高校時代の友人、Mが入院した。日ごろは元気で、障碍者作業所で所長として働く72才である。
役所での現役時代は福祉畑ひとすじに勤め上げ、退職後も社会的弱者の役に立ちたいと永年作業所で働いてきた。
声が枯れたので「風邪を引いたかなぁ」、そのうち治るサと気にもかけずにいたが、声はかすれたまま、ますます出にくくもなるので、いつも世話になる近所のお医者さんへ行った。
風邪薬を処方して飲んでいたが一向によくならない。
10日ほどしてお医者さんは「改善しませんなぁ、精密検査をした方がよい」と、新宿のT病院に紹介状を書いてくれた。
「昨日、T医科大学病院でCTスキャン検査を受けたところ、『胸部大動脈瘤』が発見されました。こぶが直径6.5センチに成長し、破裂の限界6センチを超えており、即刻入院、手術を宣告されました。これから入院します。約二週間です。M」とのメールをくれた。
彼は昔からヘビースモーカーだった。吸っているタバコは、ニコチン度数がつよい「ハイライト」である。
夏に高校同窓会があり、終わってから同期生と居酒屋に行った。酒が入ると立てつづけにタバコを吸う彼が、タバコを口にしない。同席していた目ざとい友人が「M、タバコ止めたの」と聞くと、「うん、止めないと娘が孫を連れてこないというので、一気に止めた」と、サバサバしていた。
せっかくタバコを止め、孫と遊ぶのを楽しみにしていたのに、何ていうことだ。でも二週間の入院で手術をして退院できるなら、よかったではないかとわたしは安心感をもっていた。
二週間が過ぎてM宅に電話した。「二週間の入院は検査であって、一時退院して手術入院をする。手術も大がかりになりそうだ。心配なのは一時退院の期間だ。血圧が上がったりなにかにつまづいてこけたりしたら、動脈瘤が破裂して取り返しがつかなくなる」と、奥さんは心配していた。
わたしは改めて「これは大事(おおごと)だ」と、高校時代に親しかった友人たちに電話をした。
「Mは17日に手術で、術後二週間は病院にいるというから、二週間目にみんなでお見舞いに行こう」と誘い合って、28日の夕刻、7人の友人と病室を訪れた。
「今日、抜糸して点滴などの管からも解放された」と、Mは分厚い心臓の本を抱えて、待合室で病状の説明だ。声はかすれている。
「動脈瘤が声帯の神経を圧迫して声が出なくなったそうだ。声が出ないことで病状がすぐに分かった。風邪ではなかったのだよ」。
「手術は11時間かかったのですよ。血液を循環させる機器をつかって、脳や全身に血液をまわし、肋骨をすべて切り開いての大手術でした」と、奥さんが云う。
現代医学の粋をこらしてMは生還した。
Mはわたしの無二の親友である。病状がはやく発見できてよかった。これからも元気に働き、孫との交流を楽しんでくれと病室を後にしたのだ。