陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「エデンより彼方に」

2009-01-17 | 映画──社会派・青春・恋愛


一九五〇年代の古き佳きメロドラマを再現し、アカデミー賞主演女優賞、脚本賞などのノミネートをかさねた評価の高い〇二年作のアメリカ映画。冒頭のアバンタイトルの上品なカリグラフィーをみますと、まさに古めかしい洋画という気がしますね。
劇中、ジョアン・ミロの絵画にうんちくを傾けるシーンもあり。また、映像の画調をかなり意識して選んだ小道具や衣装(とくに四人の婦人が紅い衣装で揃えているところなど)へのこだわり、など芸術性もかなり高い作品です。

五五年作の映画「天はすべてを許し給う」(日本では劇場未公開)のリメイクを標榜しているとのことで、作中それを匂わせるシーンがふんだんに。
中流階級婦人と庭師の身分違いの恋という設定も借りていますが、おおきく違うのは黒人差別と同性愛という現代的な社会問題をもちこんだことでしょう。以下、ネタバレあり。


時代は一九五七年。
ジュリアン・ムーア演じるキャシーは、裕福なブルジョワジー家庭の専業主婦。新聞社の重役の夫とふたりの子どもに恵まれ、趣味のよい有閑階級の友人たちと優雅なお茶会を楽しむ。品行方正で地域の新聞にも模範的な婦人として紹介されるほどの人気者。
が、しかし。彼女の幸せな日常は、エリートの夫の告白で一変。なんと彼はゲイだったのです。

妻と子どもの生活をまもるために、なにより自分の体裁をつくろうために、ゲイを病気と捉え精神科医の治療をうける夫。支えようとするキャシーですが、夫は焦燥のため暴力的になり、また友人たちも偏見をもっているため相談することはできない。
そんな窮地にあらわれたのは、知的な黒人で男やもめの庭師レイモンド。信仰心が篤く、芸術にも造詣が深いレイモンドと交流することでこころが癒されていくキャリーでしたが、周囲の友人からは反発を買ってしまいます。そのため、レイモンドは庭師を罷免されることに。

しかし、それでもふたりを取り巻く口さがない噂は絶えることなく。仕事を干された夫は、自分の性癖に逆らうことはできず、若い男と同棲するために離婚を申し出る。いっぽうレイモンドは、白人どころか黒人社会からも孤立してしまい、娘も襲われたことで街を離れることを決意。ラストはキャシーが、汽車で旅立つレイモンドを見送ったあとの場面で幕切れとなります。

衣装も豪華で、一幅の絵画かとみまごうほどカラフルにつくりこまれた映像美(とくに冒頭の秋の景色は必見)、そしてまた、最後の離婚をうけいれて自立した人生を模索しようとするヒロインの横顔に救われてしまうのですが。よくよく考えれば、かなりのアンハッピーエンド。いちばんトクをしたのは、自分のほんらいの愛にめざめた夫だけです。監督自身がゲイということもあって、肩入れしたのでしょうか。

キャシーとレイモンドは、なんとなく淡い恋心を寄せ合っているようですが、お友だちどまり。でも、人種差別のきびしい五〇年代当時では、貞淑どうのこうの以前に肌の色の違う者どうしが親しく語らっただけで、世間から爪弾きにされしまう。同性愛を病気ととらえる感覚もちょっと奇異にうつるのですが、これもその当時ならでは。
ふたつのおおきな社会問題をあつかっていますが、ネタに仕込んだだけで、救われていないというのが私の率直な感想です。
これでドラマチックにキャシーとレイモンドが結ばれればおもしろいのですが。黒人と白人のラヴシーンを厭う傾向がハリウッドにはあるのでしょうかね。

タイトルの「エデンより彼方に」は、レイモンドがキャシーに向かっていう台詞の一部。正確な台詞を忘れましたが、「心と心を通いあわせる場所はあります。エデンの彼方に行けば。永遠に輝いている場所に行けば」という言葉。キャシーは裕福な家庭生活という楽園、レイモンドは娘との暮らしと仕事のあったなじみの街という楽園を、それぞれ追い出されてしまいました。ふたりがすがるのは、今後は閉塞的な社会に縛られない生き方をするという意思だけ。黒人が差別に耐えかねて、国を棄てるというシチュエーションは映画「ホワイトナイツ」にもありましたけれど。

あと、十日ほどで正式に黒人大統領バラク・オバマが就任する合衆国。(関連記事「リンカーンの椅子」)黒人大統領の存在は、もはや映画のなかだけの存在ではなくなりました。こうした差別をあつかった映画もむかしの産物として、胸を詰まらせずに観れる時代ももうすぐなのかもしれません。

(〇九年一月十六日)

【画像】
マザッチオ(1401-1428)『楽園追放』(部分)1424-27年頃、ブランカッチ礼拝堂壁画


エデンより彼方に(2002) - goo 映画

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