自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

畜産のハイブリッドデザイン

2017-03-12 20:25:01 | 自然と人為

 ハイブリッドデザインとはハイブリッドを利用した設計科学のことで、システム科学とともに畜産システム研究会の活動の柱になる考え方である。しかも新しさを求めるものではなく、瑞穂の国の常識を変革するこれからの考え方、畜産による資源の活用と日本の文化でもある里山を維持管理する日本の心豊かなグランドデザインともなろう。これまでも「システムからデザインへ」を提案し、「ハイブリッドデザイン」を技術的に解説したが、そのウエブページは文字化けしてスマホやiPadでは読めないので、このブログ「畜産のハイブリッドデザイン」にグランドデザインを意識して新しい内容を追加して更新しておく。

ハイブリッドとは
 ハイブリッド車の普及により知られるようになったハイブリッド(hybrid)とは、もともと雌豚と雄猪の子、またはローマ人の男と非ローマ人の女の間に生まれた子のように雑種とか混血という意味のラテン語(hybrida)に由来し、メンデルがエンドウの実験で使用して以来、遺伝学の分野で交雑の結果生まれる「子孫」という意味で使われてきた。
 メンデルは論文雑種植物の研究(Versuche uber Pflanzen-Hybriden,1866:発表;1865年.)」の序言で、ゲルトナーの「植物の雑種(Die Bastarderzeugung im Pflanzenreiche)」やヴィシュラの「柳の雑種(die Bastarde der Weiden)」を紹介しているが、彼自身の研究では軽蔑の意味を含むBastardではなくHybridを雑種の用語として使用している。メンデルが雑種をBastardではなくHybridと表現した理由には、これまでの雑種の観察ではない画期的な新しい研究だというメンデルの自負心が秘められているのではなかろうか。
 参考: メンデルの仕事と生涯 第6章 遺伝法則の再発見とメンデルを巡る論争
      科学の歩みところどころ 第14回 遺伝子発見への道「ノーダン・メンデルの法則
      生命科学の明日はどっちだ!?  第3回 メンデルは跳んでいる


ヘテロシスとは
 一般に近親交配をすると繁殖能力や強健性等が低下(近交退化)するが、雑種では活力が向上する。これを雑種強勢(hybrid vigor)またはヘテロシス(heterosis)と言う。ヘテロシスは、トウモロコシの雑種強勢を研究していたG.H.Shullがheterozygosisをシンプルにした造語(1911年)である。雑種強勢(ヘテロシス)は、何故あらわれるのか。一般には近親交配により、ある形質にとって有害な劣性遺伝子がホモになり形質の低下があらわれるが、雑種ではホモがヘテロになることで有害な劣性遺伝子の発現が抑えられるとされているが、未だに遺伝子の分子生物的な研究では完全には解明されていない。
 しかも遺伝学だけでなく、牛と人と地域と自然の要素を組み合わせたハイブリッドにおけるヘテロシスの研究はこれからである。
 参考: 作物の一代雑種 -ヘテロシスの科学とその周辺-
      植物の雑種強勢の分子生物学的な研究と展望 - 化学と生物
      雑種形成(ヘテロシス)の分子機構の一つが解明
      マウス雑種強勢QTL(量的形質遺伝子座)の遺伝解析


交雑育種
 外山亀太郎はカイコの遺伝に関する実験的研究を始め、明治39年(1906年)にはカイコの雑種強勢を報告している。また、雑種強勢を利用したカイコの生産を提唱し、ハイブリッド品種を世界で初めて実用化し、昭和のはじめ(1920年代後半)には全国に普及している。
 トウモロコシのハイブリッド品種は、1930年代(昭和5年~15年)にアメリカで開発された。鶏のハイブリッドは1950年代にアメリカで開発され、昭和36年(1961年)に施行された農業基本法による選択的規模拡大と農産物輸入の促進策により、1962年には鶏および鶏肉の輸入が自由化され、アメリカからハイブリッド鶏が怒涛のように日本に押し寄せ、国産鶏の改良と生産は壊滅状態になった。交雑育種は生物の改良だけでなく、資源の管理方法とも関係し、社会と経済界にも大きな影響を与えている。
 参考: 羊の交雑育種の実際
      家畜遺伝学における最新情報
      選抜と交配


フィールドの研究が科学の基礎を築く
 メンデルは植物栽培の豊富な経験から、両親から子への形質の伝わり方に一定の法則があることに気づき、この法則を明らかにするために計画的に交配実験をして優劣の法則、分離の法則、独立の法則を明らかにし、遺伝学の扉を開いた。メンデルの報告は現象に潜む遺伝の法則を数理的に解明したが、当時の博物学的な現象の説明方法に馴染まず理解されなかった。没後16年(発表後35年)経過した1900年に、コレンス、ド・フリース、チェルマクの3人によって独立にメンデルの遺伝の研究が再発見され、コレンスがこれを「メンデルの法則」と命名した。メンデルの法則は、フィールドにおける豊富な植物栽培の経験から発想し、フィールドの実験によって明らかにしたフィールド科学の成果であり、フィールド科学がその後の科学的方法の基礎を築いたことを記憶に留めておきたいものである。
 現在でも様々な環境と育種と飼養条件で発現する牛の形質と遺伝子解析をストックしてゲノム解析に利用すれば、畜産学の新しい分野の基礎を築けるであろう。     

F1とハイブリッドは同じである
 雑種のことをメンデルはハイブリッドと言い、雑種の一代目の個体群をハイブリッドの第一代目(Die erste Generation der Hybriden)と呼んだ。これを英語に訳すと The First Generation From the Hybrids となる。1900年のメンデルの法則の再発見後、英国の遺伝学者ウィリアム・ベイトソン( グレゴリー・ベイトソンの父 )は、メンデルの論文を英訳(1902年)して英語圏に積極的に紹介し、遺伝学 (genetics)、対立遺伝子 (allelomorph)、ホモ接合体 (homozygote)、ヘテロ接合体 (heterozygote)などの術語を導入する等、近代遺伝学の成立に大きく貢献した。

 近代遺伝学ではハイブリッドに関する表記についても、親の世代(P世代,parental generation)および子の世代(F世代,filial generation)の術語が導入され、雑種第一代を子の1代目(F1, the first filial generation)、雑種2代目、雑種3代目をF2、F3と呼ぶように用語の整理がなされた。メンデルのハイブリッドは現在ではF1(エフワン)、F1同士の交配で生まれたものはF2(エフツー)と呼んでいる。日本ではF1の子をF1クロスと呼んでいる。交雑により生まれた子孫の名称をF1やF2と定義したために、日本人にはhybridとfilial generationの区別ができず混乱している。しかもハイブリッドから車を連想する人が多いように、F1(エフワン)からはカーレースのFormula One(フォーミュラ・ワン)を連想する人が多い。農業と自動車産業の圧倒的な情報量の差は仕方がないとしても、メンデルのハイブリッドを英語圏に紹介する際に術語の使用法が整理されてF1、F2、F3と呼ぶようになったことが原因しているのか、日本では人工授精が普及しているので使用される種雄牛は鶏の系統に相当するが、畜産分野においても牛のF1とハイブリッドが同じであると思わない人が多い。

鶏はハイブリッドで牛は交雑種(F1)?
 鶏は選抜して残された育種集団の系統間の交雑で能力が揃い雑種強勢が期待できるコマーシャル鶏をハイブリッド鶏とし、牛は個体選抜なので牛のハイブリッドは不可能とされ、牛の品種間交雑には交雑種(F1)という言葉が使用されてきた。
 ハイブリッドとは市場に出回る生産物(卵や牛肉)を品種や系統間交雑で生産するコマーシャル集団を呼ぶ。国産鶏はハイブリッド鶏の輸入で壊滅状態になったが、その「青い眼の鶏」に立ち向った国産鶏(2)がいる。コマーシャル鶏を生産する種鶏、原種鶏群がいなければ国産卵の首根っこを握られているのも同然だ。牛はコマーシャルと種畜の分離が曖昧で、生産物の品質ばかりに関心が集まるが、世界では地域資源の管理こそ牛の重要な役割である。

 私の牛の交雑の研究は、単なる牛のF1の研究ではない。F1の研究を始めた1975年から、酪農の副産物であるF1を肥育利用するだけでなくF1雌牛を繁殖利用してF1クロスの肥育を考えていた。肥育だけ考えれば早期繁殖させて1産取り肥育が効率が良いが、F1を放牧繁殖して里山を管理させれば日本の資源を利用しつつ住環境の里山管理ができる。牛を飼うことは利益を上げることではなく資源を管理することが世界の常識だが、稲作の国日本では稲作を中心に考えるので、機械化で牛が稲作に必要なくなったとき里山を牛の資源として利用しつつ管理させる発想がなかった。
 乳牛と和牛の交雑の研究成果を出版する際にも、「牛のハイブリッド」をタイトルに入れることを提案したが、まだ民間にはその実績がなく諦めたことがある。しかしこれからはF1の肥育やF1雌牛の放牧繁殖といった牛の研究だけでなく、牛と人と地域と自然の関係の研究、これらの要素をハイブりドに組み合わせて、日本の地方の活力と心豊かな生活を持続させるグランドデザインを必要とする時代が来ると思う。

そして畜産のハイブリッドデザインへ
 デジタル技術では点をつなぐことで文字や映像を表現するが、設計(デザイン)は要素と要素をつなぐことで構想をビジュアル化する。しかも「畜産のハイブリッドデザイン」は、乳牛と肉牛、酪農と肉牛産業、地域と自然と資源を要素として、「牛の放牧によるイノベーションとソーシャルビジネスの提案」で示したように、持続的で心豊かな「地方創生」を目指している。

 高度経済成長が始まった1961年に制定された農業基本法は「農業の自然的経済的社会的制約による不利を補正し、他産業との生産性の格差が是正されるように」、選択的規模拡大を政策の柱とした。自然の恵みを利用するのではなく、自然的制約の不利を補正するという考え方は高度経済成長とパラレルに農業を考えていたことが伺える。これに対して1999年に改定された食料・農業・農村基本法は、「食料の安定供給の確保」と「多面的機能の十分な発揮」、その基盤となる「農業の持続的な発展」と「農村の振興」の4つの基本理念が掲げられた。2001年に改正された森林・林業基本法も、森林の有する多面的機能の発揮、林業の持続的かつ健全な発展を目的に加えている。(参考:「林業基本法」と「森林・林業基本法」

 農林業の多面的機能には稲作に加えて草資源を牛等に利用させて里山や林業を維持管理する方法が重要だが、瑞穂の国ではそのことの重要性に気づいていないのだろうか。
 安倍政権は地方が成長する活力を取り戻し、人口減少を克服するために「地方創生」を目玉政策として首相直轄の総理府に「まち・ひと・しごと創生本部」を開設した。地方創生関連交付金として地方創生加速化交付金が予算化されているが、「しごと創生」にはITの活用や、 農林水産品の輸出拡大、観光振興(DMO)、対日投資促進等が示されている。この「地方創生」と食料・農業・農村基本法に基づく農林行政とはどのような関係があるのだろうか。農林業と「地方創生」の関係があまりに総花的で、鐘や太鼓や笛を鳴らして宣伝しても、地方の人々が安心して豊かに暮らすグランドデザインが見えてこない。
 これまでこのブログで、「牛が拓いた斉藤晶牧場」、世界で一番小さい「大谷山里山牧場」「牛が笑っている牧場」富士山岡村牧場民の公的牧場をめざしている混牧林経営の「ふるさと牧場」、その他全国の事例(2)等を例に「畜産が示す日本のグランドデザイン」として、大学や試験研究機関の連携と総合的研究が発展することを夢見ている。
 参考: 森林・林業基本法―森林と人との新しい関係は生まれるか。
      重点テーマ 地方創生の動き:農林水産省
      農林水産省が取り組む地方創生 農山漁村の天然資源に可能性


参考文献
F1生産の理論と実践
科学の歩みところどころ. 第14回 遺伝子発見への道(鈴木善次)
遺伝学電子博物館(国立遺伝学研究所)
細胞の生物学:遺伝の法則
雑種植物の研究,メンデル(岩波文庫) 
メンデルの「雑種植物の研究」
世界初ハイブリッド品種の育成-蚕の外山亀太郎博士
作物の一代雑種 -ヘテロシスの科学とその周辺-,山田実,養賢堂
植物の世界「ハイブリッド品種」 GLNからこんにちは 38. ハイブリッド品種

初稿 2008.7.26 更新 2017.3.12

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