私的感想:本/映画

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『国家の罠 ――外務省のラスプーチンと呼ばれて――』 佐藤優

2008-04-18 20:35:38 | 本(人文系)

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その断罪の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた――。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。
出版社:新潮社(新潮文庫)


僕個人は一連の鈴木宗男事件についてそこまで詳しく知っているわけでもないし、興味があったわけでもない。世間一般の人と同程度か、幾分劣る程度の知識しか持ち合わせていない。
ただ佐藤優が最近なぜかくも論壇でもてはやされるようになったかを、著作を通じて知りたかっただけである。その理由は前々から気付いていたが、こうして本書を読んでみて、改めてその理由を再確認させられる。
簡単に語るなら、彼の成功の理由は人間的魅力があるということと、物事に対する卓越した洞察力があること、そして信念に対する確固としたビジョンがあるからであろう。そういった要素が本書の端々からはにじみ出ていたように思う。

外交に関する思考、インテリジェンスに関する考え方、刺激的なソビエト崩壊直前のクーデターの話などは興味深く、彼がそのことを自身の誇りと思い(幾分自慢口調にも聞こえるが、人間だからこれは仕方ない)、信念を持って行動しているのがわかり、人間としてまっすぐな人なのだろうな、ということがうかがえる。

また情報を把握する能力を持っていて、ときにマキャベリズムに徹し、自身を客観的に判断する能力を持っていることがわかる。
特に西村氏との折り合いのつけかたは読んでいても刺激的で、この人は有能だったのだろうな、とそういうシーンを見ていると判断できる。

それでいて人間的な魅力も崩さない。人間がどういうときにうれしいと思うかをよく知っているし、知っているからこそ、信頼できる人を裏切らないでいようとする姿勢は感銘を受ける。保身を考えるのが人間ならば当然なことだろうが、筋を通し、たとえば鈴木宗男のためにハンストを行なうといういさぎよい姿が描かれている。また国益を優先して、自分を投げ出してもいいと考えている姿も心を打つ。
それは若干ヒロイズムが入りすぎているきらいはあるが(そういう意味、西村氏の「プライドが高い」という指摘は多少的を得ているし、著者自身そのことに少しは気付いているのかもしれない)、そういうところも含めてこの人について行こうと思う人間も周囲に多かったのだろう、と感じさせる。

そういう人物だからこそ、検察側である西村尚芳という個人のビジョンをもって、筋を通そうとする人物とはシンパシーを感じるのだろうと思う。
この西村氏とのやり取りは実に興味深い。互いに引けない一線を抱えた敵同士でありながら、彼らの間には奇妙な友情めいたものすら感じられる。
互いに敬意を払い、外交に関する機微や、国策捜査の実情に対して、率直に語り、教え合い、ときに互いの妥協点を探りあう姿は緊迫感をもつと共に、奇妙な親しい関係ができあがる状況を説得力をもって感じ取ることができる。本書一番の読みどころではないだろうか。

二人の会話から著者が導き出した新自由主義や排外主義的ナショナリズムが、鈴木宗男事件の遠因である、という考察は穿ちすぎの部分があるものの、パラダイムシフトの装置としての国策捜査という部分はなかなか興味深くいろいろ考えるきっかけを与えてくれた。

佐藤優の思想や、国策捜査の実態、拘置所内での被告人の状況、興味深い外務省内部の各人の思惑など、この本にこめられた内容はどれも読み応えがあり、物事を考えるきっかけを大いに与えてくれる(個人的には映像として記憶に残すため、コップの水の量を見るという点になぜか心引かれた。実にどうでもいいが)。
組織に裏切られたとき組織に生きる人間はどうにもならないかもしれないが、筋を通すことはある意味では重要だとも気付かせてくれる。

ここに書いてある話や事件の背景は、一方の側からの主観なので必ずしも鵜呑みにするわけにはいかないが(実際読んでいて幾分主観が入りすぎているな、と感じる点は多かった)、それでも読み物として優れていたのはまちがいない。大満足の一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


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