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先輩たちのたたかい

東部労組大久保製壜支部出身
https://www.youtube.com/watch?v=0us2dlzJ5jw

1928年の在日朝鮮人の運動(読書メモ)

2025年03月24日 08時00分00秒 | 1928年の労働運動

↑・在日朝鮮労働総同盟第4回全国大会
(帝大セツルメント大講堂   本所・押上駅)
1928年5月13.14日

1928年の在日朝鮮人の運動(読書メモ)
参照・「日本労働年鑑第9集/1929年版」大原社研編
  ・「在日朝鮮人運動史」朴慶植

(朝鮮総督暴圧政治反対運動)
 1928年日本国内の3.15弾圧、治安維持法死刑改悪、特高警察などの弾圧。植民地朝鮮での弾圧はさらにきびしくなった。
 1928年に入って在日朝鮮人は各地で広範に朝鮮総督暴圧政治反対、三総解禁(注)、朝鮮増兵反対、対支武力干渉絶対反対、治安維持法反対、労農党・評議会など弾圧反対、議会解散要求、総選挙・労農党支持などの運動を積極的に展開した。
 3.1運動記念日には、東京で数百名、大阪で1300名の集会に解散命令が出て、これに抗議するデモで東京で100名以上、大阪で十余名が検挙された。4月朝鮮労総は、「反動団体相愛会撲滅無産団体協議会」を組織した。
(注)三総とは、朝鮮労働総同盟、朝鮮農民総同盟、朝鮮青年総同盟をいう。

(朝鮮総督府による学校での朝鮮語使用禁止! 朝鮮史の教師禁止!に学生ストライキ決起!)
 1928年4月から5月、朝鮮の京城私立女子商業、光成高等普通学校、咸興高等普通学校の三校で学生たちのストライキが勃発した。朝鮮総督府による奴隷教育、民族差別、朝鮮語使用禁止や朝鮮史の教師禁止に反発した学生たちの決起だった。朝鮮総督府と警察は女子学生らを検挙し弾圧した。ただちに在東京朝鮮留学生学友会と朝鮮青年総同盟在日本朝鮮青年同盟らは檄文を発して連帯を表明した。6月7日から12日を暴圧反対週間デーとし、全国各地で演説会等を開催した。

(朝鮮労働組合への弾圧)
 5月1日の東京の第9回メーデーには、在日本朝鮮労働総同盟832名(女性18名)、朝鮮東興労働組合72名が参加している。すごい数です。
 日本政府は、この年の秋の「御大典」を期して各地で予備検束を行うなど弾圧がひどくなった。大阪では10月25日、大阪朝鮮労働組合幹部40余名が検挙され朝鮮に強制送還され、同日横浜の寿署は神奈川朝鮮労働組合横浜支部を襲撃し、徐鎮文、金天海、李成百らを検挙した。徐鎮文は警察で残酷な拷問・虐待を受け瀕死の状態となり11月17日釈放せざるを得なくなったが、翌日死亡した。21日組合葬をあげ、久保山墓地まで憎しみのデモが敢行された。

(労働争議)
 1928年の朝鮮人労働者の労働争議は245件にも上った。

宇山カーボン工場労働争議(協調会史料では「争議は1928年12月15日」とされているが、実際は1927年)
会社 乾電池のカーボン製造会社 
場所 東京西巣鴨池袋 
従業員 男12名(うち朝鮮人労働者6名)女15名
争議参加者 男10名(うち朝鮮人労働者6名)
争議 1927年12月15日から28日
労働組合 朝鮮労働総同盟
(ストライキ)
 1927年12月15日朝鮮人労働者6名と日本人労働者4名の10名は要求書と嘆願書を提出し、ストライキを決行した。
要求書
一、解雇手当の制定
一、退職手当の制定
嘆願書
一、賃金3割値上
一、昼食休憩時間を30分から一時間にすること
一、年二回の昇給
一、食堂を設置すること
一、衛生設備を完備すること
一、徹夜の際には二人分を支給すること
一、定期休業に対しては日給を全額支払うこと
一、女工の仕事の改善
一、最低賃金の確定
(争議団の地域ビラ)
 「労働者を虐使し餓死を強制する宇山カーボン工場の仕打ちに対し全町民に訴える」の地域ビラを一斉に配布した。
(日本人労働者2名の脱落)
12月19日会社はスト参加者10名に「出勤しない者は辞職者とする」と脅す警告書を内容証明書で郵送した。動揺した日本人労働者一人が工場主宅を訪問し、「吾々日本人4名は朝鮮人労働者より強要されて、やむなく争議団に加盟したもので本心ではない」と懇願し、以後2名の日本人は争議団本部に顔を出さなくなった。
(警察弾圧と解雇攻撃))
 12月17日高田警察署は、争議団の3名の朝鮮人組合員が同僚仲間の通勤女性5名に争議加盟を働きかけたことに言い掛かりを付けて「暴力行為等処罰に関する法律違反」として検挙し検事局に送致した。
 12月24日争議団代表李成百ら3名が来社し争議団のスト中止と無条件就業を申し入れたが、逆に会社は翌12月25日争議団8名(朝鮮人労働者6名、日本人2名)を解雇してきた。これに怒った朝鮮労働組合本部約30名が、2月26日工場に押し寄せ事務所で抗議行動。その時事務所入り口窓ガラスを壊わしたと警察は朝鮮人労働者9名を検束した。また新たに東京朝鮮労働組合執行員ら5名を「工場襲撃犯人」とし捜査をはじめた。
(労資交渉)
 12月28日協定書がかわされ、争議は解決した。
 昭和2年12月28日協定書
一、解雇者四名以外は解雇しない(解雇者、朝鮮人労働者三名と日本人一人)
一、解雇手当金200円、争議費用25円の支給
一、年二回昇給の実施
一、食堂及衛生設備の改善
一、残業手当の値上
一、夜勤手当の値上
一、女工の仕事の改善
工場主 宇山初蔵
争議団代表 許二桂

津田琺瑯工場、民族差別の労働争議に反対(大阪西淀川海老町)
 1928年5月28日、日本人労働者58名が一人の同僚の不当解雇に反対し、大阪総同盟大阪金属労組の指導のもとで解雇撤回、退職手当の支給、臨時休業全日給支給などを要求してストライキを決行した。このストライキには朝鮮人約40名も共に決起した。6月6日、労資は被解雇者に金一封、職工規則の制定、これからの争議は工場委員会で解決する、本争議では解雇者は出さないなどと合意し解決した。しかし、この時共に闘っていた朝鮮人労働者には何らの連絡も相談もなく妥結したことが大問題となった。朝鮮人側は総同盟大阪の幹部に、民族差別、労働者間の離間、労働戦線の分裂を強く抗議した。朝鮮人労働者は大阪朝鮮労働組合の応援のもと新たにストライキを敢行した。「差別撤廃」「待遇改善」「休業中の賃金保障」など10項目の要求書を提出した。ストライキは一ヶ月間も果敢に闘われた。7月10日ようやく警察の調停で「争議団全員に175円の支給」「本件で解雇者はださない」「提出要求条件は撤回する」ことで妥結した。
 
横浜鶴見の浅野造船所争議
 劣悪な労働条件と不完全な設備のために労災による死亡、重傷者が続出した。全労働者の間で不満怒りが充満した。1928年9月29日溶鉱炉現場で働いていた坂本組配下の朝鮮人労働者数百名が賃上を求めて起ちあがった。1922年の浅野造船所争議以来の大闘争であった。坂本組は卑怯にも「朝鮮人には食料を売るな」と販売店に強制し、兵糧攻めで闘いを潰そうとしてきた。しかし、朝鮮人労働者は堅く結束し闘い続け、ついに賃上を認めさせた。この朝鮮人の決起は職場の多くの日本人労働者に大きな感銘と勇気を与えた。

その他1928年朝鮮人労働者の闘い
1月 小野製絲工場(長野松本) 朝鮮人労働者女性30名賃金支払いを要求して争議。
2月 横浜市中区 60余名不当解雇に憤慨し請負人宅に押しかける。
   樺太工業会社  400名樺太西海岸労働同志会を結成し、待遇改善を要求して闘う。
3月 長野県伊那町  80名賃金不払いに怒り、請負人のいる旅館に押しかける。
   神奈川平塚花水川の上土手工事 100名待遇改善で決起。
   塩山洋傘工場(大阪) 賃上げを要求し、日本人と共同闘争。
   広島鉄工所 賃上など7項目を要求し日本人と共同闘争。
4月 横浜 朝鮮人が大部分を占める自由労働者4千名が失業救済を求めて市役所に押しかける。
   朝鮮郵船、尼ヶ崎汽船の暴利糾弾。大阪天王寺公園で済州島民大会を開き、済州島航路の済州島共済組合撲滅運動を展開。
7月 大阪内海紡績(大阪) 朝鮮人女性労働者63名、「朝鮮人御用融和団体」の排斥を要求しスト。
  富山県永見中学校敷地工事現場 15名に賃金不払いで騒ぎ。  
  丸近工場(東京深川木場) 民族差別を糾弾し、日給4割値上げ要求してストライキ。
  奈良電鉄西大寺工事 74名賃金問題でストライキ。  
8月 福井県丹生郡千合谷トンネル工事 賃金問題から雇主ともめごとが起き、日本人と大格闘事件。
  北海道日高平取村 賃金支払いを巡って土工部屋を襲撃。
  福井駅構内工事 140名、賃上要求でストライキ。
   石川県能美郡県道工事 70余名、賃金不払いで争議。
   悪質地主退治の朝鮮人大会(大阪天王寺公園) 大阪朝鮮労働組合、朝鮮青年同盟など主催。
   神奈川中郡太田村、泰野、寒川の道路工事 負傷手当、休業手当を要求しストライキ。
       大津市建築現場 25名賃金不払いに怒り騒動。
  北海道雨龍線幌加内鉄道工事場 劣悪待遇に怒り皆で結束して逃亡をはかり、発見した監督らが襲撃事件。逆に多数の朝鮮人が暴行で検挙され9名が起訴される。
  山梨県山麓電鉄工事 150名、賃上問題で騒動。
9月 埼玉県川邊村利根川架橋工事現場 数十名、賃金支払いの遅滞に抗議しストライキ。
  石川県能美郡新丸村の県道工事 賃金不払い問題で廿四名の騒動。
  札幌の道路工事 10余名賃金値上を要求し争議。
  神戸市新川青年自治会館で朝鮮人大会を開催150名。賃金差別反対、失業反対、借家問題の解決、欺瞞的救済政策排撃などを決議。
10月 名古屋鉄道工事 70余名、賃金値上を要求しストライキ。
   北海道旭川溜池工事場 20名賃金支払を要求し争議、勝利。
11月 新潟県豊実の東信発電工事場 ダイナマイト紛失を口実とする朝鮮人労働者の家宅捜査に抗議行動。
12月 横須賀市深田町海岸埋め立て工事現場 朝鮮人50名が賃金を値下げされ、同情した朝鮮人労働者100名が同情ストライキ。
   山口県宇部市神原公園埋め立て工事 賃金不払いから30名サボタージュ闘争。日本人労働者と乱闘事件。
   河井絃磨工場(大阪大今里) 60余名、賃下取り消し、罰金制度廃止、最低賃金制定を要求しストライキ(大阪朝鮮労働組合)

組織化
 1月に東京朝鮮労働組合東部支部、2月に同玉川支部、6月に同西南支部、東京朝鮮人解放運動犠牲者救援会が結成され、3月には大阪朝鮮青年同盟、12月には新潟朝鮮労働組合が結成された。

(在日朝鮮労働総同盟)
 在日朝鮮労総は、1928年4月21日官憲に本部を襲撃され、闘士全部が検挙され、28日には執行委員長ら三名が拘束されたまま朝鮮に引っ張られた。しかし5月13日14日と本所柳島の帝大セツルメント大講堂で在日朝鮮労働総同盟第四回大会(上のポスター)を敢然と開催した。大会の議案は赤色労働組合の支持、中国革命の積極的支持、朝鮮総督暴圧政治反対同盟支持、在満同胞擁護、前衛の養成、犠牲者救援会設置、日本労働階級との共同闘争、産業別組合組織などであり、一般運動方針では、民族的差別との闘いと日本無産階級との共同闘争の二つの闘いの任務が提起されている。また「新幹会」への積極的支持、組合員の「新幹会」への参加を求めた。
 治安維持法撤廃、支那駐屯兵即時撤廃、朝鮮増兵反対、新労農党組織準備会応援など活発に活動した。東京で6月17日、28日と「暴圧反対大演説会」を開催し、演説会はすぐに解散命令が出たためデモを敢行した。デモ500余名が道路一杯に埋めた。

以上


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