上写真 1928年4月10日の新聞記事
参照 社会・労働大年表Ⅰ(大原社会問題研究所遍)
暴虐の嵐が吹き荒れた1928年
1、野田醤油争議敗北と3.15事件
1927年9月16日から始まった216日間の戦前最長の大ストライキの野田醤油争議が敗北(747名の大量解雇、わずか300名の復職)したのは1928年4月20日であった。この野田醤油争議が敗北する約一ヶ月前の3月15日、政府は治安維持法違反で全国で一斉に評議会、労農党員、共産党員ら1,568人を検挙するいわゆる3.15事件、日本史上最大の弾圧を開始した。東京市電自治会の本部派(左派)からも島上善五郎ら多数の活動家や青年が逮捕投獄された。続いて4月10日には評議会、労農党、全日本無産青年同盟の3団体への解散命令がでた。こうしてたちまちのうちに日本全国の職場地域の闘う労働運動が圧殺されていった。
これが組合員、家族子ども5千が共に闘った野田醤油争議の置かれていた切迫した社会状況であった。しかし野田醤油労働者とその家族は決してたじろかなかった。3.15事件の直後の3月20日、野田醤油争議団副団長は天皇直訴闘争を敢行し、支配者や会社や世間を驚愕させたばかりか、4月1日には5千の家族組合員が宮内省(天皇)に向けた大押し出し闘争に決起し、それを阻止しようとする官憲と渡り合った。
https://blog.goo.ne.jp/19471218/e/8093d4828418eb7524d39cc24e12e153
しかし、3.15の大量検挙と4.10評議会など三団体解散命令が野田醤油争議を指導していた総同盟幹部を心底震えあがらせたことは想像に難くない。野田醤油争議の組合員とその家族から「裏切者! ダラ幹! 」とののしられ悪罵され、つばを吐きかけられても747人もの大量解雇を認めて争議の全面終結をはかった総同盟幹部。
野田醤油争議敗北後程なくの6月には死刑導入の治安維持法改悪も強行された。7月には特高警察網が全国の警察署に設置された。10月には南葛労働運動の創始者であり、日本共産党の指導者渡辺政之輔が台湾の港で殺害された。1928年この一年間で治安維持法違反で検挙された人は全国で3,426人にも及び、また政府が弾圧監視対象と指名した「特別要視察人」は1,309人にのぼっている。文字通り暴虐の嵐が吹き荒れた1928年(昭和3年)であった。翌年1929年3月に治安維持法に敢然と反対した元労農党国会議員山本宣治が暗殺されている。
小林多喜二は小説『一九二八年三月十五日』で、山本宣治も国会の場で3.15事件の特高や官憲による残虐な拷問の実態を赤裸々に暴露している。
2、中国革命と田中軍閥内閣の軍事介入
1927年3月21日、上海の労働者民衆は3度目のゼネストと武装蜂起で中国国民革命軍を迎え入れた。3月24日、南京で英米の軍艦が国民革命軍に砲撃。4月12日蒋介石は多くの中国共産党員と労働者民衆を殺害するクーデターを起こした。4月27日、武漢で中国共産党5全大会が開催され、大地主の土地没収など農業綱領を決議。5月、武漢で全国農民協会結成の準備(915万人)が進む。その5月に日本の田中軍閥内閣が第一次山東出兵(2千人)を強行した。山東には日本資本の日清紡、鐘紡などの6大紡績会社など多くの工場・資本が侵出していた。山東出兵は、中国、満州の中国民衆の広範な排日闘争を巻き起こした。おおがかりな日本商品ボイコット運動がおきた。6月、田中内閣の「東方会議」は、対中国介入強行路線を決定した。
8月、中国共産党、南昌で武装蜂起。10月、井崗山に革命根拠地建設。11月、広東省で労農兵代表大会、中国初のソビエト樹立へ。
1928年4月20日、第二次山東出兵。4月28日、朱徳指揮の南昌蜂起軍井崗山に合流し労農紅軍第4軍を形成。5月3日、関東軍による済南事件発生。以後中国全土で日本軍への怒りが爆発し反日運動が一挙に拡大する。
6月4日、関東軍は満州を事実上支配していた軍閥張作霖を爆殺した。満州をねらう露骨な中国侵略戦争犯罪行為であった。この中国侵略と日本国内の労働運動や無産政党弾圧は表裏一体であった。
3、1928年(昭和3年)小史
1月05日 浅野セメント保土ヶ谷工場賃上等で争議
京橋区の北降館書店発送部員23人深夜労働の時間短縮、賃上を要求してスト。寄宿舎に籠城、敗北。12月3日争議再発
1月20日 豊国セメント苅田工場30人ストライキ(~1月21日)、会社が中心メンバーの就業を取り上げ敗北
2月01日 日本共産党中央機関紙『赤旗』(セッキ)非合法新聞として創刊
2月07日 函館船梁654人賃上等要求でストライキ
2月11日~2月26日 普選選挙運動への官憲による不当な卑劣な妨害干渉。不当干渉反対民衆運動の拡大(大阪3千人、名古屋5千人抗議集会など)
2月16日 朝鮮総督府暴圧政治反対の在大阪朝鮮人2千人大会
2月20日 第一回普選選挙 無産政党8名の当選
2月26日 日本光学工業豊岡・大井両工場340人労働時間短縮等を要求しストライキ
3月01日 3.1運動記念日、朝鮮人新幹会が東京、大阪で数百名の集会とデモで大量検挙される
3月02日 総同盟灘聯合製樽工組合、賃下に反対し争議、勝利
3月12日 東京電力1,161人、会社合併に伴う労働条件切り下げに反対し、サボタージュ闘争とストライキ、金一封支給で妥結
3月13日 神田の厳松堂書店の少年労働者42人が、でっち奉公の改善を求め争議、同じ日岩波書店でも70名の店員が待遇改善を求め争議に突入
3月15日 3.15事件 大弾圧全国一斉1,568人の検挙
3月20日 野田醤油争議天皇直訴決起
3月23日 右翼団体建国会による労農党本部、ソ連大使館等への襲撃事件
3月25日 ナップ(全日本無産者芸術連盟)結成、「戦旗」発行
3月30日 宮城小作争議480人共同が耕作戦術で3/31に官憲と大衝突
3月・日 東京大崎の宮内ゴム工場34人、待遇改善を求め44日間のストライキ、妥協で勝利的解決
大阪紡績労働者800人賃下に反対して24時間ストで勝利
ライジングサン石油横浜工場31人減収に反対してサボタージュ闘争で勝利
4月~6月 朝鮮の高校などで学生ストライキ勃発、日本国内朝鮮留学生などが「暴圧反対!」の運動
4月01日 野田醤油5千組合員と家族、宮内省に向けて大押し出し闘争、官憲の弾圧
九州電気軌道350人が賃上を要求し争議、会社16名解雇と1割賃上げ、組合加入の自由認める
牛乳配達の組合結成、総同盟に加盟
4月04日 横浜水道局給水工事場臨時雇用労働者、請負制度に反対しストライキ(~4月8日)
4月06日 内閣印刷局199人、日曜日給全額支給と賞与の差別撤廃を求め争議(~5月26日)、要求貫徹
4月07日 中国国民党軍北伐再開の総攻撃を開始
解放運動犠牲者救援会発会(会長安部磯雄)
4月10日 4.10解散命令。政府が「評議会」「労農党」「無産青年同盟」の三団体に結社禁止命令
4月13日 大学左傾分子一掃を閣議決定
4月14日 天理研究会(ほんみち)「天皇には日本統治の資格なし」配布の不意罪で467人検挙
4月16日 大学教授弾圧、京大河上肇教授への攻撃
4月17日 東京帝大新人会に解散命令(全国各帝大の社会科学研究会にも解散命令)
4月18日 京大河上肇教授追われる
4月19日 野田醤油争議745人解雇を認める敗北終結
4月20日 野田醤油争議解決協定締結式
中国北伐軍に介入して第二次山東出兵
4月26日 ボンペイ紡績ゼネスト、インド全国で15万の労働者決起
特高警察の拡充案閣議決定
4月27日 大日本自転車241人解雇に反対しスト(~7月20日)、20人の解雇中10人の復職実現
4月28日 朱徳指揮の南昌蜂起軍井崗山に合流。労農紅軍第4軍を形成
4月29日 本所公会堂の無産党演説会に警官隊暴行襲撃
4月・日 滋賀県旭絹織膳所女性労働者、監督制度反対でストライキ
5月01日 第9回メーデー全国各地で挙行
5月03日 山東出兵の日本軍、国民党軍と衝突(済南事件勃発)、以後中国各地で反日闘争拡大
5月07日 海員組合大会「最低賃金制要求」可決(6月社外船の一大ストライキ~6月8日)
5月12日 満州の朝鮮人独立運動団体が結集
5月13日 在日朝鮮労総第4回大会(本所区柳島の帝大セツルメント)、この年の在日朝鮮人労働者の争議は245件に上った
5月19日 銀座の東海道書店店員80人待遇改善求めスト(旧評議会出版労働組合が指導)敗北
5月20日 磐城村480名の小作、手に手に鍬や鎌、竹槍で武装し大争議~10月12日
5月26日 思想係検事を主要な地裁と控訴院に配置
第七回水平社京都で大会開催と解散弾圧
5月27日 全国農民組合(全農)結成
5月・日 奈良県北葛城郡磐城村218人の小作争議勃発。児童同盟休校、税金・家賃不納同盟戦術。5月20日の立ち入り禁止処分弾圧、糾弾演説会に800人結集。10月12日解決
6月04日 張作霖を奉天で日本関東軍が爆殺
6月05日 <マルクス・エンゲルス>全集刊行
6月06日 船員大ストライ、371隻8,419人参加で最低賃金制獲得勝利
6月08日 中国北伐軍北京入場
6月18日 中国共産党6全大会
6月29日 治安維持法改悪、死刑導入公布
東京モスリン金町工場女性労働者1,075人外出時間延長・結婚の自由など要求しスト(~7月12日)
7月02日 横浜市営バス女性車掌約100人、女性差別に反対し争議(~7月12日)
横浜市従業員組合結成
7月03日 特高警察網全国の県警察部に設置拡充(台湾、朝鮮にも拡充)
7月13日 富士瓦斯紡績川崎工場解雇された舎監2人の復職求めサボタージュ闘争(~7月18日)
7月17日 コミンテルン第6回大会 社民主義主敵論・社会ファシズム論、赤色労働組合方針
7月21日 田中首相が「対中国声明」。内政干渉だと内外から非難
7月22日 無産大衆党結成
7月26日 富山電灯争議悪化
7月・日 大阪内海紡績朝鮮人女性労働者63人、朝鮮人融和団体の幹部の排斥要求でストライキ
8月11日 全国非戦同盟結成
9月06日 海員組合ストライキで最低賃金獲得
9月08日 松江市松陽製糸会社女性60人、労働時間短縮を要求しストライキ
9月09日 新潟県大面村の小作料値下げ求め帯織争議
10月~12月 ドイツ、ルール鉄鋼争議、11月1日、スト労働者25万人にロックアウト攻撃
10月02日 東京市電自治会自動車新宿支部退職手当等増額要求提出しストライキ、当局3人解雇(29年4月10日妥結)
中国上海で郵便労働者の賃上げ要求のストライキ
10月03日 長崎紡績女性労働者、待遇改善を求め争議
10月06日 渡辺政之輔、台湾の港で官憲に殺害
10月07日 総同盟大会、「現実主義」主流派と左派の対立
10月11日 神奈川県関東醸造カスケード支部、工場閉鎖・解雇に反対し争議。経営者変更で事業継続勝ち取る
10月13日 山梨県降基館製糸女性200人賃上等を要求しストライキ(~10月15日)、勝利
10月15日 全国非戦同盟結成(委員長賀川豊彦)
10月20日 東京乗合自動車株式会社実用自動車部従業員で組織された組合員約300名の同志会、料金不納同盟敢行
10月25日 大阪朝鮮労組の幹部40余名が検挙され朝鮮へ強制送還。朝鮮労組横浜支部の幹部も検挙、徐鎮文を拷問で11月17日殺害、21日組合葬と糾弾デモ
10月30日 大学生への思想弾圧のため文部省が学生課を設置
11月28日 福島紡績福山工場710人賃下反対でストライキ(~12月12日)、争議費用の支給等で妥結
12月01日 大日本セルロイド小豆沢工場210人、組合結成を理由に解雇された4人の復職求めスト(~12月22日)、2人の復職で妥結
12月05日 労働立法促進委員会結成(総同盟が右翼組合の結束をめざした)
12月09日 イタリア、ムッソリーニの独裁確立
12月15日 宮崎女子師範移転反対1万人県民大会、県議会、知事官舎に押しかける
12月20日 日本大衆党(日労党、農民党、無産大衆党など7党)結成
12月22日 労働者農民党創立大会(24日解散命令)
12月25日 日本労働組合全国協議会(全協)結成、実際上半非公然、組合員数1万2千人
12月29日 張学良の東北政権、国民党に合流
12月 ?日 サイパン島3千余人の沖縄出身者、南洋興発会社の差別待遇に抗議してスト敢行
以上