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食卓の向こう側・第8部 食育=読者の声 生きる力育てる教育を 「おかげさま」考えよう

2018年07月08日 06時23分16秒 | 食卓の向こう側

西日本新聞より
2006年4月20日

食卓の向こう側・第8部 食育=読者の声 生きる力育てる教育を 「おかげさま」考えよう

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 ●学校の役割 家庭科の授業見直すべき

 生きる知恵を伝える場として学校に期待。
とりわけ家庭科の見直しの重要性を訴える意見があった。

 「短大で調理関係の科目を教えているが、調理技術が低下していく学生を見ていると、日本の将来に憂いを抱く。ペパーミントエッセンスを『歯磨きのにおい』、キンモクセイのそばを通って『トイレのにおい』と言うことなども、体験の少なさを物語っている。昔は、凝った料理でなければ見よう見まねでできていたと思う。親が料理をする姿を見なくなり、学校でも教えられないなら、できないのは当然かもしれない」 
(女性)


 「学校は、教師にも食育をしてほしい。教師がきちんと『食』を学んでいれば、少しずつ子どもたちにメッセージを送れると思う。私も『個性的であれ』とか『いい大学に進み、いい企業に就職するのが良い人生』というメッセージを親や学校から送られ、育てられてきた気がする。基本的な学問も大切だが、子どものときは、生きていく上で最低限必要な『食』や『命の大切さ』を学ぶべきだと思う」
(福岡県田川市・女性・29歳)

 「子どもは男の子ばかりだが、三歳のころから包丁を持たせている。『食べる』ことに男女の差はなく、年齢差もない。日本では女子は十六歳、男子は十八歳で結婚でき、子どもが持てる。わが子が十八歳になったとき、父親になれるのか。乳飲み子に、平気でハンバーガーを離乳食として与えるような父親では子どもは育たない。学校教育の中でも、子どもを育てる力をはぐくむため、家庭科をもっと見直すべきだと感じた」 
(女性)

 「母乳育児の支援をしている。ある若い母親は出産して九カ月。ずっと、体内で固まる脂を食べないようにしているが、まだ、お乳はつまり気味だ。私の話を聞くまで、食事は肉類中心で外食が多かったとのこと。この母親は『妊娠中はお産のことしか考えられず、産後のおっぱいや食べ物については、どこか遠い話のように思えていた』と話した。いつ食について学ぶのが効果的か―。母親たちとそれぞれの経験を振り返り、『幼稚園から大学まで、もっと家庭科を重視しなければならない』という結論になった」 (福岡県・助産師女性)

     ◇

 ●半歩先宣言 気づいた人ができる範囲で

 時間に追われる暮らしの中で食の大切さを見つめ、どう、子どもに伝えるか。できることから始めたいという「半歩先宣言」が寄せられた。

 「わが家も『学び』に重きを置きすぎていると、あらためて反省した。次の休みには、小学生の子どもたちと買い物から一緒にし、台所を任せてみたいと思う。ちょっとワクワクしている」 
(福岡市・女性)

 「『弁当の日』の記事を読み、その気になれば決して難しいことではないなどと自問自答。短大で教えているが、調理実習の復習を兼ねて週一回、弁当作りをさせ、その成果を自由献立のときに発揮させようかと胸を膨らませている。もう、誰の責任とか、どこですべきだとか言わず、気づいた人が、良いと思うことをできる範囲でするしかない」 
(女性)

 「ご飯粒をたくさん茶わんにつけたまま食事を終えた息子に、『農家の人が悲しいって泣いちゃうよ』と話した。汗を流して働く農家の人の姿が頭に浮かんだかは分からないが、その後、残さず食べるようになった。食べ物にはたくさんの人がかかわり、思いがこもっていると、子どもなりに感じてもらうことが大切。食事の会話を楽しみながら、少しでも伝えていきたい」 
(愛知県・女性)

 「保育園に通う娘の弁当には、いつも野菜の煮物を入れている。地味で恥ずかしいのでは、と先月の遠足の前に『お弁当は何がいい』と聞くと、『レンコンさん入れてね』と言われ、驚いた。離乳食のころから、『お野菜を食べなさいね』と言っていたが、娘の言葉を聞き、(“地味弁”の)記事を読んで、『良かったのかな』と思った。これからも、わが家風“地味弁”でやっていきたい。写真の園児君のように、にこやかにお弁当を食べる姿を想像しながら」(長崎県諫早市・女性・39歳)

    ×      ×

 ■「おかげさま」考えよう

 ●家庭の食卓 保護者同士、助け合って

 家庭の食卓についても、理想への意見や問題提起の声が寄せられた。

 「二人の子どもがいます。在宅で仕事をしていますが、冷凍食品や総菜を使わず料理するというと、『家にいて暇だから』『古くさい』などと言われます。私も、時間があり余っているわけではなく、作り置きなど工夫します。男性と対等に働こうとする女性がもてはやされ、家庭を守ろうとするタイプはばかにされる。食育と同時に、これらの現状を変えるよう働き掛けないと、『素材から料理するなんて時代遅れ』となりかねません」(主婦・30代)

 「漁港に魚を買いに行き、『さばいてください』と言うと、おばちゃんに断られました。『いつまでも人に頼らず、失敗してもいいから自分でさばきなさい』と。初めてさばいて失敗したけど、骨までおみそ汁に使い、残さずきれいに食べきりました。まだ料理修業中ですが、(連載二回目に掲載した)八百屋の女性のように、みんながいつでもご飯を食べに寄れるよう頑張ります」
(宮崎市・主婦・29歳)

 「子どもの小学校の保健教諭がこんな話をされました。『パンを持ってきて、青くふらふらしている子に食べさせてます。そんなお宅に、朝ご飯を食べさせてはどうですか、なんて言えません。仕事でくたくたなのにこれ以上何をしろと言うのか―とキレられます。だから、保護者同士が助け合ったり、アドバイスするネットワークをつくってほしい』。(連載二回目に掲載した)城浜団地の例は、あったかい理想のネットワークですね。そんな関係を作ることができれば、救われる家庭は多いはずです」
 (福岡市城南区・主婦)

 「わが家では、朝食は祖母が作っていた。炊きたてのご飯を『どうぞお召し上がりください』と仏前に運ぶのは子どもの役目。家族全員がそろって『いただきます』『ごちそうさまでした』。だしのきいたおみそ汁とみずみずしい漬物だけでも必ずおかわりした。祖母は孫たちに『お百姓さんに感謝、お天道さまに感謝、ご飯が食べられる幸福に感謝』と教えた。学校もまともに出てはいない祖母だったが教わったことは多い。『おかげさま』『感謝』『足るを知る』―。大人になり、それがどんなに大事なことか痛感している」
(福岡県春日市・主婦・44歳)

 
 ●食育の可能性 創造性、愛情をはぐくむ

 食育とは、栄養素を教えたり、調理技術を高めるだけではない。食を通してはぐくまれる可能性についての体験談を紹介する。

 「娘たちは就学前から包丁を持ち、料理が好きでした。おかげで私が交通事故で一カ月ほど入院した時も、料理は困らなかったようです。自分が日々の暮らしに困る体になるなんて考えてもみませんでしたが、現在、娘三人の世話によって暮らしていると言っても過言ではありません」
(長崎県諫早市・主婦・40歳)

 「二十一歳の息子はダウン症です。時間の理解も数字の理解もアドバイスが必要です。その息子が、あるとき料理に興味を示し、丁寧に教えると簡単な料理ができるようになり、積極的にやりたがるようになりました。今では、忙しくて遅く帰ったりすると『お疲れさま。ご飯できてるよ』ということもあります。献立の組立、食材の調達、味の調整と、あらゆる作業が創造的な気がします。普通の人にとっても重要な創造力を培う『料理』という貴重な機会を、外食やコンビニ、レトルト食品など現代の食環境が奪っているように思えてなりません」
(福岡県芦屋町・男性)

 「娘は高校生のとき、私が弁当を作れない日は、朝五時に起きて夫と兄と自分の弁当を作ってくれました。高校の卒業式の日、クラスで卒業生がひと言述べるとき、壇上から、『お母さん、三年間朝早く起きてお弁当を作ってくれて、私を送り出してくれてありがとう』って私に頭を下げたんです。驚きました。家では恥ずかしくて言えなかったのでしょう。ほかに、保護者に向かって呼び掛けたクラスメートはいませんでした。半分寝ぼけて自ら弁当を詰めた日々、苦労が分かってくれたのでしょう」
(北九州市八幡西区・女性)

    ×      ×

 ●「ペンは剣より強い」心にとどめて

 「食卓の向こう側」(2)に掲載された城浜団地の者ですが、新聞に載せるにはあまりに取材不足ではないでしょうか。

 確かに当たらずとも遠からずの記事でしたが、あれでは団地内で頑張っている人たちが気の毒です。
今の団地は昔と違って格差社会の縮図的要素があります。
高齢者も増し、母子、父子家庭も多くなりました。
子を育てるために夜働き、わずかな睡眠で子どもを一生懸命はぐくんでいる家庭もある事を知ってください。

 一度張られたマイナスイメージは簡単には消えません。
ペンは剣よりも強い事を記者の方には常に心にとどめてほしいと願います。

     ◇

 ●書かれる立場配慮しながら 取材班

 団地を悪く書こうという意図はありませんでした。
「食の大切さは分かるが日々の生活で精いっぱい」「関心がない」という現代の家庭の食卓を、子どもたちのためにどう変えればいいのか考えようとしたつもりでした。
団地には「団地の子はうちの子」という濃密な地域のつながりがあります。
そんな人間関係が消えつつある現代だからこそ、「地域で支え合う食卓」の可能性が見出せるのではと原稿にしたのです。
ただ、ご指摘のように表現が、書かれる立場の方々のお気持ちに十分思い至らなかった点は反省しなければなりません。
今回の経験を今後の取材活動に反映させます。

(2006/04/20 西日本新聞朝刊)

 

 

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