陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「早春」(1956)

2011-04-20 | 映画──社会派・青春・恋愛
日本人が失ったような、品のよい笑いをする奥ゆかしそうな別嬪さん、誠実を絵に描いたような青年、ちゃっかり者だけど根はいい人で憎めない近所のおばさん、大人とは別世界の遊びでつながっている子どもたち、昔気質だけれど業突く張りではないお年寄り。戦後であっても、現代を見越したような家庭問題を描くにあたっても、一部の良心がかいま見え、気持ちが救われるというのが小津映画の醍醐味でした。

しかし、1956年の映画「早春」は、それまでのホームドラマ風とは一線を画したシリアス路線。全編にけだるい雰囲気が漂います。

早春 [DVD]
早春 [DVD]小津安二郎 おすすめ平均 stars小津安二郎の隠れた名作starsこれも名作!stars倦怠期の夫婦の小さな危機と克服、戦後サラリーマン生活の原点を活写した名品Amazonで詳しく見る by G-Tools




大手の石炭会社に勤める会社員、杉山正二は、八年連れ添った妻の昌子とは剣呑な雰囲気。夫婦の会話もすくなく、杉山はいつしか、通勤電車で顔合わせするサラリーマン仲間たちとつるんで麻雀に興ずるようになった。
ある日、仲間たちと江ノ島へハイキングに出かけた杉山は、身持ちの悪さで評判の美人OL千代と親しくなる。はじめて家を空けた晩、杉山は千代とあやまちを犯してしまう…。

ありていにいえば、妻と倦怠期をむかえた夫が浮気してしまう、よくあるお話です。でも、すごく設定がリアルなんですよね。洋画やお昼のメロドラマみたく、男ひとりを女ふたりが奪い合うような泥沼の三角関係恋愛劇にしたてあげたりしない。不倫とはいっても、描写も過激ではなく、せいぜいキスどまりです。
この映画で描きたかったのは、サラリーマン生活に押し込まれてしまって人間らしい愛情や優しさをうしなってしまった日本人への同情でしょうか。

名の通った企業とはいえ、杉山の給料は決して高くはない。夫婦は川沿いのそまつな長屋に住まい、裕福な暮らしぶりとはいいがたい。
妻の昌子はツンケンしていて、しょっちゅう、母親の実家へ里帰り。その背景には、杉山夫婦にさずかった男児をなくしてしまった経緯があります。
昌子は素っ気なくなった杉山の浮気に勘づいてしまって、しまいには未亡人で友人を頼って家を飛び出してしまう。男ッ気がない女性に囲まれていると、夫がいる幸せを大っぴらに見せれないから、卑屈になってしまうんですよね。

いっぽう、一夜のあやまちを犯してしまったとはいえ、杉山はそのまま関係を続ける気はなく。千代は千代で、妻帯者と通じたことを仲間うちに知られてなじられてしまいます。浮気は誘った方も乗った方も同罪だと思うけれど。

痴情のもつれ合いよりも感慨深かったのが、杉山をとりまく男たち。
仲人役で上司の小野寺は、杉山のよき理解者で、給料もあがらず会社にがんじがらめにされている暮らしを嘆き合う仲。
しかし、余所からみれば、杉山の境遇は恵まれているという声もきかれる。戦友仲間で、資金繰りの厳しい町工場の経営者からは月給払いがうらやましいとこぼされる。

さらに、杉山を改心させたのは、同僚で病気療養中だった三浦の急死。
結婚をすることもなく、杉山が嫌っている会社勤めをこころから熱望したまま人生を終えてしまった三浦に、申し訳なさが募ったのでしょう。
地方転勤をきっかけにこころを入れ替えようと決意するのです。

「お茶漬けの味」のように、夫婦がおたがい和解して歩み寄るというラストに落ち着きはしますが、あまり釈然としないですね。杉山はけっきょく転地することで、追いすがってきそうな千代を突き放し、妻にも面と向かって謝罪することから逃げてしまったわけです。奥さんの居所が掴めず、すれ違いになってしまったというのもあるけれど。
後ろめたいことがあると世間から隠れて、ほとぼりが冷めるのを待つ、という日本人らしい事なかれ主義で決着をみたというのが、いいというべきか。過去のささいな痛みをほじくり返すよりも、今後を良くすべく協力して、という好意的な励ましとみるべきか。

劇的な演出や凝った筋書きでもないだけに拍子抜けではあるけれど、ささいな波風が立ちそうな夫婦間の危機や、嫌気がさしたサラリーマン生活、など誰しも身に覚えのあるテーマ(?)だけに、ある程度の年代以上には地味ながら共感は誘いやすいといえます。いまは、生涯、ひとつの会社に安泰してしがみついていけるわけでもなく、ましてや正社員にすらなりにくい時代。こういうサラリーマンの悲哀は受けるんでしょうかね。

出演は、池部良と淡島千景が杉山夫婦役。岸惠子が小悪魔役だけれど、男性にもてあそばされて捨てられるので、かわいそうといえますね。
小野寺を演じた笠智衆は、あいかわらず脇役でも、物語における良心的な駒の扱い。「夫婦はいろんなことを経て、ほんとうの夫婦になる」「会社よりも一番あてになるのは女房」と、こころにくい夫婦哲学を口にしてくれます。

脚本は、「東京物語」とおなじく、監督の小津安二郎と、野田高梧。

早春('56) - goo 映画



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 映画「アフリカの女王」 | TOP | 『お釈迦様もみてる─スクール... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 映画──社会派・青春・恋愛