塩哲の色即是空

私の日常の活動状況を飾り気なく、素のままで表現する。

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新規ブログ 塩哲の空即是色

2011-08-28 15:35:09 | Weblog
さて、gooブログの画像データのストックが規定の許容量を
越えたようです。
そこで、「塩哲の空即是色」と題したタイトルで新たに頁を
開きました。今まで愛読して頂きました「色即是空」ともよ
ろしくお願い申し上げます。
塩哲
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Weekendの麺処巡り なかたにで豚骨魚介

2011-08-28 14:31:59 | 麺処_2011
 本日グランドオープンの麺処に伺った。そこは北区志茂の北本通
り西側に面した「麺匠 なかたに」。

 開店前に世話やきの方に伺うと、こちらの店主は和食の出身で拉
麺は独学だとか。さて、どんな一杯なのだろうか。スクーターで二
ケツで駆けつけたギャルも並ぶ。開店記念にタオルが振る舞われた。

 メニューは3つ、豚骨魚介拉麺、豚骨魚介つけ麺、中華そば。そ
れにトッピング各種など。豚骨魚介拉麺740円のチケットを購入し
てL字型のカウンターへ
 厨房で店主と女性スタッフの2名体制で、先ほどの世話やきの方
はカネジン食品の麺担当者だろうか?
 そして、注目の一杯が登場。最初にスープをすすると超濃厚度で
粘りのあるタイプ。豚骨でこれまで粘度の高いスープを作るとなる
と相当な時間がかけられているようだ。節や煮干し、昆布の効いた
奥の深いスープだ。8月11日、京都・一乗谷の「極鷄」で頂いたよ
うなのような濃厚さだ。その時は鶏、でもこちらは豚。
 このスープだとつけ麺の方がよりベターなのだろうかな。旨い一
杯だった。ご馳走様。

麺匠 なかたに
北区志茂2-59-20 USビル1F
11:00〜15:00、18:00〜22:00 火曜定休日
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街を巡る 洛中 西陣織会館

2011-08-28 06:05:53 | 街を巡る_2011
 堀川通りと今出川通りが交差する南西側に「西陣織会館」がある。
5〜6世紀の京都の盆地が日本の歴史に登場するようになると、大
陸からの帰化人・秦氏が開拓して太秦を本拠地に、農耕はもとより
養蚕や絹織りの技術を広めていく。
 桓武天皇の平安遷都に伴い秦氏の活躍はめざましく、王朝の宮廷
機織工業も盛んとなる。これがのちの西陣織となっていく。幾たび
かの戦乱を乗り越え、明治維新になると洋式織の技術は定着し、こ
の地は日本絹織業の発祥地となる。

 会館には、幻の空引機も展示されていたり、煌びやかな和着物の
展示やショッピングコーナーもあった。日本の伝統を垣間見られた。
(京都市上京区堀川通り今出川南入)
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Weekendの麺処巡り 楽観で琥珀

2011-08-27 13:54:40 | 麺処_2011
 以前から伺いたかった麺処の暖簾をくぐった。そこは旧霞町(現在
の西麻布)にあり、今年の6月6日にひっそりと開業されていた。
 早速、六本木へGO。以前の会社が西麻布にあったもので、この辺
りの地理には詳しい。若い頃、カメラのレンズをレンタルした会社も
あった。そのすぐ近くに稲庭饂飩の名店「西麻布いなにわ」があった
が、現在は駐車場に替わっていた。近くのお米屋さんで伺うと、目黒
区青葉台に移転されたとのこと。今度、訪ねてみよう。

 さて、六本木通りから少し路地を入り、角を曲がった角っこ、こり
ゃ迷路だなあ。そこは「美麺屋 楽観」。

 時間どおりに開店となり、麺のメニューは一品のみ、琥珀700円。
 目の前に登場した一杯、琥珀色というよりはブラウンが強いかな。
スープをすすると、オオッ、驚愕の旨さ。歳とともにこんなスープ
が好きになってくる。煮干しや鰹、鰯、昆布、それに豚骨が加わり
絶妙な素材の配分が判る、旨い。なるほど、生姜も微々に舌にのっ
てくる。素晴らしい、ご馳走様。
 お勘定の時に塩拉麺の話をふると、9月中旬か10月には提供され
るとのこと、こりゃあ楽しみだ。

 地下鉄の駅に向かう途中、六本木の「Bee Hive」に伺うも臨時休
業とのこと。また今度だな。

美麺屋 楽観
港区西麻布1-8-12  080-4465-6667
11:30〜15:00、17:00〜20:00 土11:30〜15:00
日・祝日定休日
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街を巡る 洛中 白峯神宮

2011-08-27 06:04:55 | 街を巡る_2011
 8月の中旬、仕事の合間に京都の洛中を巡ってみた。仕事がメイ
ンなので予定もなく、思いつくまま近所をぶらついた感じかな。
 いきなり伺ったのは上京区にある「白峯神宮」。こちらは社地が
蹴鞠の宗家・飛鳥井家の屋敷跡地にあり、祀られているのは精大明
神で蹴鞠の神様だ。祭殿にはサッカーはもちろん、球技全般のボー
ルが数多く奉納されていた。

 境内には蹴鞠をするコーナーがあり、竹枠で囲まれている。毎年
7月7日に球技・スポーツ芸能上達の例祭が行われてる。それでは
と、娘がフットサルをしているので、こちらの御守りを購入。
(京都市上京区今出川通堀川東入ル飛鳥井町261)
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Weekdayの麺処巡り 七代目けいすけで極辛つけ

2011-08-26 12:12:45 | 街を巡る_2011
 新宿で塩専門店・五代目をオープンさせた「けいすけ」さんが、
またまた新店を本日オープンさせるという。場所は外神田で昌平橋
近くで、屋号は「極辛BLACK 七代目けいすけ」。昼時に伺ってみ
た。店頭にはPRカーもあり、これは目立つゾ。

 メニューはつけ麺と拉麺だが、拉麺の販売はなくつけ麺のみ。ス
ペシャルもある。本日はつけ麺大盛り300g・880円のチケットを購
入してカウンターへ。するとスタッフから辛さの度合いが5段階ま
で選択できるとのことで、一番辛くない1番でお願いした。
 店内は屋号どおり黒色を基調とした配色で落ち着いた雰囲気。ま
た、鼻腔を刺激する辛味の基であるスパイスの香りが漂っている。
本当のことを言えば、私は辛いのが得意ではなく、できるだけ食す
るのを避けてきたところがある。
 はたして“極辛”なんて大丈夫かしら・・・。

 目の前に登場した器の中は旨そうな具で、色とりどり。艶のある
漆黒のスープをすする。確かに辛い、山椒や唐辛子、生姜やセンニ
チなど複雑で奥の深いコクがあり旨い。濃厚でもなく、サラリとも
していない不思議なスープ。これにストレートの麺が絡みスープを
持ち上げる。最後は、サービスのご飯をツケ汁に投入してピリ辛旨
オジヤとなった。ご馳走様。
 外に出るとスタッフから「トッピング定期券」をいただいた。

 途中から一気に汗が吹き出してくる。このスパイス、アドレナリ
ンの分泌を促してくれて、代謝亢進と発汗作用で身体には良いのだ
ろう。お店を出るとハンカチタオルで顔面をしごいていた。

極辛BLUCK七代目けいすけ
千代田区外神田1-3-4 第3ナガシマビル1F
11:00〜23:00 無休  03-6206-9344

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ミュージアム巡り 古文書 明状元図考 柯潜

2011-08-26 05:54:58 | ミュージアム巡り_2011
 続いての首席は、景泰2年(1451)にトップに立った柯潜。こ
こでも瑞兆が描かれていた。ちなみに、この年は未年。
 絵を見ると、彼は夢の中で豪華な料理を食べていた。そのメニ
ューは、羊の頭料理で、“羊の年”に“頭”(首席)となると韻が踏
まれている。
(千代田区北の丸公園3-2)

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ミュージアム巡り 古文書 明状元図考 呉寛

2011-08-25 05:54:24 | ミュージアム巡り_2011
 中国の難関試験・科挙において首席で合格すると、その人物は
何らかの瑞兆が現れるといわれていた。
 成化8年(1472)に首席となった呉寛は、その瑞兆が龍に乗
って空を飛ぶ夢を見たという。絵図には、勉強中に居眠りをして
龍に乗る呉寛が描かれていた。
(千代田区北の丸公園3-2)

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ミュージアム巡り 古文書 明状元図考 呉伯宗

2011-08-24 05:58:19 | ミュージアム巡り_2011
 続いて展示されていたのは中国の古文書。
 「明状元図考」は、明時代(1368〜1661)に実施された科挙
(官吏登用試験)に首席(中国では状元という)で合格した人物
の逸話が絵入りで紹介された古文書だ。
 明の万暦35年(1607)に刊行されたもので、江戸幕府の蔵書
庫・紅葉山文庫に収蔵されていた全5巻。
 首席のトップを飾るのが「呉伯宗」。

 明の時代で初めて科挙が行われたのが、洪武4年(1371)に
実施された。この時に首席になったのが呉伯宗。彼は将来の立身
出世は約束されたもので、古文書の絵図には皇帝から拝領した上
着、シャク、冠を身にまとい得意満面の様子が描かれている。
(国立公文書館:千代田区北の丸公園3-2)

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ミュージアム巡り 古文書_2 カラフト島図

2011-08-23 05:55:03 | ミュージアム巡り_2011
 長崎・オランダ商館の医師であり、長崎郊外の鳴滝に塾を開き西
洋医学を伝授したシーボルトの「カラフト島図」が展示されていた。
 この地図は、文政12年(1829)に研究資料として自国に持ち帰
ろうとしたところ、それがばれて国外追放となったシーボルト事件
の、まさにその地図。当時の幕府は海外持ち出しを禁止していた。
 事件発覚後、シーボルトの住まいから押収された地図で、大きさ
は左右57cm、天地1m31cmで、地図の中に“シーボルト所持品之内
より取上候“と記されている。
(国立公文書館:千代田区北の丸公園3-2)

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