uparupapapa 日記

ようやく年金をいただける歳に。
でも完全年金生活に移行できるのはもう少し先。

シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~ 【カクヨム】連載版

2022-09-29 09:37:50 | 日記

         


 小説投稿サイト【カクヨム】に発表した『シベリアの異邦人』を、
新たに連載バージョンにし、内容も若干補強強化して掲載し始めました。
 現在のロシアの断末魔の叫びと共に、幾度も繰り返してきた愚かで悲惨な過ちを振り返るため、
このgoo blogでも発表し直したいと思います。


        第1話 夢見る少女 ヨアンナ



 今から100年以上前、ポーランド中部ワルシャワから約600Km東にミカシェビッヂ(現ベラルーシ領)という小さな町があった。
 緑豊かな自然に囲まれ、まるで中世のおとぎの世界を思わせる町の人たちは、慎ましく平和に暮らしていた。



 その小さな町の片隅に、ヨアンナ(5歳)という女の子が住んでいる。
 髪の色は薄い黒が混じったきれいなグレーで、瞳もグレー。
夢見るような子で、想像なのか現実なのか、その小さな小さな世界に繰り広げられる近所の遊び友達への不満な出来事や、頭の中で想像する夢の世界を大好きな母マリアに話していた。



 ヨアンナは雨の日以外、家の裏の狭い空き地に咲く野の花に囲まれるのが日課。

そこは彼女の聖域だった。

 そこではいつも事件が起きている。

 日々繰り返される暦こよみをめくるだけの日常でも、彼女にとっては大事件の連続だった。

 それは裏の空き地での出来事に限らない。

 むしろ家の中での暮らしに多く潜んでいた。 

 何故なら幼いヨアンナにとって、今の時期は成長との競争だから。

 ルーティン化され、判で押したような日常の作業は幼いヨアンナにとって悪戦苦闘の対象であり、それに加え未知の出来事が無数に襲いかかる。



 今朝、着づらく苦手だった服をやっぱり今日も上手く着られなくてボタンも段違いになってしまった事。

 靴を左右あべこべに履いてしまい、見かねた父アルベルトに直されたこと。

 嫌いなニンジンをどうしても食べられず、皿の脇に追いやったら母にただ黙ってじっと見られた事。

 それらの失敗を野の隅の主、小僧の石像に告白するのだった。

 ヨアンナにとって小僧はただの石像ではない。

 精霊であり、無二の友達だった。

 傍ら近くの野花を摘み、石像の前に飾り立てながら

「ねぇ、ダニエル(ヨアンナが勝手につけた小僧の名前)?

どうしてヨアンナって、いつもお母さんにお小言を言われてばかりいるのかしら?ヨアンナってそんなにそそっかしい?」

「それはね、ヨアンナがそそっかしいという理由よりも、お母さんがヨアンナに世話を焼きたいからだと思うよ。

 だってヨアンナはお母さんが大好きでしょ?

 だったらお母さんだってヨアンナの事が大好きなはず。

 そうでしょ?

 だからヨアンナに少しでも良い子になって欲しいんじゃないかな?

 もっともっ〜と好きになりたいから沢山愛情を以って接したいんだよ。

 きっとね。」

「フ~~ン、ホントかなぁ?じゃぁ、お父さんもそうなの?

 この前お父さんなんかヨアンナが初めて上手く服のボタンをかけることができたら、凄い大げさに背中を反らすように驚いて云うのよ。

『凄いね!ヨアンナは!!

もうボタンかけができるなんて、まるで神様が使わしてくれた天使ちゃんみたいだ!』だって。

 私はヨアンナよ!天使ちゃんなんかじゃないわ!

 大体、ボタンかけがひとりで出来たら皆みんな天使ちゃんなの?」



 そんな小僧との会話を、通りかかりの近所の初老の婦人に聞かれ、怪訝な目で睨にらまれた。

「あの子ったら、何かしらねぇ?

 あの石像が生きているみたいに話しかけるなんて。

 あらぁ~、きみが悪いわねぇ!

 悪魔に取り憑かれなきゃ良いけど。」

 そう独り言を言いながら、ソソクサと立ち去った。

 そんな様子を見せつけられ、少し嫌な気分になった事。

 一件おいて右隣りのヤンチャな男の子ヤン坊が意地悪をしてくる事。



 石像のダニエルだけでなく、大好きな母が絶えず縫物や洗濯の手を休めることなく、娘の切実な大問題や周囲のささやかな喜びの世界を見守っていた。

 そして時々母は澄んだきれいな声でよく知ってる曲を歌い、ヨアンナと大切なひと時を過ごすのだった。



 父アルベルトはというと、街の片隅でつつましく眼鏡や時計の修理業を営んでいる。

 仕事用の丸眼鏡をして頭に作業用バイザー、腕カバーと長い前かけに身を包むのがトレードマークだった。

 温和な人だが仕事の時だけは細かい作業に集中する分、真顔で近寄り難い。

 でも仕事の時以外は誠実で思慮深く、母とは違った優しさで接してくれる、その笑顔と大きな手と背中が印象的な父。



 父の丸眼鏡はヨアンナの魔法の入り口。

 父の隙を見てはかけてみるのだった。

 どうしてかける前と後ではこんなに世界が違うのか?

 ヨアンナには大きすぎるその眼鏡は大のお気に入りである。



 ある時ヨアンナは父に聞いた。

「どうしてお父さんはこの眼鏡をかけるの?」

「それはヨアンナをよく見たいからさ」

「でもお仕事の時にもかけてるわ」

「だってお父さんがお仕事をしているときにもヨアンナは部屋の隅でお父さんをじっと見ているじゃないか。」

「え?知ってたの?でもお父さんは仕事に夢中でちっとも私を見てくれないわ!」

「そんな事ないさ!この眼鏡は横だって後ろだって見えるんだぞ!

ヨアンナが何処に隠れ何をしているかなんて、全部お見通しさ。」

 そんな訳でお父さんの眼鏡は不思議な魔法のアイテムなのだった。



 近所に住む、顔中白髪交じりの髭だらけで割腹の良いウォルフおじさんは、野で遊ぶヨアンナを見かけるといつも上機嫌で

「ヨアンナおじょうさん、ごきげんよう!」

と大袈裟に浮かれた調子で挨拶してくる。

 にこやかな顔で身体をゆさゆさ左右に揺らしながら近づく。

 ヨアンナも遊びに夢中だった手を止め、それに負けず満面の笑顔で

「ごきげんよう、おじさん!ホラ!見て!

アリさんの行列が花と草の間を進んでいるでしょ?

一体何処に行こうとしているのかしら?おじさん知ってる?」

と弾んだ声で返す。

 するとおじさんはポケットから菓子を出し、

「お嬢さんは良い子だから、これをあげよう。

働き者のアリさんたちをちゃんと見守っているんだね。

 そのアリさん達はね、多分家族皆んなで食べる今晩のオカズを取りに行ってるんだよ。

 きっと今晩の食卓は、皆んなで楽しいだろうね。

ヨアンナ嬢ちゃんにも、アリさんたちにも良い事があるよ。」

そう言ってヨアンナの小さな掌に握らせ、去っていくのが日課だった。



 それからお向に住むアガタおばさんは、大きな縞縞模様のエプロンが目印で、いつも大家族の洗濯物を干している。

 大きい男物のズボンやシャツ、一体誰のか分からない程、ツギのあたった巨大なパンツ。

 女もの?の服なども目立たぬよう紛れて乾され、彼女からはいつも石鹸の匂いがした。

 あれだけ大量の洗濯をするって、もしかしたら一日中かかってやってんじゃない?って思える程、いつ見ても干している。

 時々ヨアンナは母マリアに連れられ近所のお店に買い物に行くとき、アガタおばさんが頬ずりするような仕草をし、ヨアンナに

「今日もお母さんと一緒にお買い物かい?

美味しい晩御飯を造っておもらいよ。」

という。

「ウン!」と元気に返事をすると、

「お母さんも頑張り甲斐があるねぇ」と笑った。

 ママも連られて、少々引きつりながら顔の右半分だけで笑った。

(さて、今晩は何にしよう?また今日余計なプレッシャーをかけられてしまったわ。

『ママ、今日のご飯はイマイチだったね。』

何て言われたくないし。

ハァ(*´Д`)、今日もピエロギでも作るかぁ。)




*ピエロギ :ポーランドの有名な郷土料理。

正確には「ピエロギ」[pierogi] は複数形。

単数形は「ピエルク」[pieróg] 。

小麦粉などでできた生地に、肉・野菜・チーズなどの具材を餃子状に包んで茹でる。









 ヨアンナにとって日曜日は特別な日。

 何故ならお父さんの仕事が休みだから。

朝9時から始まる教会のミサに参加するため、お父さんもお母さんも一張羅を着込み、もちろんヨアンナは可愛いお人形さんのように着飾り、教会のある街の中心部に向かっていそいそと歩くのがとても楽しい。

 両親に挟まれトコトコ歩くヨアンナには至福の時間だった。

 それが晴れの日、雨の日でもお構いなく、道すがら目にする家々の佇まいや窓の下の小さな花壇の花々たち、小鳥のさえずりや、道行く近所のよく見知った方々との出会いがいつも新鮮で楽しく感じる。

 両親と一緒に歩いているとそれだけでウキウキした気持ちになり、やがてミサが始まる教会の中の荘厳な雰囲気に包まれても変わらなかった。

 ヨアンナ一家はいつも決まった席に座る。

 そこから良く見える大きなステンドグラスが希望の光を放ち、いつまで眺めていても決して飽きなかった。

 髭の神父様が良く通るバリトンの声で祈りの言葉を捧げ、ヨアンナには意味が分からなくても心地良い歌のように響いてくる。

 神父様はとてもやさしい。

 ヨアンナにホスティア(薄いせんべい)をくれるもの。

 そして祝福もしてくれる。

「やさしさ(慈愛)に満ちたその目でお声を掛けられると、幸せな気持ちになるの。」

ヨアンナの幼い言葉なりに打ち明けるのだった。

 ミサが終わり家路につくと、いつもお父さんは質問攻めにあう。



「お父さん、神様って何処にいらっしゃるの?」

「神様って普段何をしているの?」

「神様はヨアンナをどう思っているのかな?良い子?悪い子?」

「教会の窓のきれいな絵ステンドグラスって神様なの?」

「神様っていつも私たちを守ってくださるの?」

「あのお花も、虫たちも、ワンちゃんも、猫ちゃんも神様がお造りになったの?

だったらどうして近所のいたずらヤンはあんなに憎たらしいの?

ヤンは神様とは関係ないの?」

次第に返答に困る質問になり、父アルベルトは話題をはぐらかすのに苦労する。

 横で母マリアは笑いを噛み絞め、夫が父として果たしてどんな答えを絞り出すか助け船を出さずに少し意地悪な静観を貫いた。



 手に汗を感じたお父さんは、話題を変えるために天気の話や、お昼の過ごし方や、唐突に歌を歌って誤魔化すのだった。

特に得意な『畑のポルカ』を。



 あるよく晴れた平日の昼下がり、母マリアが自慢のアップルパイを焼き上げ、狭い裏庭のテラスで、父アルベルトの仕事休憩の時間に娘と共にティータイムを過ごした。



 ヨアンナを真ん中に、父と母と娘の他愛ない会話。

「お母さん、このアップルパイ凄く美味しいね。」

「そ~ぉ?久しぶりに作ったのであまり自信なかったの。

そう言ってもらえるとお母さん嬉しいわ!」

「マリアの料理はいつも天下一品だと思うよ。

 ねえヨアンナお嬢ちゃん?」

 そう言って父アルベルトは受合うけあった。

「お父さん、天下一品ってなあに?」

 ヨアンナは不思議な顔で聞いた。

「そうだなぁ、天下一品って言うのは、一番うまくできたってことさ。

 この前ヨアンナが描いてくれたお父さんの似顔絵も天下一品だったゾ。

 お父さんとっても嬉しかったもの。」

「そうなの?絵ならいつでも描いてあげる。

 ヨアンナ、お父さんもお母さんも大好きだもの。」

 そう言ってコップのレモネードをゴクリと飲んだ。



 それはささやかでありふれた日常。

でも贅沢でキラキラした時間として幼いヨアンナの記憶として残った。

短い秋の訪れと共に家の裏にある野の暮らしも終わりに近づく。



 今にも雨が降ってきそうな午前中、いつものようにヨアンナが精霊小僧と会話をしていると、いたずらヤンが背後からヨアンナに近づき、集めた雑草の葉の束をパァ~っと頭から浴びせかけた。

 驚いて振り返るヨアンナにヤンは、はやし立てるように邪魔に入ってきた。

「やーい!ヨアンナは変な子!

石と話をして何が面白い?

頭がおかしいんじゃないか!」

 ヨアンナは顔を真っ赤にして

「ヤンなんか嫌い!私の事はほっといて!

あっち行ってよ!馬鹿!」

ヤンはヨアンナの注意と関心を引きたいだけだった。

 嫌われたいとの意図は勿論もちろん無い。

 茫然ぼうぜんと佇たたずむヤン。

 ホントは話しかけるキッカケにしたかっただけなのに。

 ただ仲良くなりたかった・・・・。

 自分の行為が図らずも裏目の結果となり、激しい後悔に襲われる。

 なす術もなくその場に立ち尽くし、間もなくヤンの心の中の雨が天を呼ぶ。

 涙の雨はそこいら一面を濡らし、ヨアンナは急いで家の中に去っていった。



 ヤンの密かな想いが砕け散った瞬間。

 そんな小さな大事件が際限なく繰り返される筈の何気ない日常の暮らし。

だがヨアンナの小さな世界を超えた大きな歴史のうねりはそれを許さなかった。





 やがて戦争の暗雲がミカシェビッヂの街にも容赦なくやってくる。







        つづく



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