( この写真は、私が現在、隠居暮らしをしているチェンマイの夕暮れです。私が住む借家の前でドイ
ステープ山に沈む夕日を撮影しました。毎日、この様に見事な夕焼けが見られます。特に6月の雨
期になると激しく変化する気候のために、ドラマチックな夕空を見る事が出来ます・・・・・《 2018年、
1月、撮影 》 )
【 はじめての方は、どうぞ 「第1章 改訂版」 よりご覧ください。 】
その13 最終回( 後編 )
《 漫画家アシスタントが・・・・退職金を受け取る・・・・!? 》
39年間、私がアシスタントをしたJ先生は73歳。
2017年6月末・・・・・・・・
その時、私は61歳。
老人が二人、ゴミ屋敷の様な場所で猫背になって話し合っている・・・・・・・・・・そんな不潔
で陰気、腐ったコーヒー缶と紙屑、山の様な古雑誌と単行本、ホコリと老人臭・・・・・・・・
・・・皆さんが想像される通りの、まさにそのまんまの姿こそ・・・・・・・・・ピッタリと現場の
実相を表していると思います。
J先生は、退職する私に向けて最後の言葉を贈ってれるのですが・・・・・・・・
それは、私が想像もしない・・・・・・・・まったく唐突な・・・・・・・・不可思議な言葉でした・・・・
・・・・・・・・
「 おみィはよ・・・・・・・・ 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
「 おみィは・・・・・・天才にはなれなかったな 」
「 ・・・・・・・・? 」
私は、天才になりたいと話したり、天才一般についてJ先生と議論した事もありません
でした。
ですから、突然言われてたこの言葉を、どう解釈してよいのか・・・・・・・一瞬、混乱したの
です・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・と、同時に、頭の中で不思議な事が起こりました・・・・・・・・・・・・・
「 おめィは天才になれなかったな 」
この言葉によって、記憶の封印がはじけ飛んだ様に・・・・・・・・
まるで、走馬燈の様に・・・・・・・・過去の先生の言葉が頭を駆け巡りました!( ほんの数秒
間のことです )
勤め始めてすぐの頃( 1978年秋 )、私が20歳の頃からやっていた同人誌の話をした時、
先生が軽蔑する様に吐き捨てた言葉・・・・・・・・
「 同人誌なんかやめろッ! 」
Jプロに勤めて5,6年経った頃( 1983年頃 )に、私が失業保険について質問した時には・・
・・・・・・
「 サラリーマンみたいな事言うんじゃねィ~ッ! 」
多くの若手の漫画家が生まれては消えていく過酷な現状を話してくれた時、なるべき漫画
家の姿を指し示す様に・・・・・・・・
「 苦しくて泣きながら机に向かう様な漫画家には、なりたくねぇ~だろ? 」
少年ジャンプで海洋物の漫画を連載している時に描いた、私のフニャフニャした描き文字
( 効果音 )について、キッパリと・・・・・・・・
「 おめィ~の字は死んでるんだよッ! 」
私が中学生の時に芸者と逃げた私の父・・・・・・・・その父の話を何気なくした時、私にさっき
食べた昼飯の感想でも言う様に・・・・・・・・
「 おめィのオヤジはよォ、腐れ外道なんだよ 」
私が13年前に池袋でタイ式マッサージ店を開こうとした時には・・・・・・・・
「 ど素人が店なんか出すんじゃねィ~ッ! 」
私がこのブログを始めている事を編集サイドから聞き知った時には・・・・・・・・
「 ブログなんかやめちめ~~ッ! 」
全ての言葉に、天才ではない私には、応えようがありませんでした・・・・・・・・・・・・
それぞれは、違う時間、違う局面で言われている言葉ですが・・・・・・・・実は、同じ事を言っ
ていたのです。
全ては、ただ一つ・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・天才性を呼び覚ませと!
・・・・・・・・・・・・・・・今すぐ悟れと!
・・・・・・・・・・・・・・・迷うなと!
天才か、凡人か、どちらか選べと!
しかし、悲劇的なことに・・・・・・・・・優秀な人間とそうでない人間の間には、越えられな
い裂け目があるのです。
暗くて深い裂け目が・・・・・・・私はその裂け目の前で立ち止まって怯える、振り返れば覗
き込む様に師匠がいる・・・・・!
馬鹿には優秀な人間が理解できないものです・・・・・・・
そして、同時に優秀な人間には馬鹿が分からないものです!
「 おめィは天才になれなかったな 」
茫然と、息する事も出来ずにいる私に、J先生はニヤリと笑いながら・・・・・・・
・・・・・・・静かに・・・・・・・・しかし、確信に満ちた声で・・・・・・・・( 先生の声はいつも低音で
静かですが、迫力があり威圧的です )
「 おめィはよ、俺ィにはなれねィ~んだよッ! 」
J先生は、さらに畳みかけてきます・・・・・・・・
「 おめィはJ・A( 先生の名前 )には絶対になれねィ~んだよッ! 」
なんだか、訳も分からず落ち込んでいく私を救うように・・・・・・・・
「 ま・・・・・・・・おみィは、おみィでい~んだよ 」
先生は、気持ちをリラックスさせる様に( さらに集中する様に )、深く、ゆっくりと
息を一つ吐き出す。
「 俺ィは、誰かに憧れた事なんかねィ~よ 」
「 ・・・・・・・・・・ 」
「 俺ィは、俺ィだからよ! 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
「 おめィは、おめィ~でいいんじゃねィ~か! 」
J先生は、優しく最後の言葉を締めくったのです。
ちなみに、こうした言葉( セリフ )を普通なら一日中考えてもなかなか思い浮かびは
しないと思うのですが・・・・・・・・・・・・
このレベルの人間は、一瞬の即興で名台詞がポロポロ出てきます。
24時間、常に自分にそうした( 切迫した )状況を強いているのです・・・・・・・・言い換え
れば、マゾの極致とも言えます。( 本人は、結構快感なんだと思います )
さて・・・・・・・
そろそろです・・・・・・・
私の漫画家アシスタントとしての人生は終わり、今はタイのチェンマイで楽隠居させて
もらっています。
6月いっぱいで仕事を辞め、ありがたい事に退職金( 毎月、1万円ほど退職金が積み立て
られていました )も頂くことができ、こうして楽隠居のゲーム三昧でしっかり惰眠と怠
惰をむさぼって暮らしております。
最後に・・・・・・・・
「 おめィはJ・A( 先生の名前 )には絶対になれねィ~んだよ! 」
突き放す様なこの言葉の後で・・・・・・・・・・
「 おみィは、おみィでい~んだよ 」
勤続39年間、色々な事がありましたが・・・・・・・・最後に救ってくれたのです・・・・・・・・・・
これこそが、私にとっては先生からいただいた「 退職金 」だったのではないか・・・・・・・・
・・・・そんな気がするのです。
この言葉・・・・・・・・
これからも、死ぬまで使えそうな気がします。
『 最後の血の教訓 』 ( 漫画家を目指す、若い方々へ )( 中年の方々へも )
面白い漫画を描けば誰でも売れる。
バカでもアホでもチンチクリンでも売れる。
しかし・・・・・・
誰もが面白い漫画を描くのに苦しむが・・・・・・
その苦しみ( もがき )や迷いからは・・・・・・・・・残念ながら「 面白さ 」は生まれない。
面白い漫画は、楽しく描く事によって生まれるからである。
楽しく描けない人間が生むのは、苦痛と混迷と・・・・・・・・敗北である
では・・・・・・・・・・・・・どうやって「 楽しく描く 」事が出来るのか?
理屈は簡単・・・・・勝利し続けるのである!
だから、絶対に勝利しなくてはならない!( 必要なのは戦略と実行力だ )
賞取り、連載取り、人気ランキング・・・・・・・・競争に勝てなければ・・・・・私の様に消える
だけのことだ!
漫画道は、いばら道、迷い道、嘘つき道、憂鬱な道・・・・・・・無数にあるかもしれないが、
勝利の道はたった一本しかない。
気が付いた時には手遅れなのだ!
時計は今も進んでいる。
「 漫画家アシスタント物語 」 ― 完 ―
次回よりタイでの隠居暮らしのブログが始まります・・・・・・まだ先ですが、
ココ ↓ にバナーが出来ます。
「 漫画家アシスタント移住物語 予告編 」 へつづく・・・・
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あとがき
読者の皆様、長い間( ブログ開始は2004年11月 )、本当にありがとうございました。
読んでいただいた方、コメントを書いていただいた方、多くの方々から励まされてここ
までやってくる事が出来ました・・・・・・・・いや、ホントに!
拙ブログにお付き合いいただいた全ての方々が、日本で平安にご壮健に暮らせる事を、
タイの田舎で切に願っております・・・・・・・・・・・・・・ってのは嘘ですね。
ま・・・・・・・・皆さんの事をコロッと忘れて、気楽な毎日を過ごしている感じです・・・・・・・・
・・・・たぶん。( 冗談です )
さて・・・・・・・・
そんなわけで・・・・・・・・
ブログで、「 元漫画家アシスタントの適当大好きタイ移民 」( 仮題・採用見込みゼロ )
を始めるつもりでいます。
上記の場所に、バナーを設置するつもりですので、よろしかったら折を見て覗いてみて
下さい。
では、少しの間・・・・・・・・・・休息させていただきます。
新しいブログでは、タイでの暮らしや漫画の話題など、なんでも記していきたいと思って
います。
是非、以下のコメント欄に一言いただけたら幸いです!( ホントに嬉しい! )
どなたでも、お気軽にどうぞ!
「 漫画家アシスタント移住物語 予告編 」 へつづく・・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ お知らせ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★ このブログ「漫画家アシスタント物語」が書籍化!
詳しくは・・・ 《アマゾンのネット通販》
★ 拙作、文庫本『 劇画 蟹工船 覇王の船 』も発売中!
詳しくは・・・ 《アマゾンのネット通販》
★ 「漫画家アシスタント物語 4章の31~」に書かせてもらったガンさん
(ブログ本では『ハアさん』)が描いたソープランドの実録漫画を公開
中です・・・ 特別寄稿「 親不孝通り 」 第40話お父さん
★ 拙ブログのうぶ主が1987年にヤングジャンプ新人賞で準入選デビュー
した作品・・・ 「 雨のドモ五郎 」
★ 「漫画家アシスタント物語 第6章の10~」に書かせていただいた
リョウさんが描いたイラストを公開中です・・・ 「 龍馬さんとボク 」
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【 各章案内 】 「第1章 改訂版」 「第2章 改訂版」 「第3章 改訂版」
「第4章 その1」 「第5章 その1」 「第6章 その1」
「第7章 その1」 「第8章 その1」 「第9章 その1」
「諦めま章 その1」 「古い話で章 その1」
「もう終わりで章 その1」 「移住物語 こりゃタイ編 その1」
アシュラの単行本見たとき思ったんですけど風景とか効果線はすごく上手いのに男性キャラも個性的で上手いのに何故か女性キャラだけは雑なペンタッチなのでなんでだろうって思いました。女性漫画家でデビュー当時明らかにデッサンが狂ってる背景を描いてて小学生の私でさえ手の書き方も狂ってるってわかってて、でも売れっ子になっちゃって2作目三作目を描いていくうちにデッサンも完璧になってキャラもイラストにして飾っておきたいような可愛い女の子でした。デビューして作家さんが成長していく過程の頃が一番、読者にとっても魅力的で人気がある頃なのかな。
最近の若い子はデビュー当時から画力も魅力的キャラ作りも完璧で話もそこそこ面白いのに何故売れないのかしらん。世の中が不況で子供が少ないからかな。インドやタイや子供に多い他国へ海外進出して描いたら日本国内で売れない漫画家も売れると思います。
そのとき「おめぃは何をやっても中途半端な甘えん坊のチンピラなんだよっ」って言ってもらいました。
「おめぃはおめぃでいい」は言ってもらえませんでした。
先生の言葉には(めちゃくちゃあたっている!)と感じたけど、否定されてるとは思わなかった・・・多分この気楽さと変な図太さで今まで生きてこれたのだと思うし、チンピラと言われる所以だとも思います。
こないだ初めてマンガを持ち込みしました。
自分が暴走族のチンピラだった頃をギャグ風にしたものです。
イエスさんに話たことがあるように、この頃をリアルに描くと吐き気がするのです。
実際にギャグ風に描くと、話の中にヤクザがらみの話が入らずに(入った方が良かったかもしれません・笑)思惑通り、頭の悪いDQNが歓びそうなマンガができました。
僕の思う「クソマンガ」です。
少年マガジン(1時間)~少年ジャンプ(30分)~イブニング(1時間半)~漫画アクション(10分!)と持ち込みましたが、結果不採用でした。
一番イケると思っていたアクションではくそみそ言われて早く帰れオーラな状況でした(爆)
上京する前はそうでもなかったのに帰ってみてみると本当に駄作です。
次は講談社でアドバイスされた八等身の絵柄で僕が描きたいマンガを描いて挑戦します。
今回のクソマンガは話的には嫌だったけど、「漫画を描いている」と言う事に関しては楽しさしかありませんでした。
こんあ気持ちは中学~高校以来40年ぶりです。
そして今もそれが続いています。
その意味では今回のマンガに感謝です。
宝くじも買わなければ当たらない・・・みたいな甘い考えでこれからも生きて行きます。
なんだかすごいところに迷い込んで来てしまいました
最終回で出会う
いいお話を読ませていただきました
全うする
なんと凄い才能
なんと素晴らしい人生(” ̄▽ ̄)q
39年お疲れさまです
このブログが始まったときぐらいから見ていて
本当にいろいろありました。。
そして、本当にいろいろブログともども
お世話になりました。
最後の言葉胸にしみます。
本当にお疲れさまでした。
次のブログもすごい楽しみにしてますので
よろしくです!タイの生活もですが
マンガ事情も楽しみにしてます!
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12146937597
息子を大学院出すと、就職難民になって、コンビニの店員になるのがオチ。
日大クラスで、東大大学院は受かります。
東大院にして、この体たらくですから、ほかは、押して知るべし。
ほぼ終わりでしょう。
わずかな可能性は、理化学研究所みたいなところで、3年ごとの、契約社員的研究員になることですが、「成果が出ないので、論文盗用などで、首になったり、オボカタ博士みたいに、ねつ造論文を書いたり」と、それも、大学から一流の人物のみの採用ですが。
親がもっと、世間の現実を教えないと・・・。ちょっとネットで調べれば、院卒息子の将来など、すぐにわかりますが。
金だけでしてやれば、少しはいいことあると思うのは、大間違いです。
http://blog.goo.ne.jp/singingkerorin
>りりぃさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先生の「H雲」が終わってから仕事を全然していないのは知っていま
したが・・・・・・・・
ハッキリと引退したとは聞いていませんでしたので・・・・・・・・・・ちょっと
驚きです。
まだまだ、やる気があるみたいな感じでしたが・・・・・・・・・・出版社から
の新しいオファーがなかったのかも知れませんね・・・・・・・・・・今度、詳し
く関係者から話を聞いてみたいと思います。
漫画業界もデジタル化や国際化など、随分と変わってきました・・・・・・・・・・
確かに、若い作家はどんどん海外に向かって挑戦していく方が良いかも
知れませんね。
少子化だけでなく、娯楽の多様化など、個人の趣向が細分化していく
傾向はどんどん加速するでしょうから。
家族が一緒にいるのに、会話するでなく、テレビ見るでなく、スマホで
それぞれ違うアプリを楽しんでいる・・・・・・・・・・
変な世の中になったものです・・・・・・・・・・いや、ホントに!
>テツ斉藤さん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
原稿の持ち込み、ご苦労様でした!
東京まで来て出版社をめぐるのは大変だったと思いますが・・・・・・・・・・・
・・・・・・よく頑張りましたね!(冷たい風の中!)
編集員に批評されてガッカリというパターンは、誰もが何度も経験す
るのですが・・・・・・・・・・・こればかりは、絶対に突破しなくてはならない
関門ですので、ガッチリ正面突破して下さい!
作品については、個別的な話になるので、ここでは何も記すことが出来
ませんが・・・・・・・・・・作品を描くたびに、確実にクオリティーを上げて
いけば、必ず希望が見えてきますので、頑張って下さい。
>匿名希望さん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ご感想、ありがとうございます。
皆様に励まされながら、ここまでやって来ることが出来ました。
拙ブログがどれほどのものとも思ってはいませんが、皆様に、ちょっ
と笑っていただけたら・・・・・・・・・それで、私は十分ありがたい事だと思
っております。
>麦さん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめまして。
いろいろな方がこちらにはおいでになります。
今回で拙ブログは終わりますが・・・・・・・・・・タイへ移住してからの事を
記していこうかと思っておりますので、また、おいで下さい!
今日は、嬉しいご感想を、どうもありがとうございました。
>ラティさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長い間、お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
専門のアラブ世界についてのコメントなど、貴重なお話をありがとうご
ざいました。
アラブの子供たちにも日本の漫画は人気なんだそうで・・・・・・・・・漫画を
通してラティさんが日本とアラブを結びつける橋渡しをしてくれる事を
期待しています!
それにしても・・・・・・
いろいろな事があった10年ですね・・・・・・・・・・・・・・
あっという間に過ぎてしまった感じですが・・・・・・・・・・
これからは、タイから記事を書かせてもらいますので、どうかよろしく
お願いいたします!
>masaさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
東京大学大学院・・・・・・・・・・って、そうなんですか!?
ステータスが物凄く高いのかと思っていたら・・・・・・・・・・・・・就職がキビシ
イとは・・・・・・・・!!
でも、言われてみれば・・・・・・・・・・・
確かに、大学院を出た人って、大学で先生やる人が多いですね・・・・・・・・
・・・・・。
まともな就職先がなかったのか・・・・・・・・・・!?
そういうTさんは、この人生何をしていたのでしょうか。
「佐吉のみやげばなし」など、聞かせてください。
K.K君といえば、肺がんか何かで50歳代で亡くなった描画のうまいひとですね。
そういえば、さきの麦さんは絵心があるようで、イラストうまいですね。