陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「蝶の舌」

2011-09-06 | 映画──社会派・青春・恋愛
1999年のスペイン映画「蝶の舌」(原題 : La Lengua de las Mariposas)は、こころ優しい老教師と純朴な少年との交流を、暗雲うずまく1930年代後半の時代を背景に描いたもの。「チップス先生さようなら」(1939)のような設定ですが、締め方が全然異なります。
前半は牧歌的な田舎を舞台に底抜けに明るい村民の暮らしが紹介されますが、ラスト10分で趣きが一転。善人を装った家族のなかにある、ささやかな悪意が明らかに。しかし、なんとも切ないのは、少年と裏切られた教師の関係ですね。

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スペインのガリシア地方の小村。
きまじめな仕立て屋の父親と律儀な母親、サックス吹きの兄と暮らす少年モンチョは、喘息持ちのためか、遅れて入学したクラスになじめない。担任のグレゴリオ先生はもの静かで子どもをきつく叱ったりはしない。先生の配慮のおかげで、ロケと親友になり、学校生活は楽しいものに。

「運動靴と赤い金魚」「友だちのうちはどこ?」のような、すこし弱気な少年の学園生活を軸にはじまりますが、根底に流れているのは、戦争によって間接的に他人を処刑してしまう人間の醜さ。
息子の恩人である先生に両親はすっかり親しみを寄せ、感謝の一張羅までプレゼント。家族ぐるみで友だちのように感じていたはず。

生徒たちを緑ゆたかな森へと誘い、自然の美しさや命の大切さをグレゴリオ先生は説く。なかでも、モンチョが魅了されたのは、オーストラリアの鳥ティロノリンコや、蝶の舌のはなし。

忍び寄るファシズムに反対する共和党派としても、父はグレゴリオを同志と感じていました。しかし、スペイン内戦が勃発すると、母の説得で父は味方を見捨てることに。逮捕された共和派の顔ぶれには、かつて兄とともに公演をおこなったオーケストラのメンバー、親友の父親、そしてグレゴリオ先生。
罵声の飛び交う中で、連行される先生を乗せた車に向かって、しゃにむに叫ぶモンチョの言葉が、なんとも胸を打ちますね。

教師と生徒の交流のほかに、善良に見える父の不実の証明としての若い娘の存在や、彼女の居たたまれない色恋、兄の淡い片想いも添えられています。
兄が思いを寄せた中国人の若妻の狼に襲われた過去は、じつは暗喩だったのではないか、と思ってしまいます。

蝶の舌というのは、どこかしら卑猥なイメージをもよおすもののように説明されるも、それを聞く少年がまだ純粋無垢のため気にはならない。
これが男女の関係、もしくは成熟した大人どうしの裏切りならばいいのですが、胸が詰まるような気持ちにさせられるのは、悪意なくして罪に陥れる加担をしてしまったのが、罪に問えない年代の少年だったからなのでしょう。

自由を求めて闘うことの大切さを説いた子どもたちに、親のけしかけによって見放された老教師の悲哀やいかばかりか。学級崩壊の場面もあり、現代日本におかれた教育事情すら重ねてみてしまいますね。

映像と音楽では美しい作品。
ところどころ、モネの「睡蓮」「水浴図」やルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」などを思わせるカットがあります。
監督はホセ・ルイス・クエルダ。
主演はグレゴリオ先生役に「オール・アバウト・マイ・マザー」のフェルナンド・フェルナン・ゴメス。
少年モンチョに、マヌエル・ロサノ。
原作はマヌエル・リバスの同名小説。

(2010年3月2日)


蝶の舌(1999) - goo 映画

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