岩波コラム

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主人公たちのカルテ2 第2回 「唐版・犬狼都市」(唐十郎)

2014-01-18 17:39:59 | 日記
 戯曲「唐版・犬狼都市」のオリジナルは、渋澤龍彦の短編小説である。主人公の美少女麗子は、ファキイルという狼を飼っていた。婚約者がいるにもかかわらず、麗子はファキイルと愛を交わすが、獣の姿をしていたファキイルは実は古代の神の化身であったというのが、渋澤による小説である。

 「唐版・犬狼都市」では、渋澤の小説をヒントとして、さらなる奇想が展開される。唐十郎によれば、東京、大田区の地下には、「犬田区」という犬の町があり、犬田区への入り口は、地下鉄の馬込駅なのだという。

 馬込は坂が多く、起伏に富んだ町並みである。かつての馬込の一帯は、川端康成や萩原朔太郎など、多くの小説家や芸術家が住んでいて、馬込文士村と呼ばれていた。地下にアナザーワールドが存在する場所として、この地はふさわしいのかもしれない。

 この戯曲は、唐十郎が主宰する状況劇場の公演として、1979年4月に初演された。スター俳優であった根津甚八が退団した直後の舞台で、小林薫、李礼仙、唐十郎らが配役をつとめている。30年以上昔の芝居なので、うる覚えにしか記憶にないが、他の状況劇場の舞台と同様、荒唐無稽でシュールなやり取りの中、ストーリーらしいストーリーもないまま物語は進行し、何度か舞台から水しぶきが飛ばされた。

 地底に地上とは別の世界が存在するという「幻想」は、古くより伝えられてきた。ハレーやオイラーが提唱した地球空洞説は、ヴェルヌの「地底旅行(地球の中心への旅)」をはじめとした多くのフィクションでも展開されている。もっとも唐十郎の「犬狼都市」は実在の都市というよりも、精神的なアナザーワールドに近いものである。ありうべき自己が存在する場所を求める主人公が、ノスタルジックな町の風景の中で徘徊する姿は、鮮烈であるとともに浪漫的である。

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