檜山(ひやま)智子の徒然なるままに・・・

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飯舘村の今~支援NGOの視点から~

2014-03-20 | 日記
 先日16日に、震災前から、福島県飯舘村での人と自然の協調を主題にした村づくりにかかわり、震災後は、その経験を生かして、村の人たちの後方支援活動を展開しているあるNGOのスタッフからお話を聞く機会があった。同じ飯舘の話を聞くのでも、村長でもなく、村人でもなく、かといって全く村の事を知らない外部の人でもない、その視点が大変冷静で興味深いものだった。

 飯舘村には、3月15日夕方に、大量の放射能が降り注いだ。飯舘村は、原発から30㎞離れているから、放射能の被害はそれほどではないだろうと、彼は当初思っていたが、16日のラジオ福島のHPを見て、役場の放射能数値が、毎時44.7マイクロシーベルトに達しているのを知り、村が大変なことになっていると気付いたそうだ。
 即、飯舘を知る仲間3人で後方支援チームを立ち上げ、村からの要請に基づき、23日からは実際現地に入り、メディアへの発信などのサポートを行った。

 その彼らと村(正確に言えば村長)の間に軋轢が生じたという。何故か?汚染の度合いがひどいので、それを直ちに村民に伝え非難をするべきだという彼らの主張に対して、パニックになるからすぐには伝えたくない・・・という村長。そうこうしているうちに、飯舘の汚染の事が新聞に出てしまった、村長が村民に伝える前に。それ以来、以前のような協力関係とはならなくなったそうだ。
(其の後、結局4月11日になって、全村避難という事態になり、現在に至っている訳だ。)
  
 私が、思わず『う~ん』と唸ってしまったのは、飯舘村という、自然と人が協調しながら素晴らしい独自の村づくりを行ってきた、先見の明があるリーダーにして、原発被害に対しては無力であり無防備だったという事実。
 ここから私たちが学ぶべきことの多さは計り知れない。
 


 
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