始まる展覧会への期待感がぐっと高まります。

展覧会は絵のモチーフ単位で構成されています。第1章の「室内の情景」と「静物」では、フランスやオランダの写実派を中心とした作品がまとめられています。

【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

フランスの庶民の日常を描いたフランソワ・ボンヴァン(François Bonvin)の「スピネットを弾く女性」は、ピアノに似た楽器を演奏する女性の後姿が魅力的です。水色の縦じま模様のスカートが絵の印象を引き締めています。

写実的な静物画と肖像画で人気の高いアンリ・ファンタン=ラトゥール「春の花」も写真のような描写が輝きを放っています。当時の英国ではとても人気のある画家であり、入手したバレルはご満悦だったでしょう。

巨匠セザンヌの「倒れた果物かご」も素晴らしい作品です。黄色で明るく描かれた果物が、青いテーブルクロスの上にとても美味しそうに描かれています。

【Glasgow Museums Collection 公式サイトの画像】 ペプロー「バラ」

スコットランドの画家、ペプローの「バラ」は、暗い背景にピンクのバラを描いており、とても目立つ作品です。展示されている同時代の作品は、印象派を中心に明るい光を描いた作品が多いためです。静物画としてとても斬新な構成です。

【Glasgow Museums Collection 公式サイトの画像】 ドガ「リハーサル」

第2章「街中で」と「郊外へ」は、ドガの傑作「リハーサル」から始まります。バレエの稽古場をやや高い位置からの目線で描いた作品で、ドガの構図のマジックをたっぷりと味わえます。螺旋階段を描くことで、不思議なことに稽古場の様子に躍動感が加味されます。片手で螺旋階段を隠して鑑賞してみてください。マジックを体感できます。

【Glasgow Museums Collection 公式サイトの画像】クロホール「二輪馬車」

クロホールもスコットランドの画家です。「二輪馬車」は街の様子を写実的にしっかりと描いています。出展されているスコットランドの画家の作品からは、同時代のイングランドの画家と比べ、フランスやオランダの写実表現の影響が強いことがうかがえます。

【Glasgow Museums Collection 公式サイトの画像】 マリス「ペットの山羊」

オランダの写実主義・ハーグ派のマリスの作品も見応えがあります。「ペットの山羊」はバルビゾン派を思わせる素朴な表現で、田舎の少女が山羊と戯れる様子を描いたキュートな作品です。


撮影OKの展示室の一部

スコットランドの画家の作品は日本では普段目にしないこともあり、貴重な体験ができました。ファンタン=ラトゥールら、日本では知名度は高くない画家のすぐれた作品も多く含まれており、こちらも西洋近代絵画への関心を上手に刺激してくれます。

東京展は終了し、展覧会は折り返し地点を過ぎました。8月から静岡市美術館、11月から広島県立美術館に巡回します。開催美術館の地元の方はもちろん、まだ行けてない方も静岡/広島までぜひお出かけください。


美術館の隣にはパリの名物カフェ「ドゥ・マゴ」があります

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



スコットランドに興味を持った方におすすめの一冊
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<東京都渋谷区>
Bunkamuraザ・ミュージアム
印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:Bunkamura、毎日新聞社
会期:2019年4月27日(土)〜6月30日(日)
原則休館日:5/7、5/21、6/4
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~20:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2018年10月から福岡県立美術館、2018年12月から愛媛県美術館、から巡回してきたものです。
※この展覧会は、2019年8月から静岡市美術館、2019年11月から広島県立美術館、に巡回します。
※この美術館は、常時公開している常設展示はありません。企画展開催時のみ開館しています。

※この展覧会一部の展示室は、非営利かつ私的使用目的でのみ、会場内の写真撮影が可能です。
 フラッシュ/三脚/自撮り棒と動画撮影は禁止です。




◆おすすめ交通機関◆

JR山手線「渋谷」駅下車、ハチ公口から徒歩7分
京王井の頭線「神泉」駅下車、北口から徒歩7分
東京メトロ銀座線、京王井の頭線「渋谷」駅下車、徒歩7分
東急東横線・田園都市線、東京メトロ半蔵門線・副都心線「渋谷」駅下車、3a出口から徒歩5分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:30分
東京駅→東京メトロ丸の内線→赤坂見附駅→東京メトロ銀座線→渋谷駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場(東急本店)があります。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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フルコースで味わう「速水御舟」_山種美術館 8/4まで

2019年07月03日 | 美術館・展覧会

東京・山種美術館で広尾開館10周年記念展の第三弾「速水御舟(はやみぎょしゅう)」が行われています。御舟コレクションでは日本最高峰の山種美術館が所蔵する120点余りの作品がすべて、前後期に分かれて登場します。

  • 御舟は山種が最も大切にする画家、御舟作品の全品公開は10年前の広尾開館時の記念展以来
  • 御舟の重要文化財2点ももちろん登場、同時展示(前期のみ)は3年ぶり
  • 渡欧時のスケッチや裸婦のデッサンなど、御舟の表現の多様性もしっかりと味わえる
  • 山種の御舟コレクションは、美術品が散逸せずに伝えられる価値の素晴らしさを示す典型例


御舟は作風を頻繁に変えていたため、この展覧会でも多様な表現が楽しめます。しかし御舟の表現には一貫して「記号」で絵の魅力を伝えようとする姿勢を私は感じます。近代日本画の画家の中でも飛び切りの個性を発揮した御舟ワールド、フルコースで味わうにはとっておきの展覧会です。


1Fロビー 記念撮影コーナー

速水御舟は1894(明治27)年に東京・浅草に生まれ、幼いころから画才を発揮していた天才肌の子どもでした。松本楓湖(まつもとふうこ)に入門し、やまと絵など古典の粉本(ふんぽん)の模写に励みながら、1911(明治44年)には安田靫彦(やすだゆきひこ)や今村紫紅(いまむらしこう)が率いる紅児会(こうじかい)に参加します。

紫紅の画風に学ぶとともに、小林古径(こばやしこけい)や前田青邨(まえだせいそん)ら新進気鋭の画家たちとも切磋琢磨しながら腕を磨いていきます。古径や青邨とは同じく原三溪をパトロンとした仲間でもあり、三溪所蔵の幾多の名品からも大いに学んだことでしょう。

御舟は良いと思ったことは何でも積極的に取り入れ、自分好みにブレンドしていく探求心の強い人物でした。東京だけでなく京都や関東近郊にも長きにわたって滞在し、各地への旅行も積極的でした。環境を変えることで常に新しい刺激を求め続けていました。画風の変化はもちろん、戦前の日本画としてはかなり大胆な構図や写実性は、そうした努力の通過点であり到達点でした。



展示は制作年代順に構成されています。御舟の画風の変化がよくわかります。

【展覧会公式サイトの画像】 「山科秋」

第1章の画業を始めた頃の作品には今村紫紅が傾倒した南画の影響が見られます。「山科秋」は落款がないと、とても御舟作品とは思えません。御舟には非常に少ない人物画「綿木」もありますが、写実的な表現は感じられません。

第2章は1923(大正12)年から1929(昭和4)年の作品で、御舟の代表作が集中する時期です。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「桃花」山種美術館蔵

「桃花」は1923(大正12)年の作品で、中国の南宋画を思わせる趣の中に、桃の花やつぼみが写実的に精緻に描かれています。様々なテクニックをブレンドする御舟の個性がこれから花開いていくことを示しているような名品です。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「昆虫二題・粧蛾舞戯」山種美術館蔵
【Google Arts & Cultureの画像】 速水御舟「炎舞」山種美術館蔵

ペアになっている「昆虫二題」のうち「粧蛾舞戯」は戦前の日本画としては驚きの構図が目を見張ります。暗闇にぽっかり空いた光の道筋に向かってカラフルな蛾が舞い上がる様子を描いています。当時の洋画でも見られないようなアグレッシブな構図です。1926(大正15)年の作品で、前年には山種美術館の目玉コレクションで御舟の最高傑作の一つ・重要文化財「炎舞」を描いています。

「炎舞」は、仏画のように舞い上がる赤い炎の周りにカラフルな蛾を描いています。御舟がカラフルな色彩を取り入れることで「記号」のようにモチーフの魅力を伝えるテクニックを見出したことを感じさせる傑作です。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「蛤」山種美術館蔵

「蛤」も日本画にしてはとても珍しい構図です。蛤は生き物ですがほとんど動かないので、いわゆる静物画です。御舟にしては珍しく、写実的には描いておらず、洋画のようにざっくりと面で形を整えています。洋画のテクニックを日本画に活かそうとしたのでしょうか。御舟作品は主張の強いものが多いですが、その中で実に落ち着きのある不思議な作品です。御舟の多様性を楽しむことができます。


「翠苔緑芝」のみ写真撮影OK

速水御舟「翠苔緑芝」山種美術館蔵も、今回の展覧会の目玉作品の一つでしょう。琳派のように金碧の空間を大胆に使い、フラットにシンプルに描かれた木々を際立たせています。木陰に佇む黒猫の眼が妙に存在感があり、絵の印象を引き締めているところもこの作品の魅力です。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「名樹散椿」山種美術館蔵

1977(昭和52)年に昭和の作品として日本で初めて重要文化財に指定された歴史的名品です。京都・北野天満宮近くの地蔵院の名物椿が散りゆく様子を描いています。

豊かな葉の中に咲いた花の華やかさを強調するように、枝を実際よりも長くなるようデフォルメしているようで、観る者を驚かせます。狩野探幽の松の障壁画のように、椿の木の幹も「記号」のようにしっかりと描いており、この絵の存在感をさらに高めています。背景の金地は光沢を抑えており、主役の花びらのカラフルさを邪魔しないようになっています。

1929(昭和4)年の作品で、様々なテクニックをブレンドした御舟の一つの到達点と言える傑作です。展示は前期のみ7/7までです。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「紅梅・白梅」山種美術館蔵

「紅梅・白梅」は1929(昭和4)年の作品で、酒井抱一を思わせる洗練された表現が印象的です。作品としては2つに分かれていますが、左右に並べると背景の月夜の雲が連続して見え、一体感が出るよう工夫されています。以降の御舟作品には「洗練さ」が目立つようになります。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「埃及所見」山種美術館蔵
【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「裸婦(素描6)」山種美術館蔵

御舟は1930(昭和5)年に、ローマで開催される美術展の使節団として横山大観らと共に渡欧し、ルネサンス芸術に感銘を受けます。訪れた各地のスケッチも数多く出展されており、「埃及所見」はエジプトの砂漠を歩く隊商の様子を描いています。日本画のタッチで、エキゾチックな趣をしっかりと伝えています。

渡欧の際に見たであろう裸婦像に刺激を受けたのでしょうか、1934(昭和9)年に裸婦像の制作に取り掛かりますが完成を見ず、下絵となったデッサンだけがのこされています。「裸婦(素描6)」は西洋式に鉛筆で描いていますが、日本画としての完成品ができていればと、とても期待を膨らませます。展示は前期のみ7/7までです。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「和蘭陀菊図」山種美術館蔵

「和蘭陀菊図」は1931(昭和6)年の作品で、洋画のような奥行きと陰影があり、渡欧経験の影響を感じさせる名品です。花びらが動き出すように思えるほどリアルで、紫と赤の花の色も葉の緑や背景とも絶妙に調和しています。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「牡丹花(墨牡丹)」山種美術館蔵

「牡丹花(墨牡丹)」は1934(昭和9)年の作品です。琳派のたらしこみのような表現で、黒い牡丹の花びらを瑞々しく描いています。実際の黒牡丹は濃厚な紫色ですが、花びらを黒色で描き、中心の花弁を金色に着色することでリアル感を整えています。とても洗練されたタッチです。


1Fロビー 加山又造「千羽鶴」

山種美術館の創設者・山崎種二は御舟作品を少しずつ集めていましたが、現在のような規模になったのは1976(昭和51)年に、旧安宅コレクションの御舟作品を一括購入したことによります。散逸していれば今回のような充実した展覧会を催すのはほとんど不可能になります。

倒産した安宅産業のコレクションは陶磁器が有名ですが、陶磁器は住友グループの寄贈で大阪市立東洋陶磁美術館に一括して収められます。御舟作品を大切に守り続けてくれる人として、債権者の住友銀行が白羽の矢を立てたのが山崎種二でした。美術品は散逸しないことでかけがえのない価値を生み出すのです。

山種が最も大切にする画家と感じるのは、広尾開館の節目の展覧会にいずれも御舟を持ってきているためです。”さすが山種”と言える素晴らしい内容に仕上がっています。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



山下裕二の対談が面白い
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<東京都渋谷区>
山種美術館
広尾開館10周年記念特別展
生誕125年記念 速水御舟
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:山種美術館、日本経済新聞社
会期:2019年6月8日(土)~8月4日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

※7/7までの前期展示、7/9以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※出展作の中で一点のみ、私的使用に限って、写真撮影とWeb上への公開が可能な作品があります。
 フラッシュ/三脚/自撮り棒/シャッター音と動画撮影は禁止です。

※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン「恵比寿」駅下車、西口から徒歩12分
東京メトロ日比谷線「恵比寿」駅下車、2番出口から徒歩12分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
東京駅→東京メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→東京メトロ日比谷線→恵比寿駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。


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