先日、たわわに稔ったピラカンサの実を摘み取ろうと、脚立を出してそれを足場にブロック塀によじ登った。
「和力と一緒に新年会」(1月14日・松戸市)実行委員会で、公演会場のコーディネートを担当するKさんが,「公演会場に入ったら幽玄な趣きのある雰囲気をつくりあげたい」と構想をみんなの前で披露した。そのためには「竹や草木が必要になる」と要望が出た。
会議では、竹も草木もそれぞれの庭にあるもの、ないものは知り合いから貰おうと決まった。
「うちの庭にはピラカンサが実をつけていて、間もなく野鳥が根こそぎ食べてしまう。その実を使えますか」とお訊きしたら、「使いましょう。今から実を取っておいて乾燥させれば紅いままで保存できます」。
それで勇躍、「鳥に食われないうちに」ピラカンサの採り入れとなったのである。高い所を切るハサミもあったのだが、それで切り落とせば実がこぼれてしまう。それで花切りハサミを持って手で摘み取ることにした。
サンダルではまずかろうと靴を履いて、脚立から塀の上によじ登った。
よじ登ったところが余りに木に近接しすぎていて、枝がつかえて頭が上げられない。「帽子を被ればよかった…」。クィッと頭をもたげると刺トゲの枝に遮られてしまう。中腰のまま頭の上の枝を避けながら足を組み替える拍子に、バランスを崩してしまった。
「なんのこれしき…」冷静であった。踏みとどまる自信は十分にある。
真下をみると脚立もある。
「先ずは枝に手をかけてあの脚立に片足をのせよう」。
枝に手を伸ばすと太い刺がはえているではないか。「これは掴めないぞ」。軍手をしていればよかったと思っても後の祭りである。
「あぁあ、落ちる」。
予定通り片足を脚立に載せたものの落下の勢いが強く、脚立は倒れてしまい地面に投げ出されてしまった。
「起き上がれるだろうか。骨を折っていないだろうか」
少しの間、横たわっていた。そろそろと身を起こす。どうやら骨は大丈夫のようだ。それにしても脚立の倒れた音も大きかった。近所の人に見られていなかっただろうか。
…幸いなことに誰にも知られることはなかった。
右手の肘は長く擦りむいている。出血はしていない。右鼻の横から血が滲んでいる。これは枝の刺が刺さったのであろう。
なんでだか知らないが、細い枝を1本握り締めている。落下のどさくさに無意識にすがったのだろう。
一歩、二歩と歩いてみて異常がないことに、胸を撫で下ろす。
高い所からの転落は、20代の頃わらび座で学校公演をやっていたときに、経験があった。
その頃のわらび座は、学校の体育館を公演会場にすることが多かったから、幕を吊るしたり照明道具をセットするのに、天井近くまで長い梯子(はしご)をつかって仕込みをした。
わたしは「緞帳(どんちょう)」を張る「大道具係」であったから、ステージ両端の天井に太い釘を打ちこんで、ワイヤーをピンと張る役目だ。
これが存外に難事業だった。
緞帳は幕のなかでも重いものだから、よほど頑丈に釘を打ちつけなければ途中で抜け落ちてしまう。
ある学校で梯子の最上段で作業をしていたら、梯子が滑り出してそれと合わせて身体が地面に落ちていく。
「怪我をしたら今日の舞台には出れなくなる」と落ちながら心配だった。でもこのときには、梯子が柱に沿ってずれて滑って行ったから、地面に着くときにそんなに衝撃はなかった。
高い所から地面に向っての落下は、「骨が折れるのではないか。どうなる…」と一瞬の時間にしても、恐怖の想像時間は長いものである。だから今でも覚えているのだ。
人生での2回目の落下事故も、幸い大きな怪我もなく過ごせた。
ただ太ももの付け根と尾底骨の辺りが、なにかに触れると痛さを感じることがある。
少しの痛さは残るけれども、「実行委員会」での取組みのありがたさをつくづく満喫している。「和力と一緒に新年会」は、わたしの仲間の実行委員会のみなさんが公演を組織してくれている。
この所、和力の公演は事務所主催がつづいた。
なにからなにまで自分の才覚で運営しなければならないから、会場づくりも「実行委員会ニュース」も割愛して進める他はなかった。
「新年会」の実行委員会では次のようなやりとりがある。
「先ず、エレベータから降りて受付までの空間は、シンプルな飾りでいく、構想はこうだ」とMさん。
「受付を済ませて一歩、会場に入ると幽玄な異空間が広がり、ステージへと導く」と今度はKさんが語る。
「鏡開きの樽を木槌で割ると中から稲穂を巻いた酒瓶が出る」と会計係のHさんが酒樽を借りてくれた。
「受付でみなさんに渡すお年玉のポチ袋を持ち寄ってください」と実行委員長のTさんが提案をする。
「お汁粉を載せるトレーはどうしようか」事務局長のDさんが相談をかける。
「座布団の下に敷く、ブルーシートは借りられたからね」とSさんから報告が入る。
「次のニュースの原稿締め切りは…」と、いつもあたたかいニュースを編集・発行してくれるOさんがレポートする。
座布団100枚をステージ前面に敷き詰め、その後ろにパイプ椅子を並べる。ステージを取り囲むような配置にして、村の鎮守でのお正月をみなで迎える場をつくる。
そうやって、みんなの創意で「新年会」のイメージができあがってくる。
座布団を無料で借りるのもOさんがたいへん骨を折った。
お汁粉とお神酒とジュースそれに、ナマスをみなさんに振舞う。
お年玉も小額だがポチ袋に入れて渡そう。
いろいろと、楽しいお正月の企画が次々に飛び出す。一人の運営・企画では思いつかないし、やろうとしても出来ない事が実行の場にのせられていく。
こうして、お正月、鎮守の森へ行って「和力」のめでたい芸を楽しむ、その趣向はみなさんの寄せ合った力で、着々と準備されている。
「和力と一緒に新年会」(1月14日・松戸市)実行委員会で、公演会場のコーディネートを担当するKさんが,「公演会場に入ったら幽玄な趣きのある雰囲気をつくりあげたい」と構想をみんなの前で披露した。そのためには「竹や草木が必要になる」と要望が出た。
会議では、竹も草木もそれぞれの庭にあるもの、ないものは知り合いから貰おうと決まった。
「うちの庭にはピラカンサが実をつけていて、間もなく野鳥が根こそぎ食べてしまう。その実を使えますか」とお訊きしたら、「使いましょう。今から実を取っておいて乾燥させれば紅いままで保存できます」。
それで勇躍、「鳥に食われないうちに」ピラカンサの採り入れとなったのである。高い所を切るハサミもあったのだが、それで切り落とせば実がこぼれてしまう。それで花切りハサミを持って手で摘み取ることにした。
サンダルではまずかろうと靴を履いて、脚立から塀の上によじ登った。
よじ登ったところが余りに木に近接しすぎていて、枝がつかえて頭が上げられない。「帽子を被ればよかった…」。クィッと頭をもたげると刺トゲの枝に遮られてしまう。中腰のまま頭の上の枝を避けながら足を組み替える拍子に、バランスを崩してしまった。
「なんのこれしき…」冷静であった。踏みとどまる自信は十分にある。
真下をみると脚立もある。
「先ずは枝に手をかけてあの脚立に片足をのせよう」。
枝に手を伸ばすと太い刺がはえているではないか。「これは掴めないぞ」。軍手をしていればよかったと思っても後の祭りである。
「あぁあ、落ちる」。
予定通り片足を脚立に載せたものの落下の勢いが強く、脚立は倒れてしまい地面に投げ出されてしまった。
「起き上がれるだろうか。骨を折っていないだろうか」
少しの間、横たわっていた。そろそろと身を起こす。どうやら骨は大丈夫のようだ。それにしても脚立の倒れた音も大きかった。近所の人に見られていなかっただろうか。
…幸いなことに誰にも知られることはなかった。
右手の肘は長く擦りむいている。出血はしていない。右鼻の横から血が滲んでいる。これは枝の刺が刺さったのであろう。
なんでだか知らないが、細い枝を1本握り締めている。落下のどさくさに無意識にすがったのだろう。
一歩、二歩と歩いてみて異常がないことに、胸を撫で下ろす。
高い所からの転落は、20代の頃わらび座で学校公演をやっていたときに、経験があった。
その頃のわらび座は、学校の体育館を公演会場にすることが多かったから、幕を吊るしたり照明道具をセットするのに、天井近くまで長い梯子(はしご)をつかって仕込みをした。
わたしは「緞帳(どんちょう)」を張る「大道具係」であったから、ステージ両端の天井に太い釘を打ちこんで、ワイヤーをピンと張る役目だ。
これが存外に難事業だった。
緞帳は幕のなかでも重いものだから、よほど頑丈に釘を打ちつけなければ途中で抜け落ちてしまう。
ある学校で梯子の最上段で作業をしていたら、梯子が滑り出してそれと合わせて身体が地面に落ちていく。
「怪我をしたら今日の舞台には出れなくなる」と落ちながら心配だった。でもこのときには、梯子が柱に沿ってずれて滑って行ったから、地面に着くときにそんなに衝撃はなかった。
高い所から地面に向っての落下は、「骨が折れるのではないか。どうなる…」と一瞬の時間にしても、恐怖の想像時間は長いものである。だから今でも覚えているのだ。
人生での2回目の落下事故も、幸い大きな怪我もなく過ごせた。
ただ太ももの付け根と尾底骨の辺りが、なにかに触れると痛さを感じることがある。
少しの痛さは残るけれども、「実行委員会」での取組みのありがたさをつくづく満喫している。「和力と一緒に新年会」は、わたしの仲間の実行委員会のみなさんが公演を組織してくれている。
この所、和力の公演は事務所主催がつづいた。
なにからなにまで自分の才覚で運営しなければならないから、会場づくりも「実行委員会ニュース」も割愛して進める他はなかった。
「新年会」の実行委員会では次のようなやりとりがある。
「先ず、エレベータから降りて受付までの空間は、シンプルな飾りでいく、構想はこうだ」とMさん。
「受付を済ませて一歩、会場に入ると幽玄な異空間が広がり、ステージへと導く」と今度はKさんが語る。
「鏡開きの樽を木槌で割ると中から稲穂を巻いた酒瓶が出る」と会計係のHさんが酒樽を借りてくれた。
「受付でみなさんに渡すお年玉のポチ袋を持ち寄ってください」と実行委員長のTさんが提案をする。
「お汁粉を載せるトレーはどうしようか」事務局長のDさんが相談をかける。
「座布団の下に敷く、ブルーシートは借りられたからね」とSさんから報告が入る。
「次のニュースの原稿締め切りは…」と、いつもあたたかいニュースを編集・発行してくれるOさんがレポートする。
座布団100枚をステージ前面に敷き詰め、その後ろにパイプ椅子を並べる。ステージを取り囲むような配置にして、村の鎮守でのお正月をみなで迎える場をつくる。
そうやって、みんなの創意で「新年会」のイメージができあがってくる。
座布団を無料で借りるのもOさんがたいへん骨を折った。
お汁粉とお神酒とジュースそれに、ナマスをみなさんに振舞う。
お年玉も小額だがポチ袋に入れて渡そう。
いろいろと、楽しいお正月の企画が次々に飛び出す。一人の運営・企画では思いつかないし、やろうとしても出来ない事が実行の場にのせられていく。
こうして、お正月、鎮守の森へ行って「和力」のめでたい芸を楽しむ、その趣向はみなさんの寄せ合った力で、着々と準備されている。