奄美市住用のマングローブ原生林
賢治は自身の書いたものが「詩集」と読まれたことを嫌がり、「心象スケッチと
あるべき」とこだわった。演出家、脚本家の今野は宮沢賢治らしからぬ一遍の
文語詩の謎を解く作業を始めたが、謎解きの旅は六年近くにも及んだと。
この本には「修羅」としての五人目の宮沢賢治がみえてくる。
そして最後にたどり着いたのが未完の童話「銀河鉄道の夜」であり
賢治の人生の集大成であるのが「銀河鉄道の夜」だった。。
「宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人」は二度読んでもとても深い、、
この本の中には確かに五人の宮沢賢治がいたのだ。
一人目の賢治 生命の伝道者、思想家
二人目の賢治 農業に希望を託した、菜食主義実践者
三人目の賢治 十二歳、十三歳の頃から植物採集などで野宿しながら山を歩く。
そして自然、宇宙との一体化、賢治の感性が身がみがかれた四人目の賢治
童話「銀河鉄道の夜」五人目の賢治が見え隠れする、、、若くして病死した
妹とし子を探す旅、そして同性への恋に苦しむ「修羅」としての
五人目の賢治がいた。