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 来年3月から、認知症かどうかの診断を受ける高齢ドライバーが大幅に増えそうです。診断の増加をもたらす道路交通法の改正の狙いと仕組みを、警察の担当者に聞きます。一方、様々な症状のある認知症をひとくくりにして運転の可否を判断することを疑問視する声、細やかな相談体制を求める声もアンケートに寄せられています。

 

 ■診断の機会増やす 警察庁運転免許課高齢運転者等支援室長・岡本努さん

 今回の道路交通法などの改正には、高齢運転者の認知機能を適切に把握し、認知症かどうか医師の判断を求める機会を増やすことで、事故の抑止につなげる狙いがあります。

 新制度を設けた背景には、死亡事故全体に占める75歳以上の運転者による事故の割合が高まっていることがあります。2014年に死亡事故を起こした75歳以上の運転者のうち約4割が認知機能検査で1分類か2分類だったことなどから、高齢運転者の認知機能に着目して対策を考えてきました。

 昨年は5万3815人が検査で1分類と判定されましたが、制度の仕組み上、医師の診断を受けたのは1650人にとどまりました。新制度では、診断を義務づけられる対象者が毎年4万~5万人規模になると見込まれ、医師との連携の強化が重要です。認知症専門医は全国に1500人ほどいるので対応できると考えていますが、専門医ではない主治医による診断でも確度が保てるようにするため、専門家の意見を聞きながら診断書の様式やガイドラインの内容を検討しています。

 高齢の家族の運転に悩んでいる方も多いと思います。各都道府県警は運転免許センターなどに「運転適性相談窓口」を設け、認知症以外の病気なども含め年間約8万件の相談を受けています。看護師や保健師など専門知識を持つ職員がいる窓口も10県警にあり、さらに広げるべく取り組んでいるところです。

 窓口での相談の結果、認知症が疑われれば、各地の公安委員会が道路交通法に基づき、医師の診断を受けるよう命じることもできます。認知症と診断されると免許は取り消しか停止になり、診断を受けない場合も同様です。悩みを抱え込まず、積極的に相談してください。(聞き手・伊藤和也)

 

 ■一律の制限は問題 日本精神神経学会法委員会委員・中島直医師

 認知症に限ったことではありませんが、病気が重くなれば車を運転する能力も落ちます。そうした人が運転を制限されるのは、ある程度は仕方がありません。

 ただ、認知症という病名がついただけで運転をできなくしてしまうことには反対です。同じ認知症でも、運転の能力は病気の中身や個人の症状などによってさまざまです。認知症の人すべてが運転能力がないわけではありません。病名だけで判断する現在の道交法自体に問題があると思っています。

 改正法によって、医師の診断を受ける機会を増やすことは、実際には安全に運転できる多くの人が、認知症というだけの理由で免許を失うことにつながるでしょう。

 改正法が無意味とは言いません。診断をきっかけに、本人も家族も納得して免許を返納し、事故の防止につながる面もあるでしょう。しかし、本当に症状の重い人は、免許がなくなったことすら忘れ、危険な運転を続けてしまう。改正法によって免許を取り上げることが、重大事故を防ぎ、困っている家族を救う決定的な手になるとは思えません。

 診断を受けることは通常、治療を受けるという本人にとっての利益になります。しかし、診断結果によって権利が制限されるとしたら別です。「認知症かもしれない」と思っていても、免許を失うことを恐れて受診を拒み、結果的に症状が進んでしまう人も出かねません。

 今後は、事故を起こした人が認知症を疑われた場合など、かかりつけの医師が賠償責任を問われるケースが出てくるかもしれません。医師が責任を避けようとして、認知症ではないかもしれない人までそう診断し、免許を失ってしまう方が多くなるのではと心配です。世の中には「運転を制限されるべきなのにされない人」「制限されるべきではないのにされる人」の両方がいると思いますが、現状は後者に傾きすぎなのではないでしょうか。

 交通事故が減ってほしいのはもちろんです。日本精神神経学会では、症状の悪化などによって危険だと医師が判断した場合は、患者本人や家族に運転をやめるよう指示することを含むガイドラインをつくっています。判断が難しいのは事実ですが、止めるべき状態の人を見分けたら止める。それが医師の責務だと思います。(聞き手 編集委員・田村建二)

 

 ■逆走した場合も検査義務

 認知症の疑いがあると判定された75歳以上の運転者に医師の診断を義務づける改正道路交通法が、来年3月に施行されます。診断結果によっては、免許が取り消されたり停止されたりすることもあります。

 現在、75歳以上の運転者は3年に1度の免許更新時に「認知機能検査」を受けなければなりません。道交法などの改正に伴う新たな制度では、更新時に加えて、一時不停止や信号無視、逆走など18の違反をした場合にも臨時の検査が義務づけられます。

 検査は記憶力と判断力を調べる筆記式のテストで、各能力が低い「1分類」、少し低い「2分類」、問題ない「3分類」に判別します。1分類と判定されると医師の診断を受けなければなりません。認知症を発症していると診断されれば、程度に応じて免許は取り消しか停止になります。

 現在の制度では、免許更新時の検査で1分類と判定されても、その後に逆走などの違反をしなければ医師の診断を受ける必要はありません。

 

 ■「強化が必要」「相談の場を」

 アンケートには、認知症をめぐる道路交通法のあり方について、様々な意見が寄せられています。

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 ●「加齢による身体、精神機能の衰えは自然なものです。これから高齢者、認知症の増加が予想されている現在、道交法の改正とチェック体制をもっともっと強化していく必要があります。私は現在81歳、次回の免許更新はしないと決心して、家族にも宣言しています」(新潟県・80代男性)

 ●「まともな判断ができる人は『認知症と判断されたら即座に運転をやめる、やめさせる』と思っているのです。しかし、認知症になってからではその判断すらできないのです。免許返納ではなく即座に取り消し、車の所持や購入もできなくすべきです。法律で強制的に行わないと、自主性なんて期待できません」(神奈川県・30代女性)

 ●「公共交通機関の充実が必要です。車が無いと生活できない人からの免許剥奪(はくだつ)は人権侵害だと思います」(神奈川県・70代男性)