一期一会 〜万年筆店店主のブログ〜

哲学、想いを発信している、Pen and message.店主吉宗史博のブログです。

仕事の質を上げる

2016-05-24 | 仕事の考え

前に進んだかと思えば、何か押しとどめたり、後ろに引き戻すことが起こったりして、この8年半の間の店の歩みは3歩進んで2歩下がってきたというのが実感です。

はじめ少しいらだつことももありましたが、そういうものだと思えば気にならなくなる。
何か後ろ向きの力が働いた時、そういうものだと思って今は淡々やっています。

商売は結局売り上げがいくら多くても、1円でもマイナスなら赤字で、売上が100円でも利益が出ていれば黒字で、赤字だと続けられなくなる。売上を大きくするよりも黒字にすることを常に考えたいと思っています。

 

よく全国何百店舗到達とか、年商何億円達成などと言って、感謝セールなどをしているチェーン店を見かけます。

すごいことだとは思うけれど、店が多くなれば多くなるほどありふれてくるし、不採算の店舗も出てくるのではないかと、大きなお世話だけど思っている。

規模を拡大して、売上を伸ばすことは男のロマン(男女はないかもしれないけれど)で、店舗数が増えると仕入れ額が増えて、安く仕入れることができ、お客様に還元できるということなのかもしれないけれど。

でも世の中にすでにたくさんある業種のお店が、日本一の店舗数を目指して増やすということを世の中のことを考えていないのではないかと、私は思う。

世間はそれで足りているのに、すでにあるお店を潰すために近くに新店舗を建てたりするのは、自社のことしか考えていない行為だと思います。

そういうことはいろんなところ、いろんな分野でされているけれど、規模が大きくなればなるほど、世の中のことを考えないといけないのではないか、それがリーダーなのではないかと思う。

チェーン店などは店数が多くなればなるほど特別感のようなものがなくなってしまうと思うけれど、こだわりのものを売っているお店、ブランドなどはどう思っているのだろう。

会社の規模を拡大するよりも、自店の質を高めたいと私は思う。

お店というのはいつも何かお客様に我慢させていて、その我慢がその店で買う喜びを超えると買ってもらえなくなってしまうものだと思っている。我慢がゼロならそれは素晴らしいことだけどあり得ない。

質を高めるというのは、我慢を少なくし、喜びを大きくすることだと思う。

小売業の業績を左右するのは、世の中の景気ではなくその店自身の問題が大きいと思っています。

質を高めるということは、今すぐの売上には貢献しないかもしれないけれど、長く続いていくための役に立つことです。

スタッフMの加入は、当店の質を高めるために必要なことだと思っている。

 

 

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ペン先調整

2016-05-22 | 仕事の考え

ペン先調整はペンポイントを削ることであり、そのペンの寿命を縮めてしまうものだという意見を聞きました。
もちろんその誤解を解こうとその場でご説明しましたが、多くの人がそのように思っておられるのかもしれないと恐ろしくなりました。

確かに正しい知識のない人がペン先に取り組んだ場合、ペンポイントを削り過ぎて、万年筆の寿命を縮めてしまうことにつながると思います。

しかし、正しい知識と理性を持ってそのペンと使い手の相違、ペン自体の問題を見極めて施す調整は万年筆を良い状態にします。

ペン先調整には、標準調整とオーダー調整の2つの種類があると思っています。

標準調整はその万年筆をこれから使い込んで馴らしていくための調整で、より最適な状態にして使い込んでいくスタートラインに立たせるイメージです。

ペンポイントのズレをなくし、ペン先とペン芯の合わせを完璧にして、軽い筆圧で書いてもインクが出るように、書き出しもちゃんと出るようにします。

1,2年も使うとある日突然そのペンが劇的に書きやすくなるのを実感できます。細字のペンならもう少し早い段階で書き味の変化は訪れます。

オーダー調整は使う人の好みに合わせるというもので、インク出量の好み、筆記角度など使われる方の理想になるべく近づけるようにします。

当店でお買い上げいただいた万年筆全てにペン先調整はさせていただいておりますが、求められない限り、標準調整にとどめていますので、使い込んで馴らしていきたいという方もご安心下さい。

私も自分の万年筆はペン先のズレがなく、ペン先とペン芯の合わせが合っていれば、そのまま使うようにしていて、使い込んで馴らすようにしています。

その万年筆に対してどうすれば最小限の調整でとどめられるか見極めるのも、ペン先調整人の腕だと思っています。

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値段によるモノの違い

2016-05-15 | 実生活

しばらく靴を買っていなかったので、そろそろ買いたくなってきた。

さすがに革靴なら何でも興味があって、一足でも多く欲しいという段階は過ぎ去って、本当に気に入ったものを7足揃えてローテーションで履きたいと思っている。

本当に気に入ったもの、今一番欲しいと思っているものを時間がかかってもいいから、靴資金を貯めて買いたい。
たくさんのものが欲しいわけではないので、時間がかかってもいい。

革靴だったら何にでも興味があった時は、安くて良いものがあるのではないかと思って、いろいろ本を見たりしていました。

でもある程度分かってくると安くて良いものなどないということが分かってきます。

靴の場合は値段によって製法も違ってくるので、それが外観にも履き心地にも影響を及ぼします。

モノには値段による違いというものが厳然と存在していて、高くなればまた違う世界を見せてくれるものだと思っています。

自分が買える範囲のものばかり集めていても見える世界は変わらない。靴について語りたければ、血のにじむような努力をしてお金を貯めて上の世界を知らなければならない。

血のにじむようなというのは、言い過ぎだけど一瞬の欲に流されずに目標としたものが買えるまで私はカスミを食って生きていたいと思っている。

服が代表的だけど、昔では考えられないくらい安い値段でモノが買えるようになりました。安いものは努力なしにたくさん買うことができ、揃えることができる。

しかし、それで買えるのモノは同じ用途で同じ形だけど何か違う。

でもそれを助長したのは皮肉にも真逆の立場にあるブランドたちではないかと思っている。

イメージを吊り上げることでモノの価値よりも高い値段をつけることと、あらゆるコストダウンをして考えられないくらい安い値段でモノを作ることは、厳然と存在していた値段によるモノの違いを狂わせたという意味では同じだと思っている。


価格破壊の反動は来ていると思っていて、安い値段で売られている、ものすごくたくさん同じものが存在するモノや、品質の割にものすごく高いモノはかなり苦戦しているような気がします。

価格と品質のバランスを無視しては商売は続けられない。今はきっと安い値段でも隣の人と服はカブってほしくないし、イメージを上げることは値段を上げるツールではなく維持するツールなのだと思います。

靴が欲しいと思っている話から、かなり脱線してしまったけれど。

 

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お知らせ

2016-05-12 | お店からのお知らせ

イベント

 ・聞香会 5月28日(土)15時〜17時

当店スタッフ森脇直樹による聞香会を開催いたします。
本格的なお香を気軽な雰囲気の中で楽しむことができる会になります。ぜひご参加下さい。

・FridayWorkshop「万年筆で美しい文字を書こう8」 6月3日(金) 19時〜21時 

堀谷龍玄先生をお迎えして、万年筆で美しい文字を書けるよう練習し、添削してもらいます。黒インクを入れた細字の万年筆と縦罫ノート(ツバメN3021)を持ちください。ノートも当店で販売しています。
初めての方もぜひご参加下さい。

「万年筆で美しい文字を書こう」教室では、5月20日(金)~6月3日(金)に作品展をいたします。生徒の皆さんが書かれた漢詩の作品を展示いたしますので、ぜひご覧になって下さい。

・「コラージュで手帳を彩る」 6月16日(木) 14時〜16時

お客様の奥谷菜摘子様が提供してくださる、シール、スタンプ、マスキングテープなどのコラージュの素材を使って、手帳をキャンバスにしてページを彩る遊びをします。皆様で一緒に遊ぶ時間になればと思っています。
のり、ハサミ、ペン、手帳をお持ちください。

 

 

 お問い合わせ、参加のご希望など、当店(078-360-1933)までお願いいたします。

もちろん飛び入りの参加も、大歓迎です。

 

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垂水

2016-05-10 | 実生活

神戸市西部の垂水というところに住んでいます。

神戸に住んで、学校を出て、ずっと仕事をしてきたので神戸人だと言っているけれど、垂水の町の雰囲気は神戸とは違っている。

駅の南にすぐ漁港があって、淡路島が目の前に見える。

昔、塩谷からこちら(西)は播磨の国だったそうですが、そんな土地の雰囲気は簡単には拭い去ることはできず、住所が神戸になったところで昔からの西国の雰囲気は変わっていないのではないかと思います。

山がかなり迫っていた所だったので、町は谷沿いに山側へと拡大していき、山も切り拓かれました。JR垂水駅の乗降客は神戸市内では三ノ宮、神戸に次いで多いけれど、多くの人は切り拓かれた新興住宅街(と言っても20年以上は経っている)からバスで来ていると思われます。

私も毎朝垂水駅まで山陽バスに乗って出てきて、山陽バスに乗って帰ります。

20年くらい前までは私が乗る路線バスには、降りたい停留所を伝える降車ボタンがついていなかった。

今ではとても良い道になったけれど、以前商大筋は山道をそのまま舗装したような勾配がきつく、細く曲がりくねった道でした。

本来バスが通るような道ではなかったと思うけれど、山陽バスは走っていた。

その時のバスは今では考えられないけれど、車掌さんが乗っていて目視など運転の補助とお客のお世話をしていて、降りたい停留所の名前を車掌さんが言ったら、車掌さんに「降ります」と宣言してドアを開けてもらっていました。

中学、高校生くらいの頃、それが妙に照れ臭くて嫌だったけれど、今思うと何でもないことなのに。

バスに乗っていて、昔の山陽バスを映したポスターが目に入った。今年が創業80年記念とのことで、その写真ほど昔ではないけれど、そのポスターを見ていて昔のことを懐かしく思い出しました。

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休暇

2016-05-08 | 実生活

連休最終日の夜の電車は人も少なく、休暇でなかった私でも寂しい気分になります。
それは連休というお祭りの終わりの雰囲気が漂っているからなのかもしれないと思ったりします。

ゴールデンウィークが終わろうとしている。今年は間に平日があって、連休感が少なかったという人もいるのではないかと思います。

でも長い人で10連休にもなり、それは月の3分の1にも及びます。

学校を卒業してからそこまで長い休みがあったことがなく、休みの少ない仕事人生を送ってきました。店で働いている以上仕方ないことで、店が多く休めばそれだけチャンスが減りますので、店が多く開いている限り店員の休みも少ないに決まっている。

サービス業の人はともかく、皆様はいつもより長く休まれたのではないかと思います。

皆さんの休日をいつも想像しています。

お子さんを連れて帰省される方、海外旅行に行かれた方など、皆さまがそれぞれの連休を満喫されたことと思います。

子供の頃、いろんなところに行った思い出がたくさんあるのは、父に休みがあったからだと今さらながらに思いました。

それでも当時普段の休みが日曜日だけというのが一般的だったので、普通の週末はきっとコンパクトに過ごしていたと思うけれど。

今の私は当時の父と同じ週1日の休みと夏と年末の長期休暇になっていて家族には不自由させているのかもしれない。

通常の休みが1日だけだと用事で終わってしまうし、3分の1日は書道で埋まっている。

でもそうしないと生きていけない仕事なのでどうすることもできないし、私自身は慣れてしまった。

 

最近ではそういう考えは少なくなったと思うし、当時も相当時代遅れだと思って見ていたけれど、休日出勤して仕事をすることが美徳のように思われていた。

上司や同僚たちが休日に出てきて仕事している姿を見て、周りの私たちも何となく心がザワついていたし、その姿を見て褒める上司もいた。本人たちは誇らしげに見えました。

休みは良い仕事をするためにあると思っていたし、特に店のように休みの時にお客様が来て下さる場所での仕事の場合、休みを他所で過ごさないと気付かないことがたくさんあると思うので、堂々と休んで、思い切り遊ぶべきだと思っていた。

休みは良い仕事をするためにあるという考え方自体がもしかしてズレているのかもしれないけれど、休みの中に仕事のヒントやお客様との雑談のネタがたくさんあって、自分を作っていると思っていて、休みが明けるたびに自分が変われているような気がしていました。

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古いレンズ~味という曖昧な価値観~

2016-05-03 | 実生活

堀谷先生のペン習字教室のお仲間のSさんから、古いニコンのレンズを3本もいただいた。

最近お宅を建て替えられて、大量の段ボールがいつまでも開封できずに困っているSさんに、S糖さんがいらないレンズがあれば下さいと上手くねだった。私はそのおこぼれをいただいてしまった。

お礼も済まさないうちに早速ソニーα7にニコンのレンズを使えるようにするマウントアダプターを買いに行きました。

いつも使っているソニーのレンズよりも柔らかい、おおらかな感じの映りは古いレンズならではのものなのかもしれないと思っています。

ただ精度とか数値だけではない、味という曖昧なものが許される価値観が好きで、万年筆もそうだと思っている。

スペックだけではない、いろんな味わいがあり、使い手の好みがあるから私は万年筆とその世界に惹かれたのだと思います。

味わいというのはとても伝えにくく、誰もが同じように感じ取るものではないので、メーカーはスペックを追求してしまうのかもしれません。

他社が燃費に特化しているのなら、自社は燃費も努力するけれど違う魅力のある車を作るという発想があれば、いろんな悲劇は起こらなかったように思います。

話が反れてしまったけれど、万年筆はモノにはスペックで示すことができないいろんな味わいがあって、いろんな好みがあって、いろんな仕事の方法があるということを教えてくれるモノだと思っています。

 

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物欲

2016-05-01 | 実生活


最近H田さんが買われた1Dと比べると自分のカメラがおもちゃのように思われる。物欲はこういう方向からも刺激される。しかし1Dは自分にはすご過ぎるけれど。

 

最も自分らしいものを厳選して、たくさん持たずにそのひとつをとことん使いこなすような、モノの少ない生活をしたいと思っていました。

自分にはこれがあるから大丈夫と、余計なモノを欲しないような生活が実際にも、精神的にも、片付いている理想的な美しい姿として憧れています。

しかし、実際の自分は写真を撮りに行く前と後には、必ず新しいレンズが欲しくなる。

今持っている24mm~70个離此璽爛譽鵐困能淑で、何の不満もないどころか使いこなしきれていないけれど、もっと寄れるレンズが欲しかったり、F1.2とか明るいレンズや通しで解放F2.8のズームレンズも使ってみたい。

靴は常に何らのものが欲しい。靴の良いものを知ると、もっと良いものが履きたくなって後戻りできなくなります。

自分の服装の中で他はあまりこだわりなく、気に入ったシャツなどは7着あって1週間同じ物を着れるようにしているほど、同じカッコでいたいけれど、靴だけはその時の気分でいろいろ選びたい。

鞄は季節が変わるたびに欲しくなる。そして万年筆は自分にとって一番重要な道具で、黒金の万年筆は何本でも欲しいけれど、もしかしたらこれは自分の仕事においての必要経費かもしれない。

それらをいちいち公表しないだけで、常に何か欲しいと思う気持ちが自分を動かしているのかとさえ思います。

でも物欲、何かを欲しいと思う気持ちは毎日を楽しくしてくれると思う。

それらを手に入れたらもっと楽しいし、欲しいと思ったら諦めずに手に入れたい。

必要最低限のモノだけ持って、余計なものを一切欲しない生活は美しいかもしれないけれど、きっと私には楽しくないだろうと思う。

私たちは欲しいと思う気持ちで生きている。

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京都

2016-04-26 | 実生活

年に何度かは京都に行きます。

何年間かは年末年始を家族で京都で過ごすということをしていましたが、宿代が理不尽に高いような気がして止めました。

店に就職してからずっと、自分の仕事のヒントは京都にあるような気がして、京都を訪れては何か参考にできることはないかと思いながら歩いていました。

日本中で、これだけ世界中の人を惹きつける街は他にないと思いますし、庶民には理不尽に高いと思う宿代でも泊まりたいと思う人が後を絶たない理由が知りたいといつも思っていました。

豊富な観光資源がたくさんの人が訪れる理由だと思うけれど、この街に住む人たち、特に商売に携わる人たちの迷いのない態度は、使用人だったけれど商売に携わりながらもいつも迷っていた自分にはないもので、いつも気になっていました。

それだけ自分のしていることに自信がなかったのですが、自分の商売のヒントを得るため、自信を持ってできる商売のやり方を見つけるために、いつもシリアスな気分で京都の街を歩いていたような気がします。

前の休み、妻と写真を撮るために京都を訪れました。

京都の中で一番興味深いのは京都駅だと思っています。


たくさんの旅行者が電車を降りて、バスやタクシーでそれぞれの目的地に散って行くまさにターミナルで、世界中の人たちの幸せそうな笑顔を見ることができます。


岡崎から南禅寺、哲学の道という王道のルートを歩きました。

歩いていると暑くて、上着の存在が邪魔になって、もう季節は変わっているのだと実感します。


何かを学び取りたいという気持ちは今も変わらないけれど、暗い気分ではなくなっているし、写真を撮り始めるとそんなことも忘れてしまうけれど。

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何のためにするのか

2016-04-24 | 実生活

何のために書いているのかということをいまだによく考えます。

考え込むのではなく、その都度電球が灯くように気付くことがあります。

以前、万年筆を使っていることを証明するため、書くことは楽しいということを訴求するためにブログを書いていると言ったけれど、それだけではなかった。


自分が若い時、人生の先輩たちは一体どういうことを考えて生きているのだろうと思っていました。

その人たちの考えを聞いて、参考にしたい、勉強したいと思っていました。

幸い私にはそういうことを話してくれる何人ものお客様方がいて、いろんなことを教えてもらって、何とかここに居ることができている。

その人たちの教えがなかったら、考え方の考えを知ることがなかったら、ボンクラな自分はきっと同じ場所で今も途方に暮れているか、何も知らずに幸せに暮らしていたのだと思います。

自分だけの考えではなかなか道は開けないので、何らかのヒントを探している人は若い人の中にはたくさんいて、私のようにラッキーな出会いに恵まれていない人もたくさんいるだろうと思っています。

私が書くことで、人生の先輩の考え方を聞く機会のない人が少しでも参考にできることがあればと思っています。

対象は若い頃の今よりさらにボンクラだった自分だった。

先輩の教えをそのまま鵜呑みにするのではなく、その考え方のみを大いに吸収するようにしたらいいと思います。

考え方を吸収して、行動を起こす時は自分の責任で動く。

そういえば私がこのブログや他のものを止めずに書き続けている一番の理由は、誰かにやらされたわけではなく、自分で始めたことだから何が何でもやらなければならないということで、もはや書く理由でも何でもなくなっているのだと気付きました。

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