迷宮映画館

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めぐり逢わせのお弁当

2014年10月02日 | ま行 外国映画
最近のインド映画の風潮としては、突然踊りださない、いきなり歌わない、だらだら長くない、ふつう・・・と言うのが増えてきたのか、それとも昔からあったけど、はるばる日本まで来るのが、いきなり踊る!歌う!のだったのかはわかりません。見る方としては、【インド映画】というフィルターを外していく方がいいのでしょうね。

インドの弁当配達の凄さは、知ってました。どんな数でも絶対に間違わない!雨の日でも、槍が降っても(!)、どんな時でも黙々と配達する姿を見ながら、こういう職業が成り立つのは、身分が細分化され、考えられないくらいにいろんな職種があるからなんだろうなあ~と思った。インドにはインドのやり方と、特殊な事情があるわけで、こっちがとやかく言う分際でもないが、相変わらずなインドの多様性と、女性の悲しさをやけに感じてしまった。

会社でダッバーワーラ-の届ける妻の作った弁当を食べるのは、男としてごく当然の姿であって、妻がいるのにそうじゃなかったら???な目で見られるのかもしれない。専業主婦である!ということが前提?朝、自分でもってけよ!と思うのだが、どうなんだろう?

妻を亡くした偏屈サージャンのところに届いた弁当。彼は弁当屋に頼んでいたが、めったにない誤配だったらしい。作ったのは、最近とんと夫にかえりみてもらえないイラ。腕によりをかけて作った弁当が違う人のところに届いていた。妻の弁当の区別もつかないような夫じゃだめじゃん!イラはもっと怒っていい!!と思うのだけど、男尊女卑のまかり通るインドでは、しようがないことなんだろうか。

誤配であることを正すよりも、自分の弁当をきれいに食べてくれるサージャンに届くことの方が喜びになっていくイラ。夫には、あまりうまくない弁当屋の弁当が届き続ける。カリフラワーはガスが出るのね・・・。

二人はお互いのこと知らせる古典的な手紙のやり取りを続け、とうとう逢うことに!!で、これがアメリカ辺りだったら、二人は新しい恋を見つけて一歩を踏み出しました!!!とでもなりそうだけど、そうはいかない。自分を改めて鑑み、あるべき場所を再確認する・・・・かな。

ということで、やけにすとんと来ない終わり方で、どうもすっきりしない。結局、現状維持がしようがないところなんだろうけど、あまりに現実的過ぎて。。。ありえないシチュエーションから生まれた話にしては、ずいぶんと無難に終わったような感じがした。

サージャンのやけに偏屈なのも不自然で、彼の後釜に座るという新人に対する処し方も変じゃないすかね。イラはイラで結局忍従の一字?自分が映画に求めたのはそっちじゃなかったかも・・・です。できれば、もっともっとごちそうが見たかった。いろいろと消化不良です。

◎◎◎

「めぐり逢わせのお弁当」

監督 リテーシュ・バトラ
出演 イルファン・カーン ニムラト・カウル 


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8 コメント

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えっ!? (ナドレック)
2014-10-03 01:18:28
一応、二人は新しい恋を見つけて一歩を踏み出したと思うのですが。
イラは夫を捨て、インドという国も捨てて旅立つし、サージャンもイラとともに生きることを決意して旅立つし。
地味さを狙った演出ながら、結構ドラスティックな話だと思いました。
こういうハッピーエンドも味があるかな。
これ好きです。 (kon)
2014-10-04 20:29:49
解釈が結構分かれてるみたいですが、ああいうあいまいなラストも意外で良かった。
イルファン・カーンが決定的に好きになった作品でもあります。
手紙のやり取りを妙に色っぽく感じたり、上の階のおばさんが物哀しくもたくましく(見えないけど)見えたり。
余白、というか、観る方の感覚にまかせた風情が好きです。
>ナドレックさま (sakurai)
2014-10-07 09:25:55
精神的には結び付いたと思いますが、物理的ではない・・と思ったのですが。
サージャンは結局自分のうちに帰ったし、イラは、精神的には独り立ちをし、彼女はどんな道を歩むんだろうなあ~と思ったのですが、、、、。
なんだか自信なくなってきたけど。
>konさま (sakurai)
2014-10-07 09:28:20
先日はどうも!
話した通りです。
映画として、もうちっと練って作ってもらいたかったなあ。
いろいろと投げっぱなしで。
イルファン・カーンは「その名にちなんで」がとっても好きです。
ネタばれコメント (ナドレック)
2014-10-08 01:08:11
こんにちは。
たしかにイラは精神的には独り立ちしたかもしれませんね。

ただ、自宅に帰ったサージャンは、やっぱりイラを追おうと決めて列車に乗り込みましたよね。物思いにふけるサージャンに重ねて弁当配達人たちの歌声が響いてエンドクレジット。
これは、弁当のようにサージャンも正確にイラの許にたどり着くだろうことを示唆しているのかなと思いました。
私は弁当配達人の歌を聴きながら、二人はブータンで幸せに暮らすんだろうと想像したのですが、どうなんでしょう。

アメリカ映画だったら、二人が再会して抱擁するところまで見せたでしょうけど。
>ナドレックさま (sakurai)
2014-10-09 09:28:26
じっくり考えましたが、私はやっぱり二人は違う道にいくんじゃないかなあと思いました。

サージャンは、痛烈に自分の老いを感じた。二人で新しい生活を送ることも選択肢にあるとは思うのですが、イラを本当に大事に思うサージャンは、イラを精神的に支え、応援する立場に甘んじる。
そしてイラが強く生きていけるということが何よりサージャンにとっての大事なこと。

弁当の誤配を正したイラは、今度は夫の浮気なんて吹っ飛ばす。あたしのうまい弁当を気づかせてやる。
それでもわかんなかったら、今度はちゃんと夫と対峙す(ちょっと大げさ)。
現実的でつまんないけど、そう思います。

ま、あんまり悩ませないで、もうちょっとすっきり作ってほしいですわ。
Unknown (ふじき78)
2015-01-06 23:55:37
こんちは。
私も解釈としてはナドレックさん寄りです。
でもまあ、そうであってもなくても当事者である夫が何一つ話に入ってこないのはどうなのって、そこがイライラしました。

> ま、あんまり悩ませないで、もうちょっとすっきり作ってほしいですわ

みんな死んじゃう爆弾でも落としますか。
>ふじき78さま (sakurai)
2015-01-07 13:27:22
結構悩んで考えてますが、やっぱ二人は別の道を行ったような気がする・・・って悩ませるのがインド映画じゃないだろ!っと。
とりあえず、もうちょっと料理を見たかったです。

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