陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「おくりびと」

2009-09-21 | 映画──社会派・青春・恋愛
この二十一日に地上波ノーカット放映されたのは、2008年の映画「おくりびと」
長寿社会を祝うシルバーウィーク期間に、この映画が放映されたのはなんとも皮肉めいていますね。

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念願のオーケストラ演奏家になれたのもつかのま、楽団が解散。実家のある山形に妻を連れて戻ってきた、小林大悟。
求人広告から割のいい正社員職を見つけ、面接に出かけるが、その仕事とは納棺師だった。

まず、出だしがユーモラスに描かれていて、引き込まれます。
納棺師の仕事を印象づけるにはぴったりですね。主演のモックンこと本木雅弘の、なんと手慣れた美しい所作に見蕩れてしまうことでしょうか。

この映画の主人公に生じたことは、おそらく現代の日本では珍しくはないことでしょう。夢破れて別の職を求めるも、それは理想の仕事ではない。
さいしょは死体の処理に戸惑いを覚え錯乱していた大悟ですが、しだいに人生の最期を美しく演出する仕事にやりがいを感じはじめます。けっして、給料がいいからだけで続けようとしたのではなく。
しかし、そんな彼を襲ったのは、人々の納棺師に対する偏見。客のひとりからは、まるで人殺しかなにかの最悪な職業のように遠回しにさげずまれ、友人からおかしな目でみられる。極めつけは妻で、汚らわしいの暴言を置き土産に家出されてしまいます。
この妻は売れっ子のホームページデザイナーらしいですが。そんなクリエイター気取りだけど、すぐに時代が変わると追いつかないような仕事が、はたして、死者を気持ちよく旅立たせるこのビジネスよりも勝っているというのでしょうか。この職業差別的な発言は許せないですね。

友人の母親の納棺に立ち会ったことで、妻とはのちに和解。しかし、大悟の人生にとっては忘れられないある人物を相手に、職務に向き合わねば成らないときがくる。
やがて生まれてくる子の父親になる前に、自分の父との確執を乗り越えた主人公は、みごとな自己再生を果たしたといってもいい。音楽しか知らなかった大悟はどこか、頼りない印象がつきまといますが、最後はかなりの成長の兆しがみられますね。

脇役を固める、社長役の山崎努、社員の余貴美子や、銭湯のおかみの友人、笹野高史の渋い役どころがなかなかいい。そして、納棺される人びと、およびその家族の人生がそこかしこに垣間見えるのも。

舞台がよくある下町なのではなく、山形のど田舎で、人情味あふれる人々の描き方が魅力的。

しかし、ひとつ疑問なのですが、この納棺師という職業ははたしてあるのでしょうか?
私の場合、葬儀屋がやっていたか、病院で亡くなったので、遺体に詰め物をしたりするのは看護師でした。顔に化粧をしたのも、うちの家族がやっていましたし。
この映画のように、やんどころない事情で亡くなった場合なら需要があるのかもしれないけれど、あんなに儀式めいて人様に公開するものだとは知らなかったですね。するにしても、人払いするのでは。(遺体の汚い部分を見せないための所作なんでしょうけどね)

映画では、女性の遺体に口紅を塗っていて唇の肉がやわらかく動いてしまったり、顎の関節外れを防ぐための紐が結ばれていないのが気になったので、あまりリアリティーは感じられなかったです。
海外で評価されたし、そこそこ出来はいいですが、やはり死を尊ぶという日本の美学がもの珍しかったせいもあったような。二、三度繰り返して観たいほどの作品ではありませんでした。

おくりびと - goo 映画

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4 Comments

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TBいたしました (十瑠)
2009-09-24 17:09:00
日本映画はなかなか観ませんが、これは久々に良い映画を観させてもらいました。

しきりに様式美を誉めるコメントが多いので、その辺にはあまり興味のない私は、少し心配してました。映像美に拘ってリズムがおかしくなってないかと。

>納棺される人びと、およびその家族の人生がそこかしこに垣間見えるのも。

個人の再生物語と絡ませた色々な人生模様が興味の尽きない面白さでした。
少なくとも私は、時が経てば必ずもう一度観たくなると思います。
返信する
TBありがとうございました。 (万葉樹)
2009-09-24 19:02:48
十瑠さまも、ご覧になられましたか。
この映画のTV放映はやはり注目されたようですね。

>しきりに様式美を誉めるコメントが多いので、

納棺師がじっさいにあんな作業をするのか見たことがないのでなんともいえないですが、モックンのあのお手並みが美しいのは、共通意見としてあるようですね。「サムライ」「ゲイシャ」「ニンジャ」という外国人になじみやすい日本のキャラが、身なりというよりも、その身のこなしにおいて、一目置かれているとおなじ理屈だと思っています。着物が皺ひとつなく畳めない私としては尊敬してますが(微苦笑)

>個人の再生物語と絡ませた色々な人生模様が興味の尽きない面白さでした。

人の死を糧にする商売とさげずまれながらも、個々人の人生の終わりに接することで自己の生き方を振り返る。納棺師とは、そんな職業なのかもしれないですね。

ただ、個人的にはありきたりな死やお葬式場面を、むざむざ映画やドラマで観たくないので、一回きりでたくさんだ、というのが本音。
ただ遺族がいちばん悲しいのはじつは死んだ直後でも、葬式でもお通夜でもなく、あの棺を閉める瞬間、そして火にくべられる瞬間。その事実をよく描いていますよね。
火葬という習慣がなく、(『ハリーの災難』みたいに(笑))下手すると墓を掘り返して死体を確認するような西洋人の批評家にとっては、死者を尊ぶという日本人のモラルが新鮮だったのかな、という印象を得ましたね。

あと、主人公の父は蒸発しただけなので、母親は離婚せず夫の姓を名乗っている。ということは、へたに母子手当ももらえないわけで。生活相当苦しかっただろうに、よく息子を音大に行かせられたな~などと、よけいな事を考えながら観てました(笑)

生死を扱うプロフェッショナルが主人公の物語は、たいがい家族が関わってくるというのがオチなので、先は読めたのですが、父と和解させる演出のしかたがよかったですね。
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おじゃまします (マーク・レスター)
2010-02-27 14:00:06
レビューを興味深く拝見いたしました。

「やがて生まれてくる子の父親になる前に、自分の父との確執を乗り越えた主人公は、みごとな自己再生を果たしたといってもいい。」

同感です。ベタですが、“石”が引き継がれるシークエンスが雄弁に語っていたと思いました。

ボクも今作のレビューを書いておりますので、トラックバックをさせてくださいませ。
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父と子の和解 (万葉樹)
2010-03-06 21:04:52
コメディ俳優のジャック・レモンが老いた父親役を演じた「晩秋」という映画も、三世代の親子間の絆の回復を描いています。父の最期を看取りつつ、思春期の家出息子と和解する男が主人公。
父と子の葛藤というのは、永遠のテーマですね。
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