湘南発、六畳一間の自転車生活

自転車とともにある小さな日常

ハンガーノックの思い出

2006年07月11日 | 自転車生活
自転車に乗っている人であれば、1度か2度はハンガーノックになった経験があるのではないかと思う。僕にもぱっと思い浮かぶだけで3回ほどハンガーノックになった記憶がある。そのうちの2回はぎりぎりのところで自販機や商店に辿り着くことができたのだけれども、残りの1回はまったく何もない峠道の途中だった。今日はそのときのことを書いてみたい。

中学3年の夏休み、僕は仲間と3人で本栖湖を目指して道志みちを走っていた。この道志みちは、神奈川県側から上ると山伏峠まで延々となだらかな上り坂が続くことで知られている。この長い上り坂が当時の僕たちにはとてもきつかった。当時はペース配分なんてほとんど考えなかったし、力を抜いて上り坂を走る方法だって知らなかった。そんなわけで、僕たち3人は峠の途中ですっかり疲れ果ててしまった。途中からは押しもまじえて、ただただ少しでも前に進むことしか考えられなくなってしまった。

しかし峠まであと数kmというところで、押して前に進むことすらできなくなった。いつもは一番にばてることが多い友人ひとりだけがまだ少しだけ余力があるようだったけれども、僕ともう一人の友人はもうそこから一歩も動けないという状態になってしまった。何をしようとしてももう体に力が入らないのだ。何かを口にしたいけれども、周りには自販機も商店も民家もない。水さえすべて飲み干してしまった。できることと言えば、休んで体力が回復してくれるのを待つくらいだ。

僕らは道の端に自転車をとめて、座りこんだ。そして、しばらくのあいだずっとぐったりと休んでいた。そのうち、僕ともうひとりぐったりと動けなくなった友人が、「そういえばお前、ポカリの粉を持ってたよな!」と僕にたいして叫んだ。「そうか!」と僕は叫んだ。僕はどこにそんな元気が残っていたのかと思うくらいに素早く立ち上がり、フロントバッグからポカリの粉を出して、袋を引き裂いた。そして、犬が水を舐めるようにポカリの粉に舌をつけた。そして、途中でそれを友人に渡した。僕が舌をつけたことなんてまったく気にせずに、やはりそいつも舌でポカリの粉を舐めた。おおげさで申しわけないけれども、エネルギーがまったく枯渇した体にポカリの粉はものすごく効いた。これでもう少し頑張れる、という元気が二人に甦ったのだ。

そしてポカリの粉を舐め終えたとき、まだ余力のあるひとりがみかんの缶詰を持っていることを僕が思い出した。本栖湖に着いたら食べるんだぁと楽しみに話していたのを思い出したのである。僕は彼に「みかんの缶詰、いま食べようよ!」と言った。もうひとりの友人も「そうしようよ!」と言った。それは体力を失った僕ら二人にとっては、無事に目的地に辿り着くためには当然のことのように思えた。しかし缶詰の所有者である友人は、きっぱりと言った。「やだよ、これは本栖湖に着いたら食べるんだい!」と。

これには唖然とした。はっきり言ってわけがわからなかった。砂漠のなかで遭難したときに、手元に水があるにもかかわらず、「これはオアシスに着いたら飲むんだい!」と言っているようなものだと思った。で、結局どうなったか?砂漠の略奪団のごとく、僕ともう一人の友人は頑なに抵抗する彼のバッグからみかんの缶詰を探し出し、缶の蓋をあけてしまったのである。「山中湖に着いたら缶詰くらい買えるからさ」などと言いながら。缶詰を奪い取られた友人の、このときのとても悲しそうな顔が今でも忘れられない。

しかしその友人には申しわけなかったけれども、このときのみかんの缶詰はほんとに美味かった。何個食ったら次の奴へと決めて、僕らはその缶詰をまわして食った。渋々していたけれども、もちろん缶詰を奪い取られた友人もその輪には加わった。みかんの甘みと酸味が本当にたまらなく美味かった。最後に残ったシロップも当然3人で分け合って飲み干した。そして僕らはまた走り出した。そして程なくして峠に辿り着くことができた。

ハンガーノックというと僕はまずこのときのことを思い出す。
そして・・・、道志みちと言っても僕はこのハンガーノックのことを思い出してしまうのだ。
あれ以来僕は道志みちはまったく走っていない。とにかくだらだらした上り坂が延々と続くきつい峠道という記憶が、トラウマのように心に染み付いてしまっているのだ。
いつかまた走ってみたいとは思ってはいるのだけれども。

それから山伏峠を越えて本栖湖に着くまでに、きちんとみかんの缶詰を買ってあげたのかがどうしても思い出せない。これはもしかしたらこの話の肝の部分かもしれないというのに。今度もしこのとき一緒に走った友人と会う機会があったら確かめてみよう。そしてもしみかんの缶詰を買ってあげていなかったら、ビールの一杯でも奢りたいと思う。

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