岩波コラム

精神科医によるコラムです

主人公たちのカルテ2 『重力ピエロ』

2018-04-25 12:43:51 | 日記
 この小説は平成15年に刊行された著者4番目の長編小説で、直木賞候補にも選出された。新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した鮮烈なデビュー作『オーデュボンの祈り』において、会話をするカカシが登場する特大の「奇想」によって読者を圧倒した著者は、その後の作品でも斬新なキャラクターと巧みなストーリー展開によって多くの熱狂的なファンを獲得してきた。

 この『重力ピエロ』においても、その独特なタッチが縦横無尽に発揮されている。小説の冒頭、「春が二階から落ちてきた」という一文に読者は困惑させられるが、この物語の主人公は、半分しか血のつながりがない「私」と、弟の「春」の二人だ。この家族には、過去に辛い出来事があった。春は、母親がレイプされたときに身ごもった子供だった。母はすでに病死し、父は癌に侵されているが、家族の絆には固いものがあった。

 ある時、遺伝子技術を扱う「私」の勤め先の会社が、何者かに放火される。まともな就職はしないで、町のあちこちに描かれた落書き消しを仕事として請け負っている春は、放火の現場近くにスプレーによるグラフィティーアートが残されている「ルール」があることに気がつく。

 ピカソの生まれ変わりであると自ら信じ、ガンジーと徳川綱吉を信奉している春には、自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴が顕著にみられている。春は完全に孤立しているわけではないが、他人、特に女性と深くかかわることを拒否していて、当たり前の人間関係が築けない。

 さらに、春には独特のこだわりがあった。父親の書斎に並んだ本を著者の五十音順に並んでいないのがけしからんと言って、何日もかけて並べ直した。またノートに脈絡もない著明人の名前を、ぎっしり繰り返し書き込むことも行っていた。

 子供時代には、横断歩道の白い部分と黒い部分を踏んだ回数にこだわった。春は両方を同じ数だけ踏まなければ気が収まらず一緒にいた母親を困らせた。このようなこだわりはASDに特徴的である。

 物語は思わぬ方向に進んでいくが、春の一言は、人生の深遠を見通しているようで印象的だ。「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」「ピエロが空中ブランコから飛ぶとき、みな重力のことは忘れているんだ」



主人公たちのカルテ2 『風立ちぬ』

2018-04-09 23:44:53 | 日記

 平成25年に公開され大ヒットとなった長編アニメーション映画『風立ちぬ』は、宮崎駿監督の漫画『風立ちぬ』を原作とし、実在の人物である堀越二郎をモデルにして、その半生を描いた作品である。

 この映画には、堀辰雄の小説『風立ちぬ』を思わせるエピソードも盛り込まれているため、映画のポスターとホームページには、「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と記された。

 堀辰雄の小説は、長野県富士見高原の美しい自然の中で、当時は死の病であった結核に冒されサナトリウムに入院している婚約者節子と、彼女に付き添う「私」との精神的な交流を描いた抒情的な作品である。この映画においても、主人公の堀越次郎とその妻との間に同様のストーリーが描かれている。

 最近、映画やドラマなどの映像作品において、アスペルガー症候群的な性質を好ましいものとして描いているケースをよくみかける。この映画の主人公である堀越二郎にも、はっきりとは述べられてはいないが、そのような特徴が濃厚にみられる。

 堀越次郎は優秀な技術者でゼロ戦の設計者として高名であったが、必ずしも順調な人生を歩んだわけではなかった。彼には過度に几帳面な面があるとともに、いわゆる「空気の読めない」性質があり、能力と経歴を考えると、企業や官庁のトップに収まってもおかしくないにもかかわらず、世間的な出世コースに乗りそこなった。

 群馬県藤岡市に生まれた堀越は、東京帝国大学工学部航空学科を主席で卒業し、その後三菱内燃機製造に入社して名古屋の製作所で航空機の設計にあたった。堀越は機体の美しさと機能を両立させることに強いこだわりを見せ自分の信念を貫こうとする姿勢が強かった。部下にも厳しく要求し、「根掘り越し、葉掘り越し」と陰口を叩かれたという。

 堀越は対人関係が得意とは言えず、発注元である軍部と対立関係になることも珍しくなかった。海軍の方針に反対してエンジンを換えさせたというエピソードも知られている。

 堀越は細かいこだわりが強く、メニューやレシートの類はすべて捨てることなく保管し、布団を敷くときには必ず部屋の壁と平行になるように敷くと言った「こだわり」のエピソードも知られている。

主人公たちのカルテ2

2018-04-01 21:19:52 | 日記

 明日、4月2日から、東京新聞系の平日の夕刊で、コラムの連載を開始します。タイトルは、「主人公たちのカルテ2」で、内容は発達障害が主なテーマになる予定です

 4月から6月いっぱいの長丁場になりますので、機会があればご覧ください。このブログでも紹介していく予定です。。