陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「雨あがる」

2017-06-22 | 映画──社会派・青春・恋愛
2000年の日本映画「雨あがる」は、日本が生んだ巨匠・黒澤明監督の遺稿をもとに脚本を起こし、黒澤組のスタッフたちが結集して製作した時代劇映画。黒澤の時代劇と言いますと、名作「七人の侍」が思い浮かびますが、あれほどの派手さはありません。でも、ひじょうにしみじみとした情緒が滲み出る佳作といえますね、これは。「たそがれ清兵衛」がお好きな方なら、受けがいいでしょう。原作は山本周五郎の短編小説。

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江戸時代の中期、妻とともに旅を続ける三沢伊兵衛は、長雨で増水した川の前で足留めを喰らう。仕方なく身を寄せた安旅籠では、同じく逗留を余儀なくされた商人たちや、貧しい百姓たち、荒くれ者の川越し人足などと同席に。夜鷹の女との諍いもあり、旅籠内は険悪なムード。雨に閉じこめられて冷えきった空気を変えるべく、伊兵衛の身銭を切った大判振舞いが宿客たちを喜ばせる。しかし、伊兵衛は素浪人。連れ立った妻は夫の気前の良さにやや複雑な様子。

雨上がり、武家の若造たちの喧嘩の仲裁に入った伊兵衛は、その腕前を認められ、殿様の鶴のひと声で剣術指南役という役職を得られることになるが…。

伊兵衛演じる寺尾聡のまあ殺陣の見事なこと。寺尾聡といったら「ルビーの指環」の歌手ですが、その前に、あの名優・宇野重吉の子息。剣さばき、堂に入っています。でも、あくまでもことば遣いは謙虚。豪放磊落な殿様にすこぶる気に入られ、夢のような士官の口が転がり込む。ところが、剣術指南役を狙う街の道場師範の一派たちが不意打ちを企てたり。

伊兵衛は向かうところ敵無し。刺客たちも撃退し、指南役のお手並み拝見の御前試合でも危なげなく勝ちを収めます。しかし、彼のいわばあまりの無双ぶりと、逆に負けた者を気遣う心配りが徒となり、事態は思わぬ方向へ。しまいには、伊兵衛がよかれと思って庶民に行った施しが裏返しに出てしまって、せっかくの就職が棒に振られることに。なんという口惜しいことか、視聴者はそこで思うはず。

しかし、そのとき、妻のたえが気丈にも殿様の使者に言い放つ言葉があまりにも痛烈ですね。ひとは何をしたか、よりも、何のためにしたのかが大事。他人を押しのけてまで出世を望まない夫をもつことの誇り。いやあ、女にここまで言われたら男は惚れるしかないでしょう。晴れやかな青空のもと、川を渡って別天地へと向かう夫妻。最後はあくまで含みを持たせるのですが、この夫妻の美しい心映え、報われたのだと思いたい。でも、現実だと、こういう清らかな女性はまあいないですよね…(笑)。

主演の寺尾聡の妻を演じたのが宮崎美子。
殿様に扮したのが、故三船敏郎の息子の三船史郎。ちょっと台詞が棒読みな感じが。その部下に吉岡秀隆など。
監督は黒澤のもとで助監督をつとめた小泉堯史。衣裳デザイナーは黒澤の長女の和子。プロデューサーは長男の黒澤久雄。

本作は第24回日本アカデミー賞にて、最優秀作品賞はもとより脚本、主演、助演、音楽、撮影、照明、美術での最優秀を含めた多くの受賞を誇り、また第56回ヴェネツィア国際映画祭では緑の獅子賞を獲得しています。
ちなみにこの原作はテレビドラマですでに三回放映されており、映像化は初ではないようですね。

(2016年8月31日)

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