愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

最初に見た景色

2009年03月18日 17時40分53秒 | 写真詩

僕は札幌の眼科医だ。

 

愛する由香里が網膜剥離で視力を失ってしまった。

 

一週間前に、最新の手術を行った。強膜内陥〈ないかん〉術。簡単な手術ではない。

 

病室で、由香里は言った。目は包帯で覆われている。

 

「ねえ、本当に見えるようになるの?」

 

「大丈夫。手術は成功したはずだ」

 

「あなたを信じるわ」

 

僕は窓の下を見た。

 

道路わきには、まだ雪が積んである。札幌の春は、まだ先だ。

 

携帯で桜の開花予報を調べた。

 

大阪城公園の桜が八分咲きだと表示されている。

 

僕の故郷大阪。何度も見に行った桜。

 

「よし、大阪に行こう。そこで、君の目の包帯を取ろう」

 

「どうして大阪なの?」

 

「それは、行ってのお楽しみさ」 

 

満開の桜が目の前にある。

午後の光を受けて、鮮やかに花開いている。

 

僕は由香里の手を離した。

 

「いいかい?」

 

「ええ、どきどきするわ」

 

僕はそっと、由香里の目の包帯を外していった。

 

由香里は目を閉じていた。

 

僕はもう一度、由香里の手を握った。

 

「さあ、目を開いて」

 

由香里はゆっくりと目を開いた。

 

僕は黙って由香里の目を見つめていた。

 

しばらくの間、由香里はまっすぐ前を見ていた。

 

やがて、「きれい」とつぶやいた。

 

そして、僕の方を見た。

 

目には涙が溢れていた。

 

「ありがとう。感激だわ。最初に見たのがこんなに美しい桜だなんて

 

あなたって、本当に優しいのね。この景色、一生忘れないわ」

 

由香里につられて、僕の目にも涙が浮かんできた。 

 

僕らは飽きることなく、満開の桜をみつめていた。 

 

桜の精たちが僕らを取り巻いて微笑んでいるような気がする。

 

春が運んできてくれた奇跡に、桜の精たちに、僕は心から感謝していた。

 

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