そよかぜ日記

山への思いや毎日のちょっとした出来事を書き記します

クリスマスローズ

2012年10月31日 | 徒然
ネットでクリスマスローズの苗を購入した。
近くの園芸店に行っても手に入らなかったので、頼んでみたのだ。

一目も見ないで購入するのはどうかなあ・・・
と思わないでもなかったけどね。

すぐに届いて、開けた見たが~
お~ なかなかしっかりした苗だ。

三株頼んでおいたのだが、
レッド・ピンク・白とちゃんと選んであった。

これをどこに植えるかは問題であります。
花壇にはすでに球根が植えてあるしなあ。

でも、このクリスマスローズは、ありがたいことに日陰でも育つ。
それで、日当たりをあまり気にせずに植えることができる。

そんな広くないに我が家の庭には日陰のところもたくさんある。
そんなさびしい場所でも咲いてくれるのはうれしいね。

やっと三株植えたので、これからが楽しみだなあ。

またもやコスモス

2012年10月30日 | 水彩画
先日コスモスを描いたばかりではありますが~
また描いちゃいました。

本日は久々のスケッチ。
場所は長崎市民の憩いの場所であり アグリの丘。

ここはたぶん大赤字だろうなあ・・・
だって、時々行くけど、ほとんど人はいないもんね。
居るのは作業中の方々ばかり。

なのではありますが、菜の花・バラ・コスモスの時期は、
けっこうにぎわいを見せる。

本日も、すでに終わったと思っていたコスモスも満開で、
たくさんの方々を訪れていた。

前日コスモスは描いたしなあ・・・
何を描こうかなあ・・・
と思ったけど、こんなにきれいにコスモスが咲いているのに、
見て見ぬふりはできません。

で、結局コスモス~ 笑

しかし、今日の方がうんと楽しく描けた。
何故か~

それは、先日は数本のコスモスを花畑にしたのでりますが~
今日は、本物の花畑を目の前にしているから~

やっぱり見て描くと気持ちも違うね。
描き方もちょっと違う。

見えそうで見えないところはそのままに、
そういうところがいいのかもね。

出来不出来は別として、楽しめました~

猿田彦

2012年10月29日 | 古事記 日本書紀
うら寂しい山の片隅に、小さな祠があった。
それには猿田彦と書いてあった。

猿田彦・・・ なぜか面白い顔を想像してしまうが・・・
古事記を読んでいたら出てきましたねえ、猿田彦。

天孫降臨の時に、高天原から葦原中津国を照らす神がいた。
天宇受売命(あめのうずめ)がその正体を確かめにいった。

すると、猿田彦とこたえ、
降臨する瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の先導をするために迎えに来た、といった。

その顔立ちは、
鼻長は七咫、背長は七尺、目が八咫鏡かホオズキのように照り輝いている。
つまり天狗のような顔だった。

猿田彦の先導で瓊瓊杵尊は筑紫の日向の高千穂に降り立った。
それで、お神輿の先導に天狗の面をした猿田彦が出てくるのだそうだ。
といっても、私は記憶にないというか、見たことがないのかもしれないけど。

ちなみに天宇受売命(あめのうずめ)は、
天照大神が天岩戸に隠れたとき、面白おかしく踊った神様。

その後、猿田彦と天宇受売命(あめのうずめ)は結婚したといわれている。
天宇受売命(あめのうずめ)は猿女君と呼ばれるようになり、
猿田彦を祭っているところには、天宇受売命(あめのうずめ)を一緒に祭られているそうだ。

とにかく、
天孫降臨の際に道案内をしたということから、
道の神、旅人の神とされるようになり、道祖神と同一視された。
そのため全国各地で塞の神・道祖神が「猿田彦神」として祀られている。
ということだ。

道祖神が男女の姿であらわされているのは、
猿田彦と天宇受売命のことだとか。
あれ~ そうだったのね。

この猿田彦は海でひらぶ貝に手を挟まれておぼれ死んでしまう。
が、ひらぶ貝という貝はなく、日本近海にはそんな大きな貝はいないので、謎なんだそうだ。

街道歩きの時に、庚申(かのえさる、こうしん) と書いた、
旅人の神様と言われる石板を何度も見た。
これも、申(さる)、つまり猿田彦のことだったみたい。

今にしてわかる数々のこと。
なあるほど ですねえ。

ひまわり

2012年10月28日 | 水彩画
と言えば、夏の代名詞のような気がする。
思い出のひまわりは、夏休みに校庭に咲いていた、背丈より高いたくましい姿。
でも、最近ではそういう種類より、姫ひまわりのように小さくて飾りやすい種類が多いよう。

妹が買ってきてくれたのはそういう小さなひまわり。
時期外とはいいながら、元気できれいだった。

それで描いてみようかなと思った。

まず絵全体のイメージをとらえ、色を想像して描く
と、手引書に書いてあるので、考えてみる。

バックの色は、ブルーだな。
と思っていたのに、いざ描き始めると、色が氾濫する。

おやおや~
近頃はこのオペラというピンクの濃い色が好きだ。
それでついつい使ってしまう。

時間があったので何度もかわかして、時間をおいて描いていった。
下地をつくってみたけど、あまり変わり映えはしないな。

もうちょっと工夫が必要かもね。
でも好きな絵になったかも。

たぶん次の絵を描くまではね。

ワンコの恋人

2012年10月27日 | 徒然
それは息子に決まっている。
もちろん彼女はそんなことは一言も言わないけど。笑

色に出にけりわが恋は であります。

その喜びようはなんといったらよいか。

まだ遠いのに、立ち上がって彼の姿を追い求める。
そして、見つけると身悶えして喜ぶ。

もう身の置き所がない と言った感じ。

それに不思議と顔の表情がちがってくる。
そうそれは女性になっているのだ。

ワンコがもし人間なら、ストーカーになっていること間違いなし。

大国主の命

2012年10月26日 | 古事記 日本書紀
大国主命 と言えば、因幡の素兎。
隠岐から出るのに鰐(サメのこと)をだまし皮を剥がれたウサギを助けたことで知られている。

私の中では、心優しい、色白の、王子さまであります。
それは本でみた挿絵の影響もあるかもね。


そして、優しくすれば、大きな国をも治めるような人物になる という、
教えもあったようだ。

大国主は日本書紀ではスサノオの息子、古事記では6代目ぐらいの子孫になっている。
そして驚きの数の名前を持ってる。

大国主神(おおくにぬしのかみ) - 大国を治める帝王の意
大穴牟遅神(おおなむぢ)・大穴持命(おおあなもち)・大己貴命(おほなむち) - 大国主の若い頃の名前
大汝命(おほなむち)-『播磨国風土記』での呼称
大名持神(おおなもち)
八千矛神(やちほこ) - 矛は武力の象徴で、武神としての性格を表す
葦原醜男・葦原色許男神(あしはらしこを) - 「しこを」は強い男の意で、武神としての性格を表す
大物主神(おおものぬし)
大國魂大神(おほくにたま)
顕国玉神・宇都志国玉神(うつしくにたま)
国作大己貴命(くにつくりおほなむち)・伊和大神(いわおほかみ)伊和神社主神-『播磨国風土記』での呼称
所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)- 『出雲国風土記』における尊称
幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)
杵築大神(きづきのおおかみ)

これじゃあ、だれのことを言っているのか訳が分からなくなる。
でも、すごい勢力を持っていたということはよくわかる。

大和朝廷にとっては、侮りがたい大勢力だったのだろう。
実際に大和朝廷を上回る数の銅剣などが発見されている。

古事記ではアマテラスが国を譲るように再三使いを送っている。
何度も失敗するが、最後に建御雷(たけみかづち)という強力の使者を送り込んで、
大国主命が支配する出雲を横取りする。

これが、国譲りと言われている。
つまり大和朝廷が支配したということね。

大国主は譲る際に、壮大な神殿を立てることを条件とした。
それが、近頃遺跡が見つかって大騒ぎとなった古代の出雲大社の元みたい。


それはさておき、大国主はすごいいじめを受けた最初の人かも。
兄弟に何回も殺されて、生き返っている。
最初はお人よしの軟弱ものだったかもしれないなあ。

そして、出雲大社と言えば、縁結びの神様としても有名。
どうして縁結びの神様と言われるのか。

大国主の正妻はスサノオの娘の須勢理毘売(スセリビメ)で、
二人は出会った瞬間に恋に落ちているので、一目ぼれかな。

で、縁結びの神様か と思ったらさにあらず。
スセリビメは激しいやきもち焼きで、大国主は逃げだそうとしたこともある。

それに大国主は女好きだった。
日本書紀の一書では子どもは全部で181神・・・ すごい!
縁結びの神として信仰されるのは、ここにあるとか。
イメージ違うじゃん。

ともあれ、大国主と須勢理毘売 は今も出雲大社に鎮座しているのであります。

上記は大和朝廷によって編纂された古事記や日本書紀からで、
大国主を調べたいなら、出雲風土記も読まなければならないだろうなあ。

こうして、大和朝廷は強引に出雲を支配し、
いよいよ天孫降臨となる。



少しわかった

2012年10月25日 | 古事記 日本書紀
古事記や日本書紀を読んでいてわかったことが数々ある。

恵比寿さま について

数日前にも書いたけど、イザナキとイザナミが生んだ最初の子ども
ヒルコ・・・ 骨がないグニャグニャの体のこと ・・・が、
海に流されて(つまり捨てられて)、兵庫県西宮に流れ恵比寿となった。

だけど、大黒さまと恵比寿さまは親子だと聞いたことがあったので・・・???
と思っていた。

もともと恵比寿は外来の神のことだったと考えられている。
戎 夷 胡 どれも えびす と読む。
中国で辺境の異民族をさす言葉だった。

日本でも 征大将軍 というように、
エビス は自分たちと違う民族をさしていたよう。

漁師は海から漂着するものを エビス と呼ぶ習慣がある。
クジラやイルカもそうだし、死体もまたそう呼ぶらしい。

そういう、流れ着くもの というイメージがヒルコをエビスにしたようだ。
そして、流れ着くものというイメージが、大国主命の息子であるコトシロヌシにも当てはまったらしい。
でも、ただ釣りをしていただけだったけど・・・

大国主命も、大国が大黒 になっただけ。
つまり、大国主命が大黒で、息子のコトシロヌシがエビスなので、親子だそうだ。

なんといいますか・・・ 適当というか・・・ おおらかというか・・・
史実というより、伝説なので、いかようにでもなるってことかな。
つまり、上記に書いたことも諸説あるってこと。

だいたい大黒さまも恵比寿さまも七福神になっているけど、
本来はみんな外国の神様らしいしね。


我が家のお芋は

2012年10月24日 | 徒然
三畳一間の小さな畑。
そこの半分にサツマイモの苗を植えていた。

葉っぱは茂り、今だ青々している。
よその畑ではもうすでに収穫の時を迎えているようだけど・・・
葉っぱが枯れてからというから、我が家はまだかもしれないけど。

葉っぱのしたを見ると、頭を出しているお芋がある。
赤紫のきれいな色。
たしか、ベニサツマという種類だったかな。

出ているといことは、掘っていいのかな。
と思って、取り出してみた。

けっこういい形のお芋だ。
それをてんぷらにして食べてみた。

新鮮だけど、まだ甘みがのっていない。
やっぱりしばらく置いたほうがいいのかな。

そして掘り起こす日だけど、判断に迷うね。
大きいものもありそうだけど、小さいものも多いみたい。

もうちょっと置いたほうがいいのかもしれないな。

三畳一間でも、けっこう悩むのでありますよ~

四冊 あれこれ

2012年10月23日 | 古事記 日本書紀
古事記・日本書紀の本を4冊借りて読んでいるのだが、
あれこれと興味の向くままに乱読中。

好きなのはやっぱり前半の、神か人かわからない方々の活躍物語。
後半は、天皇家の系譜みたいで、あまり興味がわかない。

しかしまあ・・・
これはほとんど、殺戮・強姦・略奪の物語だね。
記紀の字面の通りに映像化されたなら、気分が悪くなること請け合い。

イザナキとイザナミの最後の子どもは、火の神のヒノカグツチノ神だったが、
生むときにやけどをして、イザナミは死んでしまう。
それを悲しみ、イザナキはヒノカグツチノ神の首をはねる。
我が子なのにねえ・・・

こんな骨肉の争いばかりの話なのだ。

また、神社にだれが祭られているのかわかったことも。

たとえば、宗像大社の祭り神は、
アマテラス大御神の弟であるスサオノノ命から生まれた三人の姫であること。
この生まれた経緯はまたも物語があるのだけどね。

とにかく、
タキリビヒメノ命(別名 オキツヒメノ命)筑紫の宗像の沖津神社
イチキシマヒメノ命(別名 サヨリビメの命)宗像の中津宮
タキツヒメノ命 宗像の辺津宮
に祭られているそうだ。

この二つの記紀は、大和政権によって編纂されているので、
敵対する勢力のことは、古事記は都合よく取り入れているし、日本書紀は無視している。

大国主の命は、敵対する出雲の勢力であったために、
古事記では出てくるけど、日本書紀にはでてこない。

読んで面白くもあったけど、あまりに殺戮が略奪が多く、
うんざりした感もある。
幼いころ読んだ子ども向けの、冒険物語風のお話のほうがよかったなあ。

現代はすさんだ、いやな時代だと思うけど、
記紀の時代と比べたら雲泥の差だね。

人間の英知も捨てたものではないなあ。

古事記と日本書紀②

2012年10月21日 | 古事記 日本書紀
図書館から四冊借りてきて読み始めた。
それがまたびっくりのことばかりで~!!

なかなか面白い。

まず古事記と日本書紀についてちょっとわかった。

① どちらも 7世紀に 天武天皇 の 命によって編纂された。
② 古事記  天皇家の歴史を物語で綴っている。(天皇家の正義性を示すため)
③ 日本書紀 年代順に出来事を綴っている。(海外向けに国家をアピールするため)
④ 天皇家や編纂にかかわった人に都合の悪いことは、歪められている。

これからもっとわかってくるかもしれないなあ。

さて~ 幼頃の記憶の中で、覚えているのが、イザナキとイザナミのことだ。
これは、なかなかにインパクトがあった。

その前に、古事記では天地開闢の天上界の神々のことを書いているが、
日本書紀では地の世界から始まり、出てくる神の順番も違っている。

ともかく、このイザナキとイザナミが地上で神を生み、
日本を作っていく。

ところが、最初から間違いというか・・・
この神は夫婦になるのだが、兄妹なのであります。
つまり近親相姦なのです。
ありゃりゃ・・・

そして、地上界で結婚して、子どもをもうけるのだが、
最初の子どもは、体の未完な 蛭子(ヒルコ)と呼ばれる子どもで、
二人は葦の船に乗せて海に流してしまう。
第一子でしょう・・・ そりゃあないでしょう。

なぜ、未熟な子どもが生まれたかというと、
結婚の時に、イザナミが先に「なんて素敵な若君でしょう」と声をかけたから。
つまり女性が先に声をかけことがいけなかったらしい。
編纂された時から男尊女卑だったんだねえ。

と、次々に問題発生。
ここまでは幼い記憶と同じだけど、
ただの物語として読んでいたので問題意識はなかった。

ところで、この 蛭子(ヒルコ)は海に捨てられ、もくずになったかというとさにあらず。
兵庫県の西宮に流れ着き、信仰されるようになった。
海から来たので、漁業の神様としてあがめられる。
つまり、蛭子(ヒルコ)は えびす とも読み、恵比寿になり、
福の神としてあがめられるようになっていく。

なんとねえ・・・
街道歩きで恵比寿さまをたくさん見てきたけど、
あのイザナキとイザナミの第一子にして捨てられた子どもだったとはねえ。

まだ一冊目を読み始めたばかりなので、まだこれからたくさんの驚きがあるかも。