邪の家系を断ちきり、少女を守るために。少年は父の殺害を決意する。大人になった彼は、顔を変え、他人の身分を手に入れて、再び動き出す。すべては彼女の幸せだけを願って。同じ頃街ではテロ組織による連続殺人事件が発生していた。そして彼の前に過去の事件を追う刑事が現れる。本質的な悪、その連鎖とは。
出版社:講談社(講談社文庫)
抽象的な部分があって、納得いかないポイントもあるが、トータルで見ればおもしろい作品だった。
中村文則らしいノワールな展開に、心惹かれる作品である。
主人公文宏の家は『邪』の家系だと言う。彼の家系からは政府の高官や、そのほかの場面で、大いなる悪事に加担する人間を次々生み出したという。
そして老いた父は少年の文宏を、『邪』にさせるため、地獄を見せると宣言する。
もうこの展開が意味がわからず、げんなりした。
どこか話の流れは抽象論に過ぎて、理解できないのである。
作者的には、気まぐれとしか思えない理由で、人に深い心の傷を与えようとする人物を描きたかったのかもしれない。それにしても、この設定はどうかと思う。
どうしても生身の人間の行動とは思えずに、いささか引いた。それがどうにも残念だった。
JLの行動も、愉快犯的な行動にしては、リスキーすぎると思い馴染めなかった。
しかしその設定さえ乗り越えれば、後は楽しく読めるのである。
文宏の幼い恋や、そこから愛する香織を守るために取った行動など、どれもハラハラドキドキするもので、心を惹かれた。
ある種の暗さがありながら、恋愛部分などにはどこかしんみりする辺りも良い。
ミステリとしても、スリリングな展開が多く、おお、これはどう転がしていくんだろう、と期待して読み進められるポイントも多かった。
また展開される論理にも心惹かれるものがあった。
特に殺人は人間が本能的に避けるものだということを述べるために、ベトナム戦争などの話を持ち出す辺りはおもしろい。
頭で拵えたような感じの設定が馴染めないのは否定しない。
しかしストーリーテリングは見事で、食い入るように読めた。
好き嫌いは分かれようが、この作家の世界の魅力は存分に楽しめる作品である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの中村文則作品感想
『王国』
『銃』
『掏摸』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます