ときぶーの時間

募金の受付先 東邦銀行 安積支店 普通644994 名義がんばる福島
みなさんご支援宜しくお願いいたします。

寝てばかりいる。

2016-06-23 08:11:54 | 日記
みなさん、こんにちは。
月曜日にいわきで法事があり、そのあと富岡に行って松ちゃんに会って来ました。

この日は、お互いに時間がなくて少ししか話せませんでした。
横浜に帰ってからすぐに更新できなくてごめんなさい。
始めに支援物資のご報告をさせて頂きます。

伝票NO3043-0664-3163 T.K様 クレイングラス25kgX2個・チモシー1番刈500gX2個・牧草MIX

温かいご支援本当にありがとうございました。
大事に使わせていただきます。


お昼寝中のイノシシ君。
帰還困難区域の牧場へ行く前にイノシシに餌と水を与える時の写真。

このところイノシシが寝てばかりいるようで「こいつら、もうそろそろなんかもしんねぇな~」って松ちゃんが僕の顔を見て言った。
そろそろって何?って聞いたら、歳とって老衰で亡くなるかもって。

なんでも「死期が近くなると寝てばかりいるようになるんだ」と彼は教えてくれた。


「おい、ほら、起きろ」と声を掛けイノシシを起こす松ちゃん。

老いに勝てないのは人間も同じだけど、松ちゃんちのイノシシは軽く10年以上は生きているから、そんなこともあるのだと思った。

ほとんどのイノシシが老衰でなくなり、今は2頭だけになった。
15年生きたらイノシシは人間でいうと何歳くらいなのか聞いてくれば良かった。


松ちゃんの声に直ぐに反応したイノシシ君。
以前、僕を見て威嚇してきたイノシシ君は、起きたらびっくりして小屋の端へ走った。

そういえば、このイノシシ君、この頃、威嚇してこなくなったよなぁ~。
年とって丸くなったのかな?

「餌も大事だけど今の時期は水が一番大切なんだ」と教えてくれ、イノシシの小屋の水飲み場に水を入れた松ちゃん。


おとなしい方のイノシシ君は松ちゃんの声を聞き、目を開けたけど無視するように起きて来なかった。
息を吸ったり吐いたり寝そべったイノシシのお腹が動いているのを見て、よっぽど眠いのかなと。

この日は気温が高く暑かった。
梅雨に入った感じがしない。
日差しが強くて僕も汗を掻いていたので、イノシシ君たちがずっと昼寝していたい気持ちは理解できた。

寝てる方が楽だもんね。


帰還困難区域で餌やり。

家の下の牧場でロールわら餌を2つ使うとしたら、こちらの牧場は3つ使うと教えてくれた。
ここの牧場のオス牛は体が大きくてそのくらいは軽く食べる。

もっともお手製の鉄板を敷いて作った餌場に端から端まできっちり餌を置くと相当な量になる。
「俺もきっちりやりてぇ~から、そうなっちまうんだよな」と松ちゃん。

家の餌置き場の餌も随分と無くなっていた。
「夏が終わったら、また餌の準備しねぇ~とな」と言った。


がっついて食べる牛の顔に重機から餌がこぼれ、前が見えなくなり柵から頭を抜き一生懸命に頭を振って取ろうとするのだけど角にわらが絡まり取れず、頭を振りながら歩き回って苦労していた牛君。
結局、自分では取れず仲間が寄って来て顔に絡まったわらを食べてくれ餌場に戻れた牛でした。

家の下の牧場にも帰還困難区域の牧場にも、病気の牛が一頭もいない。
それはやっぱりすごい事だと思う。

今月末、東京の銀座に出て来る予定の松ちゃんだが、いつになるかまだ決まっていなかった。
こっちに出て来た時にまた会おうと思っているのだけれど、彼の今の状況を分かっているので無理に聞かなかった。

このことはまた時間を見計らって聞いてみようと思います。
それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。
またお会いしましょう。




















                    

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ホントに参ったぁ~。

2016-06-20 00:27:27 | 日記
みなさん、こんばんは。
昨日、今日と、またも遠征スケジュールでいつもの自分に戻った。

明日も用事でいわきに飛び今週の土日には、また静岡へ走らねばならず時間に追われまくってる。

明日、松ちゃんと会いたいんだけど彼も毎日めっちゃ忙しそうで気が引ける。
今日は前回の続きを書きます。

松ちゃんが2つの牧場の餌やりを終えて無言で僕をあるところに連れて行った。
連れて行かれた場所は新しい生態調査の場所。


松ちゃんは今年、ふるさと富岡町で試験的養蜂を始めた。

去年は帰還困難区域の大熊町と除染を終えた楢葉町で養蜂を始めましたが、野生する花が少なかった事やその他の条件が揃わず失敗に終わってしまったんです。

今年の5月、とても良い天候に恵まれアカシヤの花が咲き誇り、気温が高い日が続いたこともありミツバチが一気に増えたそうです。


巣板一枚一枚、真剣なまなざしで女王蜂を確認しているところ。

去年の失敗が生かされているなと思ったら、何を隠そう彼から大きな失敗をしてしまったんだと聞かされ、どんな失敗をしたのか聞いてみた。

「蜂の生育も順調だったし、あと2~3日様子見てみっぺと思ってたら分蜂しっちまってよ~、ほんとにまいったぁ~」と。

養蜂家が一番やっていけない分蜂をさせてしまったらしいです。
新しい女王蜂が生まれると、古い女王蜂はたくさんの働き蜂を連れて巣から出て行ってしまうんです。

蜂の数が多ければ多いほど良く、病気などから身を守り巣としての強さを保てるんです。
蜂の数が減るとその逆になる。
小さな群の場合致命的になることも。


それでも前の女王蜂がたくさん卵を産んでくれたおかげで、一枚一枚の巣板には生まれた働きバチがびっしり。
見事な数の蜂でした。

松ちゃんは女王蜂のマーキングをしていないので、動き回り直ぐに隠れてしまう女王蜂を探すのに時間がかかっていた。
僕も手伝ったけど、なかなか見つけられなかった。

ようやく女王蜂を見つけたところで「王台(女王蜂の卵)がいっぱいだぁ~7個くらいあるな」と、松ちゃんは伝家の宝刀カッターで巣板に産みつけられた王台の切り離しを始めた。


王台を巣板から切り離している写真。

王台の中にはみなさんがご存じのローヤルゼリー(女王蜂だけが食べる餌)が入ってます。
綺麗になるらしいですが男の僕は美味しくないのであまり好きじゃありません。
あれは綺麗になりたい女性のためのものなんだと思ってます。

この王台を取り除かないと、また新女王蜂が生まれて前の女王蜂が働き蜂を連れて出て行ってしまう。
松ちゃんの場合、今度やってしまったら蜂を増やせなくなるのでとても大事な作業でした。


取り除かれた王台の写真
3つ4つ5つと手際よく松ちゃんは取り除いていった。

蜂の管理を終えて帰ろうとした時に、取り除かれ箱の上にに並べられた王台のすぐ近くに一匹の女王蜂が。

松ちゃんが「えっ、女王蜂がいる!なんでいるんだ?嘘だべ~」と女王蜂を大事に手の平に乗せ「穴が開いてる王台がないか見てくんねぇ~か」と。

僕は直ぐに走って駆けつけ巣箱のふたの上にある王台を一つづつ見ていったら、中身の空っぽの大きな王台があり「あったよ~」と声を掛けた。

僕は初めての経験だからめちゃくちゃびっくりしたんだけど、切り離した王台から生れちゃうなんて、まじありえないって思った。
そういえば師匠がこんな事もあるって言っていたよなぁ・・・

松ちゃんは僕に「女王持ってて」と僕に女王蜂を手渡した。
ここからまた悩んだ松ちゃんでした。

ようやく増え始めて女王蜂一匹に対してちょうどいいくらいの蜂の数になったのに、新しい女王蜂のための働き蜂と交尾させるためのオス蜂を用意してあげなければならなかったので、本当に悩んでました。
蜂の数が少なかったみたい。

生れて来た新女王蜂を死なせるわけにもいかないので、何とか生かすべく新女王の家を作ってあげるために用具を揃えるために彼と家へ。


用具を取り揃えた松ちゃんは、最終的に蜂の数がいっぱいでハチミツのたっぷり入った巣板を選び、新女王蜂と共に新しい巣箱に入れてあげた。

この時僕は5m離れたところにいたんだけど、僕の耳の後ろで高音で何やら嫌~な羽根音が・・・
その振動が何か?すぐに分かった。
ギクッ、まずい!これはじっとしてないとやられる!

僕の襟元の髪にミツバチが。
30秒は攻撃していたと思う。
恐怖の時間だった。

僕が変な格好して固まってじっとしているのと、高音で攻撃しているミツバチの羽根音が松ちゃんには聞こえたんだと思う。

「刺してる!刺してる!」と駆けつけてくれて僕の襟元の髪に攻撃しているミツバチを取ってくれた。

松ちゃんは白髪で僕は黒髪。
みつばちは黒いものを天敵の熊と勘違いするらしく僕は熊にされた。汗
今回、生まれたばかりの女王蜂のせいで、何度も巣箱を開け作業したから蜂も怒ってしまったんですね。

また女王蜂を持っててと言われ女王蜂を手にしたことで女王蜂のフェロモンが手に付き、その手で髪をかき分けたので髪にフェロモンがつき敵と思われ攻撃されたんだと思います。

僕は養蜂を初めて数年後、アナフィラキシーショック症候群を発症。
もし刺されたら綺麗になりたくて注射器で自分の顔を失った、ある国の扇風機おばさんみたいに顔が腫れひどくなっていたと思う。

一度経験してるんです。
会社のみんなに笑われたことがあります。
あの時は休みの前日で良かりました。

松ちゃん、ありがとう。
それにしても床屋にずっと行けなくてボサボサの髪でまじ良かった~。
助かった。


白い丸印が新しい女王蜂です。
動き回るので上手に撮れませんでしたが、働き蜂よりお腹が大きいのが分かると思います。
女王蜂の右下にはオス蜂もいます。

これで無事に終わったと思っていたら彼はまだ悩んでいた。

蜂は自分の巣に戻る習性を持っているので、新しい巣箱に新女王蜂と一緒に入れた働き蜂が戻ってしまう事を心配していた。

「どうするべ、移動した方がいいべか?このままでも大丈夫だべか」と。
すかさず僕は移動させた方がいいんじゃない?と後押し。


で、新しい巣箱は松ちゃんちの餌置き場に設置されました。
元の巣の設置場所からは2kmくらい離れているので大丈夫だと思います。
新女王には、どんどん卵を産んで蜂の数の多い立派な巣を作ってほしいです。

今回の蜂の管理に「えらい時間食ったよな」と苦笑いの松ちゃんでした。
牛の餌やりを終えてからミツバチの管理をしたんだけど、家に戻ったり用具が足りなくて行ったり来たりしたので夕方5時近くまでかかった。

僕が持って行ったおにぎり一個がこの日の松ちゃんの朝と昼のごはん。
おにぎりの数はもっとあったのに、食う暇がないって感じでした。
僕の生活と雲泥の違い。
本当に申し訳なく思いました。

このあと僕は横浜に帰るんだけど、彼は餌の積み込みをするため、また作業を始めた。
夜は野鳥の生態調査に行くみたいで、やっぱりハードな生活。

少しへたれ気味っていうくらいだから、とにかく体を壊さないでほしいと言ってきた。
今はそれしかないです。

今日は長々とお付き合い下さいましてありがとうございました。
明日も早いのでこの辺で失礼します。
それではみなさん、またお会いしましょう。
















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3年後の近未来

2016-06-17 10:17:22 | 日記
みなさん、おはようございます。
今日は仕事が午後からなので、今回の続編を書きます。

今回、富岡に行ったら松ちゃんちの家の下の牧場の前が除染されてきれいになっていた。
もう、とっくに終わっていてもいいのに、かなり遅れているなを痛感しました。


松ちゃんが作業準備しているのを待たずに向かったんです。
黒い袋の塊が所々に並べられていて、近くで見ると大きな重機が置いてあった。

平日なのに作業してなくて驚くほど静かだった。
それなのに牛たちは一つ目の柵の中には一頭もいなかった。
僕は隣の牧場にそのまま足を運んだ。


二つ目の牧場に歩いていくと数頭の牛たちが見えた時はほっとした。
いるのが当たり前なんですけど、変な心配をしてしまうからどれだけ心配性なのか・・・と。

前日の横浜の気温は26℃くらいだったので、その感覚まま朝早く家を飛び出したはいいが半袖で行ったから肌寒くそれがちょっとつらかった。
霧雨が降った時はマジ風邪ひくかも?って思った。

柵の前に着いて「どひゃ~、またこの状態かい」汗
隣の牧場の方が乾いたところがたくさんあっていいと思うんだけどなぁ~。
牛たちにとっては除染は迷惑なものなのかも知れない。


そこへ松ちゃんがやって来た。
「こないだ降った雨のせいで一気にこうなったんだぁ」と。
すかさず僕は「牛は向こう(一つ目の牧場)に行かないの」と返したら「除染やってたからなぁ~」と返って来た。

家の下の牧場ではぬかるみに足を取られ自力で抜けられない牛は一頭もいない。
帰還困難区域の大きな牛たちより体は小さめだが問題を抱えている牛はいないんですね。
ここでは体の小さな子牛たちがしっかりと食べられるようにするのが松ちゃんの仕事のポイントになっている。

早く除染が終わっていたなら今頃、牛たちは広い牧場でのんびりしていられたのにと思う。
それがちょっと残念です。


餌やり前の写真。

個人的な話ですが僕は家屋の除染同意書に判子を押さないで来たから、このところ自分の携帯に何度もしつこいほど除染会社から電話が入った。

帰還する人が少ないのに除染するのって税金の無駄使い???ってずっと思っていたのも事実だけど、原発事故の事や東電の事などの一切が面倒で何もする気がなかったのも事実なんですね。
気持ちが後ろ向きになってました。

今回99%除染が完了しているんだと報告を受け、帰還する人の事を考えて渋々判子を押すことにしました。
ゼネコンの下請けで働いている同じ富岡町の住民に「町のために」って言われたら弱いよな~。


そんな訳で餌やりをする松ちゃんと色々と話した。
家の解体を希望する人は一年待ち状態だとか?代わり映えしない町の今の現状などなど。
話しは疑惑の中でドロンした都知事の舛添さんの話まで出た。(笑)


それにしても食いつきの良い牛たちだった。
松ちゃんが与えている餌は強烈なニオイがしなかった。

以前の餌は餌としては問題ないのですが臭いが強烈で、餌やりの手伝いをしたら横浜までの車中は強烈なニオイで、ほんとに高速のパーキングで食事も手洗いににも行けないほどだった。

もちろん松ちゃんのトラックの助手席に座るのはお断りしてたほどひどかったので、今回の餌は良かった。
おかげで松ちゃんの軽トラに乗って帰還困難区域の牧場に行けたのだから。

「あの餌は全部使い切ったよ。そろそろ今年の餌の確保の準備しなきゃな」と苦笑いの松ちゃんでした。

話しを戻して松ちゃんちの家の除染も終わっていない。
松ちゃんの家は祖父と父の2つの家を解体してから除染をしないとならないみたいで、まだまだ先になりそうだと話してくれた。

除染すれば線量が下がるのは分かるが小さな子供と暮らせるかって言ったら無理だし・・・
それでも判子を押したのは隣の住人が帰還することがあったら、やっぱりその人たちのためにもやっておこうと思ったからなんです。


この日、彼は自分の3年後の近未来を語った。
「3年後、俺は○○してるぞ」と。

究極の5年間を被災地で生きて来た彼のまなざしは熱かった。
今の状況でも目標を立てて自分の3年後をしっかりと見つめている。
困難をもろともしない生き方をして来た彼は必ず形あるものを残すと思う。

僕は自分の3年後を未だ見いだせていないと感じているのだけど、彼と話しをしていると面白いし楽しくなる。
そういう意味では、また松ちゃんからパワーをもらったと思う。

このあと僕は松ちゃんの軽トラックに同乗し、ある場所へ向かった。
この話はまた書きます。

みなさん、時間が来たので今日はこの辺で失礼します。
それではまたお会いしましょう。




















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安堵した顔

2016-06-16 07:21:53 | 日記
みなさん、お久しぶりです。
本当に早いもので、先月26日に更新してから20日も経ってしまいました。
やっと富岡に顔を出せました。

久しぶりに会った鉄人松ちゃんは、自分の事を「少しへたれ気味だ」と言った。
なんでも湿疹か?じんましん?みたいなものが出て痒くて寝られなかった日があったとか・・・
疲れが相当溜まっていたみたいです。

病気と無縁の男が湿疹?思わず笑ってしまいました。
鉄人もやはり人間なんだと。
僕はアレルギー持ちなので湿疹やじんましんはしょっちゅう。
だけど松ちゃんにそれが出たのは意外や意外で、僕にとってはニュースでした。


それでも松ちゃん節は健在で、行きつけのガソリンスタンドで店員さんに「あぶら売って(さぼって)金貰うの教えてくれ」って一同大爆笑!
警戒区域の双葉に新しいスタンドを作るみたいで、研修生がたくさんいたところでこのジョーク。僕も笑った。

軽トラにガソリンを入れ軽油を調達していざ帰還困難区域の牧場へ。


のどかな時間が流れてた。
牛たちはのんびり。
松ちゃんの姿を見て立ち上がりこちらに向かって来た。


最初の仕事は重機に軽油を補充
松ちゃんはここの牧場で一ヶ月で18L一本の軽油を使うと話してくれた。

行くときに茨城県で雨に降られ梅雨だなぁ~と感じながら、牧場はずぶずぶになっているかと思いましたがまだきれいな状態でほっとしました。
それでも牧場の状態には「これからひどくなるべ」と松ちゃん。

今、松ちゃんは少しほっとしていることがある。
「ほれっ、これ見てみろ」と指差した先に一頭の牛が。


「こいつは腸が悪かったのかもしんねぇ~、あばらがくっきりガリガリに痩せてたんだ。餌食べるにも弱いからみんなに追い回されてたくさん食えねぇんだ。で、遠くにいてみんなが食べ終える頃来るから餌だって少ない量しか食べられなくて太れねぇ~でいたんだ。弱いのはやっぱダメだよな。でもかなり良くなってきたんだ」と。


がりがりの状態から抜け出し今は少し肉がついてきた牛のお腹です。
まだあばら骨は見えますがかなり良くなったようです。

この日もこの牛の前に立ち他の牛が来て悪さしないように付きっきりでいた松ちゃんでした。
均等に食べさせることがどれほど大変かよく分かっているので本当に脱帽です。

この牛の他にもう一頭同じような牛がいて、ズブズブの餌場で足がぬかるみにはまり自力では抜け出せないでいた痩せ細った牛の管理には手を焼いたようです。

二頭ともロープと重機で乾いた場所まで引っ張り出してあげ特別メニューで餌やりをしてきたと話してくれた。
「一時はもうダメかもしんねぇ~と思ったんだ。でも良くなってきたからもう大丈夫だべ~」と安堵した顔を見せた。


この右側の牛がもう一頭の牛。
さっきの牛よりあばら骨が見えない。


「こいつは喧嘩が強く同級生と目が合うと直ぐに角を突き合わせてガツンガツン始める。オスだから気性が荒いんだ」と。
僕にはとても自力で動けなかった牛には見えなかったです。

ここの牛たちは松ちゃんちの家の下の牧場より体がでかい。
何でと聞いたら「ここの餌やりは重機であげるからついつい大目になっちまうんだ」と松ちゃん。

「今の状態で配合飼料を3ヵ月も与えたら、霜降りの牛になるぞ」と笑って話す松ちゃんでした。
そんな松ちゃんは今月末に銀座である写真展があり、そこから招待を受けているようでそれには出席する予定です。

昨日朝9時に着き夕方5時までびっしりのスケジュールに付き合いました。
5時以降も彼は野鳥の生態調査をするから、本当にハードな一日を過ごしています。

今彼は野菜中心の食事を摂っているようでベジタリアン誕生かも?(笑)
湿疹が出てから禁酒して体調管理をしている松ちゃんでした。

全国のみなさん、今日はこの辺で失礼します。
またお会いしましょう。
















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少しづつだけど。

2016-05-26 08:00:55 | 日記
みなさん、こんにちは。
やっと富岡に行って来れました。

昨日は待つこと3時間、さすがにちょっときつかったかな?
でも、松ちゃんにも都合や予定があるからひたすら待つしかなかった。


松ちゃんの家から撮った写真。
食いしん坊のヤマを先頭に体の小さな子牛は柵を掻い潜り、青草の生えた元の牧場で草を食んでいた。

最初に支援物資の受け取りのご報告をさせて頂きます。

伝票NO4209-9784-8913 T.S様 ジャガイモ8ケース
伝票NO3042-5988-7934 S.K様 バミューダヘイ25kg
伝票NO4149-8539-8262 F.Y様 飲料水・他
(順不同 複数個口の伝票NO省略 イニシャル違いはお許し下さい) 

温かいご支援に感謝いたします。
本当にありがとうございました。

昨日、松ちゃんを待つ間に時間つぶしに色々と歩きまわったが、ウグイスやその他の鳥の鳴き声やさえずりを聞き、町に鳥が戻ってきているのを実感しました。


身体の一番小さな子牛と2番目に小さな子牛です。
大きな牛たちは川に大集合してました。

今日は日本野鳥の会のみなさんが見えて、いつもの調査をするらしいです。

日頃はたった一人で設置した巣箱50個の確認をするのですが「まるまる3時間かかるんだ」と少々お疲れ気味の松ちゃんでした。
夕方からの確認だから、ホントに疲れるよね。

それでも巣箱の殆どに鳥が入っているらしく「マガラ・ヤマガラ・シジュウカラなどが住み付いていんだ」と教えてくれた。

本格的とつけられた除染もほぼ終えた感じで、昨日は除染業者の車も少なく静かな町の中で聞いた鳥の声。
ウグイスの合唱には気分が良かった。

少しづつだけど町の環境は変わって来ているんだなぁ~・・・
2~3年前はカラスの鳴き声しか聞かなかったのに、たくさんの野鳥たちの鳴き声を聞いて昔の富岡を思い出した。


松ちゃんは野菜の苗を2ケース買って来た。
今年植えつける品種はかぼちゃ・ミニトマト・ナス・きゅうりなど。

松ちゃんは「多分、殆どイノシシに食われて収穫出来ねぇ~んでねぇかな」と笑っていた。


「野菜を作って放射能を測ってみる」と言っていたけど、今年も色々と測ってほしいと思います。

今年は九州で大きな地震が起きましたが、何か関係があるのかな?東北の天気も少しおかしい感じがします。

松ちゃんが養蜂を去年から試験的に始め、去年は壊滅状態で何も良い処がなかったのですが、例年なら6月の梅雨入り前に満開に咲くアカシヤの花がもう散り始めていると。

僕は一ヶ月早いアカシアの満開に驚いています。
そのくらい天気が良く蜂にとっては良かったと思います。
松ちゃんは「今年は採蜜して放射能測定出来るべ」と話してくれた。


石松君の水を取りに行った写真。

山からの湧水をホースで取水して、なんともワイルドな手洗い場だったけど、今は蛇口が付けられとてもカッコよくなっていました。

僕が褒めたら「もう一ヶ月くらいなるぞ」と照れ笑い。


僕も蛇口をひねってみました。
ちゃんと水が出て来て、それなりの水量もあってちょっと感動!

昨日は山の植物の話も出来たし、色々と僕にとって収穫のある一日になりました。
お互いに時間が取れない感じではありますが、また近いうちに行って来ますので、みなさん、どうぞ宜しくお願いいたします。











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軍配は石松君に。

2016-05-08 21:53:41 | 日記
みなさん、こんばんは。
GWも今日で終わりですね。

みなさんのGWはいかがだったでしょうか?
僕はGWも何もなくて、どん詰まりのGWでした。

2日の日に富岡に行こうと思ったのですが、松ちゃんの都合が悪く行けませんでした。
松ちゃんとは今日、急きょ会う事になりいわきで会って来ました。


松ちゃんちの家で止まったままでしか見たことのない軽乗用車で彼はやって来た。
僕はこの5年で初めてこの車が公道を走るのを見て少しびっくりしました。

昨日の夜、富岡町の放射線マップを送って下さると名古屋の井上さんからメールを頂き、とてもうれしかった。
みなさんに感謝しています。

放射線マップ作成にお力をお貸し下さった皆様に、この場をお借りし御礼を言わせて頂きます。
本当にありがとうございました。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

松ちゃんは昨日の夕方まで中国メディアの取材を受けていて、GW期間中もずっと忙しかったようです。


いわきの駐車場で一服する松ちゃん。

彼は熊本の地震の事もあり、信頼できる協力者と共に色々と算段している最中です。
この件は少し時間を下さいね。

今も余震が続く熊本のみなさまには何を言ってあげたら良いのか、震災の時の自分の姿やみんなの苦しみや悲しみを思い出し本当に言葉になりません。

早く元に戻ってほしいと、それだけを願っています。
原発事故と違って福島よりは早く元に戻るはずですから、熊本のみなさん、希望を持って前に進んで下さい。
宜しくお願いいたします。

今日の松ちゃんは「これでだいたい終わった(取材が)から」と言って、つい最近の富岡の問題を話してくれた。


今日の僕らの昼ごはん。
あるチェーン店のラーメンとマーボ丼のセット。

午後2時半を回っていて、朝飯抜きで牛たちに餌やりをして来た松ちゃんは、お腹が空きすぎていたのですが、いわき市内を走ったらとんかつ屋さんとか焼肉レストランばかりで、肉好きでない僕のためにぐるぐると走り回ってくれた。
優しい心使いが嬉しかった。

松ちゃんは色々と話してくれたけど難しい問題は置いといて、今日は動物の被害を書きましょう。
松ちゃんはイノブタではなく本物の野生のイノシシが出没して、餌を食う訳でもないのに引き回して餌をダメにしてしまうのでえらい迷惑をかけられていると。

前日、取材を受けていた時に愛犬石松がやたらに吠えて取材の妨害をしたそうで、見に行ったら川の中でイノシシと石松が戦っていたんだって。

イノシシはお尻と鼻先を石松にがぶりとやられ、血を出し戦意喪失してたようで軍配は石松君に。

この頃、自信を付けたのか?野生のイノシシに真っ向から挑んでいく石松だと聞いた。
石松君もしっかり猟犬らしくなって来たもんです。エライ!

みなさん、本当にイノシシなんです。
松ちゃんちの牧場の足跡や草を根こそぎ食べ穴だらけになった地面を見てるので、こんな僕にも分かります。
イノブタはイノシシより鈍感なので、捕獲されてもういないと思います。
今いるのはイノシシ。
マジ危なさそうだから野生のイノシシとは遭遇したくないな~。


僕と一緒に外食するのは珍しいので、この写真使いました。
会うのがほとんど被災地だから、外食するお店もないし・・・。

ふるさとの復興は新しい町の形を徐々に形成していく過程をそのまま見せてくれている。
そんな訳で僕が「復興はするよ」と言った言葉に、松ちゃんは「人はいねぇけどな」と。

今日会った知人、友人の殆どが町に帰還しない人ばかりだったけど、人はいなくても復興していく。
何かを言おうと思えばいくらでも言えるのだけど、この先どんなふうに変化していくとも、じっと見続けたいと思います。

富岡には、また時間を作って行って来ます。
それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。

















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ふるさとの放射線マップ。

2016-04-29 10:27:15 | 日記
今日からGWですね。
TVで交通機関の渋滞情報を見ながら、今年もやってきたかと。

昨日は、あまりにも疲れて午後8時に寝てしまい、2時間後の10時に起きたものの、それから朝4時まで寝つけずキツイ夜になってしまった。

深夜2時頃携帯のメール受信の音を聞き、開いてみると名古屋の井上さんからのメール。
前日の夜9時頃のメールだったのだけど、爆睡中で開けなかった。

以前、ブログでも書かせていただいたのですが、3月26日に実施された富岡町の放射線測定の報告でした。
富岡町の放射線マップが完成したとあり、すぐにそのマップを開いてみた。


真っ暗な部屋の中で開いて見たマップは、青・黄・緑・赤色を放ち宝石のように輝いてきれいで、しみじみ見てしまった。
オヤジだから夜中に携帯を見ることがない。(笑)
また赤色に反応して我に返り、帰還困難区域の地区が富岡にある事を再確認させられた。

このマップを見て他県の方たちの応援が本当に嬉しくて、じ~んときました。
ただただ嬉しかった。

今回測定して下さったNPOチェルノブイリ救援中部のみなさん、ボランティアのみなさん、井上さん、お疲れ様でした。
そして本当にありがとうございました。


ロールわら餌を軽トラックに積み込む松ちゃん。

松ちゃんも測定に参加したんだけど「こうして除染後の放射線の数値が出れば、帰還する人しない人に拘らず今の町の実態が分かるべ~、帰還するしないのどちらの人にも、これが指標になるからいいんだ」と。


帰還困難区域の牧場に向かう松ちゃん号。
この日は仲間の畜主さんの所にもロールを運んだ松ちゃんでした。

今回の測定では、富岡町の50か所の土壌も調べて下さったとかで本当に感謝です。
松ちゃんも山菜や果樹、魚など汚染度を測って来たけど、土壌は測ってないので有難かったです。

5月から仮設住宅や役場の掲示板に貼られて住民の方たちにお目見えするとのこと。
住民のみんなも、これを参考にしてほしい。


今日は久々に松ちゃんちのイノシシ君を見てもらいます。
写真の奥にいるイノシシ君は、ちょっと怖い。


威嚇してくることもあり、近くに寄るとこんな感じ。
離れてこちらの様子を窺い、警戒してとても仲良しになれないです。
この気性だとオスだと思う。


こちらはメスなのかな?
近づいても平気。
松ちゃんにもらったキャベツの葉をぼりぼり目の前で食べてくれた。
この子は人見知りしないイノシシって感じです。

みなさんは今日から大型連休でしょうね。
僕は今日だけ休みであとは未定なので、基本GWは無し。

それでも一日くらいは何とかなりそうなので、来週早い時期に富岡の松ちゃんの所に行ってこようと思います。

それではみなさん、GW期間中は気を付けてお出かけして下さい。
今日はこの辺で失礼します。

















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少しでも早く。

2016-04-27 16:12:12 | 日記
みなさん、お久しぶりです。
ブログを更新したいと日々思っていましたが、忙しかったのと今回の九州地震があり、頭が全然回らずなかなか更新出来ませんでした。


4月9日の写真
このところ、すごく行儀が良い石松君。

自分も東日本大震災の被災者なので、九州のみなさんのご苦労も分かるし、辛さも分かります。
そんな訳で何を書いたらいいのか頭の中の整理がつきませんでした。

朝のTVニュースを見て、熊本地震の復旧作業がかなりのピッチで進んでいるのを嬉しく思います。
新幹線も飛行機も道路もどんどん復旧していく。
これで支援物資も速やかに届けられる。

あとは仮設住宅の建設。
少しでも早く立ててあげてほしい。

一昨日、新宿駅前で東海大学の学生のみなさんが募金活動をしていたので、僕も募金させて頂きました。
少しでも力になればと・・・。

放射能がない分、とにかく早く復旧しなきゃ。
今はそれだけを望みます。


がんばる福島の決算書作りの邪魔をしてくれたシロ。
しつこいくらいじゃれて、今回は本当に手を焼きました。

僕は今週、富岡の松ちゃんの所に行こうとしていたのですが、明日行こうかなと思っていたら急に予定が入り、またいつ行けるか決まらない状態に戻ってしまった。
このままGWに突入してしまいそうです。

松ちゃんには、お願いごとありきで何としても早い段階で会いに行こうと思います。
未処理の書類が出て来て代表印も押してもらわないと完了しないので行くしかないんです。


シロの寝床を占領したさび。

今度会いに行った時に色々と話すことや聞きたいことがある。
町の事、野鳥やミツバチの生態調査の事、餌の事、九州への義捐金や今の問題などなど。

お互いに時間がない時の方が多いので全部聞けるかな?


餌を抱え柵の反対側に運ぶ松ちゃん。
このところ本当に痴呆症にでもなったか?何で反対方向に行ったのか?分からなかった。


そうそう、子牛専用の餌場がすぐ近くにあったんだった。
すっかり忘れてた。
ここは狭くて、さすがに身体の大きな牛はやって来ないんだっけ。

松ちゃんちの上の道路の餌置き場の餌も随分と減っていた。
仲間の畜主さんの所にも運んでいるので、ほんとすっきりしてきました。

みなさんは明後日からGWに入り、長い人は10日間のお休みだそうですね?
旅行に出かける人も、故郷に帰省する人も、事故や怪我など遭わない様注意して行って来て下さい。
みなさんには良いGWになるよう願います。

毎日更新出来ず、みなさんには本当にがっかりさせて申し訳ありません。
時間がある時には更新させて頂きますので、これからも宜しくお願いいたします。











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大変な事になった。

2016-04-16 16:26:25 | 日記
みなさん、こんにちは。
先週7日から飛び飛びで3回も富岡に行き、帰って来てからの2日後、九州大地震が発生。

まさか、こんな大きな地震になるとは・・・。
自分が体験した東日本大震災の記憶が甦り、僕に今何か出来ることは無いか?と考えてました。

そんな今日、伊勢原の山奥での仕事中に松ちゃんから電話が入った。


12日の松ちゃん。
午後2時30分頃、遅い昼食。
メニューはなんとカップ麺のやきそば。
13日オーストラリアの取材の準備のために郡山に行って帰って来た時の写真。

松ちゃんは開口一番「九州は大変な事になったな」と話し出し、九州大地震の話になった。

なんでも彼の友人のカメラマンが現地に飛び、その友人から逐一現場の情報が入っているようで、ひどい状態らしいと言った。
そして「あのよ~」と話しを切り出した松ちゃんだった。

「俺ら九州の人には、いっぱい応援してもらってきたべ~、今回の事で俺は九州の人も動物も助けてやりてぇ~んだけど、動物残して俺が手伝いに行くことは出来ねぇ~べ、んで何か出来ねぇか?って考えたんだけど、今まで俺たちを応援してくれた九州の人たちがあん時の俺たちと同じ目に遭ってんだ。今、緊急を要する九州の人たちに俺たちの募金を使ってもらいたいんだけど、どうだ~?」と。

同じ思いで嬉しかった。
だけど募金して頂いている僕らが、それやっていいの?と話し合ったんだけど松ちゃんは「もちろん常識の範囲内でなんだけど」と。

九州の人たちのために今出来ることを何かしたいが一致。

松ちゃんは今、牛の飼養も全国のみなさんのおかげで緊急事態を逸し何とかその活動が出来ています。
今回の大地震で緊急を要する九州のみなさんの力になりたい松ちゃんです。


2番目に体の小さな子牛。


与えれば留まる事を知らない食欲旺盛な子牛でした。

松ちゃんは今、全国の皆さんに何とかお許しを頂いて、常識的な金額を九州大地震の被災者・被災動物のために使っていただく事へのご理解頂きたいと。

松ちゃんは「友人のカメラマンに募金先を調べてもらってんだけど、すぐに送りたいんだ。多分、市役所とかになっかもしんねぇ~けど、ブログでうまく書いてな」と言って電話を切った。

みなさまにはお叱りを受けるかもしれませんが、全国の皆さん、今回の九州大地震被災者と被災動物のために今、がんばる福島の募金を一部使わせて頂く事を何卒ご理解頂き、どうかお許し下さいますようお願い申し上げます。

今回の犠牲者のみなさまには心からご冥福をお祈りいたします。
被災された九州のみなさん、必ず光が射す日が来ます。
どうか気を落さずにいて下さい。

どうぞ宜しくお願いいたします。









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再度行って来ました。

2016-04-10 17:00:20 | 日記
みなさん、こんにちは。
最初に支援物資の受け取りのご報告をさせて頂きます。

伝票NO3031-9756-7094 S.K様 バミューダヘイ25kgX2個口
               飲料水・他
伝票NO3033-4122-0980 無記名 牧草MIX500gX2個
伝票NO3033-4122-0991 T.H様 クレイングラス25kgX2個口
               チモシーWプレス500gX2個
伝票NO4313-7091-2475 C.I様 衣料品
(複数個口の時伝票NO省略 順不同 イニシャル違いの時はお許し下さい)

ご支援、本当にありがとうございました。
心より感謝いたし厚く御礼を申し上げます。

昨日、僕は先一昨日に行ったばかりなのに、松ちゃんの所へ再度行って来ました。
前年度の収支決算報告書の最後の確認を取りに行ったんです。

これが出来ないと賃借対照表や財産目録とか作れないんですね。
この期間だけはみんなに無理を聞いてもらい、少しお休みして頑張ってます。

それでも昨日、富岡に行き夜ノ森桜を見ることが出来たのは良かった。


帰還困難区域になっていない桜並木には、他県からの車もあり少しだけ人がいた。
桜がきれいで3日前の土砂降りの日に見た桜とは別ものだった。

昨日は強い風が吹くときれいな桜吹雪が舞い、昨日今日あたりが最後の見頃になったと思います。
やっぱ、お天気が良いと桜の花がきれいに見えますね。


こちらは帰還困難区域のゲート。
警察車両が入って行った時の写真。
ゲートの係の方が敬礼をしているから、お偉いさんが乗ってたのかな?


閉じられたゲートの中を警察車両が奥へ走って行った。
この中(帰還困難区域)の桜が本当にきれいなんです。

この日の松ちゃんは先日に続きお客様が見え、それが3月からずっと続いている様子で僕が頼んだことも出来ずにいて、相変わらず忙しい松ちゃんだった。


土砂降りでまたプールのようになった松ちゃんちの牧場。
どういう訳か?ここで松ちゃんを待っていた牛たち。
真冬の凍った牧場と違い暖かくなって来た今日この頃だから、牛たちはプール状態でもへっちゃら。

お客さんと牧場に降りてきた松ちゃんは、一つ目の牧場で声を上げた。
その声に反応して牛たちは「モ~!」と応え移動を始めた。


川を渡る牛たち。
久しぶりに見た光景です。


乾いた場所にわら餌を投げ入れる松ちゃん。

この牧場の餌やりを終えると、松ちゃんは帰還困難区域にある牧場へと向かった。
このところ僕は時間がなくて帰還困難区域の牧場に顔を出していない。

昨日は少し時間があったので、行きたかったのだけどお客様が見えてたから一緒に行けなかった。
何でも松ちゃんは今日、台湾の取材を受けるらしいです。


僕は川の中に入って写真を撮った。

昨日、富岡の林でウグイスの声を聞いた。
その他の鳥の鳴き声も聞こえ、鳥たちも町に戻って来たんだなと感慨深かった。

その事で松ちゃんと話したら、日本野鳥の会との除染後の町の野鳥の生態調査は続けられていて、今も調査中との事。

夜に巣箱の観察に行き、昼の空いた時間で養蜂の管理作業もしなくてはいけない。
2つの牧場の牛たちに餌を与えてこれらをして、取材だ講演だって半端ないよな。
松ちゃんも時間的余裕がないんだろうなぁ~と思った。

僕も松ちゃんを見習ってこの数日間で事務的な仕事を終わさないと、またまわりのみなさんに迷惑をかけてしまうから、必死でやろうと思います。

それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。
またお会いしましょう。








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最高の夜ノ森桜。

2016-04-08 09:21:55 | 日記
みなさん、お久しぶりです。
昨日、やっと富岡に行って来れました。

TVニュースで故郷富岡町の夜ノ森桜の満開の画を見て、何としても見たかったので行って来たのですが、昨日は強い雨が降り最悪でした。


なので友人が前日にメールしてくれた夜ノ森桜の写真。
晴れた日に2.5km続く桜のトンネルを歩きたかった。

自分の時間も取れずにいる今日この頃なので、満開の桜を見てほっこりとしたかったのだけど、日頃の行いが悪いのか?行きも帰りも土砂降りの雨に降られ散々な一日でした。

松ちゃんちには午前中に着いたのだけど、家の中には松ちゃんの親友がいた。
僕も一年ぶりくらいでちょっとびっくりしたけど、少し話せたので良かった。

松ちゃんの親友は「昨日は天気が良く暖かくて、最高の夜ノ森桜だった」とご満悦の顔で帰って行った。
羨ましかった。
う~ん・・・でした。


松ちゃんの家に見慣れないカレンダーがあり「俺の写真入ってんだ」と。
中を開いたら、松ちゃんは6月のカレンダーに載ってた。

この中の登場人物は12人選出されているのですが、松ちゃんはその中の一人です。


このカレンダーの中に松ちゃんが載る事になったのは、以前、松ちゃんをイタリアにご招待下さったNPOワンウェイ国際平和文化協会の柴田淑美様のおかげなのですが、こうして海外のどこかで松ちゃん(福島原発事故=放射能汚染)を知って頂けることは嬉しい限りです。

このカレンダーの収益金は全てシリアとか今、問題になっている難民の方々へ寄付されるそうです。
NPOワンウェイ国際平和文化協会の柴田淑美様、本当にありがとうございました。

僕は午後3時ごろまで松ちゃんに付き合ってもらい、前年度の収支や今年度の計画を確認し、それから雨の中、広野・四倉へと車を走らせ一通りの用事を済ませ帰って来ました。


雨・雨・雨。
こうして写真を良く見ると、松ちゃん号のガムテープもがんばってるなぁ~。
ロールわら餌を運ぶ時に硝子が割れたため、透明ビニールを張りガムテープで止めているんだけど、雨にも負けず風にも負けず松ちゃんを守っている。(笑)


広野⇔四倉、結構な雨の中、傘など持たず用を足すのに濡れて活動。
行きは埼玉あたりで強烈な雨の中走り、帰りは北茨城あたりまで強い雨でした。
それでも昨日は大事な仕事が出来それなりに良かったです。

だけど、持って帰って来た宿題を終わらせなければならず、ちょっと気が重いです。
時間的余裕のない毎日にあへあへしているので・・・。

先月は大きな勘違いというより注意力が足りず、松ちゃんの3月と4月のスケジュールを間違えてお伝えしてしまい、松ちゃんのみならず友人や協力してくれているNPO関係者、彼を支援してくださっている全国のみなさんに、大変ご迷惑をおかけしました。

先月の26日には、NPO中部チェルノブイリさんとボランティアさんが故郷富岡町の除染後の放射線量と土壌などの計測をして下さり、本当に嬉しくありがたいと思いました。

NPOチェルブノイリ救援中部様、お手伝いして下さったボランティアの皆さん、本当にありがとうございました。
改めて感謝申し上げます。

僕も行く予定ではいたのですが仕事の都合で行けなくなりとても残念でした。
次回は参加したいと思います。

こうして他県のみなさまが今の福島の事を忘れずにいて下さることに心から感謝いたします。
みなさん、これからも松ちゃんと福島の応援どうぞ宜しくお願いいたします。



















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お詫びと訂正。

2016-03-18 13:32:37 | 日記
みなさん、NO875のお詫びと訂正をさせて頂きます。

松ちゃんがスイスへ飛んで今日で3日目ですって書きましたが、3~4週間前に聞いた予定をそのまま鵜呑みにして更新してしまいました。

某大学の研究室で明日と明後日施行する大規模の改装工事のメンテナンスの打ち合わせ中、松ちゃんの友人から松ちゃんは富岡にいるよとメールを頂き真っ青になって一旦戻りました。

只今、お詫びのブログを書かせていただいております。

予定はあくまでも予定なのに、ここ2~3年は毎年海外での活動があった松ちゃんなので、今年も確実に行くと勝手に思い込んでいました。

何週間か前に松ちゃんの予定を聞いた時「15から23は避けるね」と言いながらも、松ちゃんは「行くかもしんねぇ~」って言ったように思います。

記憶が定かでない。
この頃変則的な時間帯で動いているので、更なる連絡不足。
全くだめですね!

松ちゃんを応援して下さっているみなさん、本当に申し訳ありませんでした。
改めて深くお詫び申し上げます。

また富岡に行った時に更新させて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします。










































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未来を目指して。

2016-03-11 07:10:22 | 日記
NO874
みなさん、おはようございます。
みなさまには、日頃のご支援に感謝致しここに厚く御礼を申しあげます。
また、全国各地で今の福島を応援してくださる団体様、個人の方、全ての方々にも感謝申し上げます。

今日は2011年3月11日東日本大震災から5年目を迎える一日です。
ふるさと富岡町は未来を目指して、少しづつ変化しています。

今まであったものが突然消えていることも多く、さすがに寂しさを感じることも沢山ありますが、これも復興への道筋なんだと、自分に言い聞かせています。


駅前通り。
以前、松ちゃんに「駅前は何にもねぇ~ぞ!見る影もなくなったよ」と言われ、恐る恐る先週行って見たら本当に何もかもがなくなっていた。

内のかみさんがパートに出ていた中華料理店もビジネスホテルも本屋さんも理髪店も、スーパーや居酒屋さんなど、自分の記憶にあった駅前の店の姿が全て消えていた。
ほんとにびっくりしたし、さすがにショックでしたね。
こんなに何にもかもきれいに無くなるとは思っていなかったので・・・。


駅のホームから撮った写真。
あったのは大きな白い建物と放射能汚染物の黒い袋のピラミッドだけ。

駅の駐車場に設置されていた東日本大震災の慰霊碑もどこかに移されていて、さすがに離れていると分からないことばかり。

駅前に家を構えていた知人に「帰るの」と聞いたら「もう帰らない、こっちで(避難先)で細々暮らすよ」と。
今まで住民のみんなにも帰りたいという気持ちは心の隅にあったと思う。
だけど5年という月日は長すぎた。

原発事故がなければ町は普通に復興したでしょう。
放射能汚染のため先の見えない避難生活を強いられ、そこから脱出するため生活再建の第一歩を避難先で歩み始めなければならなかった。

今では多くの住民が新しい土地に根付いて暮らしている。
新しいまちづくりを模索する行政もなかなか大変だと思う。

松ちゃんだけは変わらず、ずっと町を見続けて来た。
思い出せばいろんな事があった。
驚いたことや面白かったこと、悔しかった事や悲しいこともたくさんあった。


在りし日のさくらとモモコ。
自分の目の前にダチョウがいるのが本当に信じられなかったが、さくらもモモコもおとなしくていい子だった。

犬や猫に始まり放浪する牛やダチョウに餌を与えて生かしてきた松ちゃんも、あの頃と(強制避難区域に指定)比べれば随分と落ち着いてきたと思う。
あの頃が半端なさすぎなんだよね。
全国のみなさんのご支援もあり、いろんな面で良くなった。

町に取残された動物に対して人間たった一人。
彼は餌と水を与えるのに、毎日朝から晩まで走り続けた。
それは酷暑の夏も厳寒の冬も水も電気も音もない究極の世界で生きた。

松ちゃんは、この5年をある意味無駄な5年と総括したけど、町の住民が一人一人帰還を諦めて行く現実を今も見つめている。
「元通りにならないが、新しい町が出来るよ」と静かに言ったあの日の松ちゃんを思い出す。
これからも殺処分から救った牛の飼養をしながら、町の姿を見続ける松ちゃんです。

松ちゃんとの付き合いのおかげで、僕は縁のなかったイノブタやダチョウや牛までも付き合う事が出来た。
そういう意味では感謝です。


隣の牧場は水たまりの範囲が広く沼のような状態だったので、牛たちは必然的にここにやって来て餌をもらっているようだった。

この先、これからも町はどんどんその姿を変えて行くと思う。
松ちゃんは「国道近くの町場は復興すんべと思うけど、だけど町はずれの所は人がいなければ林になり、10年もすれば森になる」と、いつも富岡町の近未来を危惧している。

正直、僕の家の周りで2軒解体する家がある。
その後、その土地の管理を誰もしなかったら、草が生え柳の木が自生して10年もすれば成長の速い柳の木は森を形成すると思う。

郊外の住宅地は町場の住宅地と比較しても、そうなる可能性は非常に高い。
もちろん住宅地だけでなく田畑は確実にそうなる。

富岡町の9割の住民が帰還せず放置される土地がそのままになれば完全に森と化するだろうと思う。
復興計画の名のもとに行政が手をつけた所だけ町の様相を見せ、その他は森に。

今、除染一辺倒できれいに見える町も、東京オリンピックが開催される頃には、松ちゃんが言うようにあちこちで小さな森の姿を見せているかもしれない。

先の事は分からないですが、町がどんな形になろうとも素直に受け止めたい。
震災5年目を迎え「俺は一生富岡の住民」と言う松ちゃんと共に町の姿を見て行きます

全国の皆さん、これからもNPOがんばる福島と代表松村直登の応援、どうぞ宜しくお願いいたします。































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ある意味、無駄な・・・。

2016-03-06 21:51:55 | 日記
NO873
みなさん、1週間ぶりのご無沙汰です。
やっと松ちゃんの所に行って来ました。

個人的な事で申し訳ないのですが、仕事の都合で思うように休みも取れず苦労しています。

先週の木、金曜日あたりに行こうと計画していたのですが、急きょ仕事が入り断れず2日遅れで松ちゃんの所に行って来ました。


これは今日の松ちゃんです。
今年は4月まで取材が入っているみたいで、明日はチェコソロバキアの取材だそうです。
ノートには取材スケジュールがびっしり書かれてました。

松ちゃんちには朝一番に着いたのだけど、電話で取材の打ち合わせをしていて、写真の画像を送ってくれとか色々な注文に答えていた松ちゃんで、ほんと取りつくしまなかったです。

1時間も取材等の打ち合わせをしていたところに、松ちゃんを訪ねて来た同じ町民の方がやって来て、僕はまた待たされる羽目に。


今日は終始、聞き役に回っていた松ちゃんでした。

いつもこれが当たり前なので、僕はただひたすら付き合うしかなかったです。


今日のシロ。
松ちゃんがシロのために作ってあげたシロの部屋?
完全に家猫になってしまったシロでした。

松ちゃんが言うには「ずっと取材が続いていたけど、今日は中休みで一件も取材が入ってねぇ~日なんだ」そうで、ラッキーな日でした。
もう一つ、近日中に松ちゃんの姿が全国放送のTVニュースで放映されるそうです。

また松ちゃんは「今月の15日から23日までスイスに招待されたので行ってくる」と言い、僕は「さすが、がんばる福島の歩く広告塔!」と感嘆。

僕が「仕事でドイツ行きを決めるから、スイスまで会いに行くか?」と言ったら「近いけど飛行機でスイスまで移動だぞ」と返され「じゃぁ、や~めた」と二人で大笑い。
僕は飛行機があまり好きじゃなくて、海外なんて行きたいと思わない根っからの小心者なんです。汗!


久しぶりに町に出来た大型焼却場の近くまで行ってみた。
以前より放射能汚染物の置き場の黒い袋が少なくなっていたと思う。
処分場でがんがん燃やされ減っているのだろうなぁ?

松ちゃんに「この5年って、松っちゃんにとってどんな5年だった」と、聞いてみた。

松ちゃんは、すかさず「ある意味(いいことも悪い事も含めて)無駄な5年だった」と。

「仕事もなくなり、ご近所さんとの付き合いも何もなくなったべ~。帰還する人も少なく夢見てた復興もなくなった。そう意味では無駄な5年だったと思う」と・・・・
すごーく分かった。
ふるさとを思う気持ちは、町の誰よりも強い松ちゃんだからなぁ~。
町の事、残された動物の事、本当に寝ないで考えてた松ちゃんだったもんなぁ~。


今日、僕の自宅から松ちゃんちに向かう時、解体中の幟のある3軒の家の前を通った。
僕の家より全然新しいのに解体される。
またまた落ち込みました。

僕も家族に帰還するのを大反対され5年目を迎えるにあたって、やっと家を処分すると決めた。
帰れないとは自分でも薄々分かっていたんだけど、なかなか決められずにいた。
僕自身は帰還する気満々だったからね・・・。

家族の希望を最優先しなければならないと納得したつもりでしたが、今、正直言ってポカーンとどこかに穴が開いたような感じです。

家も仕事も友人との付き合いも無くなり、帰れる場所もなくなったのかと思うとやっぱり寂しい・・・・。
複雑でとても長い5年だったと感じています。


お客さんが来たので僕が席を外し玄関のドアを開けて外に出ると、遊んでほしいとやって来たチビ黒の子猫。
この子は本当に懐っこい子猫なんですよ。

あの日からもう少しで5年。
何とも言えない5年でした。
二度と思い出したくない記憶と体験です。

元に戻るまでまだまだ長い時間かかると思います。
町の復興も住民の心の復興も。

事業を起こして失敗して家を失うならともかく、真面目に働いて来たのに東電の原発事故のせいで、家も仕事も何もかも無くなった。
めちゃくちゃになった人生です。

あれだけの事故を起したのに国に守られて潰れない東電。
政治家と財界とつながっているから、どうしようもないしどうにもならない。
ただただ悔しいの一言。

他人は生活再建って簡単に言うけど、県内・外を問わず今でも避難者である人にとっては難しい人がたくさんいます。

そんな元住民の事を心配する松ちゃんと話せて心が少し和んだ僕でした。
あと5日後に東日本大震災と福島第一原発事故から5年の日を迎えます。

今生きる動物たちのために松ちゃんは頑張って行きます。
みなさん、これからもがんばる福島と松ちゃんの応援どうぞ宜しくお願いいたします。

今日もお付き合い下さいまして本当にありがとうございました。
それではまた。






















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もうすぐ5年。

2016-02-29 19:35:36 | 日記
NO872
みなさん、今回は9日ぶりのご無沙汰になってしまいました。
一段落ついたかな?という感じですが、これも束の間ですぐに時間がなくなりそう。


ズームレンズが可動するデジカメに興味津々で、カメラを見つめているさびです。

今日は2月の最後で4年ぶりの2月29日。
明日から3.11までの11日間を大事に過ごしたいと思います。

嫌でも毎年この時期が来るんですね。
消してしまいたい記憶です。


いつもさびの側にいる黒猫の子供。

被災地ではあの震災体験を今も引きずっている人がいる中、真逆に新しい場所で新生活を始めた人がたくさんいて、悲喜こもごも。

新生活を始めた人の事は素直に喜んでいますが、まだ立ち上がれない人の話しになるとさすがにげんなりすることがあります。

人によっては「もう5年」であり、またある人には「やっと5年」とそれぞれの思いがある。
中には「たった5年が過ぎただけ」という人も。

福島の地を離れることが出来ず、家業を継がねばならない人の苦悩をある映画の紹介で知りましたが、立ち直るにはまだまだ時間が必要な人がいます。

住民がそれぞれに大切な物を失った原発事故。
誰にとっても失うものが大きすぎた事故だった。


松ちゃんの牧場の前の田んぼにも、今では見慣れた放射能汚染物の袋が積まれている。
見ても何も感じなくなった黒い袋。

松ちゃんと町の復興の話をしますが、以前、僕が考えていた復興とは全く違う形になる。

町の姿も人の心や考え方も変わりつつある中で、廃墟の町になってからずっと故郷の姿を見続けてきた松ちゃんだけが変わっていない。

いつも「想像もつかない人生になった」と言う松ちゃんだが、彼は今も変わらず静かに反原発を訴えて生きている。
動物たちを保護するため究極の世界にたった一人で挑んだ彼の5年。
今度行ったら松ちゃんにどんな5年だったのか聞いてみたい。


雨の日も雪の日も変わらず餌を与え続ける松ちゃん。
ここは日差しがあまり当たらなくてなかなか乾かない状態の牧場です。


殺処分されるはずだった牛たちは、彼がいたから殺されず今を生きている。
ストレスも無く生きているから幸せな牛たちだと思う。

犬・猫だけでなく牛まで助けるって聞いた時、僕は「とうとう牛まで・・・ホントかよ・・・」って真っ青になった。

住民の立ち入りも禁止された強制避難区域の中で、たった一人で動物の保護をしていた松ちゃんの事がだんだんと知れ渡り、たくさんのボランティアさんが入ってくれ被災地の犬や猫を助け出してくれた。

ボランティアの皆さんと、いつも松ちゃんをご支援下さる全国の皆さんに感謝しています。

松ちゃんが放射能まみれの強制避難区域に居続けた事には賛否両論あったと思いますが、彼にしか出来なかったことだったと思います。


ぬかるんでいる餌場で他の牛よりも遅れてわらを食べる牛。

そんな松ちゃんの所に顔出したいのですが震災と原発事故から節目の5年という事で、今頃はTVや新聞などの取材で忙しいはずなので行くべきか?行かざるべきか考え中です。

行って邪魔しちゃうのも何だし、今回はちょっとタイミングが悪すぎるかも?
今週末行けたら行って来ますので、みなさん、松ちゃん情報は少しだけ待ってて下さい。

それでは今日はこの辺で失礼します。


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