沙耶の唄:エミュレーターとディスコミュニケーション

2011-07-03 18:44:13 | 沙耶の唄

この記事では、「エンディングの『失敗』2改」の中で軽く触れた、沙耶に関する作者の説明の仕方を問題として取り上げる。

 

作者は沙耶を「エミュレーター」すなわち模倣する者と呼び、その「精神」が変化したわけではないと言っている。それは要するに「彼女」の振舞いが表層的なものにすぎず、深層は変わっていないということなのだろう。しかし今日、オウム事件などを通じて超越的なるもの(状態?)が人為的に作り出せるものであると暴露され、精神分析などでもっともらしく語られてきた人間の深層とやらも単にそれをもっともらしいと受け取る思考様式があるだけだと認知科学の知見などを通じて明らかにされてきている。要は、世界にせよ自己にせよ、何か深遠なるものが存在するという認識自体が、すでに破産寸前なのである・・・と言いたいところだが、自分の外側に深層≒超越的なるものを見出す危険性はそれなりに理解されていても、自分の内部に深層を見出す傾向はそれほど変わっていないように思える。しかし前者についても、多少情報が限定されればあっという間に免疫のない人間を作り出すことはできるわけで、それゆえに今さら超越的なものなど時代遅れだとして全く取り上げないのは、かえって事態を悪化させることにも注意する必要がある(これは不快なるもののゾーンニングとノイズ耐性の低下という問題にも関係する→著作としては『無痛文明論』などを参照。ここの記事では「不快感の表明が奨励される社会」「二次創作と同調圧力」など)。さらに言えば、「物自体」や「言語ゲーム」のようなタームに象徴されるように、真理の到達不可能性、より正確には真理の合意不可能性はすでに明らかになっている(前者は到達できない=確認不可能であるはずなのに、それがどういうものなのかが観念されているという矛盾を含んでいる)。

 

このような状況下で、あえて超越的なるものを信じるというのならまだしも、人間には表層では測り切れない深遠な何かがあるとベタに言う(考える)のは、自らの時代遅れな認識を暴露することと同義だ。にもかかわらず、それと同時に「理性も狂気」などと世界の構造をメタ視点で理解しているかのように論じているのは片腹痛い・・・以上のような理由のもとに、私は「沙耶の唄」の作者が持っている(ような)認識を批判してきた。前回取り上げた「魔法少女まどか☆マギカ」との演出方法の対照性と、今述べた認識論を理解してもらえれば、沙耶の唄に関する一つ一つの記事に対する理解もより深まっていくのではないかと思うのである。

 

<原文>
ディスコミュニケーションの不可避性」で断片的に触れているが、たとえば「真理」の感得不可能性(正確には到達確認&合意の不可能性)に繋がる「物自体」やら「言語ゲーム」の問題、映画のマトリックス的世界、あるいは認知科学の知見や「空観」といった視点、あるいは一時期よく取り上げていた偶然性の問題(ex.放射能物質の観察、ゲーテルの不確実性定理、シュレディンガーの猫)etc...とまあ突っ込み始めたらキリがない(これは「嘲笑の淵源」でも触れた)。

 

ここで疑問を提示すると、「精神」とか言うけど、それって単に神経伝達物質が作用した結果じゃないと言える根拠は何なのか?自分の深遠なる何かから生まれ出たように思うものは、そう思いたいから思ってるだけなんじゃないか?別にこれはホーホーテキカイギとかじゃなくて、オウムの洗脳などを通じて自発的であると錯覚させつつ人間を操作できることが日本人一般にも暴露されたわけだし(「自由意思」って何?)、先にも書いた認知科学の知見によってかつての精神分析の知見などが否定されていることを背景としたむしろありきたりな疑問なわけ。そこで明らかになっているのは、人間がいかに「深層」といったもの(or超越的な何か)をもっともらしいと思う生き物であるか、ということに他ならない。

 

一方で、注意しなければならないのは、「深層」のようなものが全く存在しないと人々が認識することが、必ずしも社会をうまく回していく上でプラスになるとは限らない点である(不安はわかりやすいものへのしがみつきと容易に結びついてしまうからだ→「『調和』と『地雷』」、「ヒトラー最期の12日間」など)。そういう今日的状況を踏まえて、あえて「深層」のようなものを(再帰的に)信じる方向で行くよってんならまだわかるけど、ベタに信じている人間はナイーブだし、そういう人間が狂気の一般性(「理性も狂気」)を言うなんてちょっと笑っちゃうね。

 

俺が話しているのはそういうことだが、しかし実は今言ったような人間が大勢いそうで怖いわね~とも思っている(だからしつこく取り上げるんですがね)。さて、ちょいと前置きが長くなりましたが、ここからは原文でございます。


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