代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

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国交省タスクフォースによる八ッ場検証に対する竹本弘幸氏の反論

2011年12月10日 | 治水と緑のダム

 国交省のタスクフォースが「浅間山が噴火しても八ッ場ダムは大丈夫」とする見解をまとめ「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」で検討され、いよいよ国交大臣による最終判断まで秒読み段階になってきました。
 この国交省タスクフォースの見解に関して、前の記事のコメント欄で地質学者の竹本弘幸氏から詳細な反論が寄せられました。多くの方々に読んでいただきたいので、新エントリーとしてアップさせていただきます。


国交省タスクフォースの資料は下記サイトにあります。
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai21kai/index.html


****以下、竹本弘幸氏から寄せられたタスクフォース見解への反論の紹介*****

3.11.震災を踏まえた今後の治水システムに関連する知見・情報の整理 
国土交通省 タスクホース 12月8日 公表

資料1 に対するコメント

■欠落したもう一つの視点■
利根川上流域(首都圏の水源域)の高濃度放射性物質による森林・汚染水対策
■資料1と参考資料1の比較■
参考資料1で意見を述べた専門家の方のコメントを読めば、文献検証すら十分に行われてい
るとは思えません

第2章 3.11震災から得られる教訓の整理
第3章 具体的事象ごとの知見・情報の整理

1. 文献の調査
(総論コメント)
何れの文献調査も、過去に八ッ場ダムをつくるためにそろえたものがほとんどで、地震、噴火、土砂災害履歴の検討結果内容が、全て八場ダムが有効に働くような所見ばかりが並んでいます。

一般論で見ても、3.11以降について踏まえたはずにも係わらず、なんら新知見の発表や報告の検討を伴わないものが使われています。過去の資料で都合の悪い部分は、河川局治山課などの作成した内部検討資料で、八ッ場ダムにより、リスクを否定するかのような記述まで見られますので、まともな文献整理報告書とは思えません。災害事象は複合しますから、単独ごとでダムの防災対策が許容範囲などという議論そのものに無理があります。

過去の地震による被災状況

群馬県内での大規模な地震被害、地震性の崩壊被害についても検証されているとは思えません。例えば、歴史地震の履歴は扱っていても、3.11.の際に、榛名山麓で起きた3つの貯水池の被害があったことの報告を知りながら何ら解析していないこと、地震性の斜面崩壊履歴などの影響評価には触れられていません。例えば、群馬県史や群馬県埋蔵文化財調査事業団による発掘調査報告などには数多くの記述があります。少なくとも最低1~2万年単位で過去の履歴を調べておくべきです。

さらに、3.11と共通する視点として、平安時代の弘仁・延暦・貞観期には大規模な地震災害と火山災害が繰り返されたことが関東エリアで論じられていますが、ここでは全く反映していません。
あたかも地震災害が少ないことを言いたいがためにか、p17.の図4 群馬県内の最近の浅い場所で発生した地震活動が掲示されています。わずか10年間のデータを示し、八ッ場ダムを赤で記入している時点で、これからも少ないとでもいいたいのでしょうか。始終圧力エネルギーが解放されている部分とそうでない部分で比較した場合、どちらが危険でしょうか?

震災では、いわき市北西の過去の古い断層(活断層ではないと認定されていた地質境界断層)が活発に活動をはじめたことも知られています。
八ッ場ダム堤のすぐ下流には、大きな地質断層がありますが、これも動かないと考えているのでしょうか。
北埼玉地震の際に、長野原町の各所で石垣が崩れたという所見があるにも係わらず排除していることも疑問です。

C 大規模噴火に関する知見・情報整理
草津白根山の活動に関連して、ヒ素を蓄積した品木ダムの扱いが全く触れられていない点も不可解である。罹災すれば、高濃度ヒ素を蓄積した汚泥が土砂流として吾妻川に到達すれば、下流都県へ治水・利水・砂防面などへの影響は甚大でしょう。

砂防機能としての八ッ場ダム議論も不可解
八ッ場地区(吾妻渓谷)は、狭窄した河川地形であり、泥流が発生した場合でも、天然の砂防ダム機能を持っています。その一方で、適度に流路が確保されているため、流下する土砂もコントロールされており、そのことが流域全体の被害軽減に役立っていると見るべきでしょう。ダムのために長野原町民が罹災することはけして許されることではありません。
今回の報告では、水需要予測が過大であることを念頭に、あたかも治水・利水用ダムを砂防機能も有するダムであることをここで強調することにも違和感を覚えます。何十年もかけ、惰性で進めた諫早湾干拓事業と全く同じ構図です。

D 大規模な土砂移動に関する知見・情報の整理 p28.
「貯水池周辺の地すべり調査と対策に関する技術指針(案) 同解説」平成21年7月
現物を見ていないので議論できませんが、地すべり地形ではないという結論から推定すると八ッ場ダム工事事務所で公表しているQAの公式見解と同じものと考えられます(もし異なるのであれば、偽りの公式見解を国が公表していたことになります)。

この公式見解には、わずか5ページ弱の文中に20箇所以上の誤謬や事実と異なる偽りが述べられており、到底、議論に耐えうるものではありません。

私が吾妻渓谷で地すべりや深層崩壊を起こしている原因と判断している堆積物は、浅間黒斑火山の山体崩壊でもたらされた土石とその直前に降下堆積した軽石層や土壌層・流下生成物です。文献検証でも上湯原地区の巨大地すべり現象も同じです。

そもそも、応桑層とその上に蓄積していた崖錐性土石(層厚10数m)が、応桑層の地すべりに
伴って山津波となって上湯原地区全域を襲ったという調査結果の認識すらありません。
公式見解とされた地質断面図や群馬県の地質断面図でも、時間を置いて応桑層が動いたことを示す証拠まで記載されていますので、ここであげられた「技術指針案 同解説 平成21年7月」という文献は、しっかりとした現地調査結果が反映したものとはいえません。また、短期間に堆積した「崖錐」堆積物の発生要因、発生時期の特定(火山灰や年代測定調査に基づく検討)すら出来ない人物が調査した結果だと断言できます。川原湯温泉再生の要である新駅建設地、道路や観光付帯施設の建設を考えている場所であるにもかかわらず、まともな検証と安全対策すら行われていないことも問題でしょう。この地区特有の大規模落石、土石流発生時期の特定もしておらず、防災意識の欠落もはなはだしいと言わざるをえません。
参考資料2のp14に示された「過去に学ぶ」姿勢が、八ッ場ダム問題の検証で実施された形跡はない。2度のパブリックコメントや公聴会提出の意見書の検証、検討すらされていないことからもわかります。第四紀地質(火山活動や地形)の専門家の関与は乏しいか、関与者の認識に多くの誤謬があるとしか考えられません。

参考資料2のp15 「複合災害への備え」
地震・火山噴火・地すべりや深層崩壊・土石流災害・落石災害という複合災害という視点で、八ッ場ダムの検証は十分に行われたとは言いがたい。

参考資料2のp19「専門家」の対応
有識者会議の座長や参加者の姿勢そのものが「専門家」としての態度とは思えない対応となっている。

p20には評価できるコメントあり。
御用学者が多すぎたのではないか。ベストな人からの意見を汲み上げようとする努力を怠ってきたのではないか。
文科省・気象庁・経産省・国交省(砂防部・国土地理院)など、火山部門だけでも分散しすぎている。
あらゆる部門で同じことが起きている。1つの河川に多数の省庁が関与し、重複業務で国費を浪費したうえに、連携すら乏しいので、社会資本整備に著しい支障をきたしている。

参考資料3 p21 「地震について」
総延長80kmの関東平野北西縁断層の活動周期を1.3~3万年前としている認識と評価は、最新の研究情報を集めきれていない物と思います。

参考資料3 p25 「ダムの機能」
湛水に伴う応桑層による深層崩壊と地すべりの認識があれば、このような議論そのものは出てこないでしょう。八ッ場地区にはダムをつくらなくても砂防機能を所持しています。
地すべりや崩壊でダムに多量の土砂が蓄積することは、地元住民が罹災することに加えて、浅間山が噴火した場合、下流都県への大規模土石流・洪水災害を引き起こす可能性が高いと思います。


(過去の被害実態)
①2.4万年前以降、崩壊土砂(応桑層:OkDA)で埋まった吾妻川が谷を刻む過程で、河岸や崖の先端部で谷頭状に崩れるブロック崩壊を繰り返していたこと(現在も大雨の際、鉄道・道路が応桑層の崩壊という危険性が高いため通行止めにしている)

②約1.36万年前の浅間火山の第一軽石流が吾妻川を流れ下った際に、渓谷全体が天然土砂ダムとなり、応桑層(OkDA)と接する地山(谷壁斜面・支流斜面)で地下水位が上昇、天然ダムの満水状態が解放された直後に、吾妻川両岸に残っていた応桑層(OkDA)が各地で大規模に崩落を起こしたこと(やんば館裏の60-80m規模の崩壊も)

③ 上湯原では、巨大地すべりが動きだし、背後に蓄積された厚さ15mの崖錐性土砂が、山津波となって一気に上湯原地区全体を襲ったこと

④この時の地すべり土塊により、吾妻川の河道が北へ押しやられ、引き続く土砂崩れで現在の位置に変わったたこと

⑤上湯原では、これ以降も歴史時代から昭和時代まで金鶏山麓からたびたび土石流災害をこうむるだけでなく、落差300m余りある断崖からの落石が繰り返されていること(高さ:300mx3=900mが落石の到達距離:上湯原地区全域をカバーします)
新駅と観光施設利用者の安全対策は十分にとられていない

⑥不動大橋の立馬(だつめ)側、「やんば館」裏の谷を埋めていた厚さ60mを超える応桑層が大規模に深層崩壊したこと

■結論■
★ダムをつくらないことが最大・最良の防災対策です★

****以上、竹本弘幸氏からのコメントの引用終わりです*****
 

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国交省タスクフォースの情報操作と震災評価の隠蔽事例(その1) (竹本弘幸)
2011-12-19 22:10:31
この情報は、ダムの建設予定地の周辺地質に詳しい中村庄八博士により、国土交通省へ資料と
して送付されたものです。

タスクフォースの【参考資料1】報告書p34(参考資料10)でも扱われています。
1931年9月21日におきた西埼玉地震(M6.9)の被害情報です。p35には、日本の活断層の分布図が示され、八ッ場ダムの位置が記載されていますが、その時の長野原町の地震被害については一切触れられていません。

国土交通省事務次官と幹部によるタスクフォースが3.11.を踏まえた検証報告書として大臣や有識者会議にあげながら、過去に学ぶべく地震被害の扱いでも、ダムの安全性評価を高めたいために、この地震による八ッ場ダム周辺の被害実態を掲載せずに、情報操作をしていた事例です。


昭和六年九月二十一日北関東地震報告書(群馬県前橋測候所)
p21.
昭和六年九月二十一日震災調査表
(被害報告のあった群馬県内市町村より抜粋)

この地震による最大被害地は高崎市ですが、震央から遠く離れた長野原町でも大きな被害が出
ています。これは、3.11.の震災時に、首都圏から80kmも続く、深谷断層帯(関東平野北西縁断層帯)上とその北西延長部で4つの貯水池(北から鳴沢貯水池・牛秣(鮎川)貯水池・大谷貯水池・小宮池貯水池)が罹災していることとも関連する現象でしょう。

p28.
吾妻郡
坂上村
石垣の崩壊 4箇所
山崩     15箇所
長野原町
石垣の崩壊 50箇所
山崩     200箇所

p29の解説原文
吾妻郡長野原町に飛び離れて石垣の崩壊や山崩れの被害があったのは、同地方は吾妻川に添ふ
て断層線があり地盤の弱い為である。

・・・・・・・【中略】・・・・・・・・・

単に地震の震央に近かったと云うのみではなく、地質に関係する所が大である。


上の報告文面を読んで最も気になった点は、震央から遠く離れた同じ吾妻郡内で、坂上村で山崩れ箇所が15箇所に対して長野原町が200箇所と、飛びぬけて被害箇所が多かった点です。

長野原町において、地震による石垣の崩壊・山崩れは、吾妻郡内で最大の被害箇所数であることは、急峻な山が迫る吾妻渓谷を中心とした地域であることと、浅間山の山体崩壊で崩れ落ちてきた脆い応桑層の存在は、いうまでもありません。

ダム建設予定地にとって、ダム運用を考える際に堆砂量が問題となりますので、この地震による山崩れ問題を公にすることは、建設条件として不利に働くから隠したのでしょう。

その一方で、現在の国道・県道・鉄道が、一定の時間雨量に達すると通行止めになるのは、吾
妻渓谷の両岸に40~100mの厚さで分布する山崩れの土石で固結度が低い応桑(岩屑なだれ)層からの落石と土砂崩れを心配しているからです。

JR東日本は、応桑層の落石と土砂災害は十分に経験しているはずです。吾妻線を安全に運用
する上で、用地確保問題以上に、トンネル中心の敷設としたのは、このためでしょう。

しかし、トンネルを抜けた新駅建設地(上湯原地区)のすぐ背後には、落石が頻発するため、雑木林となっている斜面と金鶏山という落差300mの断崖があります。落石は、崖の高さの3倍、ここでは900mまで到達しますから、新駅建設地も落石が達する危険区域内となります。上湯原地区は、川原湯温泉街と地域再生の要であり、観光付帯施設の建設が予定された場所です。多くの観光客や駅の利用者にとって落石対策は必要不可欠なものですが、検討された形跡すらありません。

こんないい加減な検証で、八ッ場ダム建設を押し進めて、政府の方針をひっくり返すことに躍
起になってきた国土交通省の幹部官僚とそのOBや財団・御用学者、さらに、ダム建設を推進してきた与野党議員・1都5県の知事・自治体首長の良識を疑わざるをえません。

 最初に被害を受けてしまうのは、58年以上も翻弄された国民であり、川原湯温泉街で、悠久の歴史と豊な自然を最も愛して、大切にしてきた皆さんの支持者であることを忘れないでいただきたい(続く)。

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