陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

氷上のサラブレッド、王者の舞

2012-12-02 | フィギュアスケート・スポーツ
羽生結弦選手の人気が昨年あたりから急上昇のようで、ブログでも一躍応援熱が高まっているようです。とくに女性ファンからの黄色い声援かまびすしい。まだ十代でダイナミックな大技をくりだす豪快さとしなやかな動きに、「銀盤の王子様」との呼び声も高い。しかし、スポーツ界で王子様と祭り上げられることに若干の危機感を感じるのは、「ハンカチ王子」ことプロ野球の斎藤佑樹選手の例があるからでしょうかね。

今年のGPシリーズ初戦のスケートアメリカで、その新星十七歳の羽生選手と、優勝争いをしたのが小塚崇彦選手。氷上の貴公子と呼ぶならば、正真正銘、血統的にふさわしいのが小塚選手というべきか。祖父の代から銀盤に慣れ親しんだ、正統派の演技をする選手です。以前、浅田姉妹とともに、嵐のバラエティ番組に出場したときに、すばらしい運動神経を発揮したことで驚かされたものです。控えめな性格のためかあまり目立たない印象がありますが、あのエース高橋大輔選手をして、フィギュアスケートの資質をオールマイティに備えている、と見込まれたほどの逸材。佐藤信夫コーチに師事して、浅田真央選手とは兄妹弟子といった関係。その演技を、スケートアメリカ(フィギュアスケート スケートアメリカ2012)で振り返ってみましょう。

ショートプログラムの曲目は、ポール・ニューマン主演の映画「栄光への脱出」より、アーネスト・ゴールド作曲のメロディ。青めのシャツに、黒のボトムというスタイル。この人、こういうシックな衣装がやはり似合いますよね。昨年のSPのような派手でコケティッシュなものよりも、顔の凛々しさが引き立つのではないかしらと。冒頭の四回転を危なげなく成功させたあと、前半部で得意のしゃがみこんだスピンを連続でおこないます。中間でのトリプルアクセルも単独ながら、きれいに着氷。演技のひとつひとつをていねいに拾っていくようにこなしていくあたりは、彼の几帳面さがうかがえるところでしょうね。トリプルルッツからトリプルトーループの連続技も申し分なく。ステップシークエンス時の手の振りや足のバランスのとりかたも、ひじょうに滑らかで魅せる演技であったといえますね。まったくのミスというミスもない完璧なステージ。本人もフィニッシュ直後にガッツポーズを決めたほど。王道的なメロディに、たいへん似つかわしいオーソドックスな演技。スコアはパーソナルベスト更新の85.32点。しかし、というべきか、十七歳のライバルがこの数字を十点近くも上回る世界最高得点を更新したものだから、たまったものではないですね。

フリーで崩れてしまった羽生選手と比べて、オリンピック経験者にして世界王者も勝ち取ったベテラン二十三歳の小塚選手はプレッシャーに動じることはありませんでしたね。
フリーの曲目はカミーユ・サン=サーンス 「序奏とロンド・カプリチオーソ」 。今度は上下を黒で固めて、肩に金の絢な刺繍のほどこされた衣装で登場の小塚選手、哀切な響きのするヴァイオリンに合わせて、情感のこもった滑り出し。一回目の四回転トーループはやや高さが足りなかったので豪快には見えなかったのですが着地には成功。弦の音のふくよかさをスケーティングシーンでうまく表現しきれており、音の解釈を動きにうまくとりいれていることがたいへん好ましいですね。中盤の連続ジャンプ、四回転プラス二回転のトーループでやや着氷が両足気味になっている(片足が降りるときにややリンクをかすっているように見える)ことが気がかりとされましたが、流れは途切れず。目まぐるしく変調したアップテンポのリズムにも自分の動きを見失うことなく、冷静に三連続ジャンプで得点稼ぎ。途中で後ろ足を一本伸ばしながら後ろに滑っていくという風変わりなしぐさもまじえつつ、曲の流れをうまく組み込んだ展開を繰り広げていきます。ラストのサルコウジャンプで転倒する惜しいミスがあったものの、全般的にエネルギッシュな演技が評価を受けて、引き出されたスコアは166.12点。トータル251.44点。この後の羽生選手がフリーでは三位に後退してしまったがために、今季の初白星を挙げることができました。ちなみにフリーで二位になったのは、町田樹選手で、この大会、表彰台を日本男子が独占、しかも、三人が三人ともファイナル進出を果たしています。

さてさて、お楽しみはエキシビジョン。
曲目はサイモン&ガーファンクル 映画「卒業」より「サウンド・オブ・サイレンス」。SPの映画もそうですが、小塚選手、なかなか渋い選曲ですね。五分袖丈で手足の長さがひきたつウエアで、試合の緊張感から解き放たれたのか、かなりしなやかに踊っています。失礼ながら前回のオリンピック時はまだまだお坊ちゃんぽかったのですが、最近は落ち着きがあって、大人っぽく見えてきますね。背伸びした部分が消えたといいますか。逆に小塚選手の数年前の初々しさを、いまの羽生選手のエキシビジョンに見てしまうこともありますし。

小塚選手は第二戦となるロシア杯(フィギュアスケート ロシア杯2012)では銀メダルを獲得、ソチでのGPファイナルに臨むことになります。彼の演技は、高橋選手や羽生選手のような魅惑的な色気があるものではないのですが、至極、爽やかでまっとうな滑りで、大技ひとつふたつに頼らずに、平均的にステージをまとめあげる能力があるタイプと言えます。観戦しているこちらとしても、安心感があるといいますか。圧倒的なダイナミズムで観る者を突き放していくのではなく、包み込むような感じですね。野望のある新世代と比べるとやや見劣りがしてしまうこともあるかもしれませんが、それでもまだまだ負けてはいません。ここ一番の粘り勝ちをする強さを、ファイナルでもおおいに期待するとしましょう。


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