本日4月10日は、日本で記録に残る最古の日食があった日で、比叡山寺が嵯峨天皇の勅により寺号を延暦寺に改めた日で、鎌倉幕府が蒙古来襲に備えて西国御家人らに防備を命じた日で、フランス王フィリップ4世が初の三身分合同会議を開催した日で、徳川光圀が『大日本史』の編纂に着手した日で、シュレージェンのモルヴィッツでフリードリヒ2世率いるプロイセン軍がマリア・テレジア率いるオーストリア軍を破った日で、インドネシアのタンボラ山で過去最大規模の噴火が始まった日で、オーストリアのマクシミリアン大公がメキシコ帝国皇帝に就任した日で、イギリス国会議事堂の時計塔に重さ13.5トンの大時鐘が完成した日で、板垣退助らが高知で日本初の政治結社「立志社」を結成した日で、治安警察法により労働農民党・日本労働組合評議会・全日本無産青年同盟に解散命令が出された日で、皇太子・明仁親王殿下と正田美智子様の結婚の儀が執り行われた日で、瀬戸大橋が開通した日で、イギリスとアイルランドの間で和平合意「ベルファスト合意」が締結された日です。
本日も倉敷は晴れでありました。
最高気温は二十度。最低気温は六度でありました。
明日は予報では倉敷は曇り時々雨となっております。お出かけの際はお気を付けくださいませ。
或る肌寒い春の夜のこと。
狐は或るパブリック・ハウスの卓子席に腰をかけて、絶えずミルクを舐めてゐた。
その頃狐はお仕事が終わると暇を持て余し自室でごろごろして本でも読んでいるかそれに飽きると当てどもなく散歩に出てあまり費用のかからぬ酒精を出すお店でミルクを舐めるが毎日の日課だつた。
其のパブリック・ハウスは狐の部屋から近くもあり何処へ散歩するにも必ず其の前を通る様な位置にあつたので随って一番よく出入りした訳であつたが狐の悪い癖でバーに入るとどうも長くなつてしまう。
其れも元来御酒に強い方なのだが嚢中の乏しい所為もあつて高いお酒を注文すること無く温めたミルクを何杯もお代わりして一時間も二時間もぢつとしているのだ。質の悪いお客である。
そうかといつて別段店員さんに思召しがあつたりする訳ではない。
まあ自室より何となく居心地がよいのだろう。
狐はその晩も例によつて一杯のミルクを十分もかかつて舐めながらいつもの往来に面した卓子に陣取つてぼんやり窓の外を眺めていた。
さて其のパブリック・ハウスの丁度真向こうに一本の桜の樹が或る。
実は狐は其の桜の樹を眺めていたのだ。
立派で大きな桜の樹なのだがもはや御花を散らしていて別段眺める程の景色でもない。しかし狐には一寸興味があつた。
狐は三十分程も同じ所を見詰めていた。
其時、狐の友人が窓の外を通りかかつた。
狐の友人は狐に気が付くと会釈して中に入って来たが葡萄酒を命じて置いて狐と同じ様に窓の方を向いて狐の隣に腰をかけた。
そして狐が一つの所を見詰めているのに気付くと狐の友人は狐の視線を辿つて同じく向こうの桜の樹を眺めた。
しかも不思議な事には狐の友人も亦如何にも興味ありげに少しも目を逸らさないで其の方を凝視し出したのである。
狐達はさうして申しあわせた様に同じ場所を眺めながら色々な無駄話を取交した。
だが或る瞬間、二人は云い合せた様に黙り込んで了つた。
「君も気づいている様ですね」と狐が囁くと友人は即座に答えた。「桜のお花が散つてしまいました。私達はお花見をしていなかつたのに」
「お花見をする機会を逸してしまいましたね」
「お花見をする機会を逸してしまいました」
「でも呑む名目は幾らでも作れますよ」
「呑みたいのではありません。風雅の問題です。桜のお花は散つてしまいました。嗚呼。君は風流というものを解さない人でしたね」
「如何にも。私は風流というものを解さない僕人参ですもとい朴念仁です」
「しかし、呑む機会は逃さない、其れが我等の鉄の掟です。機会を逃したのも残念です」
「残念です。しかし過ぎたことは是非も無しと申します」
「ふむん。如何にもその通りです」
「機会は作ればよいのです」
「ふむん。如何にもその通りです。呑む機会は私が作ると致しませう。スケジュール合わせはお願いします」
「了解しました」
「処で君は何故バーの卓子に座っているのに御酒を呑まずにミルクを舐めているのかね?」
「それは美味しいからです」
「ミルクが?」
「ミルクがです」
「ふむん?」
さうして呑み会の約束をした後、狐と狐の友人はパブリック・ハウスを出て或る横町で別れを告げた。
其の時、狐は横町を曲がつてモデルのような歩き方でさつさと帰っていく友人の後姿が暗闇の中にくつきりと浮き出して見えたのを覚えている。