ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

【本】フロイト精神分析入門

2006年03月25日 09時29分20秒 | 読書記録2006
フロイト精神分析入門, 小比木啓吾 馬場謙一(編), 有斐閣新書 D3, 1977年
・「<心の世界>の解明に挑戦し現代思想に大きな衝撃を与えた古典的名著『精神分析入門』を読みやすい形に再編成したフロイト入門です」カバーより と、あるとおり原著ではありません。また、原著改編版というよりは全く別物のフロイト解説本だと思った方がいいかもしれません。原著を読んでないのであまり大きなことは言えませんが。 一般向けの入門書よりはやや内容が深く専門書寄りで、決して読みやすいとは言えない本ですが、そつなくまとまっていると思います。大学の教養講義のテキストに使えそうな感じ。これまたフロイトの本をたくさん読んでいるわけではないので(ry
・数値化・モデル化するのが最も困難な科学分野。ほとんど無限と思える変数をまとめあげることは可能なのか?こりゃしんどい学問だ。
・執筆者:馬場謙一、鈴木美登里、乾吉佑、吉田直子、深津千賀子、佐野直哉、小此木啓吾
・「心もまた肉体と同様に、自然の法則とメカニズムに支配されている。わたしたちにとって、通常、この法則とメカニズムは、無意識になっているが、本当の意味で自分自身の心の主になるためには、この無意識の世界を知らなければならない。思いどおりにならない心の働きについて、正しい認識をもつことによってのみ、わたしたちは、心に対する主権者になることができる。」p.ii
・「フロイトの死後四〇年近くを経た現在、精神分析学は、精神医学の領域をこえて、哲学、文学、美術、その他およそ人間にかかわるすべての学問や文化領域に、深い影響を及ぼしている。しかしその割に、フロイト自身が読まれることは意外に少なく、その理論と思想は正しく理解されていないきらいがある。」p.iv
・「「確実に母親のお気に入りになっていた人間は、一生征服者の感情と、自分は成功するのだという確信を持ち続け、それはしばしば本当の成功を引き起こす原因となる」」p.4
・「フロイトは医学自体に直接心をひかれたわけではなく、後になっても医学という職業が自分の性に合っていると感じたことはなかったとして、次のように述べている。」p.6
・「当時のフロイトに対する敵意と反感の激しさは、ある精神医学会でフロイト理論が問題になった時に、ドイツのある教授が立上り「これは学会で討議すべき話題ではない、警察の問題とすべきものだ」と机を叩いて叫んだというエピソードからも推察することができる。」p.22
・「フロイトにとって無意識とは、意識によって洞察され、合理的な自我によって支配されるべきものであったが、ユンクにとって無意識とは、人類に普遍的な心象を生む生命的な基盤であり、人類の根源につらなる創造的エネルギーをもつ領域であって、個人の心を真に支える層と考えられた。」p.26
・「すべての本能には、以前の段階に戻ろうとする根源的傾向があり、したがって生きている有機体を本来の無機的状態へと還元するまでその動きは止まない。このような本能は究極的には死に向かおうとする本能であり、衝動として現れる場合には、自己破壊傾向や攻撃性のかたちをとる、」p.29
・「1923年には、五歳にみたぬ愛する孫が死に、彼に重なる深い打撃を与えた。フロイトが涙を流したのは、生涯でこの時だけだったという。」p.30
・「夢とは全体として他のある物、すなわち無意識的なものに対する歪曲された代理物であり、その無意識的なものを見出すのが夢解釈の課題である」」p.58
・「リビドーとは、まったく飢餓と類似したもので、衝動――飢餓の場合の食物摂取衝動のように、この場合には性衝動――を発現させる力の名称です」」p.103
・「人は誰でも他人に会うと、まず最初に男性か女性かの区別を行い、この区別に対しては確信をもつ。  しかしながら、男性的、女性的という概念は、このように決定的なものであろうか、とフロイトは問いかける。」p.141
・「このエディプス・コンプレックスというのは、前述されたように、フロイトがギリシャの悲劇「エディプス王」にならって命名した無意識心理に関する精神分析の基本概念の一つである。これは、異性の親に対する愛着、同性の親への敵意、罰せられる不安の三点を中心にして発展するコンプレックス(観念複合体)のことである。」p.143
・「分析医が使っている治療の方法は、無意識的なものを意識的なものに翻訳するというやり方である。つまり、無意識的なものを意識へと移すことによって抑圧を解除し、症状形成のための諸条件を除去し、病因となっている葛藤を、なんらかのかたちで解決されるはずの正常な葛藤に変えることである。」p.150
・「患者が医師の人格をこのように高く評価するのは、医師によって与えられる希望のせいであり、また治療のもたらす解明、患者の心を開放する驚くべき解明によって、彼らの知的地平線が拡大されるせいだと思える。」p.154
・「このように転移が抵抗となっている場合、治療者は、患者に対して「あなたの感情は現在の状況から出ているのでもないし、医師個人に向けられているのでもなく、あなたの心にかつて起ったことの反復である」と指摘し、それによって転移を克服する。」p.156
・「神経症患者は、その自我とリビドーとの間の葛藤が終わりを告げ、自我がリビドーを再び意のままに支配できるようになった時に、健康を回復したといえる。」p.158
・「以上述べてきたことをまとめると、精神分析の治療作業は二つの段階に分けられる。第一の段階では、すべてのリビドーが症状から転移の中に押しこめられ、そこに集中され、第二の段階では、この新しい対象をめぐる戦いが遂行されて、リビドーはその対象から解き放たれる。リビドーが医師という仮の対象から分離されると、リビドーは以前の対象にもとっていくことはできず、自我によって自由に支配されることになる。」p.159
・「とかく精神療法というと、人間的な愛情ややさしさを惜しみなく与えることが大切であると考えられがちである。ところがフロイトは、このような人間観、治療観とはっきり対立して、精神療法における治療関係を、徹底した合理主義、個人主義にうらうちされた職業的な役割関係と考えた。(中略)フロイトはこの事柄に関して、次のように述べている。「救いを求めてわれわれの手にゆだねられる患者を、われわれの私有物にしてしまい、彼の運命を彼にかわって作り出し、われわれの理想をおしつけ、造物主の高慢さを持って自身の気にいるようにわれわれの似姿に彼らを仕立てあげるというようなことを、断固として拒否する。」p.160
・「フロイトは「われわれは、患者の病苦を治療への原動力としての効果を保つために、ある程度迄あまり早く解決し過ぎてしまわないように配慮しなければなりません」と述べている。」p.162
・「1923年、フロイトは、『自我とエス』を著わし、それまでの意識、前意識、無意識という局所論に加えて、人間の心が自我、エス、超自我という三つの心的な機関から成るという図式(仮説)を明らかにした。」p.166
・「つまり彼らは、病気にかかることにその満足を見出し、その苦痛の罰を棄てようとしない。そしてわたしたちは、この心痛むような説明を最終的なものとして正当化しなければならないのである。」p.168
・「フロイトによれば、エスは生物学的、本能的、欲動的なもので、快感原則のみに従い、現実原則を無視し、ひたすらその満足を求め、論理性を欠き時間をもたず、社会的価値を無視するが、わたしたちは、自我機構を介してしか、エスを体験することはできない。」p.169
・「このようなエディプス・コンプレックスの放棄と、超自我の成立こそ、その個体が、一箇の社会的存在になる決定的な過程である。」p.171
・「多くの知識を披瀝し、よりすぐれた論理的思考や説明を顕示することに、競争心や自己顕示欲を置き換える場合など。このように知性化は、防衛の中では――とりわけ現代社会では――もっとも適応性の高い防御規制である。」p.185
・「そもそもフロイトは、シラーの「飢え(フンゲル)か愛情(リーベ)か」という言葉が好きであった。」p.191
・「決定力をもつ外部の影響が変化して、生きながらえる物質を、原始的な生活経路からしだいに大きく偏向させ、死という目標に到達するまでに、ますます複雑な迂路をたどるように強いたのである」p.193
・「「いわゆる自己保存本能、権力への衝動、自己顕示への衝動などの理論的な意味は、部分的衝動であって、有機体自身の死への経路を確実にし、無機体への復帰の可能性を内在的なものにとどめておく任務をもっている」」p.193
・「ものごとを組織づけ、まとめ上げ、大きく発展させる働きこそ、エロス(生の本能)の働きであり、ものごとを解体し、分解し、無に帰そうとする働きは、サナトス(死の本能)の働きである。」p.194
・「しょせん意識は、無意識から生れ、無意識に還るのが本来である。それと同じように、生もまた死から生れて死に還る。生は、その束の間の輝きにすぎない。」p.194
・「このような(治療者と患者間に結ばれる)自我の同盟(治療契約)を基盤として、分析状況は成立するのである」p.200
・「そしてフロイトは言う。「知性(科学的精神、理性)が時と共に人間の精神生活における独裁権を獲得するであろうということは、私どもの最良の未来の希望であります。このような理性の支配力の共有(知性による連帯)は、人間間の最も強い結びの帯であることが明らかになり、爾後の合一のためにその道を開くでありましょう。これに対して宗教による合理的な思考禁止のようにこのような理性の発達に抵抗するものは、人類の将来にとっての一つの危険であります」と。」p.205
・「(ちなみにアメリカの精神科医の70%はユダヤ人といわれる)」p.212
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?じょうまん【冗漫】 くどくて長たらしいこと。だらだらとしまりのないさま。冗長。「冗漫な文章」
?しゅんしゅう【俊秀】 才能などが他の人より特にすぐれていること。また、その人。
?あじゃせ【阿闍世】(梵AjDtaTatruの音訳)古代インドのマガダ国の王。マガダ国をインド第一の強国にした。後年釈迦の教えにより仏教に帰依し、仏教の熱心な保護者となった。

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