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江戸時代、前代未聞のベンチャー事業に生涯を賭けた男がいた。ミッションは「日本独自の暦」を作ること―。碁打ちにして数学者・渋川春海の二十年にわたる奮闘・挫折・喜び、そして恋!早くも読書界沸騰!俊英にして鬼才がおくる新潮流歴史ロマン。
出版社:角川書店
日本人の手による最初の暦、貞享暦をつくった男、渋川春海を主人公にした小説である。
そう書くといかにも堅っ苦しい歴史小説を想像しそうだけど、本作に関しては、そんなものはかけらも感じられなかった。
それはすべて主人公である、渋川春海のキャラによるところが大きいのだろう。
史実はまったくわからないけれど、冲方丁が描き出した渋川春海は、とっても愛いやつなのだ。
渋川春海のキャラ属性は、濃すぎってくらいに濃い。
まず彼は泣き虫だ。仮にも二刀を差しているのに、悔しくて、悲しくて、うれしくて、人前で泣いたりする場面は結構ある。
加えて彼はドジっ子属性も兼ね備えており、あわてたりすると、ものにぶつかったり、転んだりもする。
それだけじゃなく、彼はヘタレでもあり、たとえば道策やえんに強く言われたりすると、反論もできず、はいはい、と押しきられてしまう場面が多い。
ゆえに見るからにとっても頼りない。そりゃあ、えんに限らず発破をかけたくもなるだろう。
それでいて、男女の機微に通じない朴念仁で、いかにも冴えない典型のようだ。
泣き虫でドジっ子で、ヘタレで、にぶちん。
まとめるとそういうことになるが、よくもこれだけのキャラ属性をつめこんだものだ、と感心してしまう。
そんな彼は律儀でマジメというキャラでもあり、その属性ゆえに自分の好きなことに、一所懸命ひたむきに取り組む側面も持ち合わせている。
彼は碁打ちのプロで才能もあるのだけど、彼の好きなものはあくまで碁ではなく、算術の中にある。
実際、関孝和に挑戦し、憧れ、算術の世界に惹きこまれていく春海の感情はとっても熱い。
ああ、この人は本当に算術が好きなんだな、というのが、本当にまっすぐ伝わってくる。
そんな風に、彼が真剣に好きなことに対して情熱を傾けているからこそ、彼の熱意に、読み手である僕も心を動かされてしまうのだ。
それはもう共感と言ってもいい。
だからこそ、僕は作中人物であるはずの渋川春海と共に、一喜一憂してしまう。
彼が関に挑戦して恥をかけば、一緒になって苦しくなり、えんに自覚のないまま、ときめけばこっちもときめき、改暦の儀をみなの推挙で命じられたときは、同じように震えてしまう。
そのようにして、読みながらにして、ときに感動を、ときにつらさや苦々しさを共有し、成長していく過程を追体験することができる。
こういう体験はなかなかできるものではない。
そういう点でも極めてまれで、同時に読書としては、幸福な体験でもあるのだろう。
ラストの方は、渋川春海の一生のダイジェスト版って感じで駆け足になってしまっている。そのため前半に比べると、失速している感は否めない。
それがとっても惜しいのだけど、前半部に感じた共感は、忘れがたく、深く心に響き、感動した。
一人のちょっと頼りない男の、成長と成功と挫折を、一緒になって感じることができる。
『天地明察』は、僕にとって、そういう作品であった。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの冲方丁作品感想
冲方丁『マルドゥック・スクランブル』
PS
この小説にはいくつかの数学の問題が出てくる。
1、2、4問目はすぐにわかるからいいとして、3問目の十五宿はかなり困った問題である。というのもネットで検索したところ、この問題、どうやらまちがっているらしいのだ。
これを解くのに、僕は1時間格闘した。
星の大きさの平均値から、箕か斗くらいに極大のある三次方程式だ、いやシンプルに二次方程式でいいのかな、とか、一つ一つの星ではなく、星のグループととらえてみてはどうだろう、とか、わけのわからない推論をいろいろ立てまくったものである。
しかしどう考えても、解はとんでもないものにしかならない。この手の小説に載っている以上、答えはシンプルだと思うのに、単純な答えにはいきつかない。
最終的に降参して、ネットで答えを調べ、そういうオチか、と愕然としたことを思い出す。
この感想を見てから、この本を読む人は(いるのか?)、真剣に答えを出そうとしないようにしましょう。
『天地明察』おもしろいですよね。渋川春海のキャラがすばらしいです。
僕の本の趣味は偏りまくっていますが、何かの参考になれば幸いです。