猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

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倉庫が守った宝物  - 東西上屋倉庫~象の鼻パークへ -

2008年10月21日 00時14分50秒 | ハ~プニング!

東西上屋倉庫は.....
2008年春、象の鼻地区整備のため、解体。
ここ象の鼻地区は、修好通商条約で開かれた港の東波止場の部分。

 

横浜を愛する者なら、誰でも。

あの緑の屋根のある光景を、覚えていると思う。

 

横浜を象徴する風景は、失われる一方で。

 

意識下、無意識関わらず。

まっすぐ伸びた道の、あの突き当たりにある、あの倉庫を。

 

今はもうないあの屋根。

 

大日本帝国海軍の、
霞ヶ浦航空隊ゼロ戦格納庫に使われた資材を移築して、
1949年創業のあの建物は。

 

あなたの知ってる横浜は。

どんな横浜ですか?

 

永らく税関のそばに建ちつづけ.....

横浜の一部であり続けた。

 

あの鄙びた風景と海を

知っている我々は幸せなのかも。

 

倉庫以前に、そこに何があったかは知らないが......

あの緑の屋根が失われたとき。

心に何か穴が開いたように感じたのは、
私だけではないはずだ。

 

向こうに見える象の鼻も、こちら側も。
来年には公園となって、『屈指の夜景スポット』『デートのメッカ』となる。

 

だが.....

あの倉庫は。

 

.....が。
気になっていた跡地でぶち当たったのは、
長い時間を超えて姿を現した、明治時代の『鉄軌道』と『旋車盤』

 

やっぱり、ただ取り壊されただけではなかったと。

私は昨日知った。

 

導かれるまま目にしたのは、
ほんの数時間公開された、奇跡の光景。
チャリンコの神は再び降臨したか?)

 

再開発が予定される、通りがかった跡地で.....

素晴らしい遺物を目にして。

 

心をえぐる整備事業の中に見えた、ほんの少しの希望。

大きな発見に、いらしていた文化庁の方は、
この遺構は「おそらく、明治28年ごろのものであろう」と。
鉄軌道の幅は1067ミリ、おそらく外国製。
トロッコは二つの基軸と車輪でイギリス式。

 

あの倉庫は。

身を挺して、過去からの贈り物を守ったのだ。

静かにその身を横たえて。

 

この図でいえば(当時の様子)、見つかったのは、
ちょうど、右端の部分ではないかとのこと。

これは、トロッコを走らせるための鉄軌道と、方向転換をするための転車台。
当時は『旋車盤』と呼ばれ、人力で押したのだとか。

何より驚いたのは、この遺構.....
「押したらきちんと、当時と同じと思われるように動いた!」のだそうで、
港湾局の方によれば、これは『歴史的大発見』らしく.....
「同じようなものは多く見つかっているが、これほど状態のいいものはなかった」と。
『おそらく、重要文化財級の発見』らしく。

 

そして.....

その身は消えても、我々の心にはいつも。

あの屋根があり続けるのだと思う。

朽ちかけの色の優しさと共に。

 

大残橋に到着した船から、
この『鉄軌道』に乗せた人力トロッコで荷を乗せ運び、鉄道へ。
海の輸送とと陸の輸送の繋がる第一歩。
ちなみに今整備中の象の鼻自体は震災前の形・明治期の弓形に復元され、
今回出てきた震災前の部分も一部公開するのだとか。
発見された旋車盤があったのは地図上の×印から少し降りた部分。

旋車盤をはずしたところ。
この遺構が手付かずで残ったのは、
何より「東西上屋倉庫がそこに載っていたからだ」と港湾局の方。

これと同じようなものは、実は汐留などでも見つかっているそうだが、
「状態が酷くて残せなかった」のだと。
また、同様にこの付近で見つかったものも、水道管を通すために
手が加えられた跡があったりして、完璧な状態はここだけだったと。
「おそらく、表に出たのは関東大震災ぶりではないか」というお話。
そして、港湾局の方ははっきり「これは残します!」と。
「新しく作ろうといって作れるものじゃない。貴重なものです。だから残します」
「色を塗ったり手を加えるのではなく、そのまま皆さんに見ていただきたい」と。
ゴンザが後に聞いたところ、「硬質ガラスで覆って、今の場所に遺したい」
と、担当者の方はそうおっしゃっていたそう。
帝蚕倉庫が消えて、東西上屋倉庫も失われたけれど.....
だからこそ発見されたものがあり、守られたものもある。
何か、希望が見えた瞬間といえば、おおげさでしょうか。

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転車台 (中華街ランチ探偵団)
2008-10-21 05:55:05
見学会にはいけませんせんでしたが、臨港線(開港?)プロムナードのフェンスから身を乗り出してみてきました。
硬質ガラスで覆うとのことですが、できれば誰でも動かせる状態で残せたらなぁ…と思うのは甘いでしょうか。
おぉ (くてくて)
2008-10-21 22:16:52
見学会行かれたんですね。
わたしはどこかのWeb記事でみましたが、
いずれ見ることが出来るんだと思うとうれしいです。

東西上屋倉庫はほんとぽっかりですが、
いずれ通りから大さん橋が見れる場所となるそうです。
出来たら理想、ですねぇ... (erima)
2008-10-22 02:00:09
中華街ランチ探偵団様

ああ、あそこからなら確かに見えますね!
あのプロムナードも現在、「公園が出来たあとに、日本大通からの視界を遮る」と、公園完成後どうするか意見が分かれているということでしたが...
(港湾局の方がそうおっしゃってました)

転車台も、出来れば誰でも触って動かすことが出来て、が理想ですけど。
世界遺産が傷つけられたり、火を放たれたり、盗まれたりする時代ですから...
やはり最初から硬質ガラスで覆うのが一番な気もします。
寂しい時代ですね。
またまたたまたま。 (erima)
2008-10-22 02:08:59
くてくて様

見学会が開かれるとはツユほども知らず。
ディワリ・インに向かう道すがら、偶然、だったんですが...非常にラッキーでした。
港湾局の方のお話では、来年6月2日には公園をオープンするとのことでしたから。

鉄軌道と旋車盤が公開されるのと、今まで見られなかった象の鼻の古い部分が見られるのは嬉しいですね。

で、おっしゃる通り、日本大通から大桟橋を見渡せるというお話なんですが...
それにはただ、現在あるあのプロムナードが今後問題になってくるというお話でした。
港湾局の方によれば色んな意見が出ているそうで...

何にしろ、古い貴重なものたちは残していって欲しいですね。

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