この小説は平成15年に刊行された著者4番目の長編小説で、直木賞候補にも選出された。新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した鮮烈なデビュー作『オーデュボンの祈り』において、会話をするカカシが登場する特大の「奇想」によって読者を圧倒した著者は、その後の作品でも斬新なキャラクターと巧みなストーリー展開によって多くの熱狂的なファンを獲得してきた。
この『重力ピエロ』においても、その独特なタッチが縦横無尽に発揮されている。小説の冒頭、「春が二階から落ちてきた」という一文に読者は困惑させられるが、この物語の主人公は、半分しか血のつながりがない「私」と、弟の「春」の二人だ。この家族には、過去に辛い出来事があった。春は、母親がレイプされたときに身ごもった子供だった。母はすでに病死し、父は癌に侵されているが、家族の絆には固いものがあった。
ある時、遺伝子技術を扱う「私」の勤め先の会社が、何者かに放火される。まともな就職はしないで、町のあちこちに描かれた落書き消しを仕事として請け負っている春は、放火の現場近くにスプレーによるグラフィティーアートが残されている「ルール」があることに気がつく。
ピカソの生まれ変わりであると自ら信じ、ガンジーと徳川綱吉を信奉している春には、自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴が顕著にみられている。春は完全に孤立しているわけではないが、他人、特に女性と深くかかわることを拒否していて、当たり前の人間関係が築けない。
さらに、春には独特のこだわりがあった。父親の書斎に並んだ本を著者の五十音順に並んでいないのがけしからんと言って、何日もかけて並べ直した。またノートに脈絡もない著明人の名前を、ぎっしり繰り返し書き込むことも行っていた。
子供時代には、横断歩道の白い部分と黒い部分を踏んだ回数にこだわった。春は両方を同じ数だけ踏まなければ気が収まらず一緒にいた母親を困らせた。このようなこだわりはASDに特徴的である。
物語は思わぬ方向に進んでいくが、春の一言は、人生の深遠を見通しているようで印象的だ。「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」「ピエロが空中ブランコから飛ぶとき、みな重力のことは忘れているんだ」
この『重力ピエロ』においても、その独特なタッチが縦横無尽に発揮されている。小説の冒頭、「春が二階から落ちてきた」という一文に読者は困惑させられるが、この物語の主人公は、半分しか血のつながりがない「私」と、弟の「春」の二人だ。この家族には、過去に辛い出来事があった。春は、母親がレイプされたときに身ごもった子供だった。母はすでに病死し、父は癌に侵されているが、家族の絆には固いものがあった。
ある時、遺伝子技術を扱う「私」の勤め先の会社が、何者かに放火される。まともな就職はしないで、町のあちこちに描かれた落書き消しを仕事として請け負っている春は、放火の現場近くにスプレーによるグラフィティーアートが残されている「ルール」があることに気がつく。
ピカソの生まれ変わりであると自ら信じ、ガンジーと徳川綱吉を信奉している春には、自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴が顕著にみられている。春は完全に孤立しているわけではないが、他人、特に女性と深くかかわることを拒否していて、当たり前の人間関係が築けない。
さらに、春には独特のこだわりがあった。父親の書斎に並んだ本を著者の五十音順に並んでいないのがけしからんと言って、何日もかけて並べ直した。またノートに脈絡もない著明人の名前を、ぎっしり繰り返し書き込むことも行っていた。
子供時代には、横断歩道の白い部分と黒い部分を踏んだ回数にこだわった。春は両方を同じ数だけ踏まなければ気が収まらず一緒にいた母親を困らせた。このようなこだわりはASDに特徴的である。
物語は思わぬ方向に進んでいくが、春の一言は、人生の深遠を見通しているようで印象的だ。「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」「ピエロが空中ブランコから飛ぶとき、みな重力のことは忘れているんだ」