岩波コラム

精神科医によるコラムです

主人公たちのカルテ2 「シャーロック」

2018-07-27 08:03:46 | 日記
 サー・アーサー・コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズは、ミステリの古典であるとともに、文学作品としても高く評価されている。ホームズの活躍した舞台は、19世紀のビクトリア朝時代のロンドンで、大英帝国がまさにその絶頂期にあった時期だった。

 その後ホームズの物語は多くの作家によってパスティーシュが創作されるとともに、欧米においても日本でも、ホームズの亜流とも言うべき安楽椅子探偵が数多く登場したことは広く知られている。

 これに対して、2010年にBBCが制作を開始したテレビドラマ『シャーロック』は、オリジナルのホームズとはまったく異なった衝撃的な作品だった。作品の舞台は21世紀の現代に置き換えられ、スマホもパソコンも登場する。シャーロックの相棒であるワトソン医師は、陸軍の軍医としてアフガン戦争に従軍していたという設定で、戦傷によりイギリスに帰還した時にシャーロックと出会うことになった。

 原典のホームズは天才的な推理力を持つ名探偵であったが、幾分風変りな性質も持っており、アヘン窟に出入りしていた時期もあった。現代に蘇ったシャーロックはこれに輪をかけた変人だった。

 ベネディクト・カンバーバッチが演じる若いシャーロックはまるで他人の意見を聞こうとしない。ろくに説明もしないで、一方的に自分の意見ばかりを主張する人物である。

 シャーロックは自らを「世界で唯一のコンサルタント探偵」『高機能社会不適合者』と呼び、一般社会に適応できないことを誇示している。彼はスコットランド・ヤードが解決困難と判断した殺人事件を請け負うが、その行動は風変りなもので、意味なく拳銃を乱射したり、依頼人の家に裸で押しかけたり、あるいはガラス窓を叩き割って建物に侵入したりと、非常識そのものである。

 彼は特殊な記憶法を用いて、世界各地の情報について深い知識を持っているが、周囲の人を小馬鹿にして接し、親しい友人はだれもいない。このようにシャーロックの人物像は高機能のASDそのものであるが、人を人とも思わない彼が難事件を次々に解決していく様子は、見ていて痛快そのものである。