岩波コラム

精神科医によるコラムです

『皮膚の下の頭骸骨』 P・D・ジェイムズ

2016-09-12 22:29:39 | 日記

 以下の文章は、医事新報に掲載されたものです。


 英国流本格ミステリの傑作

 イギリスの女流作家、フィリス・ドロシー・ジェイムズ(P・D・ジェイムズ)、1982年の作品である。長らくファンである筆者にとっては、彼女のどの作品も甲乙つけがたい魅力を持っている。P・D・ジェイムズは「新ミステリの女王」と称えられた人で、アダム・ダルグリィッシュ警視を主人公とした重厚な雰囲気の作品で知られている。

 『策謀と欲望』(1989年)では、原子力発電所を持つ荒涼とした地方の風景を背景に、残酷なシリアルキラー「ホイッスラー」の正体が暴かれていく。『黒い塔』においては、不審死が続く障害者用の療養施設を舞台とし、探偵と癖のある容疑者たちの「濃厚」なやり取りが進行する。これらは、セイヤーズやテイ、バークリーら英国ミステリの伝統を引き継ぐ作品である。『皮膚の下の頭蓋骨』においても、ミステリの王道を行く舞台が用意されている。ちなみに、この本のタイトルは、T・S・エリオットの詩に由来している。

 ドーセット州沿岸の沖に浮かぶ、不気味な伝説の残るコーシイ島で事件は起きた。そこにはヴィクトリア朝の城があり、所有者は城内で素人劇団の舞台を開催する。出演する女優クラリッサに同行したのが、女探偵コーデリア・グレイであった。クラリッサは、何度も脅迫状を受け取っていたからだった。

 大理石製の王女の手首、頭蓋骨を蒐集した教会の納骨堂など不気味な雰囲気の中、ついに殺人事件が勃発したが、コーデリアは見事に真相を解き明かしていく。この作品の他には、コーデアリアは『女には向かない職業』にしか登場しないのは残念であるが、先生方にも診療の合間にお勧めしたい作品である。