一期一会 ~万年筆店店主のブログ~

哲学、想いを発信している、Pen and message.店主吉宗史博のブログです。

齢相応

2017-01-31 | 実生活

熟年の定義は45歳から69歳(65歳)で、自分はとっくに熟年と言われてもいい齢だということを知ってショックを受けました。

ショックを受けるということは、自分はまだ若いと思っているということだけど、自分自身の認識と人が自分を見る目とそれだけギャップがあるということだと思います。

最近齢相応ということをよく考えている。

年齢よりも若く見られたいというのは多くの人の想いだけど、幼く見えることは良いことではなく、情けない。

48歳の熟年の男として相応しい物腰を身に付けているのだろうか、無駄に齢だけとったような人間になっていないか。

内面のボンクラさを隠さなくてはいけないので、せめて表面的には熟年の落ち着きを見せていたいとは思っている。

最近夜眠くなるのが早くなっているし、白髪も増えた。そういえば筋肉痛は2日後に来る。

 

息子が春から塾の先生として働き始める。学校の先生にはなれなかったけれど、本人がしたいと思ってできる仕事に就けたことはとても恵まれたことで、息子が大学に入った時に塾講師のアルバイトに誘ってくれたI田さんには本当に感謝しています。

好きなことがあるならそれができる仕事に就いてほしいと思っていたけれど、勉強が好きで、教えることが楽しいと言う息子が、天職だと思える仕事に就けたことがとても嬉しい。

話が反れてしまったけれど、そんな大きな息子がいるのだからそら齢もとるだろう。

48歳の熟年の男としての齢相応と言っても個人差があるし、こうあるべきだと決められるものではないけれど、私が子供の頃に見ていた48歳の妻を亡くした父はこんなに頼りなくはなかったと思うことがあって、しっかりしたいと今更ながらに思っている。

今年49歳で、母親の年齢を超えることができるかということはずっと思っていました。

自分が死ぬこともあると考え始める年齢になっている。

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読みたかった本に出会った

2017-01-29 | 実生活

私たちのような商店主の仕事に書くことは必ずついて回るものだと思っています。

私が他のやり方を知らないだけだと思うけれど、書くことで店の情報を発信して、想いを伝えようとする。

私が書くようになったのはホームページに文章を載せるようになったからだけど、きっとインターネットがなくても何か書いて配っていたと思います。

話して想いを伝えることができたらいいけれど、上手く簡潔に話をまとめることがなかなか難しいし、下手な私の話を人は聞いていないものだと思っている。

私がしている書くことにおいて文章の上手さやテクニックは必要なくて、誰でもできる書くことを好きでしている。

小店主は生きていくために書き、書くから生かしてもらえていると思っている。

久々にこういう本が読みたかったと思う本を読みました。

「わたしの小さな古本屋」(田中美穂著)。倉敷にある蟲文庫のご主人田中美穂さんによる、小さな古書店を維持していく想いを書いた本です。

シンプルな文体で淡々と書かれているけれど、想いが伝わってくる。とても読みやすく、文章の上手い方だと思いました。

私たちが仕事の道具として当然あるべきものだとしているインターネットが一般的でない時代から地道に営業されてきて、ゆっくりと店を成長させてきた著者の心の強さに頭が下がります。

店を続けていくのは特別な才能や明晰な頭脳ではないと、ボンクラな私は思う。

21歳で創業して22年の蟲文庫。10年何てまだまだ。10年経ったと誇らしげに言っている自分が恥ずかしくなりました。

 

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22年の月日

2017-01-17 | 実生活

あれから22年も経つとは、早いという感覚よりもそんなに経ってしまったことが感じられないことに恐ろしいような気がします。

それほど他の記憶を飛び越して、震災の記憶は強烈で、皆同じように思っているのではないでしょうか。

でも当時0歳でミルクや風呂調達に苦労した息子が、自分が好きでやっていく仕事に就けて、4月から働き始めるほど年月は経っているのだ。

地震に遭ったと言っても、ライフラインは不通だったけれど住む家はあったし、会社は継続して雇ってくれたので、大変な苦労をした人とは比べものにならないけれど。

でも今まで積み重ねてきたものがリセットされるような感覚を私たちは味わって、それを仕事のキャリアが始まったばかりの頃に経験したことで、その後の行動や意思決定に影響を与えていると思っています。

もう二度とあんな大きな地震に遭いたくないと思うけれど、本当に避けられないことなのでどうしようもないけれど。

また若い頃に戻ることができたらと言う人がいるけれど、地震のこともあって私は全くそう思いません。

それに例えば学生の頃に戻って、もう一度学校で授業を受けるのは嫌だと思うし、同じようにやはり勉強はしないだろう。

学生時代から今現在に至るまで私は幸運の連続で、数えきれないラッキーのおかげで今こうしていると思うと、人生をやり直して同じ幸運が自分に降りてくるかどうか分からないので、戻りたくない。

何とかやってくることができたというのが実感で、地震の後の記憶はそれがより強くなった。

私は神戸の片隅の店で自分のできることを見つけて、それを確立しようと努力してきただけなので偉そうなことは言えないけれど、神戸の街をがんばって盛り上げようとしてきた人たちの努力には頭が下がる想いです。

神戸の街は元通り以上にきれいになって、地震に遭った形跡はどこにも見当たらなくなったけれど、きっと地震の記憶と体が覚えている感覚は変わらず私たちの生き方に影響を与え続けると思っています。

 

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空白の時間

2017-01-15 | 実生活

最近、ますますスマートフォンを見なくなっていて、フェイスブックにご案内の投稿はしても、ほとんど見ていません。

インターネットから距離をおきたいとか、デジタルが嫌いだとかではなく、その時間がどうしてもとれなくなっています。大して忙しいわけではないけれど。

理由はボーツとする時間を作るようになったからです。

電車の中など何もしていない空白の時間はどうしてももったいないと思ってしまいます。

それで皆さん有意義なことをして埋めようと、本を読んだり、スマホを見たりする。

私もその時間を有意義なものにしようと、本を読もうとしたり、書きものをしようとしていました。

しかし、最近ボーツと考え事をする時間も大切だと思うようになりました。

本もスマホも見ずボーツとしているのはもったいない時間の過ごし方のように思えるし、フェイスブックに自分の投稿だけして、ほかの人の投稿を見ないし、「いいね」も押さないのはとても身勝手で、不義理をしているようで後ろめたい気持ちはあります。

何にも影響されていないゼロから生まれる考えは、そういうボーツとする時間から生まれるような気がして、自分の仕事にとってそれはとても必要なことに思えて、必要な時間になっています。

責任は重くなっているけれど、自分の仕事が今までよりも難しくなったわけではないけれど、ボーツと考えることをこの店が要求しているような気がしています。

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今年一年

2016-12-27 | 実生活

今年最後のブログにしようと思います。

だんだん1年が経つのが早く感じられるようになってきました。

店を始めたばかりの時は、もっと1年が長かったのに。

毎日同じ繰り返しではないし、悪いことではないけれど、この店での時間にだいぶ慣れてきたのだと思います。

たまには初めてすることもやるようにしないと、繰り返しの中で安住していては自分が退化してしまうという恐れを持っています。

今年は代官山蔦屋書店でのイベント参加という、当店にとっては一大事から始まりました。

たくさん出ているお店の中の1つでしかんかったけれど、イベントに参加したり、外に出て行くということをしたことがなかった当店においては大イベントだったのでした。

でも本当に楽しいイベントだったし、代官山というところも好きになったので、また行きたいと思っているけれど、来年は開催されないようで残念に思っています。

でも外に出て行ってみて、神戸の店で出会うことのできない多くの人に出会うことができて、やはり神戸という片田舎にずっと引っ込んでいてはいけないと思いました。

神戸はホームグランド、当店創業の地として大切な場所だけど、世界の片隅でしかなく、多くの人が訪れてくれるわけではない。

店としてもっと多くの、当店がお客様としている人と、ながりを強くしたいので、こちらから出て行く努力をしないといけないと今年1年思い続けただけで終わりましたので、10周年の来年は実現したいと思っています。

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携帯電話

2016-12-18 | 実生活

3年ほど使っていた携帯電話が通話できなくなって、新しいものに変えました。

少し大きくなって、何となく操作しずらくなったような気がするけれど、画面は見やすくなりました。

なるべくこういうものにお金をかけたくないと思っています。

1回に何万円も支払ったら終わりではなく、毎月数百円、数千円という金額をジワジワ取る携帯電話会社のやり方は、賢いと思いますが、我々庶民からお金を巻き上げる貧困ビジネスに思える。

思いながらもそこそこのお金を毎月支払っている。

携帯電話を変えた時に問題になって、イライラするのがアドレス帳データです。

携帯電話のアドレス帳データが流出したら困るので、お客様の情報は入れていないけれど、メーカーや取引先の人の連絡先などよくかける人の電話番号は入っている。

手入力でできなくはない件数ですが、携帯電話を変えるたびにデータの移し替えができないと言われるて、本当はできるやろと思うことが、煩わしくなってきます。

バックアップを取ったり、ちゃんと管理、対策できていればいいのだけど、それができたら困らない。

結局、私の場合は紙の手帳に勝るものはなくて、電話番号などは紙の手帳に書いておき、携帯電話は電話をかけたり、ネットにつなぐためのものだと割り切るというのが、自分には一番しっくりくるような気がします。

携帯電話に対して投げやりな態度ですが、どうせ使うのなら持っていて楽しいと思えるケースに入れたいと、いろいろ物色している。

 

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ある休日

2016-12-04 | 実生活

2週間連続で書道教室がお休みだったので、先週の水曜日とその前に水曜日、妻と御朱印をもらったり、写真を撮りに出掛けていました。

書道を習いに行くようになって、筆文字に大変興味が出てきました。

御朱印をもらい始めたのも、ダイナミックに、あるいは繊細に書かれたそれぞれの筆文字を集めたいと思ったからですが、信仰と関係なく御朱印を集めていると怒られるかもしれない。

 

清水寺は兵庫県中部の加東市にあるお寺で、紅葉の名所です。すでに見ごろは過ぎて落ち葉しかなかったけれど、静かな境内を写真を撮りながら歩いてきました。

少し不便な場所の山の頂上一体がお寺になっていて、バスもわずかにありますが、ほぼ車でしか行くことができないのであまり人手は多くなかった。

神戸から少し北上したこともありますし、山の頂上付近にあるためか、神戸よりも3度ほど気温が低く、遠くに来た気分が味わえました。

 

その次の週、姫路書写山円教寺に行きました。

姫路は好きな街で、円教寺も何度か訪れている馴染み始めた場所です。ロープウェイの山頂駅から山門、本堂など歩いていて、また山頂駅まで戻るのに2時間ほどかかりましたが、歩いているとポカポカしてきてとても気持ちいい。

円教寺は少し散歩するのにちょうどいいところです。

毎回同じような写真を撮っているような気がしますが、歩きながらパシャパシャ写真を撮るのはとても楽しい。

私にとってカメラは写真を残すためにあるのではなく、散歩や旅行を楽しくするためにあるような気がします。

撮りながら歩くときはどうしてもオートフォーカスのズームレンズが便利で、それを使ってしまいます。

私の使い方ではもったいないことは分かっているけれど、もっと良いレンズを使ったらもっと気分が良いのかもしれないと、最近はレンズの新規購入を考え始めています。

 

姫路には大きな書道用品店もあって、しょっちゅう買っているような気がするけれど、小筆を買って帰りました。

 

 

 

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名古屋ペンランドカフェさん訪問

2016-11-08 | 実生活

今後の活動のイメージがぼんやりだけど見えてきて、そのためにどうしても必要なものがありました。

本当は今年中に形にしようといろいろ模索していましたが、どうしても具体的な形になりませんでした。

やるべきことは分かっているけれど、自分一人で夢を見ているような感じ。まだタイミングが来ていなかったということです。

でもある人と中華を食べながら話したことを帰ってから考えてみて、急にモヤモヤしていた雲が晴れたような気がしました。

ご本人は私にヒントを与えたなんて思っておられないと思うし、私もすぐにはピンとこなかった。

でも探していた答えが思わぬ形で見えました。これだけでは読む人は何を言っているか分からないけれど。

 

今後の活動にどうしても必要な、とても大切な仕事道具があって、それを作ってくれる人を紹介してもらうために、名古屋のペンランドカフェの高木会長を訪ねました。

高木会長にはお手数をお掛けして申し訳なかったけれど、昨年のプラチナ萬年筆さんの工訪問以来でご無沙汰していましたので、どうしても会いたかったし、何かをお願いしたい尊敬できる人だった。

高木会長はスケールの大きな人。一緒にいると自分の小ささが思い知らされる。なるべく近付きたいと思うけれど、元々の器が違うのかもしれません。

今は息子さんに社長の座を譲っているけれど、本業の食品会社を立ち上げて、奥様と苦労しながら全国規模にまで大きくしてこられた。そういったお仕事のお話を聞かせていただけるのも勉強になります。

私のことも大切に思ってくれて、奥様と迎えてくれて、有り難かった。

日帰りの滞在時間の短い名古屋訪問で、ペンランドカフェさん以外どこにもいかなかったけれど、3回くらいは訪ねないといけないようなことが1回で済んだ実り多い出張だったと、充実した気持ちでいます。

 

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カンダミサコバイブルサイズシステム手帳

2016-10-30 | 実生活

カンダミサコさんのシステム手帳を使い始めて2か月ほどが経ちました。

カンダミサコさんが既存の厚くて重いシステム手帳を嫌い、今までなかったようなものを作りたいと私たちに宣言してから数週間でほどでサンプルを完成させてきましたが、それほどこの手帳の集中的に考えてくれたようでした。

普通の綴じ手帳代わりに使うことができるような薄型で、書くときには平らに開くことができる。
それは独特なリングの取り付け方によって可能になっています。

表紙はカンダさんらしい素材シュランケンカーフ。2か月の使用では全く変化はなくて、いつまでもきれいに使うことができる革であることを証明しています。

内側の革はブッテーロで、艶が出るほど手に触れる部分ではないけれど、ページなどでこすれて艶がでてきています。

私がこのシステム手帳で最も気に入っているのは、その姿の美しさ。

背表紙の丸み、縦横比、紙に対しての革の余白のサイズなど、この手帳は美しく見えるように考え抜かれています。

私の使い方は、ToDoとメモという実務用の正方形ダイアリーに対して、原稿を書いたり、考えを重ねるための思考の手帳にしています。

リフィルはオリジナルシステム手帳リフィル筆文葉で、原稿は横罫ですが、考えやアイデアを重ねるページは水玉罫を使用しています。予定だけを書くことができる年間ダイアリーを金治智子さんが作ってくれてこれを1枚はさんでいます。

薄いシステム手帳は中身を整理しないとすぐにいっぱいになってしまうけれど、何が書いてあるのか常に把握できて良いことなのかもしれません。

昨晩もお客様のF原さんとそういう話になったけれど、手帳に使いこなしについて話すのは本当に楽しい。

カンダミサコのシステム手帳、筆文葉のリフィルは、私たちからの遊びの誘いだと思っていただけたら嬉しく思います。

カンダミサコシステム手帳、初回入荷分はあっという間に売れてしまいましたが、12月までにはまた入荷する模様です。

ちなみにご予約も承っています。 https://www.p-n-m.net/contents/products/OG0153.html

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手入れ

2016-10-23 | 実生活

和歌山のK様ご夫妻とお話ししていて、お習字の筆を毎回シャンプーとリンスしていると言って驚かれた。

K様も毎回きれいに水洗いはしているけれど、それで充分だと言われていました。

通っている積水書道会の窪田先生もシャンプーリンスまでしなさいとは言っていなかったかれど、水洗いだけで落ちない毛に点々と残った墨の粒のようなものは、シャンプーを2回ほどしないと落とすことができない。

もっと詳しく言うと、シャンプーを2回して、リンスをつけた状態で細かいを櫛を通して、リンスを濯いでいる。

筆にシャンプーとリンスをするかどうかということは、人それぞれで、諸説ありますが、シャンプーリンス賛成派の意見として榊莫山先生が著書で書かれていて私はそれを信じている。

こういった道具の手入れはきっと、その行為が好きでしている。そして道具を手入れすることによってお習字がさらに楽しくなると自分で分かっている。

新しくて、より良い道具を手に入れることもすぐに壁にぶち当たるお稽古を楽しくすることにつながるけれど、その気持ちを長持ちさせるのは、その道具をきちんと手入れすることなのだと思う。

最近、JMウエストンのゴルフを買って、本当はゴルフを毎日履いて行きたいけれど、2日は空けないといけないので週2回くらいしか履くことができない。

でも今まで履いていた靴もちゃんと手入れして、ピカッとひかるようにしたら、やはり愛着が湧いてきて、この靴もいいなということになります。

靴の場合、手を入れすぎて、何かを塗りすぎるとかえってダメにしてしまうので、革がカサついてきたと思ったらクリームを少し塗るくらいにしている。

普段の手入れはブラシ掛けで充分で、それだけで革の持つ力で艶が出てきます。


少し話が反れたけれど、万年筆もきれに洗浄したり、インクを違うものに入れ替えたりすると、その万年筆ばかりしばらく使いたくなるのは、手入れをすることでそのモノへの愛着が増すからなのだと思う。

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