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愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

神の国

2009年01月18日 22時53分54秒 | 小説

「おおい、山崎」
岡村課長が呼ぶ
「かみのくに、って知ってるか」
「神の国?天国ですか」
「いや、上の国、と書いてかみのくに。そこを視察してきてくれんか」
「どこにあるんですか」
「道南だ。函館に近い。商品になるかどうか見てきて欲しい」
「いいですよ」
二つ返事で引き受けた。
また智美を連れて行ってやろう。
二人分の函館便を予約した。
課長に聞かれないように外に出て智美の予定を聞いた。
「だいじょうぶよ。他の予定が入っててもキャンセルするわ」
今日は金曜日だ。月曜日に出発することにしよう。

朝一便で函館に飛んだ。
レンタカーを借りて、道道9号線を北西に。
どんなところだろう。智美もワクワクしているのが分かる。
着くやいなや清流が目に飛び込んできた。
なんと、天の川と書いてある。
神の国の天の川・・できすぎている気がする。
しかし、その名に恥じない美しい川だった。
智美が入ってみたいというので、川に入った。
とても冷たかったが気持ちよかった。
川から上がって
昔アイヌと入植者の間で争いがあったという丘があったので登ってみた。
遙か海、街まで見渡せる丘には、ふんどのような土盛りがいくつもあった。
智美が言う「あの下にアイヌの死体が埋まっているのよ」
そうかも知れないと僕も思った。
アイヌの哀しみが聞こえてきそうだった。

その日は天の川の上流に宿をとった。
宿泊料金からいって料理に期待できないので、
平目の活け作りを頼んだ。
風呂から上がって食事を目の前にすると、
見当違いでなかったのが分かった。
しかし、平目は絶品だった。
部屋に帰って休もうとすると、智美ががちがち震えている。
「どうしたの?」
「ここなんか変よ」
「この宿がかい?」
「いいえ、この街すべてが。綺麗すぎてなんだか不気味な気がするの」
それは僕も感じていた。
「分かった。明日の朝この街を出よう」
尚も震える智美を抱いて、僕は眠りについた。

翌朝目が覚めると智美がいなかった。
まただ。勝手な行動を慎むようにいってあるのに。
幸い宿の人が智美が出ていくのを見ていた。
「神社の方に向かわれましたよ」
「神社?どこにあるのですか」
「左に真っ直ぐ行ったところにありますよ」
狭霧が立ちこめていた。
智美の名を呼びながら歩いていった。
神社の近づくと智美の声がした。
「山崎さーん、これ、なにかしら」
神社の拝殿のようではない。
まるで馬小屋だ。
そして、三色の馬の絵が描いてあった。
ここでは馬を崇拝してるのか。
智美を連れて宿に帰った。
朝食を食べたらすぐ出発した。

出発してすぐに濃霧に襲われた。
昨日来た道をたどって走っていった。
ところが道路は行き止まりになっていた。
「おかしいな。ここに橋があったのに」
「Uターンするしかないわね」
僕は車を回した。
5メートル先も見えない。
ところが突然女性が前を通り抜けた。
危うくひくところだった。
「ねえ、今の女の人アイヌの衣装着てなかった?」
そういわれればそうだ。じゃあ今のはアイヌの霊だったのかも知れない。
背中がぞくっとしてきた。
霧はさらに濃くなってきた。
もう1メートル先も見えない。

車を停めた途端、アイヌ民族の衣装を着た人たちに取り囲まれた。
ドアミラー越しにこちらを見ている。
血を流している人もいる。
「きゃー!」
智美が叫ぶ。
しかし何ともならない。
逃げるにも霧で車が動かせない。
それに生きているなら轢いてしまう。
絶体絶命の中で、ふと携帯電話をとりだし、
昨夜の宿に電話をかけた。
「お客さん、霧の中出発したから心配してたんですよ。
やはり出ましたか。
呪文を教えます。カマカマカマと3度唱えるんです。
それで逃げていくはずです」
僕は必死で唱えた。大声で。
「カマカマカマ カマカマカマ カマカマカマ」
すると不思議アイヌはいなくなった。そして霧まで晴れてきた。

僕たちは昨夜の宿に引き返した。
そして主人に尋ねた。
「あれはなんだったのですか」
「遠い昔倭人が津軽海峡を渡ってきた。
アイヌの人たちは親切にもてなした。
しかしそのうちに倭人達は恩を忘れ、
アイヌの人たちを殺戮しはじめたんだ。
そしてとうとうアイヌはここに一人もいなくなってしまった。
それを恨んでいまでも濃い霧が出ると、彼らの亡霊が出るようになった」
「カマカマカマと言う呪文は?」
「彼らにとって神を意味する言葉だと聞いている」
「やはり、ここに来たときただならぬものを感じたが、
この土地はアイヌの人たちの怨念が漂っているんだ」
「有り難う御座いました。助かりました。さあ、智美、行こう」
僕らは江差に向かって車を走らせた。

30分ほどで江差に着いた。
江差と言えば江差追分。
江差追分会館に車をつけて入場した。
展示物をゆっくり見て、外へ出た。
実は江差追分の実演を見れるはずだったんだけど、
時間が合わずに出てきたのだった。
智美と連れだって鴎島に登った。
すると江差追分が聞こえて来るではないか。
声を尋ねて歩いていった。
すると壮年の人が一人で向かいの島に向かって追分節を歌っていた。
ほれぼれするような美声であった。
歌い終わったので二人で拍手をした。
「やあ、ありがとう」
「いつもここで歌っているのですか」
「目の前の島が分かるかね」
「いえ」
「奥尻島だ。津波の被害にあった。あの島がなければ、
上ノ国と江差に津波が押し寄せたといわれている。
鎮魂の意味をこめて私はここで追分を毎日歌っている」
唄と話の感動を引きずりながら智美と僕はおじさんに別れを告げた。

上ノ国の取材を終えた今、こころのもやもやを消し去るには、
函館に行くのが一番いいようだ。
道道227を走り、函館に着いた時には午後になっていた。
煉瓦倉庫街のレストランで食事をした。
「上ノ国と全く違うわね。あか抜けた観光地って感じ」
智美が言う。
「でもここにも昔はアイヌしか住んでなかったんだろうな」
「ネイティヴアメリカンとアメリカ人と同じような関係だったんだね。
自然と一体になり、自然を恐れ、共生してきた人たちと、
略奪することしか知らない人たち。
悲しい歴史だよ」
食後市内をゆっくりドライヴして廻った。
由緒ありげな教会がいっぱいあった。
試しに一つの教会を尋ねてみた。
決して有名な教会ではない。
観光客とは無縁の教会だ。
ドアは開いていた。
しかしその時間、教会は無人だった。
僕たちは思わず椅子に座りアイヌの無念について祈った。

夕方になったので函館山に向かった。
車では登らせてもらえないので車は預けてケーブルに乗った。
山頂に登るとちょうど太陽が落ちたところだった。
暗くなるにつれ真珠のように夜景が瞬きだした。
三脚を立て、写真を撮った。智美と二人での写真も撮った。
「ねえ、山崎さん、ロマンチックね。今回の旅行は怖い目にあったけど
最後にこんな美しい景色が見られるなんて、私幸せ。
好きよ。山崎さん」
僕はなんと言っていいか分からなかった。
しかし僕も智美とは一生一緒に暮らすことになると思っていた。
ケーブルが降りてゆくと、夜景がぐんぐん近づいてきた

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