Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

『伊那路』に思う

2017-03-11 23:54:14 | 信州・信濃・長野県

 「地域誌のこれから」で上伊那郷土研究会が会員にアンケート調査を行っていることについて触れた。同会は『伊那路』を創刊して60周年を迎えた。会員減少はどこの郷土史誌でも抱えていることで致し方ないが、その中でどう継続し、そしてこれまでの蓄積を維持し後世に残すかが求められる。創刊60周年を機会に会員の声を聞こうとしたのも、アプローチのひとつなのだろう。アンケートの結果は2月号に掲載された。1月号から2月号にかけて「創刊60周年記念特集」を掲載しており、その中で報告されている。発行されるたびに逐一全てに目を通していないため、どこかに記載されていたのかわからないが、わたしが見た限りでは現在の会員数については触れられていない。できれば1月号巻頭に掲載された「年表『伊那路』600号~のあゆみ」の中に会員数も掲載してほしかった。

 さて、アンケート結果であるが、回答数は61名だったという。おそらく会員数からみればその数はかなり少ないと思うのだが、とりわけ回答者の年齢構成が掲載されていて、40歳代以下が2名という少なさには不安を抱く。例えば長野県民俗の会において同じようなアンケートをしたならば、40歳代以下2名ということにはならないだろう。なぜならば、そもそも10名の役員のうち40歳代以下が半数を占める。これがかつては役員50歳定年としていたから、高齢化していることに違いはないものの、役員が回答したとすればこの段階ですでに上伊那郷土研究会の年齢層とはかなり違うことがわかる。そもそも今回のアンケート回答者60歳代以下でも14名しかいなかったという。回答数61に対して2割少しという値(無回答が4名)に過ぎない。とはいえ、購読歴をみると10年以下の方が半数近くあり、年齢層はともかくとして、長年購読してきた方ばかりではなく、短い方が回答されている点については希望が持てるところだろうか。ようは内容しだいでは、新たな購読者を募れるということだ。そして「今後行ってほしい企画」や「『伊那路』に望むもの」という問いに対してさまざまな期待が読み取れるのもアンケートを行った成果ではないだろうか。

 ところで4月から連載の記事を依頼された。1ページのみという紙幅の中で掲載するのは、意外にしんどいことを第1回目の記事を何にしようかと考えながら感じた。それと対象とするのは上伊那エリアでということだった。ということで上伊那でのこれまでの自分のフィールドワークを紐解くと、意外に少ない。ようはネタがあまりないのだ。よって今後は上伊那エリアを意識してしばらくは行動しなけれはならないと考えている。読者をいしきされてのことなのだろうが、わたしの印象ではかつては『伊那』『伊那路』ともにそれほど郡を意識せず、「伊那」というエリアを対象にされていたように記憶するのだが、最近は郡域意識が高いよう。それを証明するのが、かつてわたしが記した「伊那谷の南と北」である。このことはかつて「郷土意識・中編」の中で触れたが、両者の重複会員は思った以上に少ない。とりわけ中川村は上伊那郡でありながら、当時の調査では『伊那』の読者の方が多かった。加えて、上伊那エリアには『伊那路』ではなく『伊那』の読者がどこの市町村にも少なからず存在していた。そしてこの逆はほとんどなかった。もちろん『伊那』の発行部数が多いことは昔から知られていることだが、現状からみれば地域内を中心に扱って読者に還元するという意識は当然のことなのかもしれない。

 最後に2月号に現会長である清水満さんが「おわりに」に記した言葉を紹介しておく。

 『伊那路』は60年間にわたって地域文化の継承・発展に貢献し続け、この間刊行された上伊那各市町村誌(史)編纂の際に貴重な資料提供の一助にもなり、郷土史の百科辞典的な役割を果たしてきた。しかし近年、地方史研究会の衰退が問題視されている。また活字離れという言葉が定着している。本会も会員の高齢化による退会者の増加と、その割に若い年代層の加入が少ないことで、購読者の減少という厳しい状況下にある。
 しかし、長年続いてきた役割をさらに高めるため、内容の充実を図り、この伝統を大切にしていきたい。

 

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