私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

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中村文則『去年の冬、きみと別れ』

2015-12-14 21:25:00 | 小説(国内ミステリ等)
 
ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は、二人の女性を殺した容疑で逮捕され、死刑判決を受けていた。調べを進めるほど、事件の異様さにのみ込まれていく「僕」。そもそも、彼はなぜ事件を起こしたのか?それは本当に殺人だったのか?何かを隠し続ける被告、男の人生を破滅に導いてしまう被告の姉、大切な誰かを失くした人たちが群がる人形師。それぞれの狂気が暴走し、真相は迷宮入りするかに思われた。だが―。日本と世界を震撼させた著者が紡ぐ、戦慄のミステリー!
出版社:幻冬舎




純文学ながら、ノワールミステリのような味わいがあっておもしろい作品だった。
ややつくりすぎの傾向もあるけれど、個人的には好きな小説である。


ライターの男が、犯罪者にノンフィクション執筆のため、話を聞きに行く。
物語自体は、最初至ってシンプルだ。だが途中から視点が微妙にずれていき、ミステリアスになっていく。その様には心惹かれた。

事件の構図が明らかになっていく過程には単純にワクワクさせられるのが良い。


この作品の人物は喪失感を抱えている人が多い。
それは親しい人の場合もあるが、人としての欠損を抱えている場合もある。

写真家の雄大などは後者に見えた。かといって、彼自身は悪人には見えない。ただ欲望がないだけであり、だからこそ、写真を通して何かを捉えようとしたのだろう。

姉の朱里の方はそんな弟を手助けする役割を結果的に担ったらしい。
朱里は言うなれば悪女である。ちょっとつくりものめいた悪女っぷりではあるし、「相手の本性をかき乱す」という割に、手応えがないのが残念だが、読んでいる分にはその悪女っぷりは印象的だ。
そしてそのコンビゆえに、共に破滅に至るのである。


結局、この作品で暴かれた欲望とは、人間の悪意ということにつきるだろう。
恋人を殺されたことで「化物」になることを選んだ復讐劇。それゆえに人としての倫理を踏み外したのは悲劇である。

もちろん復讐を選んだ彼にも、いろんな問題もあった。
指摘されたように恋人に対して打算の気持ちもあったのだろう。
しかしそこには愛があったのは確かだ。
そしてそれゆえに、彼は化け物になることを選択し、引き返さなかった。

その姿に、重く暗い、しかし哀切に満ちたものを見る思いがするのである。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの中村文則作品感想
 『悪と仮面のルール』
 『王国』
 『銃』
 『掏摸』
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天藤真『大誘拐』

2015-12-11 21:23:36 | 小説(国内ミステリ等)
 
刑務所の雑居房で知り合った戸並健次、秋葉正義、三宅平太の3人は、出所するや営利誘拐の下調べにかかる。狙うは紀州随一の大富豪、柳川家の当主とし子刀自。身代金も桁違い、破格ずくめの斬新な展開が無上の爽快感を呼ぶ、捧腹絶倒の大誘拐劇。天藤真がストーリーテラーの本領を十全に発揮し、映画化もされた第32回日本推理作家協会賞受賞作。
出版社:東京創元社(創元推理文庫)




何より、先に言いたいのは、本作は見事なまでのエンタテイメント小説だってことである。


広大な山林を所有する地方の地主を誘拐する。
ストーリーはまずそんな風にして始まる。非常にシンプルだ。

なのに、主導権を握るのは、誘拐犯ではなく、誘拐される側の柳川家の女当主という点がおもしろい。
しかもこの刀自がいちいち的確な助言と作戦を立てるから、痛快なのである。


何より刀自のキャラクターがいいのだ。

誘拐計画を逆手に取るぐらい大胆で、それを実行する計画を立てるほど賢く、慈善活動に励むなど慈悲深く、犯人の男気を見抜けば身を預けるほど腹が据わっており、自分の身代金を釣り上げるほどにプライドも高い。
なかなかかっこいいおばあさんだ。

そんな彼女だけに、多くの人が(恩を受けたってのもあるけど)彼女を慕っている。
その理由もよくわかるのだ。


さてそんな彼女のほぼ自作自演のような誘拐計画がどのように推移するのか、それが見どころなのだが、それも本当にすばらしかった。

まさに劇場型犯罪というべき内容で、大胆にテレビを駆使して、耳目を集めつつも、計画を遂行していく様には胸がすく思いがした。
この先、どう転がるだろう、と読んでいる間は、単純にわくわくすることができる。


それでいて、決して暗い気持にもさせず、明るく本を読み終えられた点はすばらしい。
それもこれも、基本的にこの小説に出てくる人物が、犯人も警察も、そのほかの人物も含めて、悪人がいないからだろう。

そんな小説世界の優しさも楽しんで読める要因だ。

本当に見事なまでの小説であった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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『日本文学100年の名作 第1巻 夢見る部屋』

2015-12-10 21:18:48 | 小説(国内男性作家)
 
第一次世界大戦が勃発し、関東大震災が発生――。激動の10年間に何が書かれていたのか。
池内紀・川本三郎・松田哲夫 編
出版社:新潮社(新潮文庫)




100年間の名作短編を選別して収録したアンソロジーである。
こういった企画は、いろんな作家を知ることができるので、非常にありがたい。
以下、各作品の感想を列記する。



荒畑寒村『父親』

昔の吉祥寺の風景が描かれていておもしろい。
今でもそれはずいぶんな賑わいだけど、昔は相当辺鄙な田舎だったようだ。
父親の愛情が伝わって来るような小品。



森鷗外『寒山拾得』

寒山拾得が普賢と文殊の生まれ変わりと聞いて、男はあっさり信じたけれど、その印象は実際の寒山拾得を見てのものではない。
人はとかく人の評価を鵜呑みするばかりで、当人たちを見ずに判断を下すものであるらしい。
ラストの作者の一文は皮肉が利いていておもしろかった。



佐藤春夫『指紋』

奇妙な話である。
はっきり言って、映像で指紋を見分けられるなんて、しかも寸分狂いなく記憶しているなんてありえないことなのだけど、もっともらしい大ボラで見せて行く様は楽しかった。



谷崎潤一郎『小さな王国』

教室という狭いサークルで人心掌握をなしえていく沼倉。貝島のような大人でさえ、生活の困窮があったとはいえ、屈していく。
そこにある危険性が怖ろしい一作である。



宮地嘉六『ある職工の手記』

実に波乱万丈なストーリー。
だが何より、父に対する屈折した感情に心惹かれた。
継母に気を遣うあまり、愛情がありながら、息子に冷たくなってしまう父、それを軽蔑して見ている息子。その心は心当たりがあるだけに、印象的。
しかしそうは言っても、彼にとって実の親は愛しく、どんなときでも真っ先に思い浮かべるのが、父という点はいじましい。
でもどうしても素直になれず、父に対して素っ気ない態度を取るところなどは、思春期に至る少年の心理を的確に表現していて心に残った。
プロレタリア文学という思想性もあって、敬遠されるかもしれないが、一片の小説としてもすてきな作品だった。



芥川龍之介『妙な話』

オチをきっちりつけてくる辺りが憎い。
もちろん赤帽を心理的な罪悪感から生じたものと見ることはできるが、そういった理窟をつけるのは野暮なのだろう。
ふしぎな話と思って、この話を読むとふしぎな話らしい心地よさが感じられる。



内田百『件』

いかにも幻想的な作品。
自分の意図しない状況に追い込まれ、意図しない形で期待され、敵視される。
その中で、おろおろするほかない主人公が、どこか物悲しく滑稽でよい。
しかしどんな状況でも人は図太くあれるのかもしれない、という気もする。
死のうと思わない限り、人はそう簡単に死なないものだな、という変なおおらかさを感じた。



稲垣足穂『黄漠奇聞』

伝奇的な内容でおもしろい。
神の都に近づこうと、最高に美しい都を築き上げたのに、そんな好調すぎる自分に、疑いを抱き、狂気に陥る王の姿にぞくぞくする。
月に向かって戦いを挑むという無謀な行動に出た挙句、狂気に完璧にとっ捕まってしまった感じが出ていて、その幻想性に心惹かれた。



江戸川乱歩『二銭銅貨』

やっぱりおもしろい作品だ。
特に最後でよもやのどんでん返しを持ってくる辺りは惹かれる。
もちろんそれ以前の暗号についても、推理小説らしい趣向に富んでいて、純粋に楽しめる作品だった。

評価:★★★(満点は★★★★★)



収録作家のその他の作品感想
・芥川龍之介
 『河童・或阿呆の一生』
 『蜘蛛の糸・杜子春』
 『戯作三昧・一塊の土』
 『奉教人の死』
 『羅生門・鼻』

・内田百
 『冥途・旅順入城式』

・谷崎潤一郎
 『少将滋幹の母』
 『蓼喰う虫』

・森鷗外
 『阿部一族・舞姫』
 『山椒大夫・高瀬舟』
 『舞姫・うたかたの記』
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冲方丁『光圀伝』

2015-12-04 20:51:35 | 小説(国内男性作家)
 
なぜ「あの男」を殺めることになったのか。老齢の水戸光圀は己の生涯を書き綴る。「試練」に耐えた幼少期、血気盛んな”傾寄者”だった青年期を経て、光圀の中に学問や詩歌への情熱の灯がともり――。
出版社:KADOKAWA




同作者の『天地明察』でも感じたことなのだけど、『光圀伝』でも、後半は、歴史的な記述に重きを置きすぎて、たるんでしまったきらいはある。これは冲方丁の癖なのだろうか。

しかし徳川光圀という男の生きざまを過不足なく描いていて、深く心をゆさぶられる一品だった。まさに大作と言っていいだろう。



次男でありながら、水戸の世子として生を受けた光國。
しかし彼はなぜ長男ではなく、次男の自分が世継ぎと見なされているか理解できず苦しむことになる。
そのために子供のころは兄と張り合ったりするが、包容力のある兄のために対抗意識はなくなっていく。
看病の場面の兄弟の姿は優しくて、胸に響いてならない。光國が心を開くのもわかるというものだ。

しかしおかげで、自分がなぜ世子なのか、という負い目が、よけいに立ち上がることにもなるというのが、不幸というほかない。


しかしバイタリティのある彼のこと、そんな負い目に縛られているばかりでなく、詩で天下を取るという気概を持ち、型にはまらない行動力でもって、友人やライバルと競い合いながら、生きている。
独耕斎と張り合うところなどはどこか微笑ましい。

基本的にそう微笑ましく感じるのは、どのキャラクターも個性的という点も大きい。
天真爛漫な泰姫なんかはかわいらしいくらいである。
やはりそこは人気作家の冲方丁、読ませる力はさすがである。


さて負い目を抱えて生きる光國はやがて、世子を交換するという自身の負い目を解消する義の手段を考えついて、それを実行するに至る。
そして歴史書の編纂事業という難事業にも励んでいくのだ。

そこには、次々失われていく親しい者たちの生きざまを、形にとどめたいという気持ちもあるのかもしれない。光國の思いと哀切さがうかがえるようだった。


ラストの見せ場である紋大夫刺殺の場面は、はっとさせられた。
調べた範囲、光圀が彼を刺殺したのには諸説あるらしいけれど、よもやここで大政奉還を持って来るとは思わなかった。その構成力に、むむとうなってしまう。

ともあれ存分に楽しめる作品だった。
本当に力作と呼ぶに足る一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの冲方丁作品感想
 『天地明察』
 『マルドゥック・スクランブル』
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小島信夫『アメリカン・スクール』

2015-12-03 20:50:49 | 小説(国内男性作家)
 
アメリカン・スクールの見学に訪れた日本人英語教師たちの不条理で滑稽な体験を通して、終戦後の日米関係を鋭利に諷刺する、芥川賞受賞の表題作のほか、若き兵士の揺れ動く心情を鮮烈に抉り取った文壇デビュー作「小銃」や、ユーモアと不安が共存する執拗なドタバタ劇「汽車の中」など全八編を収録。一見無造作な文体から底知れぬ闇を感じさせる、特異な魅力を放つ鬼才の初期作品集。
出版社:新潮社(新潮文庫)




喜劇的なおかしみがありながら、どこか哀しみを感じさせる作品が多く、その点が魅力的な短編集である。



中でも表題作『アメリカン・スクール』が一番おもしろかった。

特に、敗戦後の日本の状況を暗喩的に描きだしているあたりがすばらしい。
アメリカに馬鹿にされてはいけないと、やたら気張った態度を取る山田とか、外国人を恐れて卑屈に目立たないように振る舞う伊佐など、人間模様も様々。

特に山田の個性が目立つ。
軍人気質丸出しでありながら、敗戦国民としての変な従順さもあり、アメリカに負けてなるものかというプライドもほの見える。
通訳の場面には、アメリカに対する反発と卑屈さが如実に表れている。
卑屈に物事を考えすぎて、ひがみが前面に出ているように見えて愕然とするほかない。
そしてそういう人間は、当時いくらかいたのだろう。

そこには人間の未熟さのようなものも見出せる気がして、滑稽さと哀切と皮肉が感じられた。



『馬』はシュールすぎて、意味がわからない。

文章自体はさくさく読み進められてつまづくところはないし、面白いのに、最後まで読み終えたときには結局何を言いたいのかさっぱりわからないのだ。
それゆえに妙に心に残ってしまう作品と言うのが第一の印象である。

主人公の「僕」は妻から一切の相談もないまま、勝手に家を建てられ、彼の感知しないうちにその建築も進んでいく。
妻の決定に夫がふりまわされていくという構図には、小島作品特有の滑稽味があって愉快だ。

だが後半になるにつれて、お話はまったくもって意味のわからない方向に進んでいく。
最初、それは「僕」の精神病のせいかとも思ったが、必ずしもそう断言できない気もして、落ちつかない気持ちにさせられるのだ。それがもどかしい。

しかしそのわからなさこそが、この作品と魅力とも同時に感じさせるのである。
上手く言えないが、ともかくもふしぎな作品だった。



そのほかの作品も喜劇的な味わいがある。

『汽車の中』
まさにドタバタ喜劇。
戦後の混乱期は暗いイメージだが、描きようによってはこんな明るさも出てくるらしい。


『燕京大学部隊』
最初こそ、どこか喜劇的なおかしさもあるのだが、後半になって、妙な切なさが立ちあがって来る。娼婦を抱くときの姿はどこか哀切さえ感じられて忘れがたい。


『微笑』
微笑の写真だけあれば、それは慈愛あふれる父のように見えよう。
しかし実際の彼は小児麻痺の息子の不具を許せずいらだち、暴力的に振る舞う父親でしかない。要するところ未熟なのだ。
そんな生々しい心情がリアルにえがかれていて、突き刺さるような気がした。


『鬼』
自分をエンマに住むよう追いやったHに対する面当て行為を、主人公はしているらしい。
だが「忍耐」の世界の中で、必死にやり過ごしている姿は、いかにも小市民的で、何か滑稽じみていた。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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中村元『原始仏典』

2015-12-02 20:49:56 | 本(人文系)
 
仏教経典を片端から読破するのはあまりに大変だが、重要な教えだけでも知りたい―本書は、そうした切実な希望にこたえるものである。なかでも、釈尊の教えをもっとも忠実に伝えるとされる、「スッタニパータ」「サンユッタニカーャ」「大パリニッバーナ経」など、原始仏教の経典の数々。それらを、多くの原典訳でも知られる仏教思想学の大家が、これ以上なく平明な注釈で解く。テレビ・ラジオ連続講義を中心に歴史的・体系的にまとめたシリーズから、『原始仏典1釈尊の生涯』『原始仏典2人生の指針』をあわせた一冊。
出版社:筑摩書房(ちくま学芸文庫)




仏典と書くと非常に難解な響きを持つものだが、中村元の文章は非常にわかりやすくて、すんなりと頭に入ってくる。それが本書の優れた点だ。
おかげで、特別難しいと感じることなく、原始仏教の世界とエッセンスを知ることができた。

素人としては本当にありがたい一冊である。


基本的に釈尊の思想の奥にあるのは、優しさなのだと思う。
他人に対して思いやりを持ち、謙虚であって、思想的に自分の方が勝っていると考えることをたしなめてもいる。

そんなスタンスを取るのは、あるいは、その考え自体が自己に対する執着だからかもしれない。
釈尊は、悩みの原因が自己に対する執着にあると考えた人だ。
それだけに、何かに囚われることのない、中道を生き、我執を離れた無我の境地を目指すことで、心の安寧をはかることを、ひたすらに説いている。

その姿勢は興味深く、共感を覚える面もあった。

そのほかにも形而上学に関する話題には沈黙をもって答えた、という話もおもしろく読んだ。
不可知論の立場を貫き、考えても仕様がないことにはかかずらわない。
そういった釈尊の姿勢は一貫していて、芯が通っているように見える。


個人的には釈尊の臨終の場面などは感動的で好きだ。
師匠の死を前に嘆くアーナンダに対する優しい言葉などは釈尊の優しい心根を見るようで、しんと胸に響いてならない。

「戦いで幾千の人々に打ち勝つよりは、一人の自己に打ち勝つものこそ最上の勝利者である」という『ダンマパダ』の言葉とか、ミリンダ王の問いのギリシア的価値観とインド的価値観との衝突なども興味深く読めた。


仏陀の思想について、素人なりに知ることのできる、優れた名著であろう。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』

2015-12-01 20:48:56 | NF・エッセイ・詩歌等
 
「きみは、本当は、いい子なんだよ!」小林宗作先生は、トットちゃんを見かけると、いつもそういった。「そうです、私は、いい子です!」―トモエ学園の個性を伸ばすユニークな教育と、そこに学ぶ子供たちをいきいきと描いた感動の名作。
出版社:講談社




ともかくも、すばらしい作品である。

黒柳徹子の実話に基づいているようだが、子を教育するということ、子が育っていくということについていろいろ考えさせられる作品だった。



トットちゃんは今でいうところのADHDだったのだろう。

授業をまともに受けず、机のふたを何回も開け閉めするなど、落ち着きのない行動はあからさまで騒々しい。
いまでこそADHDと言う言葉があるので、認識は進んでいるけれど、昔はそうはいかなかったことだろう。
集団に馴染めない子どもは劣等生のレッテルを貼られ、退けられてしまう時代なのだ。


しかしトットちゃんが幸運だったのは、周りの大人たちが、そんな子であっても、子供の気持ちにしっかり寄り添っていたことだ。

トットちゃんはわけのわからないことを始終言うような、空気の読めない子供だ。
いくら親だからとは言え、いらいらすることもあったろう。

だが母親は辛抱強く、トットちゃんに向き合ってくれる。
そしてトモエ学園の校長、小林宗吉先生も、子供の突飛な話を何時間でも聞いてくれるような人なのだ。
これは戦前という時代状況を鑑みても、非常にラッキーとしか言いようがないと思う。

そうして彼らは、トットちゃんのことを、和を乱す存在としてではなく、そういう個性を持った子どもなんだ、とありのままに受け入れてくれているのだ。
その姿勢が本当にすばらしかった。

彼らの基本スタンスは、子どもと言えど、一人の人間として扱うということにあるように思う。そんな彼らの姿勢からは、教育がどういうものか、子どもと向き合うとはどういうことか、についても深く考えさせられる。


しかし、トモエ学園の授業は戦前にしてはリベラルだ。

授業の順番も子供の興味に任せているし、自然と触れあい、そこから学ぶ姿勢を持たせることも大事にしている。
そして相手の差異に対して、差別意識を持たないように、注意を払っているし、女性だからと言って抑圧もしない。
危険なことをしていても、よほどのことがない限りやめさせないし、あくまで子どもに考えさせる姿勢を崩さない。
そして、こうしろ、と言って、人格を否定するほど強く命令することもない。

まさに一人の人間として子供を尊重しているのだ。
その様は徹底しているといっていい。


その最たるものが、君は、「本当は、いい子なんだよ」という校長先生の言葉だろう。
子供に劣等感を抱かせないように、子供の良い面に目を向けて元気づけてあげる。
教育者として、その姿勢は尊敬に値する。黒柳徹子が後年まで感謝するのも当然だ。

そうしてトモエ学園の生徒たちは、のびのびと育ち、社会に巣立っていった。
人を育てるということについて、本当に深く考えさせられる次第である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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麻耶雄嵩『木製の王子』

2015-12-01 20:48:01 | 小説(国内ミステリ等)
 
比叡山の麓に隠棲する白樫家で殺人事件が起きた。被害者は一族の若嫁・晃佳。犯人は生首をピアノの上に飾り、一族の証である指環を持ち去っていた。京都の出版社に勤める如月烏有の同僚・安城則定が所持する同じデザインの指輪との関係は?容疑者全員に分単位の緻密なアリバイが存在する傑作ミステリー。
出版社:講談社ノベルス




おもしろいか、おもしろくないか、で言ったならばおもしろい。
しかし人に薦めるか否かで言ったならば、薦めない。
本書の感想はそれだけで尽きるような気がする。

エンタテイメントとしては楽しいのだが、どうにもツッコミどころが多くて、萎えてしまうのだ。


萎えてしまうのは、設定の一語に尽きる。

もちろんこの手の作品はそういう点を気にしてもいけないけれど、殺人の動機のむちゃくちゃなところと、創り物っぽさが如実に出過ぎているのが、厄介だ。
こんなへんてこな宗教に、いくらカリスマがいたからと言ってついてくるだろうか、とか、死を救済と見なす論理を、信者だからと言って受け入れるだろうか、つうかカルトって言っておけば納得すると思うなよと疑問に思うのだ。

おかげでどうしても引いてみてしまう面があった。

それと晃佳殺しの推理で、あれほどパズル性を前面に出していたのに、真相がそれかよ、と思ってしまったのも、引いてしまった要因かもしれない。


しかし困ったことに、それなりにおもしろいのである。
真相はハチャメチャ。パズル性だって結局ないのに、不思議なけん引力でぐいぐいと読ませてしまう。
これはもはや作者の才能なのだろう。

何より、各章にときどき登場する、一見無関係な人たちの断片が、最後まで読み終えた後で、意味を持ってくるあたりは、ぞくりと来てしまった。
計算された小説である。


確かに、人に薦めるにはためらってしまう。
しかし読んでいる間、僕はこの小説を楽しんで読むことができた。
それだけで僕はもう十分に満足なのである。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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吉田修一『春、バーニーズで』

2015-10-15 21:37:45 | 小説(国内男性作家)
 
妻と幼い息子を連れた筒井は、むかし一緒に暮らしていたその人と、偶然バーニーズで再会する。懐かしいその人は、まだ学生らしき若い男の服を選んでいた。日常のふとしたときに流れ出す、選ばなかったもうひとつの時間。デビュー作「最後の息子」の主人公のその後が、精緻な文章で綴られる連作短篇集。
出版社:文藝春秋(文春文庫)




5作品中、4作品、具体的には『春、バーニーズで』『パパが電車をおりるころ』『夫婦の悪戯』『パーキングエリア』は同系列の話である。
できるならば筒井と瞳と文樹の内容で一本通してほしかったのだが、まあ仕方あるまい。

『最後の息子』を読んだことはないが、知らなくても、すっと物語に入りこめるのがよかった。
事情は複雑だけど、普通の家族の風景を描いていて、しかも読ませる力があって、忘れがたい。


『春、バーニーズで』は昔のゲイの愛人と再会する話だ。
そこには過去をなつかしむ気持ちはあっても、もっとニュートラルなものだ。
一人の親となって、歳は取ったけれど、血の繋がっていない息子のために、もっと複雑な現実を見せようとするラストシーンなどは、父の自覚と過去をふわりとなつかしむ気持ちとが見えて温かい気持ちになれる。


『パパが電車をおりるころ』は意識の流れのようで、おもしろい。
しかしその中にあって考えるのは、血の繋がっていない息子のことであり、妻のことってあたりに、筒井のパーソナリティを見るようだ。


とは言え、『夫婦の悪戯』を読んでいると、たとえ仲良くすごす夫婦であっても、時として危機的事態に陥ることもあることを知らされる。
それは相手に知られたくない秘密が露わになるときだろう。
どんなに憧れの夫婦と見られても、そこにあるのは、壊そうと思えば簡単に壊れる関係性でしかないのかもしれない。


『パーキング』はそんな筒井の疲れが現れたものと言えるだろうか。
言うなればぼんやりとした不安ってところだと思う。
今の現実が取り返しのつかないものではないか、という不安が彼にそんな行動を取らせたのではないだろうか。

とは言え、現実的にはいつまでも逃げるわけにはいかない。
そんな中で妻の温かさは沁みることだろう。
そこには彼女なりの、血の繋がっていない息子の父親になってくれている事に対する負い目、とかいろいろな思いもあるのだろう。
しかし思いやることで夫婦は繋がっていられるのかもしれない。そう思った次第である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの吉田修一作品感想
 『悪人』
 『横道世之介』
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フリードリヒ・フーケー『水妖記(ウンディーネ)』

2015-10-14 21:37:00 | 小説(海外作家)
 
湖のような青い瞳、輝くブロンド。子供をなくした老漁夫のもとにどこからか現われた美少女ウンディーネは、実は魂のない水の精であった。人間の世界にすみ、人間の男と愛によって結ばれて、魂を得たいとねがったのだ。――ヨーロッパに古くから伝わる民間伝承に材をとった、ドイツロマン派の妖しくも幻想的な愛の物語。
柴田治三郎 訳
出版社:岩波書店(岩波文庫)




古典的ロマン小説である。
古典であるゆえの不満は否応なくあるのだけど、展開もスピーディで、物語としておもしろい作品であった。
悲恋物語として悪くない作品である。


ともかく目を引くのは物語の捌き方だ。

150ページにも満たない作品だけど、その中には
騎士がふしぎな女と出会う。恋に落ち、結婚する。しかしいくつかの困難に出会う。
といった多くのエピソードがつぎ込まれている。

フルトブラントの心がウンディーネから離れるきっかけがえらい雑な扱いだな、と思ったり、ご都合主義が目立つ点(たとえばベルタルダと漁師が親子だというところ)が難だし、ベルタルダがいくらなんでも悪役扱いしすぎという気もする。
だけど、読み手を飽きさせず、物語に引っ張りこむ力はすばらしい。


しかし悲恋物語とは言え、ウンディーネもかわいそうだ。

水の精霊であるゆえ、フルトブラントはどうしても彼女を恐れてしまう。
しかもそれは必ずしもウンディーネの側に罪があるとも思えないところがつらい。
ベルタルダともウンディーネは仲良くしたいと思っているけれど、結果的にはベルタルダに踏みにじられたようなもの点と言うところも哀れだ。

加えて最後はフルトブラントを殺さねばならない宿命を背負うこととなる。惨い話である。


そんな悲惨さと、物語としてのおもしろさが、本作を古典として今日まで残す一要素になったのだろう。
物足りなさはあるが、古典らしい味わいのある一品である。

評価:★★(満点は★★★★★)
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