元町の夕暮れ ~万年筆店店主のブログ~

Pen and message.店主吉宗史博の日常のこと。思ったことなど。

2007-2023

2023-09-24 | 仕事について

9月23日で当店は創業して16年が経ちました。
創業記念日の日、私と森脇は原宿で開催された趣味の文具祭に参加していて不在でした。
当店の都合よりもいつもお世話になっている趣味の文具箱が初めて開催する文具イベントを盛り上げる役に立ちたいと思った、思い切った決断でしたが、イベントも大いに盛り上がっていたので参加してよかったと思っています。
私たちが不在にしているにも関わらず、当店の開店記念日に来店して下さった方々には有難く思っています。

この16年店を続ける中で、当店らしさということを大切にしてきましたが、時代の流れみたいなものは常にあって、自分たちが許せる範囲で流されてきたと思います。
それは時代の波に乗るというものではなくて、川の中の石が激流にもまれてほんの少し動くといったものかもしれませんが、それくらい流行というものを警戒していました。
流行が怖いと思ったのは、その流れに乗りきってしまったら、その流れが変わった時に戻れなくなってしまうのではないかと思ったからです。
流行に乗って稼げるだけ稼いで、また業態を変えてちがうことをする人もいるけれど、私たちにはそんな器用なことはできない。
私たちの仕事は今良ければいいのではなくて、低空飛行でもいいからずっと継続できなければならない。
自分のできる唯一のこと、好きなことをやり続けていくことが生き残ることにつながり、継続することにつながると思っているので、なるべく流されたくないと思う。
でもそう言いながらも少しずつ時代の変化に流されていたのかもしれません。
これでいいのかどうか分かりませんが、最期までリングに立ち続けていたいと思っている。5年や10年でその仕事の結果が良かったのかは分からない。16年でも分からないと思う。

創業して16年になるということで、創業時2007年の時代の雰囲気などを思い出しながら考えてみました。
当時ブログなどで個人が自分の考えることを自由に発信できるようになっていました。
店の仕事の仕方も会社組織にいなくても個人でもできるのではないかということが一般的になってきていたように思います。
文房具は今のように華やかではなかったけれど、万年筆という文房具の中でも最も趣味性の高いものなら私たちの仕事にできると、万年筆に可能性を見出して、個人が動き始めた時代だったのではないかと思います。
その雰囲気を私は自由で開かれた明るいものだったと思っていましたが、たしかに何かが変わってきていた時代でした。

私は当時39歳でした。ある程度ステーショナリーの仕事を続けてきて、こうしたいという志のようなものも持てて、自分でやっていける自信のようなものができたから、今乗るべき自分のタイミングが来たから思い切ってやってみたと思っていました。
でもそれは自分のタイミングではなく、時代の流れだったのではないかと今は思い当ります。
野生の動物たちが、アラスカのカリブーが夏になると北に何百キロも移動するように、本能から出た行動だったのではないか。

当時当店と同じようなタイミングで創業して、今も元気にされている当店と同じような業態のお店の人たちも私と同じように時代の雰囲気を感じ続けていて、自然と行動に出ていたのではないか。

人は自分の意思で行動して、理想を追い求めて、その先に行こうとするもののように思われるけれど、やはり大きな流れのようなものに自然に流されて生きているのではないかと今は思っています。

そう考えると一人の人間の意思とか、理想などというものは大きな流れのなかではとても小さなものに思えます。
それでもいい。大きな流れに流されながらも自分の意思で少しでも流れに逆らったり、踏みとどまったりした方がやっていて面白いと思っています。


今あるものに満足する

2023-08-15 | 仕事について

ル・ボナーさんのデブペンケースが久し振りに入荷しました。
デブペンケースはル・ボナーさんが長く継続して作り続けてきたもので、少しずつモデルチェンジして今に至っています。
私もル・ボナーさんのことを知って、このペンケースのことを知った時にこんな上質な革を使ったファスナー式のペンケースを見たことがないと思いました。
当店としても長く扱い続けてペンケースなので思い入れはあるし、このペンケースを見るたびに以前のことを懐かしく思い出しますし、変わらず良いものを作り続ける姿勢を感じるものでもあります。

まだ前の会社にいた時にル・ボナーの松本さんに出会って、影響を受けて万年筆店を始めようと思いました。
店をしようと思うと打ち明けた時に松本さんはきっと驚いたと思うし、こんな青二才が独立して店ができるのかと、もしかしたら心配したかもしれません。当時私は30代後半で、今思うと何も分かっていなかったような気がします。

でも今までやってくることができたのは、松本さんの協力やお客様方の存在など、人に恵まれたことのおかげで、本当に幸運だった。

店を始めて16年ほど経っていろんなことが変わりました。その変化の中で何とかやってくることができた。
私はたまたまやってくることができて、その結果で言っているだけだけど、こういう変化の中で生き残ることができるのは、今自分にあるもので満足して、多くを求めないという考え方かもしれないと今では思います。

今自分にあるもので満足できるというのはとても幸せなことかもしれません。
私たちの世代だと、仕事は常に成長して拡大させていかないといけないというイメージを持っていると思いますが、それが本当に幸せになることなのだろうかと、長い間モヤモヤと考えていました。

仕事の仕方、店の在り方として自分が違うものを求めていたことは分かっていたけれど、上手く言葉で表現することができなかった。
いい齢になって厚かましくなったこともあるのかもしれないけれど、自分が求めていたことを言い表すことができるようになりました。

仕事はもちろん良くしようと思わないと面白くないし、そう思わない仕事はダメになるけれど、良くする方向は規模の拡大や売上の向上ではなく、質を高めることだったのだと今は思っています。

今自分にあるものに満足して、それらの質を高めるために努力して良くしていく。
それが自分がやりたいと思うこと、自分の仕事が長く続いていくために必要なことだったのだ。

それは低成長の時代だからそういう方針をとるというものではなく、いつの時代も私たちのような店とお客様の幸せを追求する個人商店が心掛けるべきことのような、変わらないことのような気がします。

 


& in 横浜

2023-04-21 | 仕事について

590&Co.さんとの共同出張販売 &in横浜を終えて帰ってきました。

たくさんのお客様に来ていただけて、満ち足りた気分でいられることに本当に感謝しています。

今回の出張販売にあたって、素晴らしいモノを間に合わせて提供して下さった職人さんたちにも感謝しています。

職人さんたちは人間的にも素晴らしい人たちで、その仕事も心底良いと思えるモノを作ってくれる尊敬できる人たちで、それを扱えて、今回のように神戸から遠く離れた横浜でもご紹介できることを誇りに思いました。

自営業の店主のささやかな贅沢は仕事相手を選べることで、お客様方には申し訳ないけれど嫌ならやめればいいと思っています。

でも作り出すモノが良いと思えて、その人間性が尊敬できると思ったら、お互い良くなれるように頑張ればいい。

自分が心から応援したいと思う人のモノを販売できて、それに共感して下さるお客様に買っていただけること以上の幸せが商店主にあるだろうかと思います。

バゲラさんの革製品は量産品ではない、全て手縫いでひとつずつ作られていて、とても高価ですが、高田さんご夫妻のモノ作りへの姿勢、考え方にも共感できるし、良いと思うことが自分と近く、話していて楽しい人たちなので、たくさんの人に見てもらいたかった。

綴り屋さんのペンはそのセンスの良さに感動しました。

フォルム、ラインに緊張感があり、凛とした姿をしています。

まだ長く語り合ったことはないけれど、綴り屋の鈴木さんは天才的にセンスが良いのか、万年筆を何万本と見てきて目が鍛えられているのかどちらかなのだと思っています。

自分の手で綴り屋さんの万年筆を多くの人に知ってもらって、世に送り出したいと思っています。

鈴木さんは横浜の会場にも来て下さって、今回の目玉になっていたアーチザンコレクションブライヤーが完売していたことを喜んでくれました。

凄いものを作り出すのにとても謙虚な人で、そういうところも尊敬できます。

590&Co.の谷本さんとは長い付き合いの気心知れた、お互い自然体でいられる友人ですが、その感性や仕事振りを尊敬しています。

心から良くなってほしいと応援できる谷本さんと仕事の旅に出られることは、楽しく、勉強になっていて、今回もかけがえのない時間を過ごすことができたと思っています。

体力的にはかなりハードですがもう次に気持ちが向いています。

 


京都手書道具市(9/9~11)

2022-08-28 | 仕事について

都手書道具市が9/9(金)~11(日)開催され、当店も参加します。

条件が合えば関西でのイベントにはなるべく参加したいと思っています。

地元を盛り上げたいというローカリズムの心を私も持ち合わせているし、宿泊費をかけずにイベントに参加できることが採算を考えるととても有難い。


イベント中もなるべく店も営業したいと思っています。
9日当日車で荷物を運び込んで準備をして、京都を出れば16時から神戸でも営業できると目論んでいます。
イベントには日本中のいろんなお店が参加していて、お店の人たちと言葉を交わすのも楽しいし、たくさんのお客様が来られるので、本当に楽しい夢のような時間ですが、私は店番をしています。

神戸、京都の往復をレンタカーですることになり、それが少々不安ですが何とかなるだろう。
これくらい無理してでも関西のイベントに参加したいと思うのは、当店をもっと多くの人に知ってもらいたいと思うからです。

この近所ではわりと皆さん当店のことを知ってくれていると思いますが、元町を出ると当店のことを知っている方は少なく、まだまだ無名だということを思い知ることがあって、がっかりします。
気付いたら、文房具好き、万年筆好きの方が入れ替わっていて、新しくこの世界に足を踏み入れた方には知られていないと実感しています。
イベントは新しい文房具、万年筆を好きになった方に知ってもらうことができる貴重な機会でもありますので、また一からのつもりで知ってもらえるようにしていきたい。

今回の手書道具市で販売したいと言ったら、aunの江田明裕さんがガラスペンを間に合わせて作ってくれましたし、他の職人さんたちも協力してくれました。

このイベントは昨年から始まった新しいイベントで、いいものにしていきたいという主催者の熱意がここでも感じられて、私たちもその役に立ちたいと思います。

昨年は8月上旬の開催で、京都ということと、歴史ある建物ということもあって、ものすごく暑くて、汗を流しながら仕事をしていました。
それも語り草のようになっていて、今では笑い話ですが、今年は9月の開催で、少しは涼しくなっていると思います。

入場券が必要で、前売り制になっています。
皆様ぜひ、京都にも、そして神戸にも来て下さい。


出張販売

2022-05-25 | 仕事について

 

横浜の590&Co.さんとの共同出張販売 & in横浜 を終え、6/4(土)ナニワペンショー6/11(土)12(日)の札幌出張販売に向かっています。

通常の店の営業に飽きているわけではないですが、腰を据えてじっくりと作り込んでいく店の仕事に対して、出張販売は道なき道を開拓していくような刺激のある仕事で、こういう仕事も好きです。

横浜の出張販売ではたくさんのお客様が来て下さり、本当に嬉しかった。
この2年神戸から出ることが出来なかったので、久し振りに会うことができた旧知のお客様もたくさんおられました。
やはり首都圏にも当店と590&Co.さんのお客様はたくさんおられて、有難いことだと思いました。

コロナウイルスとの共存ということで、ネットワークを使った様々な試みが生まれて、人のたくましさのようなものに明るい兆しがありましたが、やはり経済に限らず日本の国に元気がないような気がしました。

私自身元気いっぱいというタイプではないので、私が元気という言葉を使うのも可笑しな感じがしますが、このままだと日本が沈んでいってしまうような危機感を持っています。
元に戻らないこともあると言われていますが、なるべく早く元に戻していくということが必要なことではないかと思っています。

地方都市の小さな店がたったひとつで、あるいは近くの個人店と協力して何か動きを出しても、その影響力はかすかなものなのかもしれないけれど、活動を元に戻したいと思っておじさんがもがいているということを伝えたいという想いが今年から再開した出張販売にはあります。

& in横浜では、当店はボランティアで出張販売を手伝ってくれたYさんのまさに獅子奮迅の働きもあり、それがなければ当店の出張販売は成り立たなかったけれど、590&Co.の谷本さんに大いにも大いに助けられました。

谷本さんのことは気の合う友人として、とても付き合いやすく、お互い自然体でいられるし、同業者としても私より遥に才能のある人だと尊敬しています。
仕事も早く、出張販売のポスターやフライヤーなど全て谷本さんが作ってくれているので申し訳ないような気もしますが、谷本さんのセンスを気に入っていて、自分にはとても作れるものではないので仕方ありません。

当店と590&Co.さんはどちらもペンを中心としたステーショナリーショップで間違いないけれど、当店は万年筆、590&Co.さんはペンシル系という他に店主のキャラクターという決定的な違いがあって面白いと思っています。

同業者である友人との関係性を保つのは難しいこともあるかもしれないけれど、相手のことを尊敬できて、その成功を心から喜べるかどうかということだと思います。相手を羨んだり、妬んだりする気持ちがあるとその関係は長く続けられなくなってしまいます。

私にそのような気持ちを抱かせないのは、谷本さんの人柄ということもあるけれど、&の企画を長く続けるために私は自分の仕事もきっちりと採算をとっておくということも友情とは無関係に見えて、関係があることだと思います。

 


14周年

2021-09-24 | 仕事について


14年前の店内

 

昨日当店は14周年を迎えました。

14年前の9月23日も天気が良くて、オープン前はお客様が来て下さるか心配で、朝からソワソワしていた。

オープンと同時に当店の開店を祝うお客様が次々と来て下さって本当に有難かった。

その時の感謝の気持ちを今も持ち続けることができたから、当店は続いてくることができたのだと思います。

今日(9/24)から福岡で開催するツイスビージャパンさんとの共同出張販売「巡回筆店2021福岡」に臨む森脇も、来場されるお客様に対して本当に有難いと思ってくれたら、そしてこれからも謙虚にその気持ちを持ち続けてくれたら、まだまだ先の長い人生を万年筆/ステーショナリーの販売員として続けることができるのではないかと思っています。

14年は過ぎてしまえば本当にあっと言う間で、私自身は何も変わっていなくて、相変わらずその日の売上、月の売上で一喜一憂して落ち着かない。しかし、中学2年生だった息子が横浜で教師になって、結婚までしていると考えると、それだけの変化が起こり得る歳月で、この店もそれなりに変化してきたのかもしれません。

人との出会いは本当にたくさんあって、出会いの数に近いだけの別れもあって、その人の流れによって店は変化できたのだと思います。

それらは意図したものではなかったかもしれないけれど、この店が変化するきっかけになっていて、その変化があったから14年続いてこれたのだと言えます。

14年前のあの日、今の店の姿、14年後のことなど全くイメージできなかったし、それ以後もその日その日を生きることが精一杯で、14年後の姿を思い描くことが私にはできなかった。

でも未来というのは、一日一日の積み重ねで、その一日一日が正しいものであれば、正しい未来が訪れてくれるものなのかもしれないとも思える。

私たちは絵空事でしかない先のことを考えて疲れるよりも、一日一日を楽しみながら、今を生きる方がいいのではないかというのが、14年経った実感です。

私はこの店が一日一日を積み重ねてずっと続いていくと本気で思っています。これからもよろしくお願いいたします。


京都手書道具市

2021-08-10 | 仕事について

イベントや出張販売の前は、緊張感やプレッシャーで、追い詰められたような日々を過ごしてきました。何回経験してもそれに慣れることはありません。
でも運営の方々の苦労を考えると、私たちはまだ気楽なものだったのだと思います。
なるべくご面倒をかけないようにしようと思いますが、私たちからの質問のメールなどにも丁寧に返してくれたり、当日もいろいろ配慮してくれました。荷物運びまで手伝ってくれて、運営の方々のこのイベントを安全に、成功させたいという気持ちが伝わってきて、意気に感じたこの数か月でした。

会場の京都文化博物館別館は、京都の中心三条通り沿いにある古い銀行の建物を利用していて、京都らしい歴史を感じさせる最高のロケーション、最高の舞台だったと思います。

日本中からステーショナリーの名店が集まっていて、そこに加えていただけたことは590&Co.の谷本さんの口添えがあったからでしたが、とても光栄なことだと思いました。

今回もイベントという状況などを考えて、企画、品揃えして臨んでいますが、もし参加できるのであれば、来年はもっとこのイベントのお客様に合ったものを揃えてチャレンジしたいと思っています。

前日に神戸から父の運転する車で荷物を運び込んで準備しました。
福岡、札幌は距離があるので諦めますが、イベント用の大型什器をいつも使いたいと思っているので、なるべく車で搬入したい。
什器を使うことで限られたスペースの中で高さを出すことができます。高さを出すことで、ブースの見栄えが良くなると前職で学び、それをいまだに信じています。

前日の準備の帰りは、久しぶりに谷本さんの車に乗せてもらい、渋滞の中神戸に帰ってきました。
10年近く前は谷本さんの運転するアルファロメオに乗って、行先のないドライブをしたことも何度かあって、あの時から考えるとお互い忙しくなったのかもしれませんが、もしかしたら谷本さんはあの時も忙しかったのかもしれない。

今回、万年筆無料診断ということをイベント直前に思いついてやってみました。
直前の告知だったにも関わらず、何人かの方が診断を申し込んで下さり、お話や調整するきっかけになりました。

キャップレス20カラーズの三角研ぎも用意していて、購入された方も何人もおられたし、興味を持って下さった方もたくさんおられて手応えを感じました。

色数の多い、カンダミサコさんのペンシースは良いアイキャッチになっていて、女性のお客様が多かったこのイベントにピッタリのものでした。

智文堂のかなじともこさんが今回のイベントにと、作って持ったせてくれたバイブルサイズとM5サイズの「粧ひセットお芋カラー」は、かなじさんと当店の告知もあって、これを目指して来て下さるお客様が多く、1日目で完売してしまいましたので、急遽かなじさんに追加で作ってもらい、2日目京都に向かう途中のかなじさんの地元駅の改札前で受け取ってから会場入りしました。
陣中見舞いも持たせてくれて、かなじさんには感謝しています。

佐野酒店のスタンプやマステケース、マッチガチャも好評で、当店のブースの良いアクセントになっていました。

3人とも他店で買い物をしたり、他店の方々と親交を温めて、始まってしまえばお客様と一緒になって楽しんでいました。

会場が古い建物だったせいか、少し暑かったこともありますが、体力的にはかなりハードなイベントでした。
改めて私たち店の人間にとって一番必要なのはタフな体力だと思いました。

 

 


調整士のひとりごと①

2021-06-12 | 仕事について

どんな時にペン先調整をお願いしたらいいですか?と聞かれることがあって、書きにくいと思ったら、調整をご依頼下さいと言います。

万年筆の書き味の良さというのは使う人の主観によるものだと思いますので、私がそのペン先をチェックした時に、これは引っ掛かるだろうと思っても、使っている人が書きやすいと思っていれば、私はそのペンに何もしない方がいいと思っています。

逆に私が良いと思っても、使っている人がこういうところを改善したいと言えば、話をよく聞いて、お好みに合わせようとします。

使う人の希望に、より近付くようにペン先をセッティングするのが調整士の仕事だと思っています。

そう言いながらもペン先を正しい状態にするとほとんどの人が書きやすいと思ってくれると信じていますので、まず正しい状態にセッティングするというのも私たちの仕事で、新品の万年筆を通販で買っていただいた場合は、ペン先を正しい状態にセッティングします。

正しい状態にセッティングする時に目指すのは、私が過去に感じた同じペンの最高の書き味で、いつも記憶にあるそれらの書き味を実現しようとしています。

それをしようと思うと、1本ずつ時間がかかりますが、それが当店で万年筆を買う価値で、他所のお店で買った万年筆よりも当店で買った万年筆の方がはるかに書き味が良いと思ってもらいたいから、朝から晩まで調整しています。

調整士は誰も思うことなのかもしれませんが、その万年筆を最高の書き味にしたいとは思いますが、そこに自分が調整した痕跡は残したくないと思いますが、それはなかなか難しいことで、そこまでの境地に達している調整士はいるのだろうか。

でもやっていないように見えて、最高の書き味をもたらす調整というものがあれば、それは間違いなく最高の部類に入るペン先調整のあり方に思えます。

そこまでにはまだまだ腕も人格も未熟だけど、なるべく上質な調整をしたいとは思っています。


万年筆の構え

2021-06-10 | 仕事について

万年筆とはこうやって書くものだと気負ったり、押し付けたりすることは好きではなく、自分の書きやすいように書くべきだと言いたい。

なぜなら万年筆は筆記具という表現の道具なので、それをどういう書き方で書くかということよりも、それで何を書くかということの方が重要だと思っているからです。

そう思うようになったのは、万年筆を仕事の道具にしているヘビーユザーの人たちのいろんな書き方を見てきたからなのかもしれません。

そういう人たちは尻軸にキャップをつけなくてはいけないとか、筆記角度は何度で書かなくてはいけないとか、ペンの後ろを持たなくてはいけないなどとは思っていなくて、自分が書きやすいそれぞれのスタイルを持っています。

しかし、私も万年筆の持ち方で悩んだ経験があり、書きやすいように持ったらいいと言ってもラチがあきませんので、万年筆の持ち方、書き方について述べさせていただきます。

私の経験では、重量が軽めのアウロラオプティマのような万年筆で持ち方に悩むことはあまりありませんでしたが、ペリカンM800のようなバランスが良いと絶賛される、重量のある万年筆の持ち方に悩む人は多いかもしれません。

バランスが良い、長時間の筆記でも疲れないと思えるには、このM800のどこを握って、どのように書けば感じられるのだろうと、この万年筆を使い始めたばかりの時は私も思いました。

万年筆を使い慣れた達人たちがしているように、ペンの後ろの方を持って書いてみても、思ったように書けず、文字にならない。
その持ち方に慣れるようにしたらいいのかもしれないけれど、私には空しい努力に思えた。

私の場合は、キャップを付けずに、書きやすいと思える首軸辺りを握って書いているうちに、キャップを付けたらもっと書きやすいように手が慣れていて、キャップをつけて同じところを握って書いていて、M800はやはりバランスが良くて書きやすいペンなのだと実感できています。

結局、この重さに慣れて、重さに任せて力を抜いて書けるようになると、どこを握って書いても楽に書けるのだと思います。

ただ、ペン先のひねりだけは、真っ直ぐでないと、良い書き味は得られません。

ペン先の向きが真っ直ぐというのは、ペン先の切り割りを中心とした左右のペンポイントが同時に紙に当たることです。

ペン先をひねって書くと、左右のペンポイントのどちらかが先に紙に当たり、書き出しが出なかったり、引っ掛かりを感じたりします。

それらを気にしないのであれば、ひねって書いてもいいし、ひねって書く方がペンをコントロールしやすい人もいるかもしれません。

逆に、真っ直ぐ書いているのに書き出しが出なかったり、引っ掛かりが強い万年筆は異常があるという言い方もできます。

万年筆の持ち方について調整士の見解も様々で、ペンの後ろを持って、筆記角度は50度以下で、ペン先は真っ直ぐ紙に当てるようにと啓蒙している人もいます。それぞれの考え方が表れるところでもあります。


播磨灘物語

2021-04-25 | 仕事について

播磨は気候も温かで、地形もなだらかな丘が連続していて、厳しいところがない、人が住むのにとても快適なところだと思っています。
そういう環境のせいか、戦国時代にも郡ごとに存在した小豪族がお互い姻戚関係を結びながら、微妙なバランスをとって平和を保っていました。
都に近いところにありながら、播磨の国がそうやって成り立っていました。

現代で言うと、他の土地は大資本による統合が進んでいるのに、播磨だけには小商店が多数存在して、それぞれが顧客のための仕事をして成り立っているということになるのかもしれません。

播磨灘物語(司馬遼太郎著)の主人公黒田勘兵衛の働きは、それらの小豪族の家老でありながら中央や時世に興味を持っていて、織田信長による天下統一を予感して、播磨の国に織田信長を招き入れて、小豪族たちを小田の傘下に入れたということになります。

当店も播磨の国の郡や町ごとに存在していた小豪族と同じようなものなのかもしれない。そして小田の傘下に入ることに抵抗していたと思います。
しかし、ただ古い慣習にしがみついているだけの存在なら、滅びても仕方ないのかもしれません。

戦国時代の小説を読んでいると、どうしてもそこに自分を当てはめて考えてしまいます。

それぞれの小さなお店や会社が大名までいかない小中の豪族で、大名が大資本のお店になります。
小豪族でも、その才覚で大名に下剋上していけるのは戦国時代と変わらない。

戦国時代も時代が進むと、グループ化が進み、集団のようなものができてきます。
そうすることで、より大きな力になることができるし、大きな資本から守られてるような気がする。

私は天邪鬼な方で、大きなグループに属するよりも、なるべくなら孤立して生きていきたいと思ってしまいます。
集まりに属して、同志と言える人たちと知り合って話すのもいいですが、商売においては皆ライバルになりますので、利益を共有することは難しい、無理のあることなのかもしれないと思い始めました。

ライバルは同業者だけでなく、モノを売るお店全てだと思っています。
ゴルフショップ、釣り道具屋さんなどあらゆる趣味的な要素があるお店はライバルなので、当店の場合ル・ボナーさんや590&Coさんのような特別な繋がりがないと共存は難しいのかもしれません。

当店のような小さな店は、大きな流れの外にいると思っています。
何か業績に影響が出るとしたら、世の中で起きていることや経済ではなく、自分たち自身に依るところが大きいと思っています。
グループや集まりに属していても、それは同じなのではないか。
自分たちに良いネタがないとどんなに大きなグループに属していても、埋もれてしまうし、いいネタを生み出し続けることができるのであれば、孤立してもやっていけるのではないか。

私のような天邪鬼は、昔の戦国時代は生き残ることができないのかもしれません。