ときぶーの時間

募金の受付先 東邦銀行 安積支店 普通644994 名義がんばる福島
みなさんご支援宜しくお願いいたします。

少しづつだけど。

2016-05-26 08:00:55 | 日記
みなさん、こんにちは。
やっと富岡に行って来れました。

昨日は待つこと3時間、さすがにちょっときつかったかな?
でも、松ちゃんにも都合や予定があるからひたすら待つしかなかった。


松ちゃんの家から撮った写真。
食いしん坊のヤマを先頭に体の小さな子牛は柵を掻い潜り、青草の生えた元の牧場で草を食んでいた。

最初に支援物資の受け取りのご報告をさせて頂きます。

伝票NO4209-9784-8913 T.S様 ジャガイモ8ケース
伝票NO3042-5988-7934 S.K様 バミューダヘイ25kg
伝票NO4149-8539-8262 F.Y様 飲料水・他
(順不同 複数個口の伝票NO省略 イニシャル違いはお許し下さい) 

温かいご支援に感謝いたします。
本当にありがとうございました。

昨日、松ちゃんを待つ間に時間つぶしに色々と歩きまわったが、ウグイスやその他の鳥の鳴き声やさえずりを聞き、町に鳥が戻ってきているのを実感しました。


身体の一番小さな子牛と2番目に小さな子牛です。
大きな牛たちは川に大集合してました。

今日は日本野鳥の会のみなさんが見えて、いつもの調査をするらしいです。

日頃はたった一人で設置した巣箱50個の確認をするのですが「まるまる3時間かかるんだ」と少々お疲れ気味の松ちゃんでした。
夕方からの確認だから、ホントに疲れるよね。

それでも巣箱の殆どに鳥が入っているらしく「マガラ・ヤマガラ・シジュウカラなどが住み付いていんだ」と教えてくれた。

本格的とつけられた除染もほぼ終えた感じで、昨日は除染業者の車も少なく静かな町の中で聞いた鳥の声。
ウグイスの合唱には気分が良かった。

少しづつだけど町の環境は変わって来ているんだなぁ〜・・・
2〜3年前はカラスの鳴き声しか聞かなかったのに、たくさんの野鳥たちの鳴き声を聞いて昔の富岡を思い出した。


松ちゃんは野菜の苗を2ケース買って来た。
今年植えつける品種はかぼちゃ・ミニトマト・ナス・きゅうりなど。

松ちゃんは「多分、殆どイノシシに食われて収穫出来ねぇ〜んでねぇかな」と笑っていた。


「野菜を作って放射能を測ってみる」と言っていたけど、今年も色々と測ってほしいと思います。

今年は九州で大きな地震が起きましたが、何か関係があるのかな?東北の天気も少しおかしい感じがします。

松ちゃんが養蜂を去年から試験的に始め、去年は壊滅状態で何も良い処がなかったのですが、例年なら6月の梅雨入り前に満開に咲くアカシヤの花がもう散り始めていると。

僕は一ヶ月早いアカシアの満開に驚いています。
そのくらい天気が良く蜂にとっては良かったと思います。
松ちゃんは「今年は採蜜して放射能測定出来るべ」と話してくれた。


石松君の水を取りに行った写真。

山からの湧水をホースで取水して、なんともワイルドな手洗い場だったけど、今は蛇口が付けられとてもカッコよくなっていました。

僕が褒めたら「もう一ヶ月くらいなるぞ」と照れ笑い。


僕も蛇口をひねってみました。
ちゃんと水が出て来て、それなりの水量もあってちょっと感動!

昨日は山の植物の話も出来たし、色々と僕にとって収穫のある一日になりました。
お互いに時間が取れない感じではありますが、また近いうちに行って来ますので、みなさん、どうぞ宜しくお願いいたします。











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軍配は石松君に。

2016-05-08 21:53:41 | 日記
みなさん、こんばんは。
GWも今日で終わりですね。

みなさんのGWはいかがだったでしょうか?
僕はGWも何もなくて、どん詰まりのGWでした。

2日の日に富岡に行こうと思ったのですが、松ちゃんの都合が悪く行けませんでした。
松ちゃんとは今日、急きょ会う事になりいわきで会って来ました。


松ちゃんちの家で止まったままでしか見たことのない軽乗用車で彼はやって来た。
僕はこの5年で初めてこの車が公道を走るのを見て少しびっくりしました。

昨日の夜、富岡町の放射線マップを送って下さると名古屋の井上さんからメールを頂き、とてもうれしかった。
みなさんに感謝しています。

放射線マップ作成にお力をお貸し下さった皆様に、この場をお借りし御礼を言わせて頂きます。
本当にありがとうございました。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

松ちゃんは昨日の夕方まで中国メディアの取材を受けていて、GW期間中もずっと忙しかったようです。


いわきの駐車場で一服する松ちゃん。

彼は熊本の地震の事もあり、信頼できる協力者と共に色々と算段している最中です。
この件は少し時間を下さいね。

今も余震が続く熊本のみなさまには何を言ってあげたら良いのか、震災の時の自分の姿やみんなの苦しみや悲しみを思い出し本当に言葉になりません。

早く元に戻ってほしいと、それだけを願っています。
原発事故と違って福島よりは早く元に戻るはずですから、熊本のみなさん、希望を持って前に進んで下さい。
宜しくお願いいたします。

今日の松ちゃんは「これでだいたい終わった(取材が)から」と言って、つい最近の富岡の問題を話してくれた。


今日の僕らの昼ごはん。
あるチェーン店のラーメンとマーボ丼のセット。

午後2時半を回っていて、朝飯抜きで牛たちに餌やりをして来た松ちゃんは、お腹が空きすぎていたのですが、いわき市内を走ったらとんかつ屋さんとか焼肉レストランばかりで、肉好きでない僕のためにぐるぐると走り回ってくれた。
優しい心使いが嬉しかった。

松ちゃんは色々と話してくれたけど難しい問題は置いといて、今日は動物の被害を書きましょう。
松ちゃんはイノブタではなく本物の野生のイノシシが出没して、餌を食う訳でもないのに引き回して餌をダメにしてしまうのでえらい迷惑をかけられていると。

前日、取材を受けていた時に愛犬石松がやたらに吠えて取材の妨害をしたそうで、見に行ったら川の中でイノシシと石松が戦っていたんだって。

イノシシはお尻と鼻先を石松にがぶりとやられ、血を出し戦意喪失してたようで軍配は石松君に。

この頃、自信を付けたのか?野生のイノシシに真っ向から挑んでいく石松だと聞いた。
石松君もしっかり猟犬らしくなって来たもんです。エライ!

みなさん、本当にイノシシなんです。
松ちゃんちの牧場の足跡や草を根こそぎ食べ穴だらけになった地面を見てるので、こんな僕にも分かります。
イノブタはイノシシより鈍感なので、捕獲されてもういないと思います。
今いるのはイノシシ。
マジ危なさそうだから野生のイノシシとは遭遇したくないな〜。


僕と一緒に外食するのは珍しいので、この写真使いました。
会うのがほとんど被災地だから、外食するお店もないし・・・。

ふるさとの復興は新しい町の形を徐々に形成していく過程をそのまま見せてくれている。
そんな訳で僕が「復興はするよ」と言った言葉に、松ちゃんは「人はいねぇけどな」と。

今日会った知人、友人の殆どが町に帰還しない人ばかりだったけど、人はいなくても復興していく。
何かを言おうと思えばいくらでも言えるのだけど、この先どんなふうに変化していくとも、じっと見続けたいと思います。

富岡には、また時間を作って行って来ます。
それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。

















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ふるさとの放射線マップ。

2016-04-29 10:27:15 | 日記
今日からGWですね。
TVで交通機関の渋滞情報を見ながら、今年もやってきたかと。

昨日は、あまりにも疲れて午後8時に寝てしまい、2時間後の10時に起きたものの、それから朝4時まで寝つけずキツイ夜になってしまった。

深夜2時頃携帯のメール受信の音を聞き、開いてみると名古屋の井上さんからのメール。
前日の夜9時頃のメールだったのだけど、爆睡中で開けなかった。

以前、ブログでも書かせていただいたのですが、3月26日に実施された富岡町の放射線測定の報告でした。
富岡町の放射線マップが完成したとあり、すぐにそのマップを開いてみた。


真っ暗な部屋の中で開いて見たマップは、青・黄・緑・赤色を放ち宝石のように輝いてきれいで、しみじみ見てしまった。
オヤジだから夜中に携帯を見ることがない。(笑)
また赤色に反応して我に返り、帰還困難区域の地区が富岡にある事を再確認させられた。

このマップを見て他県の方たちの応援が本当に嬉しくて、じ〜んときました。
ただただ嬉しかった。

今回測定して下さったNPOチェルノブイリ救援中部のみなさん、ボランティアのみなさん、井上さん、お疲れ様でした。
そして本当にありがとうございました。


ロールわら餌を軽トラックに積み込む松ちゃん。

松ちゃんも測定に参加したんだけど「こうして除染後の放射線の数値が出れば、帰還する人しない人に拘らず今の町の実態が分かるべ〜、帰還するしないのどちらの人にも、これが指標になるからいいんだ」と。


帰還困難区域の牧場に向かう松ちゃん号。
この日は仲間の畜主さんの所にもロールを運んだ松ちゃんでした。

今回の測定では、富岡町の50か所の土壌も調べて下さったとかで本当に感謝です。
松ちゃんも山菜や果樹、魚など汚染度を測って来たけど、土壌は測ってないので有難かったです。

5月から仮設住宅や役場の掲示板に貼られて住民の方たちにお目見えするとのこと。
住民のみんなも、これを参考にしてほしい。


今日は久々に松ちゃんちのイノシシ君を見てもらいます。
写真の奥にいるイノシシ君は、ちょっと怖い。


威嚇してくることもあり、近くに寄るとこんな感じ。
離れてこちらの様子を窺い、警戒してとても仲良しになれないです。
この気性だとオスだと思う。


こちらはメスなのかな?
近づいても平気。
松ちゃんにもらったキャベツの葉をぼりぼり目の前で食べてくれた。
この子は人見知りしないイノシシって感じです。

みなさんは今日から大型連休でしょうね。
僕は今日だけ休みであとは未定なので、基本GWは無し。

それでも一日くらいは何とかなりそうなので、来週早い時期に富岡の松ちゃんの所に行ってこようと思います。

それではみなさん、GW期間中は気を付けてお出かけして下さい。
今日はこの辺で失礼します。

















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少しでも早く。

2016-04-27 16:12:12 | 日記
みなさん、お久しぶりです。
ブログを更新したいと日々思っていましたが、忙しかったのと今回の九州地震があり、頭が全然回らずなかなか更新出来ませんでした。


4月9日の写真
このところ、すごく行儀が良い石松君。

自分も東日本大震災の被災者なので、九州のみなさんのご苦労も分かるし、辛さも分かります。
そんな訳で何を書いたらいいのか頭の中の整理がつきませんでした。

朝のTVニュースを見て、熊本地震の復旧作業がかなりのピッチで進んでいるのを嬉しく思います。
新幹線も飛行機も道路もどんどん復旧していく。
これで支援物資も速やかに届けられる。

あとは仮設住宅の建設。
少しでも早く立ててあげてほしい。

一昨日、新宿駅前で東海大学の学生のみなさんが募金活動をしていたので、僕も募金させて頂きました。
少しでも力になればと・・・。

放射能がない分、とにかく早く復旧しなきゃ。
今はそれだけを望みます。


がんばる福島の決算書作りの邪魔をしてくれたシロ。
しつこいくらいじゃれて、今回は本当に手を焼きました。

僕は今週、富岡の松ちゃんの所に行こうとしていたのですが、明日行こうかなと思っていたら急に予定が入り、またいつ行けるか決まらない状態に戻ってしまった。
このままGWに突入してしまいそうです。

松ちゃんには、お願いごとありきで何としても早い段階で会いに行こうと思います。
未処理の書類が出て来て代表印も押してもらわないと完了しないので行くしかないんです。


シロの寝床を占領したさび。

今度会いに行った時に色々と話すことや聞きたいことがある。
町の事、野鳥やミツバチの生態調査の事、餌の事、九州への義捐金や今の問題などなど。

お互いに時間がない時の方が多いので全部聞けるかな?


餌を抱え柵の反対側に運ぶ松ちゃん。
このところ本当に痴呆症にでもなったか?何で反対方向に行ったのか?分からなかった。


そうそう、子牛専用の餌場がすぐ近くにあったんだった。
すっかり忘れてた。
ここは狭くて、さすがに身体の大きな牛はやって来ないんだっけ。

松ちゃんちの上の道路の餌置き場の餌も随分と減っていた。
仲間の畜主さんの所にも運んでいるので、ほんとすっきりしてきました。

みなさんは明後日からGWに入り、長い人は10日間のお休みだそうですね?
旅行に出かける人も、故郷に帰省する人も、事故や怪我など遭わない様注意して行って来て下さい。
みなさんには良いGWになるよう願います。

毎日更新出来ず、みなさんには本当にがっかりさせて申し訳ありません。
時間がある時には更新させて頂きますので、これからも宜しくお願いいたします。











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大変な事になった。

2016-04-16 16:26:25 | 日記
みなさん、こんにちは。
先週7日から飛び飛びで3回も富岡に行き、帰って来てからの2日後、九州大地震が発生。

まさか、こんな大きな地震になるとは・・・。
自分が体験した東日本大震災の記憶が甦り、僕に今何か出来ることは無いか?と考えてました。

そんな今日、伊勢原の山奥での仕事中に松ちゃんから電話が入った。


12日の松ちゃん。
午後2時30分頃、遅い昼食。
メニューはなんとカップ麺のやきそば。
13日オーストラリアの取材の準備のために郡山に行って帰って来た時の写真。

松ちゃんは開口一番「九州は大変な事になったな」と話し出し、九州大地震の話になった。

なんでも彼の友人のカメラマンが現地に飛び、その友人から逐一現場の情報が入っているようで、ひどい状態らしいと言った。
そして「あのよ〜」と話しを切り出した松ちゃんだった。

「俺ら九州の人には、いっぱい応援してもらってきたべ〜、今回の事で俺は九州の人も動物も助けてやりてぇ〜んだけど、動物残して俺が手伝いに行くことは出来ねぇ〜べ、んで何か出来ねぇか?って考えたんだけど、今まで俺たちを応援してくれた九州の人たちがあん時の俺たちと同じ目に遭ってんだ。今、緊急を要する九州の人たちに俺たちの募金を使ってもらいたいんだけど、どうだ〜?」と。

同じ思いで嬉しかった。
だけど募金して頂いている僕らが、それやっていいの?と話し合ったんだけど松ちゃんは「もちろん常識の範囲内でなんだけど」と。

九州の人たちのために今出来ることを何かしたいが一致。

松ちゃんは今、牛の飼養も全国のみなさんのおかげで緊急事態を逸し何とかその活動が出来ています。
今回の大地震で緊急を要する九州のみなさんの力になりたい松ちゃんです。


2番目に体の小さな子牛。


与えれば留まる事を知らない食欲旺盛な子牛でした。

松ちゃんは今、全国の皆さんに何とかお許しを頂いて、常識的な金額を九州大地震の被災者・被災動物のために使っていただく事へのご理解頂きたいと。

松ちゃんは「友人のカメラマンに募金先を調べてもらってんだけど、すぐに送りたいんだ。多分、市役所とかになっかもしんねぇ〜けど、ブログでうまく書いてな」と言って電話を切った。

みなさまにはお叱りを受けるかもしれませんが、全国の皆さん、今回の九州大地震被災者と被災動物のために今、がんばる福島の募金を一部使わせて頂く事を何卒ご理解頂き、どうかお許し下さいますようお願い申し上げます。

今回の犠牲者のみなさまには心からご冥福をお祈りいたします。
被災された九州のみなさん、必ず光が射す日が来ます。
どうか気を落さずにいて下さい。

どうぞ宜しくお願いいたします。









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再度行って来ました。

2016-04-10 17:00:20 | 日記
みなさん、こんにちは。
最初に支援物資の受け取りのご報告をさせて頂きます。

伝票NO3031-9756-7094 S.K様 バミューダヘイ25kgX2個口
               飲料水・他
伝票NO3033-4122-0980 無記名 牧草MIX500gX2個
伝票NO3033-4122-0991 T.H様 クレイングラス25kgX2個口
               チモシーWプレス500gX2個
伝票NO4313-7091-2475 C.I様 衣料品
(複数個口の時伝票NO省略 順不同 イニシャル違いの時はお許し下さい)

ご支援、本当にありがとうございました。
心より感謝いたし厚く御礼を申し上げます。

昨日、僕は先一昨日に行ったばかりなのに、松ちゃんの所へ再度行って来ました。
前年度の収支決算報告書の最後の確認を取りに行ったんです。

これが出来ないと賃借対照表や財産目録とか作れないんですね。
この期間だけはみんなに無理を聞いてもらい、少しお休みして頑張ってます。

それでも昨日、富岡に行き夜ノ森桜を見ることが出来たのは良かった。


帰還困難区域になっていない桜並木には、他県からの車もあり少しだけ人がいた。
桜がきれいで3日前の土砂降りの日に見た桜とは別ものだった。

昨日は強い風が吹くときれいな桜吹雪が舞い、昨日今日あたりが最後の見頃になったと思います。
やっぱ、お天気が良いと桜の花がきれいに見えますね。


こちらは帰還困難区域のゲート。
警察車両が入って行った時の写真。
ゲートの係の方が敬礼をしているから、お偉いさんが乗ってたのかな?


閉じられたゲートの中を警察車両が奥へ走って行った。
この中(帰還困難区域)の桜が本当にきれいなんです。

この日の松ちゃんは先日に続きお客様が見え、それが3月からずっと続いている様子で僕が頼んだことも出来ずにいて、相変わらず忙しい松ちゃんだった。


土砂降りでまたプールのようになった松ちゃんちの牧場。
どういう訳か?ここで松ちゃんを待っていた牛たち。
真冬の凍った牧場と違い暖かくなって来た今日この頃だから、牛たちはプール状態でもへっちゃら。

お客さんと牧場に降りてきた松ちゃんは、一つ目の牧場で声を上げた。
その声に反応して牛たちは「モ〜!」と応え移動を始めた。


川を渡る牛たち。
久しぶりに見た光景です。


乾いた場所にわら餌を投げ入れる松ちゃん。

この牧場の餌やりを終えると、松ちゃんは帰還困難区域にある牧場へと向かった。
このところ僕は時間がなくて帰還困難区域の牧場に顔を出していない。

昨日は少し時間があったので、行きたかったのだけどお客様が見えてたから一緒に行けなかった。
何でも松ちゃんは今日、台湾の取材を受けるらしいです。


僕は川の中に入って写真を撮った。

昨日、富岡の林でウグイスの声を聞いた。
その他の鳥の鳴き声も聞こえ、鳥たちも町に戻って来たんだなと感慨深かった。

その事で松ちゃんと話したら、日本野鳥の会との除染後の町の野鳥の生態調査は続けられていて、今も調査中との事。

夜に巣箱の観察に行き、昼の空いた時間で養蜂の管理作業もしなくてはいけない。
2つの牧場の牛たちに餌を与えてこれらをして、取材だ講演だって半端ないよな。
松ちゃんも時間的余裕がないんだろうなぁ〜と思った。

僕も松ちゃんを見習ってこの数日間で事務的な仕事を終わさないと、またまわりのみなさんに迷惑をかけてしまうから、必死でやろうと思います。

それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。
またお会いしましょう。








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最高の夜ノ森桜。

2016-04-08 09:21:55 | 日記
みなさん、お久しぶりです。
昨日、やっと富岡に行って来れました。

TVニュースで故郷富岡町の夜ノ森桜の満開の画を見て、何としても見たかったので行って来たのですが、昨日は強い雨が降り最悪でした。


なので友人が前日にメールしてくれた夜ノ森桜の写真。
晴れた日に2.5km続く桜のトンネルを歩きたかった。

自分の時間も取れずにいる今日この頃なので、満開の桜を見てほっこりとしたかったのだけど、日頃の行いが悪いのか?行きも帰りも土砂降りの雨に降られ散々な一日でした。

松ちゃんちには午前中に着いたのだけど、家の中には松ちゃんの親友がいた。
僕も一年ぶりくらいでちょっとびっくりしたけど、少し話せたので良かった。

松ちゃんの親友は「昨日は天気が良く暖かくて、最高の夜ノ森桜だった」とご満悦の顔で帰って行った。
羨ましかった。
う〜ん・・・でした。


松ちゃんの家に見慣れないカレンダーがあり「俺の写真入ってんだ」と。
中を開いたら、松ちゃんは6月のカレンダーに載ってた。

この中の登場人物は12人選出されているのですが、松ちゃんはその中の一人です。


このカレンダーの中に松ちゃんが載る事になったのは、以前、松ちゃんをイタリアにご招待下さったNPOワンウェイ国際平和文化協会の柴田淑美様のおかげなのですが、こうして海外のどこかで松ちゃん(福島原発事故=放射能汚染)を知って頂けることは嬉しい限りです。

このカレンダーの収益金は全てシリアとか今、問題になっている難民の方々へ寄付されるそうです。
NPOワンウェイ国際平和文化協会の柴田淑美様、本当にありがとうございました。

僕は午後3時ごろまで松ちゃんに付き合ってもらい、前年度の収支や今年度の計画を確認し、それから雨の中、広野・四倉へと車を走らせ一通りの用事を済ませ帰って来ました。


雨・雨・雨。
こうして写真を良く見ると、松ちゃん号のガムテープもがんばってるなぁ〜。
ロールわら餌を運ぶ時に硝子が割れたため、透明ビニールを張りガムテープで止めているんだけど、雨にも負けず風にも負けず松ちゃんを守っている。(笑)


広野⇔四倉、結構な雨の中、傘など持たず用を足すのに濡れて活動。
行きは埼玉あたりで強烈な雨の中走り、帰りは北茨城あたりまで強い雨でした。
それでも昨日は大事な仕事が出来それなりに良かったです。

だけど、持って帰って来た宿題を終わらせなければならず、ちょっと気が重いです。
時間的余裕のない毎日にあへあへしているので・・・。

先月は大きな勘違いというより注意力が足りず、松ちゃんの3月と4月のスケジュールを間違えてお伝えしてしまい、松ちゃんのみならず友人や協力してくれているNPO関係者、彼を支援してくださっている全国のみなさんに、大変ご迷惑をおかけしました。

先月の26日には、NPO中部チェルノブイリさんとボランティアさんが故郷富岡町の除染後の放射線量と土壌などの計測をして下さり、本当に嬉しくありがたいと思いました。

NPOチェルブノイリ救援中部様、お手伝いして下さったボランティアの皆さん、本当にありがとうございました。
改めて感謝申し上げます。

僕も行く予定ではいたのですが仕事の都合で行けなくなりとても残念でした。
次回は参加したいと思います。

こうして他県のみなさまが今の福島の事を忘れずにいて下さることに心から感謝いたします。
みなさん、これからも松ちゃんと福島の応援どうぞ宜しくお願いいたします。



















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お詫びと訂正。

2016-03-18 13:32:37 | 日記
みなさん、NO875のお詫びと訂正をさせて頂きます。

松ちゃんがスイスへ飛んで今日で3日目ですって書きましたが、3〜4週間前に聞いた予定をそのまま鵜呑みにして更新してしまいました。

某大学の研究室で明日と明後日施行する大規模の改装工事のメンテナンスの打ち合わせ中、松ちゃんの友人から松ちゃんは富岡にいるよとメールを頂き真っ青になって一旦戻りました。

只今、お詫びのブログを書かせていただいております。

予定はあくまでも予定なのに、ここ2〜3年は毎年海外での活動があった松ちゃんなので、今年も確実に行くと勝手に思い込んでいました。

何週間か前に松ちゃんの予定を聞いた時「15から23は避けるね」と言いながらも、松ちゃんは「行くかもしんねぇ〜」って言ったように思います。

記憶が定かでない。
この頃変則的な時間帯で動いているので、更なる連絡不足。
全くだめですね!

松ちゃんを応援して下さっているみなさん、本当に申し訳ありませんでした。
改めて深くお詫び申し上げます。

また富岡に行った時に更新させて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします。










































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未来を目指して。

2016-03-11 07:10:22 | 日記
NO874
みなさん、おはようございます。
みなさまには、日頃のご支援に感謝致しここに厚く御礼を申しあげます。
また、全国各地で今の福島を応援してくださる団体様、個人の方、全ての方々にも感謝申し上げます。

今日は2011年3月11日東日本大震災から5年目を迎える一日です。
ふるさと富岡町は未来を目指して、少しづつ変化しています。

今まであったものが突然消えていることも多く、さすがに寂しさを感じることも沢山ありますが、これも復興への道筋なんだと、自分に言い聞かせています。


駅前通り。
以前、松ちゃんに「駅前は何にもねぇ〜ぞ!見る影もなくなったよ」と言われ、恐る恐る先週行って見たら本当に何もかもがなくなっていた。

内のかみさんがパートに出ていた中華料理店もビジネスホテルも本屋さんも理髪店も、スーパーや居酒屋さんなど、自分の記憶にあった駅前の店の姿が全て消えていた。
ほんとにびっくりしたし、さすがにショックでしたね。
こんなに何にもかもきれいに無くなるとは思っていなかったので・・・。


駅のホームから撮った写真。
あったのは大きな白い建物と放射能汚染物の黒い袋のピラミッドだけ。

駅の駐車場に設置されていた東日本大震災の慰霊碑もどこかに移されていて、さすがに離れていると分からないことばかり。

駅前に家を構えていた知人に「帰るの」と聞いたら「もう帰らない、こっちで(避難先)で細々暮らすよ」と。
今まで住民のみんなにも帰りたいという気持ちは心の隅にあったと思う。
だけど5年という月日は長すぎた。

原発事故がなければ町は普通に復興したでしょう。
放射能汚染のため先の見えない避難生活を強いられ、そこから脱出するため生活再建の第一歩を避難先で歩み始めなければならなかった。

今では多くの住民が新しい土地に根付いて暮らしている。
新しいまちづくりを模索する行政もなかなか大変だと思う。

松ちゃんだけは変わらず、ずっと町を見続けて来た。
思い出せばいろんな事があった。
驚いたことや面白かったこと、悔しかった事や悲しいこともたくさんあった。


在りし日のさくらとモモコ。
自分の目の前にダチョウがいるのが本当に信じられなかったが、さくらもモモコもおとなしくていい子だった。

犬や猫に始まり放浪する牛やダチョウに餌を与えて生かしてきた松ちゃんも、あの頃と(強制避難区域に指定)比べれば随分と落ち着いてきたと思う。
あの頃が半端なさすぎなんだよね。
全国のみなさんのご支援もあり、いろんな面で良くなった。

町に取残された動物に対して人間たった一人。
彼は餌と水を与えるのに、毎日朝から晩まで走り続けた。
それは酷暑の夏も厳寒の冬も水も電気も音もない究極の世界で生きた。

松ちゃんは、この5年をある意味無駄な5年と総括したけど、町の住民が一人一人帰還を諦めて行く現実を今も見つめている。
「元通りにならないが、新しい町が出来るよ」と静かに言ったあの日の松ちゃんを思い出す。
これからも殺処分から救った牛の飼養をしながら、町の姿を見続ける松ちゃんです。

松ちゃんとの付き合いのおかげで、僕は縁のなかったイノブタやダチョウや牛までも付き合う事が出来た。
そういう意味では感謝です。


隣の牧場は水たまりの範囲が広く沼のような状態だったので、牛たちは必然的にここにやって来て餌をもらっているようだった。

この先、これからも町はどんどんその姿を変えて行くと思う。
松ちゃんは「国道近くの町場は復興すんべと思うけど、だけど町はずれの所は人がいなければ林になり、10年もすれば森になる」と、いつも富岡町の近未来を危惧している。

正直、僕の家の周りで2軒解体する家がある。
その後、その土地の管理を誰もしなかったら、草が生え柳の木が自生して10年もすれば成長の速い柳の木は森を形成すると思う。

郊外の住宅地は町場の住宅地と比較しても、そうなる可能性は非常に高い。
もちろん住宅地だけでなく田畑は確実にそうなる。

富岡町の9割の住民が帰還せず放置される土地がそのままになれば完全に森と化するだろうと思う。
復興計画の名のもとに行政が手をつけた所だけ町の様相を見せ、その他は森に。

今、除染一辺倒できれいに見える町も、東京オリンピックが開催される頃には、松ちゃんが言うようにあちこちで小さな森の姿を見せているかもしれない。

先の事は分からないですが、町がどんな形になろうとも素直に受け止めたい。
震災5年目を迎え「俺は一生富岡の住民」と言う松ちゃんと共に町の姿を見て行きます

全国の皆さん、これからもNPOがんばる福島と代表松村直登の応援、どうぞ宜しくお願いいたします。































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ある意味、無駄な・・・。

2016-03-06 21:51:55 | 日記
NO873
みなさん、1週間ぶりのご無沙汰です。
やっと松ちゃんの所に行って来ました。

個人的な事で申し訳ないのですが、仕事の都合で思うように休みも取れず苦労しています。

先週の木、金曜日あたりに行こうと計画していたのですが、急きょ仕事が入り断れず2日遅れで松ちゃんの所に行って来ました。


これは今日の松ちゃんです。
今年は4月まで取材が入っているみたいで、明日はチェコソロバキアの取材だそうです。
ノートには取材スケジュールがびっしり書かれてました。

松ちゃんちには朝一番に着いたのだけど、電話で取材の打ち合わせをしていて、写真の画像を送ってくれとか色々な注文に答えていた松ちゃんで、ほんと取りつくしまなかったです。

1時間も取材等の打ち合わせをしていたところに、松ちゃんを訪ねて来た同じ町民の方がやって来て、僕はまた待たされる羽目に。


今日は終始、聞き役に回っていた松ちゃんでした。

いつもこれが当たり前なので、僕はただひたすら付き合うしかなかったです。


今日のシロ。
松ちゃんがシロのために作ってあげたシロの部屋?
完全に家猫になってしまったシロでした。

松ちゃんが言うには「ずっと取材が続いていたけど、今日は中休みで一件も取材が入ってねぇ〜日なんだ」そうで、ラッキーな日でした。
もう一つ、近日中に松ちゃんの姿が全国放送のTVニュースで放映されるそうです。

また松ちゃんは「今月の15日から23日までスイスに招待されたので行ってくる」と言い、僕は「さすが、がんばる福島の歩く広告塔!」と感嘆。

僕が「仕事でドイツ行きを決めるから、スイスまで会いに行くか?」と言ったら「近いけど飛行機でスイスまで移動だぞ」と返され「じゃぁ、や〜めた」と二人で大笑い。
僕は飛行機があまり好きじゃなくて、海外なんて行きたいと思わない根っからの小心者なんです。汗!


久しぶりに町に出来た大型焼却場の近くまで行ってみた。
以前より放射能汚染物の置き場の黒い袋が少なくなっていたと思う。
処分場でがんがん燃やされ減っているのだろうなぁ?

松ちゃんに「この5年って、松っちゃんにとってどんな5年だった」と、聞いてみた。

松ちゃんは、すかさず「ある意味(いいことも悪い事も含めて)無駄な5年だった」と。

「仕事もなくなり、ご近所さんとの付き合いも何もなくなったべ〜。帰還する人も少なく夢見てた復興もなくなった。そう意味では無駄な5年だったと思う」と・・・・
すごーく分かった。
ふるさとを思う気持ちは、町の誰よりも強い松ちゃんだからなぁ〜。
町の事、残された動物の事、本当に寝ないで考えてた松ちゃんだったもんなぁ〜。


今日、僕の自宅から松ちゃんちに向かう時、解体中の幟のある3軒の家の前を通った。
僕の家より全然新しいのに解体される。
またまた落ち込みました。

僕も家族に帰還するのを大反対され5年目を迎えるにあたって、やっと家を処分すると決めた。
帰れないとは自分でも薄々分かっていたんだけど、なかなか決められずにいた。
僕自身は帰還する気満々だったからね・・・。

家族の希望を最優先しなければならないと納得したつもりでしたが、今、正直言ってポカーンとどこかに穴が開いたような感じです。

家も仕事も友人との付き合いも無くなり、帰れる場所もなくなったのかと思うとやっぱり寂しい・・・・。
複雑でとても長い5年だったと感じています。


お客さんが来たので僕が席を外し玄関のドアを開けて外に出ると、遊んでほしいとやって来たチビ黒の子猫。
この子は本当に懐っこい子猫なんですよ。

あの日からもう少しで5年。
何とも言えない5年でした。
二度と思い出したくない記憶と体験です。

元に戻るまでまだまだ長い時間かかると思います。
町の復興も住民の心の復興も。

事業を起こして失敗して家を失うならともかく、真面目に働いて来たのに東電の原発事故のせいで、家も仕事も何もかも無くなった。
めちゃくちゃになった人生です。

あれだけの事故を起したのに国に守られて潰れない東電。
政治家と財界とつながっているから、どうしようもないしどうにもならない。
ただただ悔しいの一言。

他人は生活再建って簡単に言うけど、県内・外を問わず今でも避難者である人にとっては難しい人がたくさんいます。

そんな元住民の事を心配する松ちゃんと話せて心が少し和んだ僕でした。
あと5日後に東日本大震災と福島第一原発事故から5年の日を迎えます。

今生きる動物たちのために松ちゃんは頑張って行きます。
みなさん、これからもがんばる福島と松ちゃんの応援どうぞ宜しくお願いいたします。

今日もお付き合い下さいまして本当にありがとうございました。
それではまた。






















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もうすぐ5年。

2016-02-29 19:35:36 | 日記
NO872
みなさん、今回は9日ぶりのご無沙汰になってしまいました。
一段落ついたかな?という感じですが、これも束の間ですぐに時間がなくなりそう。


ズームレンズが可動するデジカメに興味津々で、カメラを見つめているさびです。

今日は2月の最後で4年ぶりの2月29日。
明日から3.11までの11日間を大事に過ごしたいと思います。

嫌でも毎年この時期が来るんですね。
消してしまいたい記憶です。


いつもさびの側にいる黒猫の子供。

被災地ではあの震災体験を今も引きずっている人がいる中、真逆に新しい場所で新生活を始めた人がたくさんいて、悲喜こもごも。

新生活を始めた人の事は素直に喜んでいますが、まだ立ち上がれない人の話しになるとさすがにげんなりすることがあります。

人によっては「もう5年」であり、またある人には「やっと5年」とそれぞれの思いがある。
中には「たった5年が過ぎただけ」という人も。

福島の地を離れることが出来ず、家業を継がねばならない人の苦悩をある映画の紹介で知りましたが、立ち直るにはまだまだ時間が必要な人がいます。

住民がそれぞれに大切な物を失った原発事故。
誰にとっても失うものが大きすぎた事故だった。


松ちゃんの牧場の前の田んぼにも、今では見慣れた放射能汚染物の袋が積まれている。
見ても何も感じなくなった黒い袋。

松ちゃんと町の復興の話をしますが、以前、僕が考えていた復興とは全く違う形になる。

町の姿も人の心や考え方も変わりつつある中で、廃墟の町になってからずっと故郷の姿を見続けてきた松ちゃんだけが変わっていない。

いつも「想像もつかない人生になった」と言う松ちゃんだが、彼は今も変わらず静かに反原発を訴えて生きている。
動物たちを保護するため究極の世界にたった一人で挑んだ彼の5年。
今度行ったら松ちゃんにどんな5年だったのか聞いてみたい。


雨の日も雪の日も変わらず餌を与え続ける松ちゃん。
ここは日差しがあまり当たらなくてなかなか乾かない状態の牧場です。


殺処分されるはずだった牛たちは、彼がいたから殺されず今を生きている。
ストレスも無く生きているから幸せな牛たちだと思う。

犬・猫だけでなく牛まで助けるって聞いた時、僕は「とうとう牛まで・・・ホントかよ・・・」って真っ青になった。

住民の立ち入りも禁止された強制避難区域の中で、たった一人で動物の保護をしていた松ちゃんの事がだんだんと知れ渡り、たくさんのボランティアさんが入ってくれ被災地の犬や猫を助け出してくれた。

ボランティアの皆さんと、いつも松ちゃんをご支援下さる全国の皆さんに感謝しています。

松ちゃんが放射能まみれの強制避難区域に居続けた事には賛否両論あったと思いますが、彼にしか出来なかったことだったと思います。


ぬかるんでいる餌場で他の牛よりも遅れてわらを食べる牛。

そんな松ちゃんの所に顔出したいのですが震災と原発事故から節目の5年という事で、今頃はTVや新聞などの取材で忙しいはずなので行くべきか?行かざるべきか考え中です。

行って邪魔しちゃうのも何だし、今回はちょっとタイミングが悪すぎるかも?
今週末行けたら行って来ますので、みなさん、松ちゃん情報は少しだけ待ってて下さい。

それでは今日はこの辺で失礼します。


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日々、決断!

2016-02-20 17:10:00 | 日記
NO871
みなさんお久しぶりです。
一週間のご無沙汰でしたって名アナウンサーの文句でないですが、本当に今週はあっと言う間の一週間でした。


家の中でTVを見ているシロ。

うちのかみさんが風邪?でダウンして3日ほど具合が悪くて寝込んでいたのですが、僕もかみさんのがうつったみたいでひどい目に遭いました。
仕事には行かねばならず、とにかくきつかったです。

滅多にないというか震災前には経験したことなかったけれど、病気もせず寝込むこともなかったかみさんが、震災後必ず冬にダウンするようになった。

普通の生活が出来る事に感謝するのは、至ってこんなドツボの時になります。
今週・来週は予定びっしりなので、富岡の松ちゃんの所には再来週あたり顔出そうと思います。


外の散歩から帰って来て横たわるシロ。
お腹とか土などで汚れてるのに、このまま僕の胡坐をかいた膝の上に。

この頃、色々な社長さんとお会いする事が多いのですが、社長さんたちの話は本当に面白いですね。

3日前にお会いした社長さんに「金子さん、日々決断ですよ!決断と書いて物事を決める事と解釈されていますが、決断の意味は何かを決めたら一方で何かを断つという事です」

「決定と決断ではまるきり違う言葉なんです。決定は変更できますが決断は変更できません」

「決断は何かを断ってまでも目標を達成させるという意味で、たった2文字ですが大きな意味をもっています」

「大事な案件や進めている事案に障害などある場合は友人との付き合いや遊び、酒やタバコなど何かを断って初めて決断です」

「この境地に至らないというのは本気度が低いか?時間があって考えばかり先行している状態なんでしょう」
「私はずっとこんな生き方をしてきました。だから今、うちの社員にこういうことを教えているんです」と。

僕より年下の社長さんでしたが、かっこいいなぁ〜でした。
言葉に重みがあって感じ入りました。
会社の未来や社員とその家族の事など考えたら、常に前に進むしかないので社長さんには、日々、決断だったのだと思います。

決断?こんな事考えてもみなかったけど、僕の事を言われたのかな?
考えてばかりいないで行動しなさいと。


僕がやって来てお父さんの家から出て来てお出迎えしてくれたさびです。


さび?シロ?どっちかの子供。
僕はどっちの子か未だにわかっていません。

震災前は、ほぼ順調に生きて来たけど震災後は真逆な生活になった。
自信も失ったし、やりたい事も見つけられずに生きて来た。

家を建てた時もまわりの勧めに乗せられてだし、会社に就職するにも決断して入社したわけでないし、みなさんに「あんたは極楽とんぼ」と言われるかも知れませんが決断したといえるのが少ないんです。

そんな自分を反省し叱咤激励して下さる社長さんたちの語録を時々紹介させて頂こうと思います。
それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。







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突然消える。

2016-02-13 06:07:05 | 日記
NO870
みなさん、おはようございます。
富岡から帰って来てすぐに法務局へ行き、所用の手続きを終え速攻仕事の打ち合わせへ。
それからずっと仕事漬け。


横浜の法務局。
赤レンガの建物。

とりあえず松ちゃんと約束した事を直ぐに果たせたので良かったと変な安堵感を感じた。
それだけ時間がないって事なんだと思う。


法務局のある中区には産業革命時代の古い建造物等があり、休みなら色々見て回りたかった。
この建物は明治時代の貴重な建造物として国の重要文化財の指定を受けた旧横浜正金銀行本店です。


これは大手損保会社の建物。
カッコいい、渋いなぁ〜って思った。

近くには中華街もあるし時間があれば美味しい中華を食べたかった。

このところ松ちゃんに会いに行くと今までと全然違うスピードで町の姿が変わっていることにへこんで帰って来る。


牧場の側にあるこの家も色々な事情があって解体されることになり、解体業者が入り作業が始まっていた。
全部解体されたらホントに何もない景色になってしまう。

松ちゃんとシロさびが一緒に散歩した道のバックにはこの家がいつもあった。
それが消えてしまう。

今となってみると震災から2年間までの富岡町が好きだった。
今年の3月11日で震災から5年目を迎える町は、今まであった家があちこちで無くなっている町になった。

帰省するたびに記憶の中にある家が突然消えて無くなっているのにはいつも落ち込む。
本当にがっくりくる。
明日はわが身の立場になり元気が出ない。


「さぁ〜てやるべか!」と何故か髪を整えながらやって来た松ちゃん。

家族に家の相続を拒否られ、帰還も猛反対され取るべき手段は一つのみ。
松ちゃんにも「老いては子に従えって。その方が絶対にいいべぇ〜」と促され・・・。

自分も建てた家を取り壊すことに決めた。
家2軒を持つ余裕もないし、家族あっての人生だし、家族が嫌がる事をするのは本意ではない。

それにしても長かった。
愛着からなのか?なかなか踏ん切りがつかず、この一つの答えを出すのに時間がかかった。


石松君。
久しぶりに来て声を掛けてくれたかみさんに石松は飛びつきかみさんの服を汚してくれた。
喜びの表現だからしゃぁ〜ないよな。

帰還したところで仕事が無い事。
住民が殆ど帰還せず人のいない町で暮らせない、ちゃんとしたスーパーや病院などがないなどと家族。

無理もないよな。

避難先でわき見運転の乗用車にはねられ亡くなった義父の「おら〜、もう1回百姓やりてぇ〜んだ」の言葉が頭の中をよぎる。
見果てぬ夢ではなかったはず・・・。

この現実を前に日本各地で再稼働される原発。
ただ一言悔しい。


松ちゃんちの玄関で僕が家の中に入るのを待ち構えているさび。

家探しも家族の意見を聞きながらだから簡単じゃないし、何もかも他の人より随分と遅れている。
恥ずかしいけれど事実だから仕方がない。

それでもへこたれず前向きに頑張っていくべ!それしかないもんな。
個人的なブログになってしまいましたがみなさん、今日はこの辺で失礼します。
それではまた。















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待ってんだけど。

2016-02-10 06:31:36 | 日記
NO869
みなさんおはようございます。
昨日富岡に行って来ました。
この頃、松ちゃんから何かと電話をもらう。

NPOがんばる福島のマイナンバーの件とか、新しく導入された規制で新しく手続きし直すことが増え、僕は今日、朝一で横浜の法務局へ必要書類を取りに行く。

昨日は前日に電話もメールもしないで富岡に向かったのだけど、前回僕が約束した9日に行くを覚えていてくれて「今日、来るって言ってたよな?待ってんだけど」と高速道路を走っている時に電話をもらった。

ごめん、ごめんと遅れた理由を了承してもらって、いつもより遅い時間に到着。


富岡には11時30分に着いたのですが、午前中の餌やりを終えた松ちゃんの所には町民のお客様がみえてた。

お客様が帰られ松ちゃんと一緒に昼食を摂ったのだけど、その時に今年の3.11の事を聞いた。
日本のTV局と新聞社の取材がいくつか入っていると言っていた。

確か来週にはBBCの取材があると思う。


「スイスに招待されてんだけど今年は行けっかな?」という松ちゃんに僕は絶対に行って来てよと返した。

昨日は時間があまりなかったけど日銀のマイナス金利政策や原油安から来る円高など盛りだくさんの話をした。
松ちゃんは「マイナス金利は失敗すんでねぇのかな?」と言っていた。

数日前に富岡にも雪が降り松ちゃんちにも少し雪が残っていたので、牧場の牛たちが少し心配で見に行った。


「あそこは雪が全然融けねぇんだ」と言うように、牧場の方はこの通り。
入り口付近まではガチガチに雪が凍って氷の上を滑らないように歩いて行った。

みんなお腹がいっぱいで反芻してました。


柵の外に出てわら餌を食べていた黒助と柵の周辺にいた1頭だけが立ち上がっただけ。

前日の夕方に少し多めの餌をあげたようで、この日の午前中の餌は少しで充分だったらしい。


昨日は風もなく暖かく日向ぼっこするには最高の日和でした。

少し遅れて行ったから餌やりに付き合えなかったけど、こうして全頭が反芻していることも滅多にないのでラッキーだったかな?


田んぼの牧場は雪と雪が解けた水たまり。
でもちゃんと乾いた柵の周りで休んでた。
ここは日当たりが良くて暖かい場所。

まだ2月なのに昨日の暖かさはドカ雪の心配を忘れさせるような陽気。
でも3月までは絶対に気を緩められないよな〜。

松ちゃんに「いつ行くんだ」と長崎の事を聞かれた。
だけどもう一つのプロジェクトの日時などが決まって無いので未定なんだとしか言えなかった。

昨日は僕もやることがあり松ちゃんに「来れるときは来るようにする」と言って早々に横浜に戻って来ました。

それではみなさん、今日はこの辺で失礼します。
またお会いしましょう。












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人助けだと思って。

2016-02-06 09:00:03 | 日記
NO868
みなさんお久しぶりです。
今週もめちゃハードな1週間でした。


変な格好で迎えてくれたさびの写真。

昨年12月に突然浮上した2つの大きな仕事に取り掛かる準備もあり、年末からずっと心も体も休まる日がなかったです。
今回の仕事で2月上旬から長期(僕にとっては)の出張のため横浜を離れる事になっていたんです。


さびの子供。
なかなかの美顔でしょ。

だけど4月にはがんばる福島の決算報告を提出したり色々あるし、ましてや生まれて初めての単身赴任!行きたい気持ちもありましたが、行けばすぐに帰って来れないし本当に悩みました。

本当なら明日長崎に行き、今月末にはそこからドイツへ2ヶ月弱、その後長崎に戻りそこで数か月。
なので行ったら、ちょっとやそっとじゃ帰って来れない。

本当に悩みに悩んで松ちゃんに相談したら「半年くらい死んだつもりでやって来いよ!たったの半年だろ?」と。


真剣に聞いて真面目に考えてくれた松ちゃんです。
松ちゃんホントにありがとう。

僕がブログも書けないし、法人の決算や色々あるし・・・など色々なこと言って駄々こねてたら、松ちゃんに「人助けだと思ってやってくればいい、いつか自分にいいことで返ってくるって」と。

こっちの事は心配しなくていい。大丈夫だから行って来いよと、松ちゃんの言葉が沁みたしホントに嬉しかったです。
松ちゃんはホントにいい奴だなぁ〜って。


僕がよほど悩んだ顔していたのか?神妙な面持ち迎えてくれた石松くん。

この年になってこんなに悩んだり迷ったりすることあるんだなぁ〜、でもこれって原発事故さえなかったら絶対になかったと思います。

この年になると新しい環境にチャレンジしていく勇気がないのかな?たぶん、僕はその口なんだと思います。


さびと違って家の中での暮らしが多いシロです。

だけどあんなに悩んで答えを出したのに、仕事中に僕は手を痛めてしまい長崎チームの一員から外してもらう羽目に。

長崎に行くには行くのですが治り次第行く感じで、ドイツには行かないで2つ目の仕事に取り掛かることにしました。
これはこれで全国を飛び回るようになると思います。

そんな訳で今年は福島にそうそう行けそうになく、今までのように松ちゃんの近況や被災地の現状をお伝えできないと思います。
くたびれてられないよなぁ〜。

来週9日に富岡に行って松ちゃんに会って来ます。
みなさん来週の10日には松ちゃんの近況をお知らせいたしますので楽しみに待っててください。

それでは今日はこの辺で失礼します。






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