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フルコースで味わう「速水御舟」_山種美術館 8/4まで

2019年07月03日 | 美術館・展覧会

東京・山種美術館で広尾開館10周年記念展の第三弾「速水御舟(はやみぎょしゅう)」が行われています。御舟コレクションでは日本最高峰の山種美術館が所蔵する120点余りの作品がすべて、前後期に分かれて登場します。

  • 御舟は山種が最も大切にする画家、御舟作品の全品公開は10年前の広尾開館時の記念展以来
  • 御舟の重要文化財2点ももちろん登場、同時展示(前期のみ)は3年ぶり
  • 渡欧時のスケッチや裸婦のデッサンなど、御舟の表現の多様性もしっかりと味わえる
  • 山種の御舟コレクションは、美術品が散逸せずに伝えられる価値の素晴らしさを示す典型例


御舟は作風を頻繁に変えていたため、この展覧会でも多様な表現が楽しめます。しかし御舟の表現には一貫して「記号」で絵の魅力を伝えようとする姿勢を私は感じます。近代日本画の画家の中でも飛び切りの個性を発揮した御舟ワールド、フルコースで味わうにはとっておきの展覧会です。


1Fロビー 記念撮影コーナー

速水御舟は1894(明治27)年に東京・浅草に生まれ、幼いころから画才を発揮していた天才肌の子どもでした。松本楓湖(まつもとふうこ)に入門し、やまと絵など古典の粉本(ふんぽん)の模写に励みながら、1911(明治44年)には安田靫彦(やすだゆきひこ)や今村紫紅(いまむらしこう)が率いる紅児会(こうじかい)に参加します。

紫紅の画風に学ぶとともに、小林古径(こばやしこけい)や前田青邨(まえだせいそん)ら新進気鋭の画家たちとも切磋琢磨しながら腕を磨いていきます。古径や青邨とは同じく原三溪をパトロンとした仲間でもあり、三溪所蔵の幾多の名品からも大いに学んだことでしょう。

御舟は良いと思ったことは何でも積極的に取り入れ、自分好みにブレンドしていく探求心の強い人物でした。東京だけでなく京都や関東近郊にも長きにわたって滞在し、各地への旅行も積極的でした。環境を変えることで常に新しい刺激を求め続けていました。画風の変化はもちろん、戦前の日本画としてはかなり大胆な構図や写実性は、そうした努力の通過点であり到達点でした。



展示は制作年代順に構成されています。御舟の画風の変化がよくわかります。

【展覧会公式サイトの画像】 「山科秋」

第1章の画業を始めた頃の作品には今村紫紅が傾倒した南画の影響が見られます。「山科秋」は落款がないと、とても御舟作品とは思えません。御舟には非常に少ない人物画「綿木」もありますが、写実的な表現は感じられません。

第2章は1923(大正12)年から1929(昭和4)年の作品で、御舟の代表作が集中する時期です。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「桃花」山種美術館蔵

「桃花」は1923(大正12)年の作品で、中国の南宋画を思わせる趣の中に、桃の花やつぼみが写実的に精緻に描かれています。様々なテクニックをブレンドする御舟の個性がこれから花開いていくことを示しているような名品です。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「昆虫二題・粧蛾舞戯」山種美術館蔵
【Google Arts & Cultureの画像】 速水御舟「炎舞」山種美術館蔵

ペアになっている「昆虫二題」のうち「粧蛾舞戯」は戦前の日本画としては驚きの構図が目を見張ります。暗闇にぽっかり空いた光の道筋に向かってカラフルな蛾が舞い上がる様子を描いています。当時の洋画でも見られないようなアグレッシブな構図です。1926(大正15)年の作品で、前年には山種美術館の目玉コレクションで御舟の最高傑作の一つ・重要文化財「炎舞」を描いています。

「炎舞」は、仏画のように舞い上がる赤い炎の周りにカラフルな蛾を描いています。御舟がカラフルな色彩を取り入れることで「記号」のようにモチーフの魅力を伝えるテクニックを見出したことを感じさせる傑作です。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「蛤」山種美術館蔵

「蛤」も日本画にしてはとても珍しい構図です。蛤は生き物ですがほとんど動かないので、いわゆる静物画です。御舟にしては珍しく、写実的には描いておらず、洋画のようにざっくりと面で形を整えています。洋画のテクニックを日本画に活かそうとしたのでしょうか。御舟作品は主張の強いものが多いですが、その中で実に落ち着きのある不思議な作品です。御舟の多様性を楽しむことができます。


「翠苔緑芝」のみ写真撮影OK

速水御舟「翠苔緑芝」山種美術館蔵も、今回の展覧会の目玉作品の一つでしょう。琳派のように金碧の空間を大胆に使い、フラットにシンプルに描かれた木々を際立たせています。木陰に佇む黒猫の眼が妙に存在感があり、絵の印象を引き締めているところもこの作品の魅力です。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「名樹散椿」山種美術館蔵

1977(昭和52)年に昭和の作品として日本で初めて重要文化財に指定された歴史的名品です。京都・北野天満宮近くの地蔵院の名物椿が散りゆく様子を描いています。

豊かな葉の中に咲いた花の華やかさを強調するように、枝を実際よりも長くなるようデフォルメしているようで、観る者を驚かせます。狩野探幽の松の障壁画のように、椿の木の幹も「記号」のようにしっかりと描いており、この絵の存在感をさらに高めています。背景の金地は光沢を抑えており、主役の花びらのカラフルさを邪魔しないようになっています。

1929(昭和4)年の作品で、様々なテクニックをブレンドした御舟の一つの到達点と言える傑作です。展示は前期のみ7/7までです。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「紅梅・白梅」山種美術館蔵

「紅梅・白梅」は1929(昭和4)年の作品で、酒井抱一を思わせる洗練された表現が印象的です。作品としては2つに分かれていますが、左右に並べると背景の月夜の雲が連続して見え、一体感が出るよう工夫されています。以降の御舟作品には「洗練さ」が目立つようになります。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「埃及所見」山種美術館蔵
【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「裸婦(素描6)」山種美術館蔵

御舟は1930(昭和5)年に、ローマで開催される美術展の使節団として横山大観らと共に渡欧し、ルネサンス芸術に感銘を受けます。訪れた各地のスケッチも数多く出展されており、「埃及所見」はエジプトの砂漠を歩く隊商の様子を描いています。日本画のタッチで、エキゾチックな趣をしっかりと伝えています。

渡欧の際に見たであろう裸婦像に刺激を受けたのでしょうか、1934(昭和9)年に裸婦像の制作に取り掛かりますが完成を見ず、下絵となったデッサンだけがのこされています。「裸婦(素描6)」は西洋式に鉛筆で描いていますが、日本画としての完成品ができていればと、とても期待を膨らませます。展示は前期のみ7/7までです。

【Artefactory IMAGESの画像】 速水御舟「和蘭陀菊図」山種美術館蔵

「和蘭陀菊図」は1931(昭和6)年の作品で、洋画のような奥行きと陰影があり、渡欧経験の影響を感じさせる名品です。花びらが動き出すように思えるほどリアルで、紫と赤の花の色も葉の緑や背景とも絶妙に調和しています。

【展覧会公式サイトの画像】 速水御舟「牡丹花(墨牡丹)」山種美術館蔵

「牡丹花(墨牡丹)」は1934(昭和9)年の作品です。琳派のたらしこみのような表現で、黒い牡丹の花びらを瑞々しく描いています。実際の黒牡丹は濃厚な紫色ですが、花びらを黒色で描き、中心の花弁を金色に着色することでリアル感を整えています。とても洗練されたタッチです。


1Fロビー 加山又造「千羽鶴」

山種美術館の創設者・山崎種二は御舟作品を少しずつ集めていましたが、現在のような規模になったのは1976(昭和51)年に、旧安宅コレクションの御舟作品を一括購入したことによります。散逸していれば今回のような充実した展覧会を催すのはほとんど不可能になります。

倒産した安宅産業のコレクションは陶磁器が有名ですが、陶磁器は住友グループの寄贈で大阪市立東洋陶磁美術館に一括して収められます。御舟作品を大切に守り続けてくれる人として、債権者の住友銀行が白羽の矢を立てたのが山崎種二でした。美術品は散逸しないことでかけがえのない価値を生み出すのです。

山種が最も大切にする画家と感じるのは、広尾開館の節目の展覧会にいずれも御舟を持ってきているためです。”さすが山種”と言える素晴らしい内容に仕上がっています。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



山下裕二の対談が面白い
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<東京都渋谷区>
山種美術館
広尾開館10周年記念特別展
生誕125年記念 速水御舟
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:山種美術館、日本経済新聞社
会期:2019年6月8日(土)~8月4日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

※7/7までの前期展示、7/9以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※出展作の中で一点のみ、私的使用に限って、写真撮影とWeb上への公開が可能な作品があります。
 フラッシュ/三脚/自撮り棒/シャッター音と動画撮影は禁止です。

※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン「恵比寿」駅下車、西口から徒歩12分
東京メトロ日比谷線「恵比寿」駅下車、2番出口から徒歩12分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
東京駅→東京メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→東京メトロ日比谷線→恵比寿駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。


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