岩波コラム

精神科医によるコラムです

主人公たちのカルテ2 『コンビニ人間』

2019-01-03 15:33:40 | 日記
 この小説は平成28年に第155回芥川賞を受賞した作品である。以前に三島賞の受賞歴もある作者は、作品の舞台であるコンビニで実際に週3回働いていたことが話題となった。

 物語の主人公は36歳の独身女性、古倉恵子。彼女は大学卒業後に就職することも結婚することもなく、コンビニのバイトを18年間続けていた。その生活はすべてコンビニ中心のものであったが、ある時偶然に元アルバイトの男性と同棲することとなるというストーリーである。

 芥川賞の選考委員の意見は、好評なものが多かった。例えば奥泉光は、「・・・本作はこの人間世界の実相を、世間の常識から外れた怪物的人物を主人公に据えることで、鮮やかに、分かりやすく、かつ可笑しく描き出した」と評している。

 また宮本輝は、「職場というものが、その仕事への好悪とはべつに、そこで働く人間の意識下に与える何物かを形づくっていくさまを、村田さんは肩肘張らずに小説化してみせた」と述べている。

 もっともヒロインの恵子は、精神医学的にみると「怪物」というわけではなくASDの特徴が顕著である。彼女は公園で死んでいた小鳥をみなが墓を作って埋めようと言っているのに一人焼鳥にして食べようと主張するし、同級生のけんかを止めてと言われた時には、側にあったスコップで頭を殴打して怪我をさせたため職員会議にかけられた。だが恵子には、なぜ自分が怒られているのかわからなかった。

 家族からも学校でも、彼女は変わった子供と思われていた。恵子は言葉を文字どおりに受け止めてしまうし、他人の気持ちや考えを推し量ることができない。

 けれども自分の行動が周囲に迷惑をかけていることは理解したので、彼女は集団の中で問題にされ「異物」にならないために、極力口をきかずにおとなしくしているように努力した。他の人のまねをするか、誰かの指示に従っていれば大きな間違いはしないですむのだった。

 このような特徴を持つ彼女にとって、マニュアル化した対応を求められるコンビには、ぴったりの職場であった。この変化のなさ(常同性)を好む傾向はASDに特徴的なものである。つまりこの小説はASDの特性を持つ女性が「普通」の世界にどう適応すればよいのかを描いた作品なのである。
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主人公たちのカルテ2「東京ラブストーリー」

2018-11-23 14:59:19 | 日記

 ADHDの特性を持つ人は、時に刺激的な言動が多く魅力的な存在である。彼らは尽きないエネルギーを持っていて、閉塞した状況を打ち破る突破力がある。また周囲の思惑を気にしない、物怖じしない発言は、周囲の人からは一目置かれることも多い。

 成人おけるADHDの有病率は、3~5%程度とする報告が多い(小児ではさらに高い)。もっともADHDを疾患(障害)と考えるか、特性(性格)とみなすかについては様々な議論がある。

 米国のトム・ハートマンによれば、ADHDの症状と考えられているものは、長所ともみなせるという。例えば、「計画性がない」点は「柔軟である」とも言えるし、「指示に従うのが苦手」であるのは「自立している」とも考えられると述べた。

 かつて「月曜の夜にOLが街から消える」と言われた、90年代を代表するこのドラマのヒロイン赤名リカは、鮮烈なキャラクターの女性であるが、ADHD的な特性が濃厚である(ドラマより原作の方がさらにADHD的な言動が多い)。

 原作は、1988年からビッグコミックスピリッツに連載され、1991年1月からフジテレビ系でドラマ化された。この作品はタイトル通り4人の男女を巡るラブストーリーで、印象的なテーマ曲を懐かしく思い出す人も多いかもしれない。

 主な登場人物は、愛媛から東京に出てきたばかりのサラリーマンである永尾完治、完治の同僚である赤名リカ、完治の高校時代の同級生だった医学生の三上、同じく元同級生のさとみの4人で、彼らが繰り広げる恋愛模様が描かれている。

 帰国子女であるリカは、自由奔放で周囲のコントロールがきかない女性。何事においても他人の思惑を気にすることなく、自分の感情のままに動いてしまう。

 そんなリカの行動に完治は翻弄され、振り回されるが、リカに悪意があるわけではなくわざと操作しようとしているわけでもない。

 完治に恋をしたリカは、不倫中の上司とあっさりと別れ、一途に完治に気持ちを向けるが、彼はそれを受け止めきれない。「明日、この恋がどうなるって考えて人好きになるわけじゃないし」とリカは心のままにぶつかっていく。だが過剰集中的な恋愛は長続きせず、「もうだめ、ここまで。電池切れちゃったみたい」と別れを告げてしまうのだ。
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主人公たちのカルテ2 『Hunter×Hunter』

2018-08-19 14:14:21 | 日記

 第四の発達障害という考え方がある。これは虐待の後遺症に関するもので、愛着障害とも呼ばれる。「愛着」とは人と人との情緒的な結びつきを示す言葉であるが、幼児期から小児期において虐待の被害者となった子供たちは愛着の形成に障害が生じ、ASDやADHDに類似した症状や行動を示すことが珍しくはない。
 
 愛着障害においては、母親などの養育者との愛着が虐待や離別などの理由で形成されなかったことを原因として、感情面や対人面に問題が生じて、安定した人間関係が築けないことが多い。

 愛着障害には二種類のタイプがあり、抑制型においては、「養育者に抱きついたり、泣きついたりしない」「笑顔がなく無表情」「他児と交流しない」などの特徴がみられる。一方、脱抑制型においては、「誰に対してもべったりくっつく」、「不注意や乱暴な行為に走る」などの症状を示す。前者はASDに後者はADHDに類似しているが、一方でASDやADHDの子供が虐待を受ける頻度は高く、両者の関係は複雑である。

 本書は平成10年に少年ジャンプに連載が開始された人気コミックで、現在も連載は継続している。主人公のゴン・フリークスは、少年漫画の主人公らしいまっすぐな考え方を持つ正義漢である。物語の冒頭、「ハンター試験」の合格を目指すゴンは、仲間となる三人の少年たちとの出会いを経験する。

 その一人がキルア・ゾルディックで、彼は十代前半の子供とは思えない凄惨な過去を持つ少年だった。キルアの実家であるゾルディック家は有名な暗殺者一家だった。キルア自身も様々な暗殺術の手ほどきをされ、親の愛情を受けるどころか、訓練とは名ばかりの虐待に近い扱いをされてきた。すでにキルアは「実戦」の中で殺人を犯しており、彼は人を人とも思わずだれとも交わろうとしない心を閉ざした人物に成長していた。

 この愛着障害とも思えるキルアを変えたのが、純粋な心を持つ主人公のゴンだった。ゴンを捨てコマとして使おうと思っていたキルアだったが、その無私の心にふれたことにより、次第にゴンに心を許すようになり無二の友に変化してったのだった。
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主人公たちのカルテ2 「シャーロック」

2018-07-27 08:03:46 | 日記
 サー・アーサー・コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズは、ミステリの古典であるとともに、文学作品としても高く評価されている。ホームズの活躍した舞台は、19世紀のビクトリア朝時代のロンドンで、大英帝国がまさにその絶頂期にあった時期だった。

 その後ホームズの物語は多くの作家によってパスティーシュが創作されるとともに、欧米においても日本でも、ホームズの亜流とも言うべき安楽椅子探偵が数多く登場したことは広く知られている。

 これに対して、2010年にBBCが制作を開始したテレビドラマ『シャーロック』は、オリジナルのホームズとはまったく異なった衝撃的な作品だった。作品の舞台は21世紀の現代に置き換えられ、スマホもパソコンも登場する。シャーロックの相棒であるワトソン医師は、陸軍の軍医としてアフガン戦争に従軍していたという設定で、戦傷によりイギリスに帰還した時にシャーロックと出会うことになった。

 原典のホームズは天才的な推理力を持つ名探偵であったが、幾分風変りな性質も持っており、アヘン窟に出入りしていた時期もあった。現代に蘇ったシャーロックはこれに輪をかけた変人だった。

 ベネディクト・カンバーバッチが演じる若いシャーロックはまるで他人の意見を聞こうとしない。ろくに説明もしないで、一方的に自分の意見ばかりを主張する人物である。

 シャーロックは自らを「世界で唯一のコンサルタント探偵」『高機能社会不適合者』と呼び、一般社会に適応できないことを誇示している。彼はスコットランド・ヤードが解決困難と判断した殺人事件を請け負うが、その行動は風変りなもので、意味なく拳銃を乱射したり、依頼人の家に裸で押しかけたり、あるいはガラス窓を叩き割って建物に侵入したりと、非常識そのものである。

 彼は特殊な記憶法を用いて、世界各地の情報について深い知識を持っているが、周囲の人を小馬鹿にして接し、親しい友人はだれもいない。このようにシャーロックの人物像は高機能のASDそのものであるが、人を人とも思わない彼が難事件を次々に解決していく様子は、見ていて痛快そのものである。
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主人公たちのカルテ2 「火星のタイムスリップ」

2018-06-10 22:41:31 | 日記
 米国のSF作家、F・K・ディックの代表作の一つであるこの小説が執筆されたのは、1964年のことである。自閉症の少年が主要な登場人物となっているこの作品において、当時の精神科の学説に従って、ディックは自閉症を子供に生じた精神分裂病(統合失調症)として描写した。こうした見解は現在では否定されているが、ディックの筆致は鋭く、彼の描く自閉症の世界が事実であるかのようにも思える。
 
 この奇怪なSF小説の舞台は、近未来の火星である。火星で唯一の健康食品製造業者であり密輸業も行っているスタイナーの息子のマンフレッドは自閉症のため、施設に入所していた。スタイナーは、マンフレッドの病気は母親の育て方に問題があったと信じていた。スタイナーは、「…子守り歌をうたうことも、いっしょに笑いあうこともなかったし、実際に子供と言葉を交わそうとはしなかった」と妻を非難した。自閉症の原因は養育の仕方によるというのは誤った考え方であるが、以前の時代には信じられていた。
 
 小説の主人公であるジャック・ボーレンは、スタイナーの隣人で、雇われ技術者である。ジャックは、「・・・自閉症は、多くの大人がかかる精神分裂病が幼児に現れたものだ」と考え、精神分裂病にかかるのは「社会によって植えつけられた衝動に耐えていくことができない人間ということ」と確信していた。
 
 ディックがこの小説を書いた時代、統合失調症や自閉症の心因論が優勢であった。ただディックが描く精神疾患の内面の世界は、実際のそれよりもさらに重く病的である。自閉症児マンフレッドの見る世界は、次のように描写されている。

 「ガビッシュ!骨のように白いぬめぬめしたひだでできた一匹の虫がのたくっている。…ガビッシュは、女におおいかぶさると、けだるい爛熟の美がたちまち消える。…女は咳き込んで、たくさんのごみを彼の顔に吐きかける」
 
 ジャックはマンフレッドの心の中を探ろうとし、その心的風景に打ちのめされる。彼の感じていたものは、死の風景、あらゆる生あるものが崩壊していく過程なのだった。
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