東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

山口県の平生町を散策

2011年02月02日 | ふるさと



 隣町の平生町を散策しました。もともとこの日は、農機具搬送の予備日でした。コンテナ車が大きすぎて自宅前の道路に入らず、やむなく自宅から離れた畑にでも農機具を置かざるを得ない場合の予備日です。そのような事態のなった場合、降ろした農機具を畑から自宅の牛舎に移動する日として想定していました。結局そのような事態にならず予備日は自由日になりました。

                 平生町にある歴史民俗資料館を見学


 最初に平生町の歴史民俗資料館を見学しました。この資料館がある場所は、私が子供の頃に習生小学校があった所です。木造の校舎、木造の講堂、広い運動場があったのを覚えています。

      昔あった塩田の模型            外に陳列されている西洋式水門
 

 資料館のすぐ裏に民俗博物館があります。そこに案内されて、昔使われていた道具類や塩田の模型などを見学しました。特に興味を持ったのは塩田の模型です。私が子供の頃、田布施湾に沿ってたくさんの塩田がありました。夏の暑い盛りに浜子と呼ばれる労働者が塩を含んだ砂を集めている姿をよく見かけました。大変な労働ではなかったかと思います。そのうち塩田は流下式に変わりましたが、まもなく塩田はすべて廃止されました。

                 平生町街中の小山の上にある野島神社


 なぜ平生町を散策したかと言うと、私が幼児から子供の頃にかけて平生町の人島に暮らしていたからです。幼児時代には平生保育園に通っていました。当時あった平生保育園も習生小学校も今はありません。映画や劇を上映していた平生座も今は跡形もありません。賑やかだった平生町中心部もすっかり寂れてしまいちょっと寂しい限りです。

                 運動場の東側に建設中の新麻郷小学校


 平生町の歴史民俗資料館を見学し中心街を散策した後、田布施町にある私が卒業した麻郷小学校に行きました。この小学校は私が3~6年生頃にかけて木造から鉄筋コンクリートの校舎になりました。今回訪問すると新たな校舎が建築中でした。麻郷小学校に行った後、梶取岬に行ってみました。海の波を目の前にしながら、馬島や佐賀方面を見て子供の頃の思いにふけりました。

                 梶取岬にて、右に馬島を,左に佐賀方面などを見る

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする